ep.5-4・街に行こう(4)

「冒険者って案外 簡単になれるものですわね」

 セレスティナは貰ったばかりの木札をかざし、めつすがめつ眺める。


 結局、興味が勝って勢いで冒険者登録してしまったのだ。


 木札にはギルド名と受付番号、個人名が書かれており、冒険者登録してから正式なタグが配られるまでの期間は仮の証明証の役割を果たす。

 それゆえ木札を持つ冒険者は“木札ウッディ”と呼ばれ、初心者の洗礼を受けるというわけだ。


 ギルド職員から、貴族だから……と“メッキ塗装”——いわゆる金でランクを買う行為——も勧められたが、それはセレスティナのプライドが許さなかったので丁重にお断りした。


 せっかくの機会だから地道にランクを上げるというのも社会勉強だ。

 どうせ暇を持て余しているのだから、こういった趣味を持つのも悪くはない。



 とはいえすぐに依頼を受けるわけにもいかないので、登録だけしてギルドを後にした次第である。


「まずは薬草の納品とか、小さい魔物の退治とか、そういうのを探さないとな」

 ディートヴェルデの言葉に、セレスティナはわずかに眉をひそめた。


 薬草摘みも小型の魔物討伐も、子どものお使いレベルの依頼だ。

 何なら町の子どもが、冒険者登録も無しに、小遣い稼ぎとしてやっているくらいである。


 とはいえ木札ウッディ、それからアイアンクラス冒険者にできることは少ない。

 本当の冒険を求めるなら、さっさと階級を上げなければ話にならないということだろう。


「貴方はどうやって階級を上げましたの?」

 セレスティナの問いに、ディートヴェルデは苦笑混じりに答えた。

「初めは魔物退治とかしてたけど、最近はずっとポーションの納入ばかりかな。もしもレイドに呼ばれてもお荷物確定だ」

 自嘲のように言うディートヴェルデに、セレスティナはため息をつきそうになる。


 そんなわけがない。

 生命属性の魔法使いは回復要員にもってこいなのだ。

 重宝されこそすれ、お荷物になることなんてあり得ない。



 いったい何がそうさせたのか知らないが、ディートヴェルデの卑屈さは目に余りあるほどだ。

 常に自信たっぷりで、自分が皇国でも指折りの実力者に違いないと己を過信するセレスティナには、さっぱり理解できない。


 だが自己愛なんて一朝一夕で育つものでもない。この問題は追々考えるとしよう。


 セレスティナは気を取り直してディートヴェルデの腕を引っ張った。

「ラ・メール商会の支店はこちらですわ」




 ラ・メール商会は貴族サンクトレナール公爵家が頭目を務める、皇国どころか大陸全土に名をとどろかせる組織だ。

 本店は皇都ロークレールにあり、支店は各地に点在している。

 それは辺境伯領でも例外ではない。


 領都ヴェルデンブールにおいても、ラ・メール商会の建物は一線を画する雰囲気を放っている。


 壁は漆喰しっくいではなく眩しいほどの純白に塗装された煉瓦レンガ。柱やはりには高級家具に使われるような黒檀の巨木を使い、よく見ると彫刻が施されている。屋根は岩を均一な板状に削った——いわゆるスレート屋根だ。

