LOT 01 幕開けのパールイヤリング-⑦

「また……試すんですか?」


 自然と声が低くなり、アイレは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。関わりたくないのに振り回されて試される。なんて身勝手な人たちなの。


「我々は〈ハウス〉ですから。得意な鑑定分野はありますか?」

「目に見えるものでしたら、だいたいは問題ありません」


 さっそく、アイレの前に料理を出すかのように銀皿が置かれた。皿には研磨とカットを終えたさまざまな色の石が十個、無造作に転がっている。


「手頃な値段のものから希少な貴石までそろえました。価値の程度は無視して、純粋に真贋しんがんだけを教えてください」

「……わかりました」


 石の種類がバラバラなのは、複数個の比較によって鑑定するのを防ぐ意図だろうか。だけどどれほど嫌でも、王子の命令を突っぱねられるほど命知らずじゃない。

 アイレは石をひとつずつ取りあげ、意識を集中させた。この場合の真贋とは、天然物かそうでないか。

 ジョシュアはともかく、残りふたりの探るような視線に肌がちりちりする。

 やがてアイレの視線の先で、石は鮮明な輝きを放つものと色を失うものに分かれる。アイレは本物を左に、贋物がんぶつを右に寄せた。

 フェリクスが、まなざしをわずかに鋭くして顔を上げる。


「判断の基準をうかがっても?」

「説明は難しいですが……見えかたが違います。本物には本物の、贋物には贋物の見えかたがあります。その見えかたに従うだけです」

「なるほど。知識によって鑑定するバルトと違って、貴女はご自分の感覚に自信があるのですね」

「自信は関係なくて、ただ伝わってくるというのが正しいですが」


 感覚といえば否定できないが、そう「見える」のだから説明のしようがない。

 とはいえ信じてもらうのは難しいと思う。現にフェリクスも考えこむ様子だ。バルトルートは言うまでもない。


「それで結果はどうだ、フェリクス」


 フェリクスは返事の代わりに微笑ほほえんで皿を引き寄せると、アイレに向き直った。


「その鑑定眼をどうか〈ハウス〉のために貸してくれませんか。私は立場上、オークションに表立って関わることができないので、貴女が来てくださると助かります。これは命令ではありませんし、無理強いはしませんが」

「当たってたんだ! やっぱりすごいね、アイレ」


 ジョシュアが歓声を上げるが、心中は複雑だ。ものやわらかなフェリクスだが、アイレのをどこまで信じたのか表情から読み取れないせいかもしれない。

 顔が曇る。わざと外せばよかったとまで思えてくる。


「わたしはただの郵便配達員ですし、皆さんのお役に立つとは思えません。どうかご放免ください」

「そのとおりだな。まして、フェリクスは見た目こそ優男だが実はなかなかどうして腹が黒い。引き受けると後悔するぞ」


 横から口を出したバルトルートを、ひとり嬉々ききとした様子のジョシュアがたしなめる。


「なんでさ。アイレは見事に真贋を当てたし、フェリクスもこう言ってる。なんの問題もないでしょー。バルトだって、あのエメラルドを褒められて満更でもないくせにさ」

「関係ない。俺は、この女を信用できない」


 それはお互い様でしょうと言いたいし、そもそも引き受けたくない。命令同然の頼みを前にして、口にできないだけで。

 こうなったらいっそ身の上を明かして、彼らが酔狂な誘いを取り下げるように仕向けたほうがお互いのためかも。

 アイレがその考えに傾きかけたとき、フェリクスが深刻そうに片眉を上げた。


「おや、欠けが……鑑定の前にはなかったはずですが」


 フェリクスが銀皿から本物である石のひとつを手に取る。アイレはひやりとしてフェリクスの席へ回りこんだ。彼の手元にある透明なコバルトブルーの石を覗のぞきこむ。

 ラウンドカットを施した石の上部が、わずかだがたしかに欠けている。

 どっと冷や汗が噴きだした。


「この石は他国からの友好のあかしとして献上された品でしたが、まさか鑑定で欠けを作られるとは……困りました」

「あ、あの……ちなみにこの石はおいくらほどの……」


 脈が乱れる。震える声で尋ねると、フェリクスが沈痛そうに声をひそめた。


「市場にはまず出回らない、希少な石です。値のつけようもありませんが、あえて言うなら、王族専用車と同等でしょうか」


 ひっ、と声にならない悲鳴が漏れる。めまいがしてきた。王族専用車といえば四頭立ての、全面に金の装飾が施された豪華極まる馬車だ。

 一生どころか人生を三回ほど周回して働いても、工面できる気がしない。


「申し訳ございません……!」


 アイレは頭が膝につくほど深く腰を折った。王家の所有する石に傷をつければ、絞首刑でも足りないはず。どうやって罪を償えばいいのか見当もつかない。


「いえ、貴女を〈ハウス〉に勧誘したこちらに非があるのでしょう。もういいですから、頭を上げて。貴女はお帰りなさい」

「そんなわけにはいきません!」


 すまなそうに声をかけられ、アイレは頭を跳ねあげた。

 郵便配達でだって、配達事故があれば配達人が弁償する。どんないきさつであれ、あの欠けは石に触れたアイレの責任。

 でも、お金のないアイレにできることはひとつしかない。逡巡しゅんじゅんもつかのま、アイレはふたたび腰を折った。


「弁償の代わりになるかどうか自信はありませんが……せめて、この目が役に立つなら〈ハウス〉で使ってください」

「いいのですか? 無理強いはしたくありませんが」

「とんでもない! 殿下の御心のままに」


 そのとき頭を深く下げていたアイレには、フェリクスが意味深な顔でバルトルートたちに目配せをしていたことなど、気づく由もなかった。

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