第12話 普通の女の子なんていない

 せせこましい場所にクマを描いていくと、みんなが何を描いているのかもわかってきた。


「江東さんはウサギだね」

「う、うんっ……!」

「なんか……おもちみたいで可愛い」

「えへ、えへへ……」


 江東さんが描いていたのはフワフワな毛に包まれた可愛いウサギ。

 タッチ自体はリアルだが、デフォルメをほどよく効かせている。


「川名さんが描いてるのって猫だよね?」

「そう。クマに食べられそうな猫」

「た、食べないよ……」


 デフォルメされた茶トラを描いていたのは川名さん。

 少しツンとした感じが実に彼女らしい。


「えーっと、この後ろにいるのは……い、犬?」

「は、はい! グレート・ピレニーズっていう犬種です」

「あぁ、なるほど。聞いたことはあるかも……それにしても大きいな」


 犬じゃないと思っていたが、やっぱり犬を描いていた犬鳴さん。

 白くて大きい犬のようだが、クマよりも大きい。

 俺が小さく描いてしまっただけだと思っておこう。


「こっちは……おぉ……! 夜凪さんも絵、上手いんだね」

「そ、そう? ぐひひ、褒められちゃったなぁ~」


 夜凪さんの絵柄は初めて見たが、漫画家が描くような感じのものだった。

 素人の俺がパッと見ただけでベタ入れの上手さがわかるほどの腕。

 描いていたのは尻尾のたくさんあるキツネのようだ。


 それは動物というより妖怪では?


