ep.10-1・乱入に次ぐ乱入、そして錯綜


 皇都からやってきた使者はしばらく辺境伯領に滞在していた。

 もともと無茶な任務を言いつけられて遠路はるばる辺境伯領まで来たのだ。それくらい羽を伸ばしたって罰は当たらないだろう。


 辺境伯ハッケネスは、パペトゥリ伯らに領内を見せることも検討していたようだが、彼らの疲弊ぶりを見て慰安目的に逗留するものと割り切ったらしい。

 食事でもてなし、温泉地に案内するに留まったようだ。




 その間、ディートヴェルデとセレスティナは婚約披露パーティーの準備を進めていた。

 招待客を選定し、今朝、招待状を送ったところだ。早いところなら昼過ぎには着くだろう。


 そんなことを考えながら午後のお茶の時間を楽しんでいたときだった。



「ここにディート従兄にい様は居りまして!?」

「わたくしたちは何も聞いてませんわ、お従兄にい様!!」

 バンッ、と乱暴に扉を開け放ち、二人の令嬢が乱入してきたのである。


「アイル? それにイルムまで……」

 ディートヴェルデは面食らったように目の前の闖入者ちんにゅうしゃたちの名を呟く。


 どうやら二人は正式な手順を踏まずにここまで駆け抜けてきたらしい。後ろから使用人達が慌てふためく声が聞こえる。


 二人の令嬢はまるで気の立った猪のように鼻息を荒くしつつドスドスと部屋へ踏み込み、居丈高いたけだかにセレスティナを見下ろした。

 なおセレスティナは未だに椅子に座ったまま優雅にティーカップを傾けている。

 とても対照的な構図だ。


「お従兄にい様、これは一体どういうことですの?」

「わたくしたちに何も言わず婚約するなんて! それも皇都から落ちのびてきたような女と……!」


 興奮したようにまくし立てる二人を横目に一瞥し、セレスティナは「はぁ」とため息を一つついた。


「失礼ですけれど、貴女たちはどなたなのかしら? わたくし、まだ紹介もいただいていなくてよ」


 「なっ……!?」

 セレスティナの指摘に二人は言葉を失う。だがそれも一瞬のことで、すぐに気を取り直したように口を開いた。


「トルヴィル伯爵の娘アイルトルード・ド・トルヴィルですわ」

「同じくイルムトルード・ド・トルヴィルですわ」


 トルヴィル伯爵は辺境伯領の一角を任されている貴族だ。サヴィニアック辺境伯ハッケネスの弟にあたる。

 彼の治めるトルヴィルという地域は辺境伯領の中でも端にある山際に位置し、隣国シュヴェルトハーゲンとの国境に接している。山の裂け目を介して行き来ができるため、軍事に優れる彼が門番として据えられている。


 そんなトルヴィル伯爵の娘たちがアイルトルードとイルムトルードだ。

 姉のアイルトルードは気位の高い女騎士で、言葉より行動で示そうとするタイプだ。思い込みが激しく暴走しがちだが、それをカリスマと錯覚した部下たちにはよく慕われているという。

 妹のイルムトルードもまた騎士である。気が強く弁が立つが、彼女もまた思い込みが激しく、更には姉を盲信しているような振る舞いをする。それゆえ激しく暴走して周囲をひっかき回すこともしばしばだ。


「二人は俺の従妹いとこなんだ」

 ディートヴェルデがそう紹介すると、セレスティナは「ふぅん……」と気のない返事をして、ことりとティーカップを置いた。


「アイルトルードさんとイルムトルードさんね。こちらへお越しになった用件をお聞きいたしますわ」


 まるで女主人であるかのように振る舞うセレスティナに、アイルトルードとイルムトルードはわかりやすく苛立ちを見せた。


「いったい何様のつもりでして?」

「元皇太子妃だか何だか知りませんけど、破局したからってわざわざこんなところまで押しかけて来てディート従兄にい様に婚約を迫るなんて、厚かましいが過ぎると思いますわ」


