第5話 ファン一号

「あ、すずちゃんじゃない?」

「たぶんそうだね。出てくる!」


 玄関を出ると、予想通り江東さんが来てくれた。

 少し肩で息をしているのを見るに、急いでくれたらしい。


「ご、ごめんなさい! 中庭のお花を手入れしてたら遅れちゃって……」

「いやいや! そんな遅れるとか気にしないで。き、来てくれるだけで十分だから! ……あぁ! 川名さんもいるから、入って」

「お邪魔しますっ」


 少し小っ恥ずかしいことを言ったのを誤魔化すように、俺は招き入れる。


「すずちゃん、来たかー」

「うんっ。もう何か始めてたの?」

「まだだよー、今からだよね?」

「うん。まずはそれぞれどういうタイプの絵を描くのか見てみたくて」


 江東さんにも座ってもらいスマホの画面を見せる。


「この『きりんペイント』ってやつをダウンロードしてもらっていい?」

「うん、やってみる!」

「ういー」


 これは俺も使っているスマホのお絵描きアプリで、色々使った中で一番使いやすかったのだ。

 なによりタダなのがいい。


「で、これは二人の分のタッチペンね」

「い、いいの?」

「ど、どうぞどうぞ!」

「ありがとうっ」

「あんがと」


 座布団を買うついでにタッチペンも人数分注文しておいたのだ。

 安物だがレビューを見るに良さげではあった。

 こんなのでもプレゼントした経験は初めてで気恥ずかしい。


「それで描いてもらうんだけど……なんかお題とか決めたほうがいいかな?」

「か、神瀬くんに任せるよ」

「そう? それじゃあ……うーん」


 川名さんが初心者ということを考えると、あまり難しいお題はよくないだろう。

 ここは無難なものにしておこう。


「よし。お題は『好きな食べ物』で……いい?」

「うんっ」

「好きな食べ物~? んぁーむずいなぁ」

「あっ、じゃあ変えようか?」

「いや、大丈夫~」


 そう言いながら、二人はスマホに絵を描いていく。

 このお題にしたのは、彼女らのことを知るためにも聞いてみたかったのだ。

 食べ物の話題は人を選ばずに話を広げられるのではないかと思ったからだ。


 しかしそんなお題を出してみたものの、自分の好物を一つに絞るとなると確かに難しい。

 毎日食べているものは手頃なものばかりで、好きで食べているものが少ない気もする。


 スマホにタッチペンが小気味よく当たる音がする。

 それぐらい静かな状況ということで、妙に緊張してきてしまった。


 話すのは緊張するが、静かなのも緊張する。

 本当に厄介な性格だ。


「その……さっき言ってた花の手入れって……江東さんは園芸委員なの?」

「いやっ、そういうわけじゃないんだけど……昨日の夜、風が強かったみたいで……花壇が荒れちゃってたから直そうなかなと思って……」

「そうなんだ。……お、お疲れ様!」

「んえへへ……あ、ありがとうっ」


 江東さんはめちゃくちゃ可愛い笑顔で照れている。

 思わず感動してしまいそうになるほどだ。

 思い切って話しかけてみてよかった。


 それにしても、あまりにも人として出来すぎている。

 どう生きてきたらそんなふうに育てるのか。

 俺も憧れているだけじゃなくて、見習わなければならない。


 そんな中、ふと川名さんのほうを見れば彼女はモジモジとしていた。


「川名さん……どうしたの?」

「え? あぁ……なんかその……お腹空いてきちゃって……」


 ほんのり顔を赤らめる川名さん。

 放課後のこの時間、腹が減るのは大いに共感できる。


「なんか買ってくるかなぁって思ってたけど……」

「この近くだと……コンビニとスーパーぐらいかな? 食堂も少し歩けばあるね」

「いや、そうじゃなくて……やっぱ人ん家でムシャムシャはなぁって……」


 と彼女が言っていると、可愛らしいお腹の音が聞こえた。


「あっ……ごめん」


 俯いて顔を真っ赤にしてしまった。


 川名さんは遠慮している。

 ならここは俺が後押ししてやるべきだ。


「あぁー……俺もお腹すいてたから何か食べようかなって思ってたんだ」

「そうなの? ふー……じゃあ買ってこようかな」

「俺も行こうか?」

「神瀬くんは家にいて。家主だし」

「そっか、わかった」


 咄嗟に出た言葉だったが、俺も腹が空いているのは事実だ。

 だが、あいにくこの部屋の冷蔵庫にはすぐに食べられそうなものがない。

 米は炊いて冷凍してあるが、おかずはスーパーの惣菜が多いのだ。


「で、なんかいる?」

「えっ!? あぁ……じゃあ、おにぎりで」

「おにぎりね。すずちゃんは?」

「私は……ケーキ、かな……」


 なぜか横目で俺のほうを見てくる江東さん。

 ケーキを食べたいと言うのが恥ずかしいのだろうか。


「おっけー、そんじゃ行ってくるわ」

「いってらっしゃいっ」

「気をつけて」


 江東さんが手を振り川名さんが買い物に出ていくと、俺と彼女の二人っきりになる。

 またもや緊張する組み合わせが来てしまった。


「江東さんは……ケーキ好きなの?」

「えっ、んー……うん」

「あっ、そうか! 今描いてるのも、もしかして……」

「ケーキ描いてるよ……ふふっ」


 ニッコリと笑い、彼女はまたペンを進めていく。

 好物がケーキとは、イメージにピッタリだ。


 俺もお喋りばかりしていないで描かないといけない。

 だが、やはり江東さんが近くて落ち着かないのだ。


「その……どうして入部しようって思ったの?」


 そう聞けば、江東さんは少し俯く。


「ま、前から……神瀬くんの描く絵のファンだったから……」

「俺の絵って……『週刊くま日和』のこと?」

「うんっ……それっ」


 週刊くま日和。

 俺が中学に入る頃から書き始めた四コマ漫画だ。

 主人公の名前のないクマが一人、人間の滅んだ世界でのんびり暮らすというお話。

 週刊と銘打っているが、気まぐれに更新するものになっている。

 人気は出ておらず、フォロワーも増えていない。


 しかし、その作品に対してお気に入りを欠かさずしてくれたのがウサギアイコンの江東さんだったのだ。


「ファンか……ありがとう。たぶんファン一号だと思うよ、嬉しくないかもしれないけど」

「ううんっ! 嬉しいよ……大好きな作品だから……」

「そ、そっか……」


 好きと言われたのは作品のほうであって、俺ではない。

 なのに心臓がバクバクと跳ね、手に汗をかくのがわかった。


「俺、自分じゃ出来があんまりかなって正直思ってたけど……そう言ってもらえるなら、ちょっと自信持ってみようかな」

「うんっ! 応援してるね」


 嬉しい。

 その感情だけが俺の中に満たされていく。


 なんでもっと早くにその応援してくれていた一人を大切に思えなかったんだろうか。

 多くの人に評価されないことばかりに目が行って、肝心なことを見失っていた。

 これからはいつも江東さんが見てくれていると思って頑張ろう。


「それで、みんなを誘ってくれたのはどうしてなの?」

「やっぱり……知ってもらいたかったからかなっ。自分が好きなものを……他の人にも好きって言ってもらえるのは嬉しいから……」


 恥ずかしがりながら、江東さんはそう言ってくれた。


 感情を共有する相手がいる。

 それができる江東さんを心底羨ましいと思う気持ちが募る。


 彼女たちは、俺にとってそういう人になってくれるんだろうか。


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