第14話 間接キスの味

 早く話しかけないとけいないと思いながらも、コーヒーを手に耳をそばだててしまう。


「このあとどうすんの? もう帰る? ボク、予定ないからどっちでもいいんだけど」

「私はちょっと買い物に行こうかなと思ってるけど……」


 尻すぼみな芝崎さんの声。

 それを優しげに聞くのは江東さんだ。


「何買うの?」

「下着をね。そろそろ新しいのにしておかないとって」

「あぁ……私も買おうかなと思っていたところです」

「成長期だからね、ぐひひっ……か、神瀬くんはどんなパンツ履いてるんだろ? やっぱブーメラン?」


 その突然出てきた話題に、俺は思わず含んでいたコーヒーを噴き出しそうになる。


「んぐっ……!?」


 飲み込むことには成功したが、反動で喉に引っ掛かり盛大にむせた。


「ゲッホゲッホ!!」


 俺の咳の音は彼女らの耳まで響いてしまったようだ。


「……か、神瀬くん!?」


 江東さんは立ち上がり、上から俺を覗く。

 咳であっても俺の声が判別できるらしい。


 彼女が出した俺の名に、他のみんなも立って顔を覗かせる。


「あ……ど、どうも」

「ど、どうしてここに!? さっきまでの話聞いてたの!?」


 芝崎さんは顔を赤らめて問うてきた。


「あ、いや……」

「ぐひひ、神瀬くんってば水臭いなぁ。話しかけてくれればいいのに」

「そ、そうですよ。一緒にお話したほうが楽しいですし……」

「まぁ……そうなんだけど。タイミングがわからなくて……」


 驚いてはいるようだが、盗み聞きをしてしまったことを責める子はいなかった。

 なぜ女性客だらけの店に入る勇気はあるのに、話しかけることができないのかが自分でも謎だ。


「てか、話しにくいしさ……こっち来なよ」

「え……い、いいの?」

「そっちのほうがいいなら、そっち行くけど」

「大丈夫! 俺が行くから」


 川名さんに誘われ、俺は席を立つ。

 店員の人に席を変えることを伝え、彼女らの元へ向かった。


 一人用の席とは違い、色々なスイーツの乗ったテーブルを五人で囲んで座っていた。

 ここに入っていくのはいささか緊張する。


 椅子を持って行くと、芝崎さんが率先して席を詰めてくれた。


「じゃあ……失礼します」

「どうぞ。……神瀬くんがいるなんて意外だったわね。もしかして常連?」

「いや、初めてだよ」

「そうなの。ここのケーキは食べた?」

「食べてないな……コーヒー飲んだだけ」


 そう言うと、江東さんはパンっと手を叩く。


「じゃ、じゃあ食べてみて! この……いちごケーキ美味しいからっ」


 自身が注文したであろうケーキを差し出してきた。

 生クリームがたっぷり乗ったものだが、彼女の食べかけだ。


 そしてそのことに気づく。


「あっ、ご、ごめん! 食べかけとか嫌だよねっ……! 注文しなきゃ」

「いやっ……え、江東さんがいいなら……欲しい……な」

「い、いいよ! 食べてっ」


 他のみんなが凝視する中、ほんのり顔を赤くした彼女からケーキをもらう。


「いただきます……」


 フォークもそのままのものであり、いわば間接キスだ。

 口に入れた瞬間、江東さんは目を伏せた。


 確かにケーキの味は美味しいはずだが、全然味がわからないほど気持ちが高ぶってしまう。


「確かに……美味しい。うん、ありがとう」

「よかったぁ……えへへっ」


 目をキョロキョロとさせながら、江東さんはそう言ってくれた。


 その様子を見ていた他のみんなもソワソワとしだす。


「あ、あのっ……私のケーキもよかったら……」

「えっ、いいの?」

「は、はい! ちょっと……大き過ぎるのを頼んでしまったので……」

「そう……なのかな?」


 犬鳴さんの食べていたチョコケーキは、普通のものよりは大きめだがホールケーキほどではない。

 彼女のたくさん食べるらしい評判を聞いたあとでは、少なくとも大き過ぎるとは言えないだろう。


 だが、その厚意を俺はありがたく受け取ることにした。


「ありがとう……じゃあいただこうかな」

「ど、どうぞっ……!」


 江東さんのように目を逸らすのかと思いきや、俺が食べる様子をジッと見つめてきた。

 顔は真っ赤っ赤だったが、瞬きもしないぐらいの凝視っぷりだ。


