LOT 01 幕開けのパールイヤリング-④

 バルトルートにうながされ、アイレは並んだ品物を順に手に取る。

 実際には見ればわかるが、触ってたしかめる素振りをする。疑念と好奇に満ちた視線がまとわりついたが、無視してすべての確認をすませた。


「……この中にはありません。この四つはすべて本物です」

「なぜそう思う? 判別がつかないなら素直にそう言え」

「この四つには、どれも本物だけが持つ特有のたたずまいが感じられました。間違いなくすべて本物です」


 アイレがふたりに向き直って告げると、バルトルートが薄く笑った。


「本物だけが持つ佇まい? それらしいことを言えば俺たちが信じると思っているのなら、やめておけ。それくらいなら、子どもでも言える」

「でも事実です。過去に見た一級品の雰囲気と照らし合わせれば判別できますから」


 一級品の数々を見てきた経験で目利きできるのは、噓じゃない。

 しかしアイレが確信を持って鑑定できるのは、少々特殊な目のおかげだった。


 真贋を確認するとき、アイレは対象に焦点を合わせて目を凝らす。すると周りの風景がぼんやりして、対象だけが浮かび上がってくる。

 そのときアイレの目に映る本物には、鮮やかな色がある。質感も伝わってくる。だが贋物の場合は違った。

 品物の持つ色彩が消えてしまう。

 のっぺりと平坦へいたんで、さながら年端もいかない子どもが描いた白黒の絵。

 こんなふしぎな見えかたは、品物に意識を集中したときだけ。意識しなければ、いたって普通に色が見える。

 ……なんて、怪しまれるから口にはしないけれど。


「ただ、この中に限定しないなら」


 アイレはまったく納得していない様子のバルトルートに挑戦的な目を向け、ジョシュアが着ていたテイルコートの襟元を指さした。


「レドネ様が襟に挿しておられるピンのカメオは贋物ですよ」

「これ親指の先くらいの大きさしかないのに、よくわかったね!?」


 ジョシュアが目を見開き、女性の横顔が彫られたカメオのクラヴァットピンを襟元から外す。


「実はついさっきバルトに言われて、付け替えたんだ。ちょうどアイレがこの部屋で僕らを待つあいだにさ。驚いたなー、これだけの目利きには初めてお目にかかったよ」


 ちょっと待った。アイレはバルトルートをにらんだ。


「これが贋物だと知っていて、わざとわたしを試したんですか?」

「この程度のもの、試すというほどでもないだろう。カメオは石や貝殻などに浮き彫りを施したものを言うが、こいつは本物のストーン・カメオから取った型を使い、ガラスを流しこんでできたものを瑪瑙めのうに貼りつけただけだ。フレームから出た側面を確認すれば、見分けられる」


 オークショニアだけあって、作品に関する知識は豊富らしい。だが、トレイ上のカフリンクスを取りあげる仕草ひとつとっても、アイレへの不信感が伝わってくる。

 一方、クラヴァットピンをしげしげと眺めるジョシュアは純粋に驚いた様子だ。


「けどこれ、僕がずっと身につけてたから、アイレが側面を見る隙はなかったはずだよー。だいたい、これは精巧な作りだから判別は難しいってバルトも言ってなかった? 贋物だと発覚したのも、僕がたまたまおなじものを持ってたからだし」

「……だとしても、なにか仕掛けがあるはずだ」


 バルトルートは苦々しそうな顔で、執事に命じて自身のシャツにカフリンクスをつけさせる。

 でもこっちも不満だと言いたい。試されたことも、それについて悪びれた様子がないのも、気分がよくない。このもやもやよ、ふたりに届け。


「わたしがなにを仕掛けたというんですか? 試したのはそちらですよね。しかもトレイの品の真贋を見極めろと言っておいて、よそに贋物を用意するなんて悪趣味です」


 アイレはむっとして椅子から腰を浮かせかける。だが、険しい表情で近づいたバルトルートが、椅子の肘掛けに手をつくほうが先だった。


「では答えろ。労働者階級ワーキングクラスでありながら、高級品の鑑定ができるおまえこそ怪しい。いったい何者だ?」


 今にも鼻先が触れそうな距離。

 威圧感に負けじと、アイレも真正面からバルトルートを見返しながら立ち上がった。


「ただの郵便配達員です」


 バルトルートが体をよける。アイレはそのまま帰ろうとしたが、ふと思いついてバルトルートをふり返った。


「そのカフリンクスは、試させるには向かない品ですよ。わざわざ鑑定するまでもありません。それ自体が発光しているような深い輝きとれたような艶を見ただけで、まぎれもなく最上の品だとわかりますから」


 を使わなくてもわかる。その輝きは美そのもの。


「おまえ……」


 それまでうたぐぶかい表情を隠しもしなかったバルトルートが、目をみはった。

 目が戸惑いに揺れて、つけたばかりのカフリンクスに触れる。

 アイレに対するぞんざいな口調とは裏腹に、その手つきは繊細だった。


「……いや、いい」


 なんなの。肩透かしを食った気分で、アイレは会釈して扉に足を向ける。ところが今度は、先回りしたジョシュアが扉に立ち塞がった。


「あああのさ! 僕は、アイレの鑑定眼はたしかだと思う。だからええと、さっきのイヤリング……セール直前に出品作品に追加されたものなんだけど、あれもアイレの言うとおり贋物だったんだと思う。出品者もすぐ捕まるはずだよ」

「わたしもそう願います」

「そういうわけでさ、アイレも〈ハウス〉の一員になってよ」

「……はい?」

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