第7話 初心なのはみんな一緒
翌日、授業を受けていた俺は自然と笑みを浮かべてしまっていた。
女子と知り合いになったことで、心の余裕ができているのだろう。
今まで友だちもいなかったんだから、これぐらいは大目に見て欲しい。
だが、今日はバイトの日。
みんなに会えないのは残念だが、これも生活のためだ。
明日は活動する予定だが、川名さんと江東さんは来られないと言っていた。
残りの三人のうち、誰かが来てくれることを期待し、ノートをとる。
昼休み。
相変わらず校内では一人なため、ぼっち飯をする。
学食は確かに安いものの、毎日食べるのは贅沢というものだ。
今日は昨日の晩飯の残り弁当をいただく。
食べている弁当が今日はいつも以上に冷たく感じる。
一人で食事をすることは嫌いではないが、昨日みたいにみんなで食卓を囲む暖かさを覚えてしまうと、どうにも寂しい気持ちになってきてしまったらしい。
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放課後、俺はバイト先を訪れる。
ネットカフェ『ウツボーイ』である。
長い魚のウツボと男の子のボーイを掛けており、ウツボが尾でマグカップを持って飲んでいるのが目印だ。
俺はここで働きだして一ヶ月の新人。
まだ慣れたとは言えない状況だ。
挨拶は大事だと教わった。
ここではどの時間帯でも来たときにする挨拶は決まっている。
「お、おはようございまーす……」
そう会釈して挨拶すると、今日一緒に入っているパートの町子さんが反応する。
「おはようさん!」
町子さんは関西からやって来たらしい。
いかにも関西のおばちゃんのような風貌で、人当たりがすごくいい。
初めてのバイトを続けられているのも、この人がいてくれたお陰でもある。
タイムカードを押し、ロッカーで制服に着替え、カウンターに出る。
チェーン店だが、そこまで人が多くない。
お客さんがいないときは、もっぱら町子さんのお喋り相手になっていた。
「もうだいぶ慣れた?」
「いやー……まだ、ですかね……色々失敗しちゃうんで」
「ほんま? ようやってると思うけど?」
「そうですかね……」
「もう……自信持ち! あんたはほんま……ハンサムやねんから、しゃんとしたらモテるんとちゃうの?」
「あはは……」
町子さんに肩をバシバシと叩かれ、俺は苦笑いする。
正直、誰であってもそう言ってもらえるのは嬉しい。
だが、お世辞に対してどう返せばいいのかがわからなかった。
などと談笑をしていると、一人のお客さんが入ってくる。
しかし、その風貌に見覚えのある俺は前のめりになる。
(や、夜凪さんっ!?)
そう驚いた瞬間、彼女と目が合う。
そしてニシシといった感じで笑ってきたのだ。
俺は町子さんから離れ、対応しようとカウンターの隅に行く。
すると夜凪さんはそのままこちらへやって来た。
「や、やっぱりここだったんだね……ビンゴだ、ぐひひっ」
「夜凪さん、どうしてここに?」
「ほらほら、お客さんなんだから接客してよ~」
少し離れたところにいる町子さんは俺と彼女のことを不審に思っていそうな目をしている。
ここは早く案内してしまったほうがよさそうだ。
「えーっと……コース色々あるんだけど、どれぐらいここにいるつもりなの?」
「んー、三時間ぐらい?」
「三時間ね……ブースは使う?」
「ブースって……?」
「あぁ、あそこにあるような仕切りのついた場所のこと」
「んあー……それはいいや」
「じゃあ……三時間飲み放題プランね」
俺はメニューを伝えて対応をする。
慣れない場所だからか、夜凪さんは辺りをずっとキョロキョロしている。
「それじゃあ……楽しんでっ」
「はーい。ぐひひっ!」
そう夜凪さんは笑いながら漫画のあるほうへ行った。
それと入れ替わるようにして、町子さんがやって来る。
「ん? なんや知り合い?」
「その……えーっと……」
「んー? ……あっ、これ!?」
町子さんは小指を立て、ニヤニヤしながら聞いてきた。
「ち、違いますって!」
「ほな何よ?」
「同じ……部活に入ってる子です」
「なーんや。おばちゃん、てっきり神瀬くんも青春しとるんかと思てたわっ!」
ガハガハと笑う町子さん。
しかし、どうしてここへ夜凪さんが来たのだろうか。
興味がある素振りは見せていたが、ネカフェには来たことがないはずだ。
訝しむ俺を察したのか、町子さんは腕をトントンと叩く。
「今お客さんおらんからえぇで。なんか話してくることがあるんやったら行ってき」
「いや、でも……」
「遠慮の塊やな……えぇから! ほら、はよ!」
背中をボンっと叩かれ、俺はカウンターから出る。
しかし町子さんと話をしていたため、夜凪さんの姿を見失う。
漫画の棚を歩いて探していると、視線を感じた。
その方向を見ると、夜凪さんは本で顔を隠してこちらを見ていたのだった。
俺は彼女に近づき、話しかける。
「や、夜凪さん……話があるなら部活中にでも聞くけど……」
「違う違う! 神瀬くんの働きっぷりを見に来たの! ぐひひっ」