「うん、こっちも……美味しい。すごく……甘い」


 繰り返しになるが、味なんてさっぱりわからない。

 自分の心臓がドクドクと脈打つのが響いてくるだけ。


 周りを見ると、次に誰が俺に話しかけるかを目で相談しているようだ。


「そ、それじゃあお口直しにアイス食べない? ぐひひっ……」

「アイスって……それ?」

「うん。すごく美味しいから……たべっ、食べてみてよ……。ちょっと溶けちゃってるのもあるけどね……ひひ」


 夜凪さんはカップに入ったボール型のアイスを食べていたようだ。

 彼女が言う通り、一部は溶けてしまっており混ざってしまっているものもある。


「あ、ありがとう。もらうよ」


 夜凪さんは頷き、俺はスプーンですくって口へ運ぼうとする。

 パッと目を上げると、彼女は江東さんに負けないぐらい恥ずかしがっていた。


 そんな愛らしい様子を見ながら、俺はアイスを流しこむ。


「冷たくて……うん、いいね。美味しかったよ」

「そ、そっか……ひひっ」


 スーッとカップを自分の元へ戻していく夜凪さん。

 そして俺の使ったスプーンを見つめてうっとりとしていた。


 すると今度は芝崎さんが咳払いをする。


「ゴホンっ! 人が黙ってみてれば好き勝手に……。食べかけをあげるだなんて……破廉恥よ」


 彼女はそう言うと、中にアイスやクリーム、いちごが詰まったクレープを差し出してきた。


「そういうわけで……こ、これ……クレープ。まだ口つけてないから安心して」

「……食べていいの?」

「えぇ」


 ほんのり頬を染める芝崎さんからそれを受け取り、俺はかぶった。


「まだ生地があったかいね……美味しい」


 これは間接キスではないため、ある程度は落ち着いて味わうことができた。


「そう……ならよかったわ」


 芝崎さんはそう言い、俺が手に持っていたクレープを取る。

 そして――。


「あむっ……」


 なんと俺が食べたところから食べ始めたのだった。

 その行動に、一同は目を丸くする。


「な、なによ……」


 大胆な行動ではあるが、みんなも同じようなことをしているために咎めることができない。

 芝崎さんは俺の目を見ながら、無言でクレープを口に入れていった。


 これはこれでかなり恥ずかしい。


「甘いもんばっかりで喉乾いたんじゃない?」


 そう言ってくれたのは川名さんだった。


「はいこれ」


 差し出してきたのはグラスに入ったジュース。

 甘いものをリセットするためのはずだが、匂いからしてもう甘い。


「飲んでいいの?」

「いいよ」


 ストローに口をつけると、彼女は横目で見てきた。

 そして吸い上げていくと同時に目を逸らしたのだ。


「たぶんリンゴジュース……かな?」

「そう」


 川名さんはグラスを手に取り、それを飲もうとした。

 しかし、周りからの目線に気づく。


「そんなに見られると……さすがに飲みづらいんだけど」


 そう言われてみんなが一斉に目を逸らすと、俺に隠れるようにして彼女はストローに口をつけた。

 やがて耳がゆっくりと赤く染まっていく。


 俺の口の中はひどく甘ったるくなっていたが、今はそれどころではない。

 これは一体どういう状況なんだと、頭の中が混乱状態だ。


「わ、私もジュース頼もうかなっ」

「私も頼もうと思ってました……ラージサイズのものを……」

「ぐひひっ、私もアイス追加しちゃおう……今度はアイスキャンディー! ……んひひっ」

「えっ、ちょっと待って……まだ注文するの!?」

「ま、まだまだ美味しいものがあるから遠慮しないでちょうだい」

「そうそう。ボクも一緒に食べるからさ。協力してよ」


 彼女らは次々にスイーツを注文し、俺はみんなに見つめられながら食していった。


 最初は目を背けたり顔を覆っていたのに、俺が口に物を運べば運ぶほど、彼女らは隠さなくなっていく。

 ついには江東さんですら俺が使ったスプーンを凝視し、何も乗っていないのにこちらを見ながら口に含んできたのだ。


 今回の出来事でわかったことがある。

 それは彼女らは一度タガが外れると常人以上に積極的になることだった。


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