ep.12-2・両家顔合わせ(2)

 家族全員が揃ったところで、サンクトレナール公ギュスターヴがコホンと咳払いする。

「私の家族をご紹介しましょう」

 やはり芝居がかった仕草と言い回しだが、これがギュスターヴの素なのだろうか。


「こちらが我が愛、オフェリアです」

「どうぞ、よしなに」

 オフェリアは嫋やかに淑女の礼カーテシーをする。その優美な仕草たるや、理想の淑女との呼び声高いセレスティナの礼の手本となったであろうことがよく分かるものだった。


「それから、こちらが2人目の娘、ルナスターシャ」

「ターシャです。どうぞ、よしなに」

 母親の真似だろう口振りで挨拶するルナスターシャ。

 あと2年もすればデビュタントを迎えるくらいの年齢だろうか。

 髪や瞳の色は母親譲りのようだが、勝ち気そうな表情や顔立ちはセレスティナに似ている。どちらかと言うと父親似なのだろうか。


「そして息子のヴェスペリアスです」

「ベスです。5さいです」

 公爵そっくりの男の子はそう元気に自己紹介して、にこにこと笑った。

 まだ自分の名前がうまく発音できないらしい。たどたどしいながらも敬語を使えているのは教育の賜物たまものだろうか。



 辺境伯ハッケネスも返すように家族の紹介をする。

「それではすでにご存知かも知れませんが、こちらの家族も紹介させていただきます」


 しかしミレーヌは紹介を待たずに口を開いた。

「ミレーヌです。いつも主人がお世話になっております」


 夫からの紹介を待つ場面で形式を無視するような母の振る舞いに、ぎょっとするディートヴェルデと対照的にやれやれと言いたげなハッケネス。


 そんな二人をよそにミレーヌは持ち前のマイペースぶりを見せつける。

「まあ! セレスティナさんには可憐な妹さんと小さな弟さんが居たのねぇ。とても可愛いわぁ〜」

 ヴェスペリアスに目線を合わせるようにしゃがみ、ひらひらと手を振る。


 ルナスターシャはつんとすまし顔をしつつ淑女の礼カーテシーで返す。

 ヴェスペリアスは照れたのか、ギュスターヴの後ろに隠れるようにしつつ、小さく手を振り返していた。


 とても可愛い。


 ハッケネスは仕切り直すように咳払いをして、ディートヴェルデをさした。

「こちらがウチの次男です。長男もいるのですが、まだこちらにも帰って来ていない有り様でして……」

 ハッケネスは深い深いため息をついてみせる。


 どうせ兄ジークハルトのことだ。婚約披露パーティーの招待状を見ていないか、兄嫁に小突き回されながら前日に慌てて乗り込んでくるかのどちらかだろう。


 ハッケネスにそれ以上の紹介をする気が無いらしいと悟り、ディートヴェルデは1歩前に出て公爵家の家族に挨拶をする。

「辺境伯の次男、ディートヴェルデ・“ドヮヴェール”・ド・サヴィニアックと申します。この度はセレスティナ様との婚約を認めていただき、心より感謝申し上げます」


 できる限り上品に、かつ折り目正しく礼をすると、「あら」と微かな声が耳に入った。

「ディートヴェルデ……貴方、もしかして花の品種改良をなさっていらっしゃる……?」

 オフェリア夫人が小首を傾げ、ディートヴェルデを見つめている。


 ディートヴェルデは目をぱちくりとさせた。まさかオフェリア夫人が自分の名前を知っているなんて思わなかったのだ。

「ええ、はい。確かにいくつか手がけて市場にも出しておりますが……」


「やはりそうでしたか」

 オフェリア夫人は目を細めて微笑んだ。

「貴方の手がけた薔薇、公爵夫人Duchesseわたくしのお気に入りですの。あんなに発色の良い黄色のつる薔薇は初めてお目にかかりましたわ。ティナもあの薔薇のことを好いておりますのよ」


 公爵夫人Duchesseという黄色のつる薔薇は確かにディートヴェルデが品種改良で作り上げた薔薇だ。

 兄の依頼で『金色の薔薇』なんて無理難題を吹っ掛けられたので苦肉の策として、元からあったクリーム色の薔薇を、黄色の発色がより鮮やかになるよう改良して送り出したものである。

 名前の由来は、実を言うとそんなに深いものでもない。皇城の庭に植えるとはいえ、皇族の目や髪と異なる色の薔薇に皇妃Impératrice皇女Princesseという名前をつけるわけにもいかないので、次に身分の高い女性は……という連想からつけた名前なのだ。


 それをまさか本物の公爵夫人に気に入られているなんて思わなかった。


「それは……光栄です」

 ディートヴェルデがそう返すと、オフェリア夫人はくすりと笑う口元を扇で隠す。

「貴方のお兄様がおっしゃっておりましたわ。『弟ディートヴェルデは植物を創造つくるのが上手い。農作物なら殊更に上手いが、この美しい花々も彼の創造つくってくれたものだ』と」


 いつの間にか兄はディートヴェルデの名前を勝手に喧伝していたらしい。怒ればいいのか呆れればいいのかリアクションに困ってしまう。


 つい口をついたのは斜め上とも言える回答だった。

「植物を創造つくるなんてとんでもない。俺は植物を掛け合わせて良いとこ取りをしてるに過ぎません」


 ふふ……と笑い、オフェリア夫人が目を細める。

「掛け合わせて良いとこ取り……貴方はそう言うけれど、言うほど簡単ではないことくらいわたくしにも分かりましてよ。掛け合わせるものの組み合わせ、望める効果、必要とされる準備……全て段取りできなくては得られぬものでございましょう?」