「えーっと、芝崎さんは豚か~」

「えぇ、私は豚よ」


 そのやり取りを聞いて、夜凪さんと川名さんが噴き出す。


「な、何がおかしいのよ!」

「私は豚よって、さすがに狙ってるでしょ……ぐひひ」

「くっ! バカなこと言ってないでさっさと描きなさいっ!」


 アニメ調に可愛く描かれた豚だったが、言い方がマズかったようだ。


 やがて全員が描き上げたものの、余白がものすごくある。

 改めて見るとその異様さが際立っていた。


「犬鳴さんに書いてもらった落書き部のロゴを真ん中に入れるとしても……かなりスカスカになるなぁ」


 まさかみんな隅っこに描くなんて思っておらず、キャンバスの大きさは並のもの。

 トリミングしたとしたらおそらくぼやけてしまうだろう。


「わ、私はこれでいいと思うよ?」

「そう……かな?」

「うんっ。私たちらしい……というか」


 確かに江東さんの言う通りかもしれない。

 別に誰かにアピールするわけでもなく、記念としての絵なのだ。

 ありのままの俺たちを描ければそれでいい。


「そうだね、そうしよう! よし……じゃあ、ここにロゴを……」


 お絵かきアプリから別の合成アプリに持ってくる。

 そしてロゴと合わせたものを作り、さいフォンでみんなに送った。


 落書き部、と書かれたロゴの隅に動物たちがひしめき合う。

 いや、寄り添い合うと言っておこう。


「ふーん、いい感じじゃん」

「そうですね。それぞれの特徴がよく出ています」


 一つの絵をみんなで描くことで、ようやく部として成り立った気がする。


「思ったより早く終わっちゃったな……」


 絵を描くことに慣れている子が多く、それに要する時間も短い。

 正直、落書きをしているだけの活動ではすぐにやることがなくなるのだ。


「ほ、他に何かしたいことある?」

「ねぇねぇ、ゲームとかないの?」


 川名さんはだらしなく座った状態で聞いてきた。


「ゲームかぁ……全部実家に置いてきちゃったなぁ」

「そっかー……じゃあ今度、うちにあるやつ持ってこよっかなー」

「……え? ここに?」

「うん。いつでもできるようにね。ダメ?」

「いや、いいよ」


 ゲームが好きなようだが、まさか俺の家に持ってこようとするとは予想外だ。

 食事すら躊躇いを見せていたあの川名さんと同じとは思えない。

 気を許してくれているんだろうか。


 やることがなくなったら解散という流れも考えていたが、どうにもそんな雰囲気でもない。

 ボロくて狭い我が家だが、案外居心地がいいのだろうか。

 それなら喜ばしいことだ。


「じゃあ私は漫画持ってきちゃおーっと! ぐひひぃ~」

「やめておきなさいよ。あれこれ持ってきたら神瀬くんに迷惑でしょ?」

「ありがとう芝崎さん。でも大丈夫! 結構その……暇な時間も多くなるかも知れないしさ。持ってきたいものがあったら持ってきてもらって」


 そうは言ったものの、置き場所が少ない。

 ただでさえ狭いこの部屋がさらに狭くなりそうだ。

 それでも彼女らが居やすいのなら構わない。


「本当に……神瀬くんは甘いんだから……」

「あはは……。えーっと芝崎さんは何かいるものないの?」

「わ、私? そうね……」


 彼女が悩んでいると、川名さんが半笑いで口を挟む。


「やめてね、エロいやつ持ってくんの……ふっ」

「そ、そんなの持ってくるわけないでしょ!?」

「じゃあ鏡子ちゃん、カバンの中見せてよ」

「い、嫌よ!!」


 カバンを抱え込み、俺のほうを見てくる。

 もしかして、もう持ってきてしまっているのだろうか。


「まぁその……あんまり大きくないものなら、なんでもいいけど……」

「ち、違うわよ!? 本当に持ってきてないんだから!」

「わかった、わかったから落ち着いて!」


 芝崎さんは顔を赤くしながらへたり込んだ。


「あ、あの……私も持ってきたいものがあるんですが……」

「ん? 何?」

「え、えーっと……枕を……」

「ま、枕!?」


 これはまた意外が要望がきた。

 持ってきたいものと聞いて、枕が返ってくるとは思わないだろう。


「その……眠くなっちゃったとき……すぐに眠れるようにですね……」

「でも眠いんだったら家で寝たほうが……」

「い、いえ! 少し仮眠すれば目が冴えるので」

「そ、そっか……」


 やっぱり寝る気だった。

 前に来たときも寝ていたが、確かに時間としては短かった。

 それでも人の家、しかも男子の家で寝ようとするとは。


 ここまでこれば、江東さんにも聞いておこう。


「あの……江東さんは何か持ってきたいものある?」

「私は……うーん……お、お菓子、とか?」

「あぁでも全然! その……ダメだったらいいからっ!」

「いやいや、持ってきてもらっていいよ」

「そ、そう? ありがとうっ……」


 一番まともな要望だ。

 お菓子なんてどんどん持ってきてもらって構わない。

 江東さんに対するこの抜群の安定感。

 普通の女の子感がすごい。


 などと考えていると、彼女のスマホから大きな音が鳴る。


「『江東さん。江東さん。江東さん』」

「えっ?」


 みんなが一斉にその発信源を見る。


「あひゃああああああああああ!?」


 これまで聞いたことのないような声を出した江東さんは、顔を真っ赤にしてスマホをタップする。

 するとその音は静まった。


「えーっと……い、今のって……俺の声、だよね?」

「そ、そ、そ、それはぁああ……」


 小さな彼女はさらに縮こまり、消えてしまいそうなほどになる。

 目もうるうるとさせてしまっていた。


 それを見た犬鳴さんがアシストに入ってきた。


「た、たぶん……アラーム、ですよね?」


 そう聞けば、江東さんはコクコクと頷く。


 つまり、俺の声をいつの間にか録音しており、アラーム代わりに使っていたらしい。

 江東さんは恥ずかしがっているが、俺もかなり恥ずかしい。


 自分の声が録音されたときに違って聞こえることも相まって、語尾にハートマークでもついてそうな妙に甘ったるい言い方に聞こえたからである。


 とりあえず、ここは上手く立ち回る必要がある。


「あっ、アラームか! そうかそうか……あれだよね……その……起きやすい声っていうのがあるからね、うんうん」


 よくわからない汗を流しながら俺はフォローを続ける。


「なんか……言うよね、男の人の声が聞き取りやすい人もいるとかね……! だからその……俺でよかったら全然使ってもらっていいから……ね!」


 そう懸命に声をかけても耳を赤くしてうずくまったままだ。

 他の面々も声をかける。


「へー、じゃあボクも神瀬くんの声で起きよっかな」

「え? あぁ……どうぞどうぞ。もうご自由に……あはは」

「涼海ちゃん涼海ちゃん、そんなの気にしないでいいって~ぐひひ。見てみなよ鏡子ちゃんなんて、たぶん神瀬くんを想像して――」

「このっ……! 余計なこと言うんじゃないわよっ!!」

「んむむー!!」


 何かを言おうとした夜凪さんは芝崎さんに口を塞がれる。


「う、ふふっ……」


 そのやり取りを見て、江東さんは顔を上げて笑った。

 彼女の笑みを見て、こちらも自然と頬が緩む。


 やり方はどうあれ、みんな江東さんをフォローしてくれるいい子だ。

 そうやってここまで五人でやってきたのだろう。


 前言撤回をしよう。

 ここに普通の女の子なんていない。


 だから俺にとってすごく居心地がいいんだ。


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