ep.10-3・乱入に次ぐ乱入、そして錯綜(3)
真実を知り、
噂を信じてとはいえ、目上である公爵令嬢に暴言を吐き、無礼を働いたのだ。
まだ本人に罰が下るなら良いが、トルヴィル伯爵家に賠償請求が来るかもしれないし、お家取り潰しになることだって考えられる。
「か、数々の非礼をお詫び申し上げます。どんな罰もわたくしがお受けしますから、どうか妹には……」
「いいえ、罰はわたくしが受けます。どうかお姉様をお許しください」
真っ青になったアイルトルードとイルムトルードが膝をついて謝罪する。互いの助命を嘆願する様子は、姉妹愛の具現と言えるだろうか。
セレスティナは
「顔をお上げなさい。……そうね、罰を下すことは致しませんわ」
「……え?」
「貴女たちの言葉から
半ば皮肉交じりだろうが、セレスティナから逆に感謝され、
だが、セレスティナはそれに構わず言葉を続けた。
「ですが、このままでは貴女たちの気持ちに収まりがつきそうにありませんわね」
そこで言葉を切って、二人に流し目を送った。
「貴女たち、流行りものに興味はありまして?」
「流行りもの、ですか?」
アイルトルードが呆然と口にすると、セレスティナはふふんと笑い、歌うように告げる。
「そう、流行りものよ。ドレスに化粧品、香水、お菓子……女の子の好きなものばかりでしょう」
どれもこれも令嬢なら、いや令嬢でなくとも女性なら大好きなものたちだ。
アイルトルードとイルムトルードの瞳が期待にきらめく。
「わたくしたちは何をすれば良いでしょうか?」
「できることでしたら何だっていたします!」
やる気に満ちた言葉を引き出し、セレスティナは今にも高笑いしそうなほど上機嫌な様子で告げた。
「それでは、わたくしに協力していただけるかしら。わたくしはこれでもラ・メール商会に籍を置いていますの。
意気揚々と宣言し、自身のビジネスプランを話し始める。
辺境伯領で採れた果物や野菜、それから辺境伯領で育てられた家畜の食肉や卵、乳製品などを原材料に、皇都や外国向けの商品を作って売るつもりでいること。
領内には皇都の流行の品を卸すという方向で考えていること。ラインナップとしては平民向けの商品をメインとしているが、豪農や貴族など富裕層をターゲットに高価なものを取り扱う予定であること。
そして商売で得た利益は辺境伯領に還元するつもりでいること。
それを聞いてアイルトルードとイルムトルードは、自分たちがいかに偏見の目をもってセレスティナを見ていたのかということに気付き、己を恥じた。
噂に聞く通りの悪女なら、自身の収益を他者に還元したりしないはずだ。
「もちろん協力させていただきますわ」
「宣伝でもなんでもやらせていただきますわ!」
アイルトルードとイルムトルードはほぼ同時に返事をする。
二人の言葉に満足そうに頷いたセレスティナはディートヴェルデの方を振り返った。
「そういうことですけれど、構わなくて?」
「あ、ああ。トルヴィル伯爵も喜んで協力してくれると思う」
ディートヴェルデがそう答えると、セレスティナは「それは良かったですわ」と微笑んだ。
「それでは、よろしくお願いいたしますわね、アイルトルードさん、イルムトルードさん」
「はい!」
二人は元気よく頷いた。
そしてこう続ける。
「どうかわたくしのことはアイルとお呼びください、セレスティナ様」
「わたくしのこともイルムと呼んでください、セレスティナ様」
まるで臣下のようにかしずく二人の令嬢に、セレスティナは
「わかりましたわ、アイル、イルム。よろしく頼みましたわよ」
「はい!」
「お任せください!」
こうしてセレスティナは、アイルトルードとイルムトルードの協力を取り付けることに成功した。
“神子”の登場が大きく状況を変えたとはいえ、修羅場からここまで事を運ぶセレスティナの手腕は見事と言うほかないだろう。
「それではわたくしたちはトルヴィルに戻ります」
「必要あらばいつでもお呼びくださいね」
