第10話 真面目そう=ムッツリ

 番組の内容がマズいことに気づいても、今さらチャンネルを変えるのはかえって不自然だ。

 こうなってしまうと、もう耐えるしかない。


 芝崎さんがアニメ好きなのはわかっていたが、よりにもよってなぜお色気系のアニメを見ようとしているのかがわからない。

 彼女はは苦手なように見受けられたが、実はそうでもなかったりするのだろうか。

 色々と疑問は尽きないが、成り行きを見守ることにする。


 オープニング。

 正直ここは普通のコメディー系アニメな感じだ。


「始まったわね……」


 眼鏡の奥の目を見開き、オリンピックの応援でもするかのような覇気が漂う。


 犬鳴さんのほうはどうなっているのか見てみると、彼女はアニメに詳しくないのかボーッとしていた。


 そして冒頭から早速、問題のシーンが始まる。

 浜辺で浦島太郎が亀の扮する美少女、亀子に口説かれる。


「『浦島くん……龍宮城には行かないで! ずっと私と……』」


 そう言った瞬間、浦島太郎が小さなカニに足の指を挟まれる。


「ぐわぁっ!?」


 そしてバランスを崩した彼はもちろん――。


「きゃあっ!」


 吸い寄せられるようにして、古典的なボインっという効果音とともに亀子のふかふかの胸に顔を埋めるのだった。


「あぁ……」


 俺はやっちまったと言わんばかりに顔を手で覆う。

 開幕からこんな調子では先が思いやられそうだ。


 指の隙間から芝崎さんのほうを見る。


「は、破廉恥よこんなの……! いやらしいっ……いやらしいったらないわっ!」


 自分で点けておいて顔を真っ赤にして口を尖らせていた。

 だが言葉とは裏腹に前傾姿勢になっており、その目はモニターに釘付けだ。


 芝崎さんがこんな状態なのだ。

 犬鳴さんはどうなっているんだろうかとそちらを見ると……。


「スー、スー……」


 座ったまま寝ていた。


「嘘だろ……」


 寝る子は育つ、とは言うものの今寝るタイミングなのだろうか。


 取り敢えず犬鳴さんはいいとして、芝崎さんと一緒に観るのが気まずすぎる。

 黙っていようと思っていたが、俺が我慢できなかった。


「あ、あの……芝崎さん……」

「ちょ、ちょっと静かにっ!」

「あっ、うん……」


 声を掛けるも一蹴され、彼女はモニターに吸い込まれるように観続ける。

 ある意味で一人の世界に入っているのだから、俺が緊張する必要もない気がしてきた。


 そして亀子が酔っ払ってしまう場面へ移る。

 しばらく普通にしていた彼女が、酔いが回って浦島にアタックを仕掛けるお決まりのシーン。


「浦島さぁ~ん、ちゅーしましょー!!」

「亀子ちゃん落ち着いて! 落ち着いてくれ!」


 気まずいなと思いながらその様子を観ていた俺。

 芝崎さんは茹でダコのようになりながら、熱が入ったのか拳を握っていた。


「キキキキ、キスするっていうの!? そんな……いかがわしいっ!」


 言葉こそ否定するものだが、声はどことなく嬉しそうなものだ。

 彼女が生唾を飲む音がここまで聞こえてきそうだ。


 追い詰められ観念した浦島の唇が、亀子の唇と合わさりかける。


「うわわわわぁあっ! 唇が当たるっ……あたっ、ひゃぁあああっ!!」


 芝崎さんが声を裏返して叫んだ瞬間、CMへと移り変わった。

 それと同時に身体から力が抜けたのか、ガックリと座るこむ。

 俺も一緒に緊張感が切れ、深く息を吐いた。


「し、芝崎さん……大丈夫?」

「だ、だ、大丈夫よっ!」

「まったく……こんな時間からあんなものを放送するだなんて許せないわね……」


 腕を組んで、怒っているアピール。

 一体何が目的なのか俺にはさっぱりわからない。


「その……なんでこういう系の番組を観ようと思ったの?」

「いえ、別に観ようとは……」


 これは少し俺の言葉が足りていない。

 例の番組を観たいかどうかは疑問ではない。

 それは個人の趣味嗜好だからだ。


 不思議だったのは、どうして俺の部屋で一緒に観るような状況を作ったのかだ。


「まぁそうね……男子だとあぁいうのが好きなのかなと思ったのよ。男子の知り合いがいないから……その……どうなのかなって……気になって」


 つまり、俺と共通の趣味を探して楽しんでくれようとしているのだろうか。

 それにしては番組のチョイスが尖りすぎているが、そこは不慣れだからということにしておこう。


「あなたは私のことを知ろうとしてくれたんだから、そのお返し……ってわけじゃないけど、私が神瀬くんを知りたいっていう気持ちも一緒ってことよ」


