第13話 俺がいないときの彼女たち

 休日。

 基本的にはこのタイミングでバイトを入れている。

 平日では放課後からシフトに入っても、十分に働くことができないからだ。

 できれば土日祝はすべて働きたいところだが、課題やテスト勉強などで厳しいときもある。


 俺は今、部活のみんなと過ごした時間に思いを馳せながら勤務していた。


「しっかしまぁ土曜日やのに全然お客さんおらんなぁ。朝やからそんなもん? アハハッ」

「な、なんでなんですかね……はは」


 町子さんは豪快に笑う。

 確かに平日も休日も客が少ないのなら、いつ客が多くなるんだと俺でも思う。

 ちなみに昼も夜もこんな感じだ。


「そういえば気になってたんやけどさぁ……」

「は、はい」

「柔軟剤変えたりした?」

「え? いや、変えてないですね」

「ほんま? いやーなんや最近えらいえぇ匂いするなぁ思て」

「あー……」


 もしかして部のみんなと狭い部屋で一緒にいるからなのだろうか。

 思い当たる節があるとすれば、それしかない。


「やっぱ……彼女できた?」

「で、できてませんよ」

「こないだの子とちゃうの~?」

「違いますって!」


 嬉しそうに聞いてくる町子さん。

 そもそも彼女がいないなんて言ったことがないが、当たり前のようにいないものとして見られている。

 まぁ実際いないけど。


「ごめんな、なんかセクハラしてるみたいやわ! やめとこやめとこ」

「いや、大丈夫ですよ。気にしないでください」

「そない言うてもなぁ、最近の子はそういうの気にするやろー?」

「そう……ですかね?」

「そうよぉ。惚れた腫れたーなんてことも全然言わんやないの。ここで働いとる高校生は神瀬くん以外にもおるけど、みーんな恋人おらんしなぁ」


 そして町子さんは遠くを見て呟く。


「これも時代なんやろなぁ」


 昔は高校のクラス内でカップルがいくつかあるのが珍しくなかったらしい。

 俺の親もそうして出会ったとかなんとか惚気けていた記憶がある。


 だが、今はそうではない。

 無論、俺がぼっちなだけで知らない可能性も大いにあるが、クラスや学年でカップルを見たことがない。

 そういう世の中なのだ。


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 夕方に勤務は終わり、俺は帰りに値引きされた惣菜を求めスーパーに行くことにした。


 フラフラと通りを歩いていると、正面から見覚えのある顔が歩いてくる。

 それは部の五人であった。


 挨拶をすればいいものの、俺が咄嗟にした行動は彼女らから隠れることだった。


(何やってんだ俺……)