アイルトルードとイルムトルードは、来たときと同じく慌ただしい様子で辺境伯邸を後にした。
本当に人里におりてきた猪のようだ。
嵐が過ぎ去り、ディートヴェルデはようやく安堵の息をついた。
しかしまだ大きな問題が残っている。
「騒がしくして申し訳ありませんでした、イロハ様」
ディートヴェルデが謝罪すると、イロハはぶんぶんと首を横に振った。
「そ、そんな……っ、謝らないでください! わたしが勝手に押しかけてきたんですから」
「構わなくてよ、イロハ。ディートはこういう方なの。気遣いのできる優しい殿方よ」
セレスティナの言葉にディートヴェルデはぴゃっと3cmほど飛び上がった。
まさか人前でそんな褒め方をされるとは思ってもみなかったからだ。
急にドキドキし始めた胸を押さえつつ、セレスティナを凝視する。
明らかに挙動不審になったディートヴェルデを見て、セレスティナはやれやれとばかりにため息をついた。
「ディート、あなた……」
「何だ?」
「あなたって本当に……いいえ、何でもなくてよ。そんなことよりイロハにはまだ紹介していませんでしたわね」
あからさまに話題をそらされ、ディートヴェルデは不満そうに口を尖らせる。
だがセレスティナにとってはどこ吹く風だ。
一方、イロハはきらきらとした目でディートヴェルデを見つめ、興奮した様子で話しかけてきた。
「あなたがティナ様の婚約者様ですよね。お名前、なんておっしゃるんですか?」
「俺はディートヴェルデ・ドヮヴェール・ド・サヴィニアックです。長くて呼びづらいと思いますので、ディートと呼んでください」
「はい、よろしくお願いします。ディート様」
イロハは嬉しそうに微笑み、セレスティナの方を振り返った。
「素敵な方ですね、ティナ様! ティナ様はお姉さまですから、ディート様はお兄さまになるのでしょうか……わたし、ひとりっ子なのでお兄さんができるのは初めてです!」
“神子”からいきなり兄認定されてディートヴェルデは面食らった。
さすがにそれは
「ええ、とても頼りにして良くってよ。その気になれば皇都を相手取って戦えますもの」
「そうなんですか!?」
イロハが驚きの声を上げると、セレスティナは大仰に頷いた。そしてディートヴェルデに流し目を送り、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ええ。この国の食糧生産を担っているのは何処だと思っていますの? たとえ陛下でも辺境伯家と敵対したがらないのよ」
「すごいです!」
イロハはさらに目をきらきらさせてディートヴェルデを見た。その興奮たるや、もはや体の周りに燐光が瞬くほどだ。
「だから思う存分 甘えてしまいなさい。もしもあなたを巡って皇都と戦うことになっても、わたくしの実家であるサンクトレナール家からも協力を取り付けてみせますわ」
セレスティナがそう締めくくり、ふふんと誇らしげに笑う。
セレスティナに辺境伯家の一員という自覚が芽生えているのは喜ばしいことだが、勝手に巻き込まれるのも何だかなあ……とディートヴェルデはため息をつく。
しかし“神子”と交友があるのはとても良いことだ。
政治的立ち回りにおいて、他の貴族と一線を画すほど優位に立てる。
“神子”であるイロハのお気に入りという立場は狙って手に入れられるものではない。それゆえ他には換えがたい価値のあるものだと言えるだろう。
しかし同時に攻撃を受けることもあるわけで……。
「そういえば聞いていませんでしたわね。イロハ、どうして
セレスティナに訊ねられ、イロハはセレスティナとディートヴェルデの顔をそれぞれ見つめ、「実は……」と切り出した。
「レヴィ様がわたしをここまで逃がしてくれたんです」
イロハの言葉は、二人のあずかり知らぬところで暗雲が立ち込めていることを予感させるものだった。
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