「働きっぷりって……見てても面白いものじゃないよ?」
「いやー、女子を五人も侍らす男子って普段どんな感じなのかなって、んひひっ」
「ちょ、ちょっと……! 言い方が……」
夜凪さんはニヤニヤと笑いながら俺をからかってくる。
彼女の持っている漫画は男性向けの恋愛漫画だった。
「夜凪さんは……そういう漫画が好きなの?」
「えっ!? あぁ……好きだけど……私雑食だから」
雑食とは色々なジャンルを嗜む人のことを指す言葉。
俺はオタクというほどのオタク知識がない。
ゆえに同性のオタク仲間にも入れず、異性のオタクに関しては未知の領域だ。
「雑食か……そのー……一番好きなのって何?」
「い、一番? や、やっぱり……恋愛漫画かな……あとはホラーとか。少女漫画でも少年漫画でもいいんだけど……あの……そういう要素があればなんでも好きで……」
夜凪さんは自分からはグイグイと聞いてくるが、聞かれるのは苦手なのかもしれない。
「ホラーが好きなんだ。ホラーはあっちのコーナーに多いから案内するよ」
「んえっ? うん……」
俺は彼女をホラー漫画の多いコーナーへ案内する。
「あぁっ! これこれぇっ! 家にもある! 『
「……い、イルカ? そんなのあるんだ……」
「そうなんだよぉ、この表紙に写ってるイルカがメインでさぁ……イルカの幽霊が出てきて、それを退治する何でも屋の話なんだよねぇ……ひひっ」
夜凪さんは早口で俺に説明し、漫画を広げて見せてくれた。
恐ろしい歯並びをしたイルカの幽霊から女の子が逃げているシーンだ。
しかし、ここで俺は一つ気づいてしまった。
今、ものすごく夜凪さんとの距離が近い。
漫画を覗き込むように見ているからだ。
頭がコツンと当たりそうなぐらいの近さで、すごくいい匂いがする。
触ってもないのに体温も感じそうで、心臓がギュッとなりかけた。
しかし身を引こうにも身体がこわばってしまい動かない。
説明が一段落したところで、夜凪さんもその状況に気づく。
そして目が合った。
「どぅわぁああっ!?」
「ご、ごめんっ!」
二人ともバッと離れる。
夜凪さんは顔を赤くしていたが、俺も耳が熱くなっており多分同じようになっているのだろう。
どう言い繕おうか考えていると、彼女が一人でブツブツと言い出す。
「な、なるほど……そういうことかぁ……」
「……えっ?」
「そういうことか、そういうことか、そういうことかぁーッ!」
「ちょっと、声が大きいってっ」
「あぁ、ごめんごめん。ひひっ……」
静かにするようにジェスチャーをして周囲を見渡す。
幸い周りにお客さんはおらず、俺は胸を撫で下ろした。
「それで……なにがわかったの?」
「神瀬くん……き、君はそうやって女子との距離を詰めていたんだね、ぐひひっ」
「いやいや……そんなことは……」
「それ以上言わんでよろしいっ!」
夜凪さんは手のひらを出し、制止するようなポーズを取る。
「こ、このことはみんなとの話のネタにさせてもらうよっ……ひひっ!」
そうニヤニヤと笑って、本を戻した夜凪さんは店を出ようとする。
だが俺は連絡先のことを思い出し、引き止める。
「れ、連絡先! 交換して欲しいんだけど」
「せっ、積極的すぎないっ!? 世の男子はそうなの!? ああああ心の準備がっ! 心の準備がぁあああっ!!」
夜凪さんは完全に暴走してしまっている。
「そうじゃなくて! ……いや、そうじゃないとも言い切れないけど……」
「や、やっぱり!?」
事態をややこしくしてしまった俺は仕切り直す。
「部活の連絡で必要なんだ! だからその……よかったら」
「えあっ!? そ、そういうこと……ふー……」
夜凪さんは火照った顔を手で扇いで冷ます。
そしてスマホを取り出した。
「……えーっと、さいフォンでいいの?」
「そうそう」
なんとか連絡先の交換にこぎつけた。
しかし、彼女のテンションはおかしいままだ。
「うわっ……! 私の連絡先に男子がいる……! 正真正銘、本物の男子がっ!」
そう恐らくは喜んでくれている夜凪さんを見て、なんとも恥ずかしい気分になる。
挙動こそ不審だが、スマホに目を輝かせている彼女はやっぱり可愛かった。
しかし、そう思っているのも束の間。
夜凪さんはスマホをしまうと、店の外へ出てしまう。
「ちょ、ちょっと待って! まだ時間あまってるよ? もったいないって」
「そ、それはわかってるけど……も、もうキャパがいっぱいいっぱいだから……!」
「しからばっ!!」
彼女は顔を真っ赤にし、変な挨拶をしてギャグ漫画みたいな走り方で逃げるように去ってしまった。
俺が女性慣れしていないように、夜凪さんも男性慣れをしていないのだ。
あんないじらしい姿を見せられると、また見てみたいなと思ってしまう。
半ニヤケで店に戻ってくると、町子さんの視線を感じ二度見する。
彼女は親指を立てて、俺以上にニヤついていた。
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