LOT 01 幕開けのパールイヤリング-③

 アイレは、オークション会場を含めた広間が並ぶ通路とは反対側の、居間に通された。

 クリーム色の壁と金装飾にラズベリー色のファブリックが映える、華やかな部屋だ。目がチカチカして、ごくりと喉が鳴る。

 窓辺のテーブル上の花瓶にはバラがふんだんに生けられ、オーク材で揃えられた家具は数こそ少ないがどれも重厚かつ優美で、圧倒されてしまう。染みや傷のひとつもつけないように、気をつけないと。

 勧められた椅子に腰を下ろして待っていると、硬質な靴音とともにさきほどのオークショニアが現れた。眉間の皺が深い。


「失礼した先がうちのキッチンとは、ひねりが利いているじゃないか」

「あなたのために利かせたわけじゃなかったんですけどね。それで、ご用件はなんですか?」


 覚悟を決めて尋ねると、彼がさらに眉間に皺を刻んで近づいてきた。


「単刀直入に言う。真珠のイヤリングが贋物だと言ったのは、おまえだな? ビッドを取り下げた御仁が、郵便配達の格好をした女に止められたと証言した。俺も、おまえが御仁になにかするのを見た」

「見ていらっしゃったなら、わざわざかなくてもいいじゃないですか。おっしゃるとおりわたしです。ところでビッドって?」

「入札のことだ。それも知らずにセールに参加したのか? まあいい、なぜ贋物だと言った? 答えによっては警官を呼び戻す」


 アイレが犯人だと決めてかかったような口調に、尊大な態度。かちんときて、アイレはオークショニアをにらみつけた。


「まさか、わたしがうそをついたとお疑いですか? あんなの、見ればわかります」

「おまえが立っていた位置からでは、細かい部分までは確認できなかったはずだ」

「そちらこそ、イヤリングがすぐ隣にあったのに気づかなかったんですか?」


 にらみ合うと同時に居間の扉が開き、これもさきほど会ったばかりの童顔の青年が入ってきた。


「バルト、自己紹介もせずにいきなり喧嘩腰けんかごしはやめようよ。穏やかがいちばん」


 かっちりとした正装でも愛嬌あいきょうの感じられる青年は、胸に軽く手を当ててお辞儀をした。


「初めまして。僕たちはオークションを主催する〈ハウス〉の者で、こっちはオークショニアであるウォード侯爵家当主のバルトルート・ダン・ウォードきょう、そして僕はおやつ係でレドネ男爵家次男のジョシュア」


 バルトルートが威圧的な態度を崩さないのに対して、ジョシュアは朗らかで語尾を伸ばす癖にも嫌味がない。子犬みた……もとい、母性本能をくすぐるタイプだ。あとおやつ係ってなに。


「さっきは褒めたつもりだったんだよー。でもタイミングを間違えたね、ごめん。昔からよくそれで失敗するんだよね……戻ってきてくれてよかったよ。お近づきになれてうれしいな。名前を教えてくれる?」

「……アイレです。姓はありません」

「かわいい名前だねー。バルトもそう思うでしょ?」

「にこりともしないとは、無愛想な女だな」


 それ、本人の前で言う? 笑いかたなんて何年も前にわからなくなったきりなので、無愛想と思われても否定できないけれど。


「バルトの言葉は気にしないで。って、僕が言うまでもないかな。さっきバルトに言い返すのが廊下にまで聞こえてきて、驚いたよー。僕らの周りには、バルトの顔を見ただけで震えて、話しかければ失神する女性が多くてさ。あ、理由の半分はバルトの顔が整いすぎているのが原因で、あとの半分はバルトが素っ気ないせいだけど」


 上流階級アッパークラスの女性はそんなにもはかなげなの。そちらのほうが驚きだ。


「ジョシュア、俺たちのことはいい。今はイヤリングの話だ」

「ですからそれはさっきも申し上げたとおり、噓はついていません。贋物に気づいた手前、そうと知らずに高額で贋物をつかまされる落札者が気の毒で、声をかけただけです」


 アイレが訴えると、バルトルートに指示された執事が部屋を出た。しばらくして、銀のトレイが載ったワゴンを押して戻ってくる。

 バルトルートが白のシャツからシルバーのカフリンクスを外して、手に遊ばせた。


「この国の法律が、贋物の売買に厳しいことを知っているか? たとえ故意でなくても、売買が成立していれば売り手には禁錮二十年を超える刑が待っている。資産も差し押さえられる」


 背景には、ここ十年ほどで大陸を襲った工業化の波がある。

 大量生産された工業製品は、主要産業の発展で他国に後れを取っていたこの国、トゥルディアへ続々と流れこんだ。

 だがやがて輸入品に粗悪なものがまじり始める。

 そのためトゥルディアでは、自国産業や文化を保護する目的で、贋物の売買に関して厳しい法的措置が取られるようになった。


「そういえば、警察が関係者を追うと聞きました。贋物の出品者を捕まえてくれるんですよね?」

「あれは念のため通報したからであって、作品の真贋しんがんは現時点では不明だ」


 バルトルートがアイレの言葉を訂正する。だから贋物がんぶつだってば。


「とはいえ贋物の売買が成立すれば、売り手と同様に仲介した俺たち〈ハウス〉も罰を科されるおそれがある。だから品物をセールにかける際には細心の注意を払う。そこでだ」


 バルトルートが手の中のカフリンクスを銀のトレイに置く。長方形の角をカットした形のエメラルドが見事な逸品だ。

 そのほか、トレイには三つの品物が並んでいた。

 黒べっ甲に象嵌ぞうがん細工が全面にあしらわれた、楕円だえん形の小物入れ。

 水辺で男が神の前にひざまずく場面が描かれた、陶器のつぼ

 うさぎの毛並みまで再現した、繊細な銀細工の水差し。

 アイレがそれらに目をやるのを受け、ジョシュアが説明を加える。作られた年代、作者、用いられた技法と特徴、そしてどのような持ち主を経てきたか。


「これらは、オークションへの出品に向けて〈ハウス〉に持ちこまれた作品たちだ。だが、贋物がまじっている懸念を拭えない。どれが贋物か教えろ。触ってもいい」

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