第8話 妙なことはしちゃダメ
最近、すんなり夜眠ることができるようになった。
以前まではまだ寝たくないと思い、夜ふかしをよくしていたのだ。
なんというか、大したことをしていないのに一日が終わるのが嫌だったから。
それが今では違う。
早く明日になって欲しいと、そう思いながら床につく。
心地よい疲労に包まれ、夢も見ることなく熟睡できる。
これも彼女らと出会ったからなのだろうか。
今日は江東さんと川名さんが来られないと言っていた活動日。
夜凪さんにも連絡したが、どうやら風邪を引いてしまったらしい。
だが元気ではあるようで、さいフォンでやりとりをしていた。
江東さんによれば、今日参加してくれるのは犬鳴さんと芝崎さんらしい。
見事にどちらも初回のオリエンテーション以来、会ったことのない組み合わせだ。
その緊張を紛らわせるためにも、俺は質問を連投してくる夜凪さんとやり取りをする。
「なになに……」
「『涼海ちゃんから聞いたけど、唐揚げ好きなの? やっぱマヨネーズかけるの?』」
「江東さん、俺のこと話に出してくれてるんだ……くふふっ。あぁ、返信しなきゃ……マヨネーズと岩塩をかけると最高! っと」
こう、自分の話題をしていることを間接的に知らされるのは嬉しいものがある。
まるで生活の一部にでもなれたかのよう。
ニヤけながら返信すると、爆速でまた返ってくる。
「『恵人ちゃんに奢るんだって?』」
「そうだ……何を奢ればいいんだろ? やっぱりファストフードか? 聞いてみよう。何がいいと思う? っと……」
送ったと同時じゃないかと思うスピードでに返ってきた。
「あ、返ってきた。えーっと……」
「『ホットドッグ屋さんができたらしいよ! そこは?』」
「ホットドッグか……いいな! よし……そこにするっと」
そう送ると今度は目を潤ませた顔文字が送られてきた。
何が言いたいのか察した俺は、ちょっとドキドキしながら返信する。
「夜凪さんも行く? ……これでいいか」
するとすぐさま返ってくる。
「『いぇえええす!』だって、ふふっ」
相変わらず夜凪さんは面白い。
そう思って笑っていると、インターホンが鳴った。
「あ、来たかな」
玄関を開けると、そこには芝崎さんと犬鳴さんがいた。
芝崎さんは警戒心が目から、犬鳴さんは緊張感が全身の微細な揺れから伝わってくる。
ここで下手を打つわけにはいかず、今まで以上に注意して接しようと俺は決めた。
「い、いらっしゃい!」
「よ、よろしく……」
「よろしくお願いします」
部屋には二人だからか難なく入ってくれた。
「じゃあ、そこに座ってて。お茶入れてくるから」
「ありがとう」
「ありがとうございます……!」
前回の反省からコップは新しく購入しており、抜かりない。
お盆に乗せ、慣れない動きで二人に出した。
二人とも綺麗に会釈をしてくれる。
謎に厳かな雰囲気が、俺を茶道教室にでも来た気分にしてくる。
そんなふうに感じていると、芝崎さんがスマホを取り出した。
「大体のことは涼海から聞いてるから、アプリはもう入れてあるわよ」
「わ、私も入れてます! これ、ですよね?」
そう犬鳴さんはきりんペイントのアイコンを見せてくれた。
「それそれ。ありがとう、説明しようかと思ってたから助かったよ。あ、そうだ……これタッチペンね」
「あぁ、ありがとう」
「ありがとうございますっ」
お題を言おうかと思ったとき、芝崎さんが先に喋る。
「好物を描くんでしょ?」
「う、うん。みんなのことを知るにはそれがいいきっかけになるかなって……」
「……そう。じゃあ描くわね」
「わ、私も描きます……!」
芝崎さんは委員長らしく、進行に慣れているのかスイスイと話が進む。
淡々としているイメージがあるものの、出会ってすぐなのだからなおのことだろう。
ゆくゆくは打ち解けられるといいなと考える。
一方の犬鳴さんはやや落ち着きがない。
絵を描くとは言っているものの、周囲を横目で見てしまっていた。
たまに俺と目が合っては、恥ずかしそうに下を向く。
表情に違いはあれど、二人とも緊張感があるのは共通しているはずだ。
俺はなんとか場を和ませようと、低い会話スキルで努めようとした。
しかし、先に話しかけてきたのはまたもや芝崎さんだった。
「その……前に言ったこと、覚えてるかしら?」
「前って……えーっと、自己紹介したとき?」
「そう。そこで……言ったじゃない? 『変な気は起こすな』って」
「あっ、そういえば……」
