第9話 大きいのには理由がある

 何を話すべきか迷い、無言のまま互いにスマホに向き合って絵を描く。


 なんだかんだこれまでの子たちはみな、奥手だが話題を振ってくれることが多かった。

 しかし犬鳴さんは言葉遣いからも距離を感じるほどの超奥手だ。

 恐らく友だちといるときはそうでもないが、一人になるとその側面が増すタイプだろう。


 俺も奥手であり、ある程度の気持ちはわかる。

 こういうとき、どうすれば助かるのだろうかと考えていた。


 やっぱり話しかけて欲しい、と俺なら思う。

 俺だけかもしれないが、沈黙は何よりしんどい。

 自分のせいでこの重苦しい空気を作っているんじゃないかと感じてしまうからだ。


 しかし、自分から話しかけるのはハードルが高い。

 よって、軽い話題で話しかけてくれるのが一番嬉しいと感じていた。


「い、犬鳴さん……」

「は、はいっ!」

「確か……書道やってるんだっけ?」

「はい……」

「絵とは関係ないんだけど……もしよかったら、どんな感じの文字を書くのか見てみたいなって……」

「えっ、あっ……はいっ!」

「じゃあそのアプリの別の用紙に……そうだなぁ……落書き部、って書いてみて欲しいな」

「わ、わかりました」


 タッチペンで書けとは無理難題を言ってしまったかと思ったが、犬鳴さんは快く引き受けてくれた。

 画面に向き合う顔を見るに、真剣に書いてくれているようだ。


「こ、こんな感じでどうでしょうか……?」

「おぉっ!」


 渡されたスマホには、素人目にもわかる達筆で落書き部と書かれていた。

 いかにも巻物にありそうな、強い力を感じる字体だ。


「すごいね……カッコいい!」

「い、いえ……そんな……」


 犬鳴さんは恥ずかしそうに顔の前でヒラヒラと手を振る。


「その……折角書いてもらったし、もし使う機会があったら使ってもいい?」

「えっ!? あぁ……はい、どうぞ!」

「ありがとう。それじゃあ、さいフォンで送ってくれる?」

「わ、わかりました」


 彼女は画像と一緒に、お願いしますと一言添えてくれた。

 それを見て俺は目線を上げて犬鳴さんに会釈すると、目を逸らして会釈を返してきた。


 するとトイレのドアが開き、芝崎さんが返ってくる。


「杏愛? どうしたの? 顔が赤いけど……」

「えっ!? な、なんでもないですよ……」


 芝崎さんは首を傾げ、今度は俺のほうを見てきた。


「い、犬鳴さんに字を書いてもらったんだ。ほら!」

「ほう……相変わらず達筆ねぇ……」


 他の人の目にも、犬鳴さんの字はかなり上手に見えるようだ。


「そうだ、神瀬くんはもう描けたの?」

「うん。あぁでも、唐揚げじゃないやつにしたよ」

「ふっ……でしょうね」


別に謎々をしているつもりではなかったが、どうせなら違うものを描いてみたかった。


「芝崎さんはもう少し時間いる?」

「いいえ。もう描き終わったから。杏愛も終わってるんじゃないの?」

「お、終わってます……!」


 全員が描き終わったようなので、それぞれの絵を見ていくことにする。


 まずは俺からだ。


「俺は……これ」

「えーっと……何かしら? 黒い……塊?」

「ステーキ……ですかね?」

「惜しいけど……その、ハンバーグなんだ、これ」


 頑張って当てようとしてくれたものの、やはり俺の画力では厳しいものがある。


「あぁ、なるほどね。言われてみれば確かにそうね。いいじゃない、ハンバーグ。私も好きよ」

「わ、私もそう思います!」


 なんかすごくフォローされてしまった。

 みんないい子ばかりで、優しくされるのは嬉しいがグサリとくるものがある。

 もっと精進しなければならない。


「じゃあ次は私ね……はい」

「おわぁっ……刺身?」

「えぇ、そうよ」


 芝崎さんが描いていたのは、刺身を綺麗に盛り付けた料亭に出てきそうなお造りだった。

 俺はそんな高いところに行ったことがないが、恐らくはこういうのが出てくるんだろう。