 領都の他の建物と似せてあるくせに、その外観だけでも数々の高度な技術が使用されていることが分かる。


 街並みの一角にありながら、ちょっとした屋敷ほどの規模のある建物は、商会がいかに財力を持つかを表しているかのようだ。


 その威容を見ると辺境伯令息であるディートヴェルデでさえ入るのに少し尻込みしてしまう。


 しかしセレスティナは実家に帰ったかのような気安さで踏み込むと、エントランスにずらりと並んで出迎える従業員の姿を見て、満足そうに微笑んだ。

「あら、出迎えありがとう」


「セレスティナ様、ようこそおいでくださいました」

 店長と思しき一人がうやうやしく礼をすると、他の者もそれに続く。


 この光景を見て、ディートヴェルデは感心したように呟いた。

「これはすごいな……」

「ふふん、そうでしょう?」

 まるで自分のことのように自慢げなセレスティナの表情は可愛いらしい。ディートヴェルデは素直にそう思う。良い獲物を捕らえた猫みたいだ。


「セレスティナ様、本日はどのようなご用件でございましょうか?」


「あら、用が無ければ来てはダメかしら」

 セレスティナの一言に、従業員の間に緊張が走る。

 だがそれは一瞬のことで、セレスティナはふふふと微笑み、「冗談よ」と続けた。


「今日は挨拶に参りましたの。貴方達も既に事情は知っておりますでしょう? こことは長い付き合いになるでしょうし、何より……わたくしの婚約者の顔を覚えてもらおうと思いましたの」

 ぐっと前に押し出されて、ディートヴェルデは戸惑いつつも従業員の列に向き合った。


 こんな急に言われても困る。

 だが曲がりなりにも貴族だ。急に現れた王族にも挨拶できるくらいの胆力はある。ちょうどあの皇立学院の卒業パーティーの時のように。


「紹介に与りました。この度、セレスティナ様の婚約者となった、サヴィニアック辺境伯家のディートヴェルデです。以前より商会の皆さんとは取引させてもらっていましたが、今後ともよろしくお願いします」


 平民が相手になるのでかしこまらなくても良かったのかもしれないが、あくまで相手はセレスティナの身内のようなもの。それに商売における取引先にもなるのだ。

 礼節を尽くしておいて損はない。


 ディートヴェルデは一通り自己紹介すると、ぺこりと頭を下げた。


「お噂はかねがね……今後ともどうぞご贔屓ひいきにお願い申し上げます。ディートヴェルデ様」

「あぁ、こちらこそ」

 こうして顔合わせはつつがなく終わった。



「それでは必要な手続きをしていきましょうか」

 セレスティナは早速とばかりに個室を用意させると、書類の山と対面した。


 ただしその個室というのが、貴族向けの茶室ではなく、デスクがどっしりと鎮座した執務室のような様相で、何故か補佐官の座るようなサブデスクまで完備されているということだ。


 そしてディートヴェルデは何故か、そのサブデスクの方に座らされていた。


 いや、確かにラ・メール商会において、セレスティナは頭領に等しい。この執務室の主として、一番奥の席にふんぞりかえるのは何もおかしくはない。


 だが、何故ディートヴェルデがこの補佐官の席に座らされているのか。

 そして、何故こんな書類の山と対面させられているのか……。 


(???)

 疑問符を大量に浮かべるディートヴェルデに、セレスティナはあっけらかんと言う。


「さ、貴方のなさっている事業を端からお書きになって。特にあの温室でやっていることは余さず書くように」

「なんで?」

 素朴な疑問で返すと、セレスティナはきりりと眉を吊り上げた。


「前にも言ったでしょう。貴方のしていることは、研鑽けんさんきょうの名前で補助を出して然るべきものですし、物によっては恩沢おんたくきょうからも補助をいただけるかもしれませんのよ。ただでさえ国からの手が届いていないのだから、こういうところからしっかりとぶんっていかなくては」

「いや、ぶんるって……」

 まるで小さな子どもに言い聞かせるように懇々こんこんと説かれ、ディートヴェルデはため息をつく。


 だがセレスティナの言うことには一理ある。

 予算が増えれば、もっとできることが増える。手段はどうであれ、元手が増えるのは嬉しいことに変わりはない。


 セレスティナを横目に確認すると、国からの補助を受ける必要性について懇々こんこんと話す間にも機械種族ディータのごときスピードと正確さで書類をさばいている。

 その手際に驚愕と畏敬の念を抱きつつ、ディートヴェルデも罫線けいせんの引かれた紙面にちまちまと栽培している品目と改良の内容を書き始めたのだった。

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