「あら、そう……」

 二人の令嬢が言い募るのをセレスティナは悠然と受け流す。

「お二方は、わたくしたちの婚約にご不満があると……そういうことかしら」


「当然です! 従兄にい様。この方と婚約なんてしたら辺境伯家が没落しかねませんわ」

贅沢ぜいたく三昧ざんまいの公爵令嬢ですもの。きっと辺境伯家の財産を食い荒らされてしまいましてよ」

「どうして伯父様が婚約を許したのかしら。噂通り邪法でもお使いになったのね」

「神子様をいじめるような方ですもの。きっと性根が……」

 口々に噂や先入観で見当違いな文句を言うアイルトルードとイルムトルード。


 その矛先が人格攻撃に向かい始めたのを察してディートヴェルデは声を上げた。


「やめろ」


 基本的に温厚なディートヴェルデには珍しい、断定的な制止に、二人は思わず口を閉じた。


 そこへすかさずセレスティナが畳み掛ける。


「お言葉ですけれど、ディートとわたくしが婚約する前に、貴女たちにも機会があったのではなくて?」


「そ、それは……」

「もちろん打診をいただいていましたわ。ディート従兄にい様が声をかけてくだされば、いつだってお嫁に参りましたのに」

 口籠るアイルトルードに代わって、イルムトルードが反論する。


 だがディートヴェルデは苦々しい顔で否定した。

「いや、いざ打診したら『辺境伯の次男ごときと結婚したくない』って断ってただろ。とっくに他の婚約者でも探しているものと思っていたんだが……」




 そう、この二人は何かと気位が高く高飛車な言動を取ることが多い。

 五、六年ほど前、ディートヴェルデの婚約者を選ぶため、辺境伯ハッケネスが方々に打診していたとき、二人は揃って断っているのだ。


 当時、辺境伯家を継ぐのはもちろん兄であるジークハルトだろうと思われていたことは理由の一つだろう。

 そうするとディートヴェルデは事業を手伝うために実家に残るか、領都ヴェルデンブールより小さな街で領主をするかという将来しか見えない。

 ある意味で上昇志向の強い彼女たちからするとディートヴェルデは貴族の子息の中でも見劣りして見えたに違いない。


 ところがジークハルトは皇城の庭師になり、さらに宮内くないきょうの娘と結婚してしまった。

 もともと自分の身のまわりの世話すらできなかった男だ。そのダメ男っぷりが、何がどうしてそうなったのか、皇族の身辺を世話することを職務とする宮内くないきょうの、その娘に刺さったらしい。今は皇都で甲斐甲斐しくお世話をされているとか。


 おかげで次期辺境伯の椅子はディートヴェルデに巡ってきたのだが、それを聞いた従妹いとこたちは辺境伯夫人の立場が欲しくなったのだろう、ディートヴェルデにアプローチをかけようと近付いてきたのである。


 幸運だったのは、ディートヴェルデが皇立学院に入っていたので、従妹たちと会うことが少なかったことだろうか。

 たとえ辺境伯領に帰省しても自分のことで忙しくしているし、用事が済んだらすぐに学院へ戻っていたので、彼女たちに帰省の知らせが届いた頃には既にいなくなっているという有様だった。


 それゆえ彼女たちはディートヴェルデが学院を卒業して帰ってくるタイミングを狙っていたようだ。


 皇都でまともな出会いなどあるはずもない。結婚に困ったディートヴェルデは身近な女性である自分たちに声をかけるに違いない——。

 そう確信してほくそ笑んでいたところに、婚約披露パーティーの招待状が届いたのである。しかも相手はちまたで噂の“悪役令嬢”だ。


 皇太子殿下と“神子”の恋路を邪魔した悪女。

 皇帝陛下さえたぶらかす邪法の使い手。

 皇都から追放された今も皇太子殿下を苦しめる諸悪の根源。


 そうしざまに謳われる女が身内に迎え入れるなんて許せない。

 それも結婚しようと思っていたディート従兄にい様を略奪するなんて……!



 そんな思考を暴走させてここまで来たのだろうとディートヴェルデは推測している。


 そして、こんなにも二人が慌てているのは、婚約者探しが上手くいってないせいもあるのではないだろうか、とも。


「だから二人とは婚約できないものだと思っていたし、とっくの昔に断られているんだから、そう何度も頼むわけないだろ」


 ディートヴェルデがそう説明すると、二人は「うぐ……」と言葉を詰まらせた。

 何か言い返そうとしていたようだが、それ以上言葉が出ないようだ。


 ディートヴェルデにだってプライドや面子がある。

 一度断られた相手に何度も言い寄るなんて、みっともないことをするはずもない。

 万が一、億が一にも、二人が素直にディートヴェルデに想いを寄せていたとしても、ディートヴェルデからは声をかけなかっただろう。それは断言できる。


 セレスティナとの婚約を命じられるよりも早くトルヴィル伯爵家から婚約を提案されていたら一考はしていたかもしれないが……。


 過ぎたことは仕方がない。

 ディートヴェルデはそう割り切っている。


 だがアイルトルードとイルムトルードはそうはいかないらしい。

「でも、でも! だからといってその女と婚約するのはあんまりですわ!」

「そうですわ、お従兄にい様。わたくしたちはお従兄にい様の将来を思って言っておりますのよ」

「どんな手を使ったのか知りませんけど、お従兄にい様をたぶらかすのはおやめになって」

「わたくしたちは悪女が嫁に入ることを認めませんわ」

 なおも食い下がる二人の言葉にディートヴェルデがうんざりし始めた時だった。



「これ以上、お姉さまを悪く言うのはやめてください!」


 部屋の中に清涼な魔力が吹き込んだ。

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