 オフェリア夫人はちらりとセレスティナに流し目を送った。

「ティナは本当に好い人に巡り会えたようですわ。貴方でしたらティナの“良いとこ”を存分に引き出してくれそうですもの。幸せそうに過ごしているようでわたくしも安心いたしました」


 そしてオフェリア夫人はほとんど足音を立てることなくすーっとディートヴェルデとセレスティナに近付く。

 人間離れした、と言えそうな美貌が近付いてくるのを見て、ディートヴェルデはつい怯んでしまう。


 オフェリア夫人はセレスティナを柔らかく抱きしめ、それから彼女と目を合わせながら言い聞かせるように言う。

「ティナ、貴女の役目は美しき花として寄り添うこと。そして同時に夫を支え、ときに導くことも貴女の役目です。まだ婚約が成立しただけと言えど、きちんと努めるのですよ」


 それから……、とオフェリア夫人は続ける。

「貴女は頑張り過ぎてしまうから、今度は自分の幸せも考えなさいね。離れ離れでも貴女には父と母がいるのですから」


「はい、お母様。わたくしもそうありたいと思っておりますわ」

 セレスティナが微笑んでそう言うとオフェリア夫人は満足げに微笑み返す。そしてセレスティナの頬を優しく撫で、名残惜しそうに離れた。



 すると見計らったように子どもたちが駆けてくる。

「おはなし おわった?」

「ターシャも姉さまとお話するの!」

 ルナスターシャとヴェスペリアスは駆け寄ってくると、ぎゅっとセレスティナに抱きついた。


 セレスティナは優しく二人を抱きしめ返して頭を撫でた。

「ターシャ、ヴェス、よく来ましたわね」


 最初は再会を喜んでいた二人だったが、しばらくすると「うぅ……」とヴェスペリアスがぐずり始めた。

「ねえさま、もうあえない……?」

 するとルナスターシャも幼い子どものようにぐずり始めた。

「姉さまと会えなくなるのイヤ……」


 セレスティナは困ったように微笑むと、ぽんぽんと背中を優しく叩く。


「ターシャ、ヴェス。わたくしはしばらく皇都に帰れないけれど、辺境伯領ここに居りますわ。いつでも遊びに来て良いのよ。それからたくさん手紙も書きましょう。ターシャの好きなお花も贈りますわ。ヴェスの大好きな冒険のお話もたくさん書いてあげる」


 セレスティナがそう告げると、「ほんとう?」とヴェスペリアスが顔を上げた。

 ルナスターシャはしばらく返事をしなかったものの「ウソついたら許さないのだわ」と泣きはらした顔でセレスティナを見つめた。


「ええ、約束よ」

 そう言ってセレスティナは二人の額にキスをした。

 それからディートヴェルデに向き直る。

「さあ、わたくしの婚約者様に挨拶をしてちょうだい。あなたたちのお義兄にいさまになる方よ」


 セレスティナの紹介を受け、ディートヴェルデは膝をついて二人と目線を近くした。

「初めまして。俺はディートヴェルデ。ディートと呼んでくれると嬉しいな」


 できるだけ優しい声音で話しかけたつもりだが、ルナスターシャにはキッと睨まれてしまった。


 ヴェスペリアスは涙目をぱちぱちさせて、セレスティナのスカートからそっと手を離す。

「ディート、にいさま?」

「そう、俺はディート。よろしくね」

 ヴェスペリアスがおずおずと差し出した手をディートヴェルデはそっと握る。するとヴェスペリアスはようやく笑顔を見せた。


 ルナスターシャは相変わらずセレスティナのスカートにしがみついたままだ。しかしちらちらとディートヴェルデの方を窺っているので気にはなっているらしい。


「花は好き?」

 ディートヴェルデが訊ねると、ルナスターシャはこくりと頷いた。

 ディートヴェルデは持っている種子に《グロース》の魔法をかける。


 すると手元にチューリップが咲いた。細い茎の先にパッと目を引くような鮮やかなオレンジ色の花が咲いている。慎ましく開きかけの花弁は少女らしさを表しているようで微笑ましい。


「どうぞ」

 ディートヴェルデが差し出した花にルナスターシャは手を伸ばし、ちょこんと指先で受け取った。

 きれいな花に心奪われたようだが、すぐに我に返ると、

「わたくし、照れ屋さんなんかじゃないのだわ」

とそっぽを向いてしまう。


 どうも難しいお年頃のようだ。

 とはいえ花言葉が分かるほどには聡明で利発なことがよく分かる。


 ディートヴェルデは苦笑しつつ「よろしく」と改めて声をかけ、立ち上がった。




 外では何ですので……、とようやく屋敷の中に入ったのはその後のこと。


 何故かうっきうきのサンクトレナール公ギュスターヴとちょっと引き気味の公爵夫人オフェリア。

 げんなりした様子の辺境伯ハッケネスといつもどおりマイペースな辺境伯夫人ミレーヌ。

 仲睦まじい公爵家三姉弟にでれでれのディートヴェルデ。

 そんな8人の顔合わせは、とても意外なことに貴族らしい堅苦しさも柵も感じさせない形で穏やかになったのであった。

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