彼女の言うように、オリエンテーションの際に釘を刺されたことを思い出す。
何かよからぬことをしたかと、身構える俺。
「あれは……ちょっと、いえ……かなり失礼な言い方だったわよね。ごめんなさい」
「……えっ!? いや、そんなことは……」
なんと芝崎さんは謝罪をしてきたのだった。
確かに不躾な物言いだったかもしれないが、警戒するのも無理なかったはず。
俺は言われるまで忘れていたぐらいだったので、謝られて驚いてしまう。
「他の子の話を聞いている限り、そういう妙なことはしない人なんでしょ?」
「し、しないよ!」
咄嗟に否定したが、妙なことというのは何を指しているかによるだろう。
触ったりはしてないが、ドキドキはして色々と考えてしまったのは事実だ。
「で……一つ確認したいだけど、君江が神瀬くんのバイト先に行ったらしいわね?」
「うん、来てたよ。まぁ……すぐに帰っちゃったけど……」
「そのとき……あの子をその……く、口説いたって本当なの?」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ待っ、えぇっ!?」
俺はテンパって言葉がぶつ切りになって出てきてしまう。
夜凪さんにそんなことはしていないはずだ。
というかそれはさっき言っていた『妙なこと』判定ではないのか。
何が何やらわからず、頭が混乱する。
芝崎さんの言葉を聞いた犬鳴さんまで驚いているではないか。
「か、神瀬くん……本当なんですか?」
「違う違う違う!」
「ち、違うの? 連絡先、聞かれたって言ってたけど……」
「そ、それはみんなに聞いてるんだって! 部活で連絡するのに使うでしょ!?」
俺は必死に弁明する。
そうでないと警戒心高めな二人に勘違いされて嫌われるかもしれないと思ったからだ。
「つ、つまり誤解で……!」
「なっ、なるほど……私の早とちりだったようね」
芝崎さんは眼鏡のブリッジ部分をカチャカチャと動かす。
「ごめんなさい、私……こういうことになると、つい気が動転しちゃって……」
どうやら芝崎さんは恋愛絡みの話が出ると先走ってしまうようだ。
「いや、謝らないで! 俺も似たようなもんだから」
「そう? これからも同じように失礼なこと言っちゃうかもしれないけど……」
「いいっていいって! 気にしないで」
こうやって謝ってくるあたり、非常に真面目な性格であるのは間違いないだろう。
これからも、とこれからがあることを言ってくれただけで俺は嬉しかった。
空気を変えるために、俺は話題を振る。
「そ、そういえば……! 二人は絵を描くの?」
「私は……たまに」
「どういう感じの?」
「え? あぁ……アニメ……っぽいのかしらね」
「アニメ塗りってこと? すごいなぁ……」
そう素直に感想を言うと、芝崎さんは下を向いて首を振って否定する。
好きなアニメのジャンルも気になるが、犬鳴さんにも話を振るのが先だ。
「犬鳴さんは?」
「私も描くんですけど……風景画を少しだけ……」
「風景画? 本格的だね」
「といっても……お花を描いているだけなので……」
「生け花が趣味って言ってたもんね?」
「は、はい……」
犬鳴さんは少し照れくさそうに言う。
風景画を描いている様子が目に浮かぶぐらい、イメージ通りの分野だ。
夜凪さんには聞けずじまいだが、こうして聞いてみると全員が絵を描くことに長けていることがわかった。
そもそも絵を描くのが好きだと言っている江東さんの友だちとなれば、趣味も似通ってくるものなのかもしれない。
なんてことを考えていると、芝崎さんがモジモジとして手を挙げる。
「芝崎さん……どうしたの?」
「その……お、お手洗い借りてもいいかしら?」
「もちろん。そこね」
「ありがとうっ……」
そのまま小走りでトイレに行ってしまった芝崎さん。
見ればコップに入れたお茶を飲み干していた。
緊張で喉が乾いていたのかもしれない。
そういう経験は俺にもあり、気持ちはよくわかる。
しかし、トイレをきっちり掃除できていたかだけが心配だ。
そんなことを考えていると、犬鳴さんと目が合う。
彼女はかなりオロオロとしていた。
会話を先導してくれていた芝崎さんがいなくなり、不安になっているのだろう。
俺も緊張するが、ここは部長としての頑張りどころ。
芝崎さんが返ってくるまで、犬鳴さんとの二人っきりの時間が始まった。
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