 妙な行動だと思ってしまったが、芝崎さんから歩み寄ってくれようとしているのだ。

 俺はそれがすごく嬉しく感じた。


「そっか、あ、ありがとう! ただ俺は……あの番組は知ってるけど、アニメにはあんまり詳しいわけじゃないんだ」

「そ、そうなの? ちょっと意外ね……」


 つまり風体や性格からオタクっぽい印象は与えているようだ。

 そんな感じなのにそうじゃないから余計に友だちができづらい。


「芝崎さんは……あのアニメ好きなの?」

「そ、そんなわけないじゃないのっ! あんな……あんな不健全なのダメよ! クレーム入れないと……」


 などと言っているが、嫌々観ているようには思えなかった。

 もう少し探りを入れてみる。


「えーっと、好きなキャラとかっているの?」

「す、好きなキャラ? うーん……そう言われても……」


 腕を組み、悩ましい表情になる。


「乙姫は浦島を狙う泥棒猫だし、浦島は朴念仁だし……そうなると亀子かしらね。酔っているにしても、もう少し上手にアプローチできると思うけど……5話のCパートは本当に酷かったのよ? これまでの積み重ねが台無しに――」


 そこまで言ってハッと顔を上げた。


「うわぁっ!? ご、ごめんなさい……なんでもないわ」


 ものすごく饒舌に作品に対する思いをぶつけてきた芝崎さん。

 彼女はこのアニメのことがかなり好きらしい。


 一つまた知らないことを知れて、俺はウンウンと頷く。


「ち、違うんだからっ!!」


 大きな声を出したせいで、犬鳴さんが起きる。


「……はぇ? 何が違うんですか?」

「杏愛……あなた本当にどこでも寝るわね……」

「はっ!? 神瀬くんのお家なのにっ……ご、ごめんなさい!」

「ぜ、全然気にしないで! 疲れてるだろうし、寝てもらう分には……うん」


 そうやり取りをしていて気づかなかったが、CMはすでに明けており本編の続きが始まっていた。


 テレビの音に気づき、俺たちはそちらへ意識が向く。


 だがそこに映し出されていたのは、酔った亀子が砂浜で浦島を押し倒しているシーンだった。


「うひゃぁああああっ!?」


 芝崎さんは絶叫しリモコンを手に取ると、テレビの電源を消す。

 顔は真っ赤っ赤であり、肩で息をしている。


 一方の犬鳴さんは両手で顔を隠しているが、耳まで熱くなっているようだ。


 俺はとんでもなく気まずい雰囲気を感じ、顔を青くした。

 だがやっぱり俺がなんとか事態を収拾しないといけない。


「いやぁ……さ、最近のアニメって挑戦的なんだなぁ……さ、作画とかすごいし……えーっと……他のアニメも観たくなったなぁ……」


 無理やり作品ではなくアニメ全般に話を持っていこうとするが、二人は機能停止してしまっている。


「ちょ、ちょっと……またお手洗い借りるわねっ!」

「えっ? あぁ、どうぞ」


 そう逃げるようにトイレに向かおうとする芝崎さん。


「わ、私もお手洗いに……」

「あ、ごめん……トイレ一つしかないんだけど」

「あああぁ……」


 完全にテンパっている犬鳴さんは、そう空振って赤面しうずくまる。


 顔を上げた犬鳴さんと芝崎さんは互いにアイコンタクトを取った。


「じゃ、きょ、今日はこれぐらいでお暇するわっ……!」

「わ、私もそろそろ……」


 そそくさと玄関に向かう二人。

 俺は彼女らを追いかける。


「待って、バス停まで送るけど……」

「だ、大丈夫よっ! それじゃ……今日は色々とありがとうっ!!」

「あ、ありがとうございましたっ……! 失礼しますっ」


 そう二人はフラフラと逃げるようにして出て行ってしまった。


 彼女らの姿が見えなくなると、さいフォンにメッセージが届く。


「芝崎さんからだ……」

「『みっともない姿を見せたわね、次は普通のを観ましょう』」


 文字の横に号泣している絵文字がついており、笑いそうになる。

 しばらくすると今度は犬鳴さんからもメッセージが来る。


「『すごくドキドキしましたが楽しかったです。また一緒に観ましょうね』」

「……え?」


 これはちょっとばかし意外な反応だ。

 社交辞令の可能性が高いが、もしや興味があったりするのだろうか。


 色々とドタバタとしてしまったが、彼女らのことをまた知ることができた。

 あの様子だと、まだまだ秘められたものがありそうだ。

 いずれ、俺だけが知っているような一面も出てくるのかもしれない。


 期待に胸を膨らませながら、俺は返信していくのであった。


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