第6話 両手に花、両手に飯

 そうこうしていると、インターホンが鳴る。

 川名さんが帰ってきたようだ。


「お、おかえり! 川名さん」

「おかえりー、恵人ちゃんっ。あれ、いっぱい買ったんだね?」

「ただいまー。ふぃー……やっぱコンビニ行くとあれこれ買っちゃうんだよね」

「荷物、テーブルに置いてもらって」

「ありがと」


 テーブルの上に置かれた買い物袋には、俺たちが頼んでいたもの以上に食べ物が詰まっていた。

 袋に手を突っ込んだ川名さんは、中の物を出していく。


「はい、これすずちゃん」

「わぁっ、ありがとうっ! いちごいっぱい乗ってて美味しそう……。み、見て……描いてたケーキとそっくりだよ?」

「おぉ、ほんとだ……江東さん、絵ほんとに上手なんだね」

「そんな……へへっ」


 江東さんが描いていたのはプチケーキ。

 写実的、とでもいうのだろうか。

 絵の中から出てきそうなぐらいリアルなケーキ。


 それと瓜二つのいちごが乗った小ぶりなサイズのショートケーキを川名さんが買ってきたのだ。

 しかしケーキに目を輝かせる江東さん、やっぱり可愛い。


「で、こっちは神瀬くんのおにぎりと……あと唐揚げと……サラダ」

「あ、ありがとう! でも……なんで唐揚げにサラダまで?」

「なんとなく好きそうって思ってたけど……違う?」

「いや、合ってるよ……ほら!」


 俺はスマホに描いた唐揚げを見せる。

 それが唐揚げに見えるかどうかはさておいて、ドンピシャに言い当てたのだ。


「恵人ちゃんすごいっ……!」

「おー……やっぱそっか」

「な、なんでわかったの?」

「だから勘だって。それに男子高校生がおにぎり一個に満足するわけないしねー……たぶん。あと野菜不足そうだし、ふふっ」


 そう川名さんはクールに微笑む。


 実際、俺は意味のない遠慮していた。

 人に物を頼んで買ってきてもらうことがなかったためだ。

 色々と見透かされていた俺は、嬉し恥ずかしな心境になる。


「んで、これはボクの分、っと」


 川名さんが出したのはハンバーガーとポテト、そしてコーラだった。


「川名さんの好物って……ハンバーガーなの?」

「んー……それだけじゃないけどね。このポテトとか……まぁファストフード全般かな」

「……へぇ、そうなんだ」

「なに、意外だった?」

「その……偏見だけど、国産和牛とかキャビアみたいなのが好みなんじゃないかなって思って……」

「まぁ値段高いほうが美味しい確率は上がるけど、手頃でいつも食べられるほうがボクは好きなんだよねー」


 お嬢様といえども、みんながみんな高いものを好むわけではないらしい。

 十把一絡げには言えないのだ。


「あ、ちなみに私が描いてたのもハンバーガーね」


 そう言って、川名さんはスマホを見せてくれた。

 絵が下手だと彼女は言っていたが、特徴はしっかり捉えたデフォルメ絵だ。

 俺より上手いんじゃないかと思う。

 デフォルメ絵とは元絵が上手い人だからこそ描けるものだからだ。


「おぉっ、いい絵柄……」

「そ、そう?」

「うん!」


 疑問形にしながらも、顔を見れば嬉しそうにしていた。

 やっぱり川名さんは表情がコロコロ変わって可愛い。


「それじゃあ、食べようか」


 三人で間食なのか夕食なのかわからない食事をとる。

 誰かと食事をするなんて、高校へ入学してからは初めてだ。

 しかも同世代の女の子と一緒となると、それだけでテンションが上がってしまう。


 ケーキとハンバーガーという、お嬢様っぽいイメージはないものだが、その食べ方はやはり綺麗だ。

 ケーキを備え付けのフォークで綺麗にカットして小さい口に入れる江東さん。

 手や口が汚くなりやすいハンバーガーを慣れた様子で口に運んでいく川名さん。


 そんな二人を見ていると、自分が変な食べ方をしているんじゃないかと思ってしまうほどだ。


 食事が終わり、俺は川名さんに買ってきた分のお金を払おうとする。


「川名さん、いくらだっけ?」

「え? あぁ……レシートどっかいっちゃったな……」

「じゃあ適当に渡すよ」

「いや……次奢って。それでいい?」

「えっ……あ、うん」


 なんだ今のやり取りは。

 読んだことはないが恋愛雑誌に載ってそうなスマートな返しだ。

 江東さんはそんな彼女の振る舞いに慣れているのか、俺たちのことをニコニコとして見ていた。


