第4話 ボクっ娘とのひととき

 その日はオリエンテーションということで、すぐに解散することになった。

 というか、早く帰ってもらわないと俺が持たないのもある。


 一人になった俺は、まだ女の子の匂いが残る部屋でベッドに腰掛ける。


「これは……大変なことになったぞ……」


 女の子が家にたくさん来るなんてのは夢のまた夢。

 それが現実のものとなった嬉しさは当然ある。

 だがそれと同じぐらいに、ちゃんと部活を切り盛りしなければいけないと感じたのだ。


 そう思いながらスマホを見ると、メッセージが来ていた。

 ウサギアイコンの江東さんからだ。


「『今日はありがとう! 明日からよろしくね!』だって……んほほっ」


 気持ちの悪い笑みを浮かべてしまう。

 こういう距離感のメッセージを送られると、こうなってしまうのだ。


「あ、みんなの連絡先聞くの忘れてた……」


 いっぱいいっぱい過ぎて、そのことが頭から抜け落ちていた。

 集まる場所はこの家だが、授業の終わるタイミングはこっちとあっちで違うかもしれない。


「とりあえず……江東さんに伝えとくか」


 時間は俺が家に帰ってこられそうな16時にしておいた。

 江東さんにそのメッセージを送ってスマホをスリープモードにさせた瞬間、返事が返ってくる。


「はやっ!」


 見れば、彼女らに伝えてくれるようだ。

 なんとも頼りになる子だ。


 俺は明日から始まる部活生活に期待に胸を膨らませるのであった。


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 翌日、放課後。

 俺はいつもならダラダラと歩く帰路を、かなりの速歩きで駆け抜けていった。

 気持ちは走りたいほうに傾いていたが、運動神経の悪い人間は走り方がキモいのだ。

 それならまだ速歩きのほうが幾分かマシだろうという判断をした。


 アパートに近づいていくと、二階である俺の部屋の扉の前に誰かがいた。


「え、まだ時間になってないよな……?」


 スマホの時計を見れば15時45分。

 俺が遅刻したわけではなさそうだ。


 階段を上がっていくと、そこにはあのボクっ娘川名さんがいた。


「あっ、早いんだね!」

「え、うん」


 俺より先に来たのは川名さんだけのようだ。


「えーっと……他のみんなは……」

「あー、すずちゃんはもうちょいで来るんじゃない? くれあちゃんは習い事があるって。きょうこちゃんは委員会で来れないんだってさ。で、きみちゃんはアニメのコラボカフェ予約してたから外せないらしいよー」

「そう……なんだ」


 名字しか覚えきれていない俺は、オリエンテーションのときにスマホにメモした名前を確認する。

 すずちゃんは江東さん、くれあちゃんは犬鳴さん、きょうこちゃんは芝崎さん、きみちゃんは夜凪さんだ。


 つまり、しばらくは川名さんしかいないわけだ。

 部屋に大勢の女の子がいるのも緊張するが、二人きりなのもそれはそれで緊張しそうだ。


「じゃ、じゃあ中で待ってようか」

「おっけー」


 川名さんは軽い返事をした。

 しかし、ドアを開けても中に入ってきた気配がない。


 俺は後ろを向くと、彼女は足を止めており躊躇いが見られた。


 これはマズいと思い、無い頭を回転させてフォローする。


「えーっとアレだったら外で待つ? 公園とかでもいいし」

「……いや、大丈夫」

「そ、そう?」


 警戒心はまだ感じるものの、部屋で待ってくれるようだ。

 しかし、部屋に入った川名さんは神妙な面持ちで突っ立っていた。


「その辺に座っててもらえれば……」

「あ、うん」


 昨日は友だちが一緒だったから容易に入れたのだろう。

 考えてみれば無理もない。

 ほぼ初対面相手の部屋に入るのは、男でも勇気がいる。


 などと考えながらお茶を入れようとしたが、あることに気づく。


「あ、コップ……」


 一人暮らしをしているため、最低限のものしか置いていない。

 予備ぐらい置いておけよと思われるかもしれないが、そこまで考えられるほどまだこの生活に慣れていなかったのだ。


 紙コップも常備していなかったため、どうするかと辺りをガサゴソとする。


 すると俺に声がかかる。


「いいよ別に。神瀬くんも座んなよ」

「あぁ……うん、わかった」


 むしろ気を遣わせてしまったなと反省しつつ、座布団に座ろうとする。

 座布団だけは揃えないといけないと意識していたため、昨日の夜にネットで六つ注文して準備しておいたのだ。


 しかし、ここで俺は止まる。

 この場合、どこに座るのが正解なのだろうと考えてしまったのだ。


 正面に座ると妙な圧をかけてしまうのではないか。

 かといって正面から左右にズレて座ると印象が悪くないか。

 横に座るのなんて一番ありえないことだ。

 そもそも川名さんは来客なのに入り口に近い下座とかいう場所に座らせてしまったぞ。


 などとグルグルと考えてしまう。

 こんなだから人付き合いが下手なのだ。


 そう悩んでいると、川名さんが口を開く。


「……どこに座るか決まった?」

「えっ!? あぁ……っと。なんで……わかったの?」

「そりゃ……神瀬くんもボクと同じようなタイプでしょ?」

「……え?」

「あぁ……勘違いしないでよ。暗いって言ってんじゃなくて……何ていうかな。あれこれ考えるクセがあるっていうの? そういうの」


 ズバリと言い当てられた。

 川名さんは俺と同じと言ったが、思えば入るときに見えた躊躇いもそういうことなのだろうか。


 俺は頬をかきながら、彼女の正面に座った。


「……そうなんだよね。経験不足だからどうすればいいか悩んじゃってさ」

「ふーん。女子を部屋に上げたことがないってこと?」

「まぁ……。昨日が初めてでさ……人が来ること自体が初めてなんだけど」

「そっか。まぁボクも男子の家に上がったことないしお互い様だよ。てか……話したのも神瀬くんが初めてだし」


 目は相変わらず合わなかったが、すごく会話をしてる感がある。

 誰かに共感してもらうのって、こんなにも嬉しいものなのか。


 初回のイメージから川名さんは口数が少ないのかと思っていたが、こうして話をしていると割と弁が立つほうなのかもしれない。


「あぁ、あと……本当に気を遣わないでいいから。そんなに気を張ってたら活動どころじゃなくなるでしょ」

「それは…確かに」

「……わかってなさそう。……ふふっ」


 川名さんは小さく笑った。

 伏し目がちに微笑むその姿に、普段のクールさのとギャップもあってか恐ろしく可愛く見える。


 思わずガン見しそうになるのを首を振って誤魔化す。

 こんなにいちいち女の子にときめいていたら心臓が持たない。


 ひとまず二人で活動を始めようとした瞬間、インターホンが鳴った。


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