第11話 絵は口ほどに物を言う
学校での休み時間。
これまでは机に突っ伏して居眠りしていたり、ボーッと外に目をやり、鳥や歩いている人を見ていた。
だが、最近は夜にしっかりと眠るようになった影響からか目が冴えている。
みんなみたいに誰かと喋ることはできないが、絵の練習をしていたのだ。
部にいる彼女らに触発され、少しでも上手くなりたいと思ったから。
スマホのアプリ、きりんペイントで外の景色を模写していると、さいフォンの通知がくる。
(ん? 川名さんからだ……)
「『今日って集まるんだよね。いつもの時間に行くから』」
(『オッケー。待ってる』っと……)
部活には来られる人だけ来て欲しいと言っている。
なので来る前の連絡も必要ないとは言ったものの、彼女らは毎日律儀に連絡してくれていた。
今朝は江東さんと芝崎さん、そして犬鳴さんから連絡があり、いずれも参加するらしい。
自由参加といえど、やっぱり大勢に来てもらえるほうが嬉しいものだ。
返信を終え、絵の続きを描こうとすると、またもや通知が来る。
今度は夜凪さんからだ。
「『いきまぁあああす!!』」
(『オッケー。気をつけて』)
女子とのやり取りなどしたことがないため、改めて見ると素っ気ない文面になってしまう。
だが変に絵文字や顔文字で飾るのも恥ずかしい。
次第に慣れていくことを祈ろう。
今日は全員が集まってくれる。
みんなに楽しいと思ってもらえるように努めようと気を引き締めた。
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部活の始まる午後四時になる前、すでにみんなは家に到着していた。
中に入ってもらうと、やっぱり六人が密集するような形になってしまう。
「さてさて……今日も私はベッドに行きますかねぇ~、ぐひひっ!」
夜凪さんは以前、ベッドに座っているだけだったが、今回は布団を被っている。
しかもそのまま寝ようとしていた。
「あっ、ちょっと……! 夜凪さん、寝ないで。タッチペン渡すから!」
「プレゼントだぁ……ぐひひっ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「神瀬くん、もっとビシッと言わないと! ほら、君江! そこ退きなさい!」
「もーう……お、起きてるってばー」
「寝るに決まってるでしょう? 私と場所代わりなさいよ」
「うわあぁあ、やめろー」
布団を引っ剥がそうとする芝崎さんに、夜凪さんは抵抗する。
他の三人は苦笑いしていた。
「まったく……男子のベッドに潜り込むなんて……許されないわよ!」
「や、やかましい! 自分が入りたいだけでしょ、このむっつりホルスタインがぁ……」
「だ、誰がむっつりよぉ!」
怒るポイントはそっちなのかと思ってしまった。
たゆんたゆんと揺れるそれを意識してしまうと、こっちも気が気でなくなる。
結局、両者ともベッドから降りることとなり、代わりに江東さんと犬鳴さんがベッドに上がった。
ほんのりと二人の顔は赤くなる。
「ふ、ふかふか……だね」
「そ、そうですね……」
そうやってしなやかな手で布団を触られると、なぜかすごく恥ずかしくなってくる。
よからぬことを考えまいと、俺は首を振った。
「で、今日は何すんのー?」
川名さんが力なく挙手して質問してきた。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、俺はみんなに向かって知らせる。
「今日はその……お絵かきチャットをしようかなと……」
お絵かきチャットとは、きりんペイントにある機能の一つ。
画面を共有し、一つのキャンバスにみんなで絵を描くものだ。
普通はオンラインで通話をしながらやるようなものだが、集まってやるのもそれはそれで面白いのではないかと思ったのだ。
「絵チャ? や、やろうっ!」
江東さんはかなり乗り気のようだ。
絵に関しては一番造詣が深そうで期待してしまう。
「何を描くかは決まってないんだけど……何かいい案がある人は……」
そう問いかければ、犬鳴さんが反応する。
「あ、あの……動物、とかどうでしょうか……? 神瀬くんの描いてる漫画……クマさんが出てきていたので……」
彼女の提案に江東さんが、よくぞ言ってくれたと言わんばかりに頷いている。
「読んでくれたの? あ、ありがとう……!」
「はい……と、とても可愛かったです……」
江東さんの布教のお陰なのだろうが、見てくれる人が増えるのは嬉しい。
「よし……じゃあみんなの好きな動物を描くってことで……!」
こうしてアプリを通し、一つのキャンバスに動物を描いていくことになった。
俺はリクエストに応えてクマを描くつもりだ。
一応、好きな動物という条件も当てはまる。
幼い頃、動物園に連れて行ってもらったときに見たクマ。
岩の上でだらしくなく寝ている様子が、なんだか他人事とは思えなくなり好きになったのだ。
白いキャンバスの上。
俺はその隅にクマを描いていく。
「神瀬くん、なんでそんな隅っこに描くの? 真ん中に描けばいいのに」
そう不思議そうに川名さんが聞いてくる。
「ま、真ん中か……あー、あはは……」
こういうところでも性格が出てしまう。
どうも中心に描くのは居心地が悪いのだ。
「ま、別にどこでもいいけど」
川名さんはだらんと寝そべるように言う。
そして彼女は俺の描いたクマの横でペンを進めていった。
「……え、ここに描くの?」
「うん。ボクもまぁ……この辺が落ち着くしねー」
性格が俺と似ていると前に言っていたが、今回もそういうことなのだろうか。
それに、様子を見ていた江東さんも俺の横に描いていく。
「わ、私もここがいい……かも……」
「え、江東さんも?」
「だ、ダメ……かな?」
「いやっ、いいよ! どこに描いてもらってもいいから」
「じゃあ、ここで……」
江東さんはニコニコしながら丁寧に筆を進める。
両脇にそれぞれいるので、ただでさえ小さく描こうと思っていたクマがさらに小さくなりそうだ。
「あ、あの……私、神瀬くんの後ろに描きますね……」
「後ろに? それはちょっと……描きづらくない?」
「だ、大丈夫です! 大きい動物なので……」
「そっか……なら、どうぞっ」
「は、はいっ……」
犬鳴さんは名前に犬が入っているから、勝手に犬を描くものだと思っていた。
だが、大きい動物ということはそれではなさそうだ。
彼女は背筋をピシッと伸ばしながら、たまに目が合いそうになりつつ描いている。
しかし、俺は芝崎さんからの視線を感じた。
「ちょ、ちょっと! どうしてみんな……神瀬くんに寄って
「ボクらを虫扱いすんなー。せめて花に集まるチョウチョとかにしてよ」
「ど、どっちも変わんないわよ! 破廉恥な……」
独特のセンスが光る例えをした彼女のペン先は、俺の斜め後ろに着地する。
「こ、この辺りで監視させてもらうわね」
「か、監視って何を……?」
「それは……その……色々とよ……」
そうゴニョゴニョ言って描き出した。
こうなればもう後の展開も予想できる。
「ぐひひっ、そ、そういうことなら乗らない手はないねぇ~」
夜凪さんは俺の斜め後ろの空いているほうに陣取った。
「じゃあ私はここで描くから、神瀬くんも頑張ってー」
「が、頑張るけどさ……」
大きなキャンバスにのびのびと描かれるはずだった動物たちは、今や隅っこにギュウギュウ詰めになって描かれていく。
それは部屋以上の密集っぷりで、むわっとした息苦しさと同時にドキドキもしてしまう。
まだかろうじて距離を取っているはずの現実の彼女らが、肌と肌が合わさるぐらい近くに感じられたから。
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