ep.5-3・街に行こう(3)

 領都ヴェルデンブールの建物は木材の柱とはりと木板や漆喰しっくいでできた壁のものがほとんどだ。そう煉瓦レンガの建物はそう多くない。


 そんな中でも威容を誇る建物の一つが冒険者ギルドである。


 国境が近く各領域の境目のため、この辺りは正規軍の手が入りにくい。

 そのため冒険者が魔物の討伐や国境越えの手伝いをすることもよくある。


 ゆえに辺境伯領の冒険者ギルドは皇国内でも有数の所属者数と業績を誇っており、それに伴って建物も大きく立派なものとなっている。


「すまない、先に用事を済ませてもいいか?」

 ディートヴェルデの言葉に、セレスティナは首を傾げた。

「冒険者ギルドに用事がおありなの? まさか依頼でも取る気でいらして?」


「ああ、いや……今から依頼を受けるわけじゃなくて、納品してくるだけだ。それほど時間はかからない」

 ディートヴェルデは肩から下げていた鞄を抱え直した。恐らく《エクステンド・ストレージ》をかけた、通常よりも多く物が入る魔法の鞄に違いない。


「わたくしもついて行って良いですわよね?」

 セレスティナが問いかけると、ディートヴェルデは少し悩む素振りをして、こくりと小さく頷く。


 何せ使用人がいない、正真正銘二人きりのおでかけなのだ。

 荒くれ者も集う冒険者ギルドに彼女を入れるのも躊躇ためらわれるが、独りで外で待たせるのはもっと危険だろうと判断する。


「頼むから、騒ぎだけは起こさないようにな?」

 それだけ言い含めて、蝶番ちょうつがいの緩くなった扉を開いた。



 冒険者ギルドは規模の大小こそあれど、おおよそ同じような構成の建物に入っている。


 一階に受付や換金などを行うカウンター、依頼書の貼り付けられた掲示板、軽食と飲み物を提供する酒場——ここは冒険者同士の待ち合わせにも使われる——があり、2階より上には会議室や資料室、職員の詰め所、それからギルドマスターの部屋なんかがある。


 街によって建物の雰囲気や内装は違うが、集まる人間が似通っているせいか、冒険者ギルドは何処も大体似た雰囲気になるものだ。


 ディートヴェルデとセレスティナが建物に入ると、騒がしかった室内が一瞬静まり返った。


 それも仕方ない。セレスティナの美しさと雰囲気に圧倒されたのだ。


 ランプの灯りと酒やタバコのまじる雑然とした匂いの充満する空間の中に、セレスティナが入り込んだのだ。

 輝くばかりの美貌と可憐な花のような香り、一目見れば分かるほどの高貴な雰囲気……異様としか言いようがない。


 ぐわっと集まる視線を受けてなおセレスティナは優雅に笑ってみせた。

「ここが冒険者ギルドね。初めて来ましたわ。ディートはいつも来ているのかしら?」


 『ディート』という呼びかけに周囲もようやく彼女の同行者——ディートヴェルデに気がついたらしい。


「坊っちゃん……?」

「辺境伯のせがれか?」

「じゃあ、あのお嬢さんが噂の……?」

 ざわざわと周囲が声を上げるのを聞いて、ディートヴェルデは小さくため息をつく。


 セレスティナは周囲のことなど微塵みじんも気にする様子はなく、物珍しそうに周囲を見回していた。

 掲示板をはみ出して天井近くまで張り出された依頼書や公然と武器を携え鎧やローブに身を包んだ男女、雑多な酒場のざわめき……貴族が普段見ない光景だ。


 ディートヴェルデはカウンター前の列のひとつに並び、鞄の中を確かめている。

 それを横から覗き込みながらセレスティナはディートヴェルデに耳打ちした。

「納品すると言っておりましたけど、いったい何を持って来ましたの?」


 ディートヴェルデが答える前に順番が回ってきたので、彼は鞄の中身をカウンターに並べる。


 小瓶に入った液体だ。

 魔力を含んでいるのか、微かに光を帯びている。透明かつとろりとした質感のそれは高濃度かつ純度が高い証拠だ。


「ポーションの納品ですね。いつもありがとうございます」

 ギルドの職員がそう微笑み、ディートヴェルデにタグの提示を促す。



 タグは冒険者ギルドから発行される身分証のようなものだ。

 元は二枚貝の貝殻を用いて依頼主—冒険者間の身柄の照合を行っていたことから、古代語で貝殻を意味するツェデフという単語を添えて『ツェデフ・タグ』と正式には呼称される。

 だが当の冒険者やギルド職員からは単に『タグ』と呼ばれることがほとんどだ。



 タグは小さな板に名前が刻まれており、その縁に階級を示す装飾が施されている。

 階級は下から順にアイアンカッパーシルバーゴールド白金プラチナの五つが基本で、白金級より卓越した冒険者は宝石ジュエル級と呼ばれ、一人につき一つの宝石の名を与えられる。


 ディートヴェルデの示したタグの縁には、銀の装飾がされていた。

 つまり中堅冒険者相当であり、それだけギルドに貢献してきた実績があるということだ。


 皇都には金で階級を買った、いわゆる“メッキ野郎”なんて呼ばれる貴族たちもいた。

 だがギルド職員や周囲の冒険者の反応を見るに、ディートヴェルデが金で階級を買っているとは思えない。

 “メッキ野郎”相手ならもっと露骨に態度に出てくるはずだ。



 だがギルド内においてもディートヴェルデは一目置かれているようで、彼がポーションを納品したのを見て喜んでいる冒険者もいる。

 彼の作製したものは冒険者のお墨付きらしい。


「では確認させていただきますね」

 ギルド職員は《アナライズ》を唱えてポーションの解析を行う。


「《グレーター・キュア》相当の治癒ポーション30本、解毒ポーション20本を確認いたしました。報酬額はこちらになります」


 《グレーター・キュア》は非常に効果の強い回復魔法である。その効果は欠損した四肢さえ元通りに復元できるほど。

 それだけ効果の強いポーションを作ることができる治癒師はそういない。


 ディートヴェルデが生命属性の魔法に長けていることは理解していたが、薬学にも精通しているとは知らなかった。

 潤沢な魔力と植物の知識により効果を高める工夫をしているのだろう。


 思わぬ才能にセレスティナは舌を巻く。


 ディートヴェルデは、決して少なくない金額の硬貨を鞄に詰め、セレスティナの方へ振り返った。


「俺の用事は以上だ。次は……いや、もう少しギルドを見て回ってみるか?」

 彼の言葉にセレスティナはどきりとした。

 もしかして表情に出ていただろうか。


 セレスティナの実家サンクトレナール公爵家は貴族でありながら商人でもある。

 商品の輸送や遠方へ商談へ赴く際に冒険者を雇うことも珍しくはない。


 だがセレスティナが会ったことがあるのは、まるで騎士のように一揃いの鎧を身に着けた剣士や頭からつま先までたっぷりとした付与魔法付きローブを身に着けた魔法使いなど、身なりの整った者たちばかりで、タグの縁もシルバーより上質なものしか見たことが無かった。

 それにいつも冒険者を公爵邸や皇都の支店に呼びつけていたので、ギルドが実際どんな場所なのか知らなかったのである。


 なのでつい色々なものに目移りしてしまって、近くまで歩み寄って見て回りたい欲に駆られていた。


「そうですわね……もう少し見て回ってもよろしいかしら」

「それはもちろん」

 ディートヴェルデは鷹揚おうように頷いた。

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