 外が暗くなっていることに気づいた俺は、二人に言う。


「遅くなっちゃうし、そろそろ終わろう。今日は二人ともありがとう!」

「こ、こちらこそっ」

「同じくー」


 そこまで言って、俺はハッと思い出す。


「あ、そうだ……その……れ、連絡先とかって……」


 尻切れトンボな言い方も相まって挙動不審になってしまった。

 人に連絡先など聞いたことがない俺はこれが限界なのだ。


 しかし彼女らはキモがる様子もなく、スマホを取り出す。


「こ、交換しよっ。なにがいいかな……やっぱり『さいフォン』?」


 さいフォンとは個人やグループで通話やメッセージのやり取りができるアプリだ。

 動物のサイがイメージキャラクターになっており、恐らく一番普及している連絡手段である。


「さいフォンねー……あれ、どうやって友だち登録すんだっけ?」

「えーっと……ここかな?」

「おっ、ありがと。詳しい」

「いやいや、私も恵人ちゃんたちぐらいとしか交換してないから詳しくないよ」


 川名さんに交換方法を教えてあげる江東さん。

 その優しさに改めて感心しながらも、自分の友だち欄のスカスカ加減に泣けてくる。


 俺の友だち欄には家族とバイト先のシフトを出すパートさんぐらいしかいない。


 しかしそこにこの二人が加わるのだ。

 こんなにも嬉しいことはない。


「じゃ、じゃあ送るね」

「ボクも送るー」

「……あ、来た! ありがとう」


 このときの俺の顔はわかりやすいほどの笑顔だったのだろう。

 二人もそれを見て小さく笑っている。


 喜びの余韻に浸りながら、俺は勢いをそのままに彼女らに提案する。


「そ、その……もう外暗いし……よかったら送るけど……」


 そう言った瞬間、二人は目をパチパチとさせる。

 この沈黙の中で俺はやってしまったと後悔した。


 人と接する機会が少なかった者は、距離感を縮めるのが下手なのだ。

 すごくよそよそしいか、馴れ馴れしいかの両極端。

 俺は調子に乗って後者の選択をしてしまったのだった。


 しかし、二人の反応は思っていたものと違った。


「あ、ありがとう……」

「じゃあ……お願いしよっかな」


 まさかの返答に、俺は硬直する。


 二人いるから言えたのかもしれないが、それでも快く受け入れてくれたのは嬉しい。

 危うく前言撤回しそうになったものの、返答を待ってみてよかった。


 こうして俺は川名さんと江東さんを、彼女らが使うバス乗り場まで送ることとなった。


 正直、田舎でもないので街灯もあれば学生通りということで店も開いている。

 人通りもまずまずある中で、本来ならば余計なお世話なのかもしれない。


 そう思う気持ちはあれど、俺は女子二人に挟まれて歩くことに感動すらおぼえる。


「次っていつ?」


 川名さんにそう聞かれ、俺は頭の中でスケジュールを組む。


「明日はバイトのシフトがあって……休みになるから……明後日かな」

「明後日? あー……その日は行けないかも。アクセ買いに行くから」

「わ、私も小テストの勉強しなきゃいけないから……ごめんねっ」

「いやいや! 部活には暇なときに来てくれればそれでいいから」

「ま、みんなのスケジュールが合わないのは今週ぐらいじゃない? 来週からは普通に集まれると思うけどねー」


 俺が部活の募集を出してすぐに応募してくれたため、スケジュールが合わない子が多いようだ。

 そもそも俺のバイトの都合に合わせてもらっている以上、彼女らの予定は加味したい。


 とそんなことを言って歩いていると、目的地のバス停のほうまできた。


 あれが彼女らの通う高校の送迎バスらしい。

 車体の側面には桜栄学園高等学校とお洒落な感じでデザインまで施されている。

 さすがお嬢様学校といったところだろうか。


「ま、またね……神瀬くんっ」

「じゃあねー」

「うん、また!」


 そう言って送り出す。

 窓の向こうから、江東さんは小さく手を振ってくれ、川名さんはピースをしてくれた。

 それにニヤけながら、俺も手を振り返す。


 バスが行き、その影が見えなくなるまで佇む。

 俺の胸の中には、これまで感じたことのない充足感で満ちていた。


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