【良木・3】

     【良木・3】


 窓を叩く梅雨入りを待てない雨粒が、グラスへ口をつける頻度を増やしていた。


“つくればいいのだ! 彼女のような相手を! それはむろん、蝋人形などではなく……”

 そう思いついてから愛友を手に入れるまで、少なくない時間がかかった。

 受け渡し金に関しても、大層な額が費やされた。―――が、躊躇は微塵も生まれなかった。

 それは、愛友があの小屋番によく似た雰囲気を持っていることを、取引前に知り得ていたからだった。

 彼女がやってくるまで、脳裡には絶えず、小屋番か愛友の姿がのぼっていた。

 そして、その日がやってきた。

 とうとう出逢えた愛友の美しさは、しばらく私の目を釘づけにした。

 だが、“このままの姿でも”との思いはわかなかった。 


 氷の崩れる音が、窓外へ向けていた目を手もとへ戻した。

 変わらない強さの雨音を聴きながら、グラスを傾けた。


 はたして彼女は、見事な異形に生まれ変わった。

 その姿での今夜の愛友との交わりも、素晴らしいものだった。

 が―――。

 決して愛友に飽きたわけではない。彼女は変わらず、魅力的な姿態を求めるがままに開く。

 ただ―――。

 もっと快楽を得られる異形がほしい……。

 新たな欲望がいつしか生じていた。

 より快楽を得られる異形との交わりが叶うとなった場合、私は愛友に対してのように、自身をさらけだすことは間違いなく不可能となる。しかし、愛友以上の視覚的興奮が得られれば、そうせずとも、今以上の喜悦はもたらされるのではないか……。

 次の異形―――。候補はもうあがっていた。

 新年度になり、三年生の彼女は私の研究室へ希望して入ってきた。

 うちの大学の、私が所属する学科では、その年時から研究室へ入るカリキュラムとなっている。

 はじめて彼女を見たとき、息を呑んだ。

 そっくりとはいえない。だが、

 愛友よりも小屋番に似ている―――。

 それが目をつけた理由。

 さすがに実技中は製作に集中しているが、受け持つ講義では、黒板ではなく、私そのものを彼女はいつも見つめている。

 思慕の視線―――。確信していた。

 観察力はおそらく、同種の仕事をする者に比べ、遥かに優れているはず。その力は、勘とともに才能の一部。だからこそ、三五の若さで今の地位になれたのではないか……。

“冷たい感じ”

“面白味のない人間”

 私に対する生徒たちの評価は耳に入っている。しかしそうであっても、自分に向ける彼女と同じ目を、過去幾度も受けた。そして、想いを告げられたのは二人三人ではない。それでも交際することはなかった。

 告白者の中には、男子生徒たちの目を惹いて憚らないほどの美女もいた。だが、私の食指は動かなかった。

 私が相手に求めるものは「美」ではなく、「異」であった。

 見返りは用意してある。ただ、そんなものがなくとも、あの視線は私の申入れに必ず応じる。

 須田偉瑠。―――彼女を異形につくり変える。


 あおったスコッチが心地よく喉を焼いた。

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