 絵のタッチは柔らかめで、それでいて影をくっきりと描くアニメ塗りをしていた。


「意外性もなんにもなくてつまらないかもしれないでしょうけど……」

「いや、そんなことないよ。確かに意外な一面もいいけど、俺はみんなのことが知りたくてこのお題にしただけだからさ」


俺は目線を下に向けて続ける。


「食べ物もそうだけど、この絵の感じからも人柄がよくわかるんだ。だから……し、芝崎さんのことが知れて……俺は嬉しいし……」


 そう言うと、芝崎さんは耳を少し赤くする。


「か、神瀬くんは自然とそういう……口説いているような言い回しになっちゃうタイプのようね……」

「あ、いやっ……ごめん。口下手で……どう言っていいのかわからなくて」

「謝らなくてもいいわ。じきに慣れるでしょうから……」


 熱くなっているであろう耳たぶを触る芝崎さん。

 それがときめきから来ているものなら、俺は嬉しく感じてしまうだろう。


「さぁ私はもういいから……! 杏愛の番よ」

「はい。私は……これを描きました」


 なぜか恥ずかしそうに差し出されたスマホを見てみると、そこには大盛りのご飯にエビフライやハンバーグ、トンカツなどがギッシリと乗ったものが描かれていた。

 絵は淡い感じで、ヘビーな内容と噛み合ってないのが面白い。


 しかしこの料理はまさか――。


「お子様……ランチ?」

「は、はい……」


 どう見てもお子様ランチの大きさではないが、乗っている具材はまさしくそれだ。


「杏愛、これ……控えめに描いたわね?」

「ええっ!? そんなことは……」


 かなりの大盛りに見えるが、芝崎さん曰く控えめな部類に入るらしい。

 しかし、犬鳴さんは身長こそ高いものの大食いのようには見えない。


 お腹も出ていない気がするが、いいところの高校なので制服も最低限の露出だ。

 正直、パッと見ではわからない。


「美味しそう……そのっ、俺もお子様ランチ好きなんだよ」

「そ、そうなんですか……でも、こんなに大きいのは……みっともないですよね」

「えっ? なんで? 夢というか……ロマンが詰まってていいと思うけど……」

「……え?」

「俺も一度でいいからこういうの食べてみたいなぁ……って」

「そ、そうですよね! わかります……ふふっ」


 まだ緊張感が残っているものの、柔らかい笑顔を見せてくれた。

 すごくお淑やかな微笑みで惚れ惚れしそうになる。


 俺がお子様ランチを食べたいと思ったのはお世辞ではなく事実だ。

 ハンバーグにせよ唐揚げにせよ、こういった茶色いものを好む。

 願わくば犬鳴さんの食べっぷりを見ながら、一緒に食べてみたいものだ。


 そんなことを考えていると、芝崎さんが口を開く。


「その……テ、テレビつけていい?」

「テレビ? いいけど……ボロいから見えづらいと思うよ」

「大丈夫よ、ありがとう……!」


 テレビのリモコンを渡すと、彼女はチャンネルを変える。

 そこに映っていたのは夕方にやっているアニメだった。


 その名も『へべけれ亀子かめこ

 かの有名な浦島太郎を題材にした作品であり、浦島太郎に助けられた亀が酒の力で女の子に変身し彼に猛アタックをするというものだ。

 亀は女の子の姿にはなれるものの、酒を使っているのでベロベロに酔ってしまい、浦島太郎にラッキースケベをかましていくというのがお決まり。

 玉手箱の秘密を知っていることもあり、竜宮城に行かせないようにするのが目的らしい。


 俺も何話か見たが、恥ずかしくなって途中で観るのをやめた。

 なんでこんなものが堂々と夕方に放映されているのかが不思議だが、これも恋愛やひいては結婚に興味を持ってもらうためのものなのかもしれない。


 だとすると、そんなものを女子二人と一緒にいるこの状況で観るのはかなりマズいのでは……?


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