 学校やその延長の放課後ではない日に顔見知りに会うのが、なぜか気まずいのだ。


 だが、そんなことではダメだと思ってはいた。

 物陰に隠れながら、声をかけるタイミングを見計らう。


 お嬢様学校ということで落ち着いた制服を着ていたが、私服でも彼女らには品があった。

 露出は最低限の、どこへ出しても恥ずかしくない格好だ。


 そんな彼女らが入っていったのはお洒落な喫茶店。

 中を覗けば女性客ばかりだ。


 普通は入店に躊躇うだろうが、ここで俺の妙に思い切りのいい性分が発揮される。

 速歩きで店に入り、店員に席を案内してもらった。


 そこは運良く彼女らの近くであり、壁というか仕切りを挟んだだけの場所だ。

 磨りガラスになっていて顔はわからないが、声はしっかりと聞こえてくる。


「ふぃー、疲れた疲れた」

「お疲れ様。恵人ちゃん、ずっと難しそうなゲームしてたもんねっ」

「難しくはないけど目が疲れるんだわー」

「ゲームばかりしてると、私みたいに眼鏡かけることになるわよ?」

「眼鏡か……似合うのかな。そうだ、鏡子ちゃん眼鏡貸してくんない? かけてみたい」

「はい、どうぞ」

「どれどれ……どう?」

「似合ってますよ!」

「いいねぇ、私にも貸してよーぐひひ!」


 眼鏡をかけた川名さん、すごく見たい。

 そして眼鏡を外した芝崎さんも見たい。


 顔を出して声をかけるだけなのに、踏ん切りがつかない。


 しばらくするとまた別の話題になる


「おっ、涼海ちゃんなんだか嬉しそうだねぇ~」

「うんっ。更新されてるから……見てるのっ」

「ボクも見た」

「神瀬くんの漫画よね? 涼海が勧めてくるから読むようになったけど、絵の雰囲気が最初の頃と比べて変わったようね」

「なんか……前よりも、もっとあったかい感じになったみたいっ」

「いいですよね、あぁいうの。癒やされます」

「キツネも出してって言ってみようかな、ぐひひっ」


 俺の漫画を褒めてくれていた。

 ありがとう、と叫んで抱きつきたい。

 そんなことできやしないが。


 絵を描くようになったは、その行為自体が好きなのもあるが、誰かに認められたいみたいなところもあったのだと思い出す。

 自分の作品、ひいては自分の存在を丸ごと認めてくれる存在が欲しかったのだ。


 しかし、絵の雰囲気が変わったことなど自覚していなかった。

 多少なりとも上手くはなったと思いたい部分はあったが、もっと根本的なところから変化していたらしい。


「次の活動日って月曜日ですよね?」

「そうだねー。ゲーム持って行くの忘れないようにしないと」

「神瀬くんに……どんなお菓子が好きなのか聞いておけばよかったなっ……」

「さいフォンで聞けばいいじゃないのよ?」

「それは……そうなんだけど。なんか恥ずかしくて……」

「乙女だねぇ、ぐひひっ! 私なんかスパムぐらい送ってるよぉ~」

「ちょっとは遠慮しなよ。ま、ボクが言えたタチじゃないけど……」

「恵人ちゃんもたくさん送ってるんですか?」

「まぁ……ダラダラと、ね」

「そうなんですね……!」

「杏愛、あなたはどうなの?」

「私は……えーっと、そこそこです」

「ほどほどにしておきなさいよ、まったく……」


 そう芝崎さんの呆れたような声が聞こえる。

 しかし、そこにいる五人からのメッセージの量に大差はない。


 江東さんは恥ずかしいと言っているが、おはようからおやすみまで送ってくれる。

 夜凪さんは本人も言っているとおり、返信する前にバンバン連投してくるタイプだ。

 川名さんに関しては対面で喋っているかのような文章がずっと送られてくる。

 そこそこだと言っていた犬鳴さんは、頻度は確かにそこそこだが、一文がものすごく長いのだ。

 そして芝崎さんは絵文字が好きなのか、それを添えてたくさん送ってくる。


 みんなよくメッセージを送ってくれるが、それを迷惑だなんて思ったことは一度もない。

 どれだけ送られてきても通知のたびにワクワクするし、文面を見てつい笑ってしまう。


 前までは考えられなかった誰かとのメッセージのやり取りは、今ではあらゆるモチベーションを上げてくれるものになっていた。


 送られてくるのを待つだけではなく、自分からもアクションをしなければいけない。

 その一歩として、さいフォンで江東さんに好きなお菓子の名前を送っておこうと思う。


「てかさー……あんまり私物持って行っちゃうと、みんなそのうち住むようになりそうだよね」

「住むって……神瀬くんのお家に?」

「うん。すずちゃんとか一番に住みそう」

「えぇっ!? そうかなぁ……」

「そうだよ。杏愛ちゃんなんか枕持って行くんだっけ? 住む気満々じゃん」

「か、仮眠するだけですから!」

「ほんと? 床で寝るならまだしも、神瀬くんだったら絶対ベッドで寝かせてくれるでしょ。そんなことになったら起きられるわけないじゃん」

「男子のベッドで寝ようだなんて……どうかしてるわっ!」

「鏡子ちゃん、ベッドは私のものだから大丈夫だよ、ぐひひっ!」

「全然信用できないわよ! というか、あなたたち本当に住む気じゃないでしょうね?」」

「冗談だよ、冗談。……たぶんね」


 川名さんはそう半笑いで答えた。

 そうだ、こんなことは冗談に決まっている。


 なのにどうも胸騒ぎがするのだ。


 妙にリアルに想像できてしまう。

 彼女らとひとつ屋根の下で暮らす光景が。


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