第15話 火界

「ふ…はは!存分に楽しみたまえ!ヒノカグツチ!!」


 こんなん、狙いは1つに決まってる。


「どこみてんだよ…。」


 低く呟き、その男に拳を振るう。解っているかのように防御されてしまったが、それでも奴は大きく後方に吹き飛ぶ。


「このくらいなら耐えるか…。」


「っ…いいねぇ…!でも僕ばかりじゃ駄目だろ?。」


 無論、レヴィアタンへの警戒を緩めたわけではない。だが、潰せるものは先に潰しておく。

 体をまとう炎がさらに激しく、白く輝き出す。俺の回りの水が蒸発していく。


「先にてめぇだ。スサノオ…。」


 一瞬にして、距離を詰める。


「なっ…!?」


 腕をつかみ、力任せに地面に奴を叩きつける。


「勝てると思うな?」


「ぐっ…がぁ…!」


 しかし…この状態の俺に触れられて無傷とは、やはり大したもんだ。


「は、はは…やっぱり今の僕には無理らしい…頃合いになったらまた帰ってくるよ…。」


「あ?」


 そう問いかけるも、それに返答はない。ただ、奴の体は水となって消えた。


「チッ…逃がしたか…。」


 まあ、いる意味厄介なのが居なくなってレヴィアタンの相手は楽になったと言える。不穏なことを言っていたが…それどころじゃないな。


 その巨体を見上げる。あまりにもでかい…。


「だが、動きは遅い…。」


 飛び、駆け登る。その巨体を。


「あと…もう少し…。」


 先輩に触れることが出きる。そう思ったのも束の間。俺は何かに弾かれた。


「!?」


 何が起きたか解らなかった。弾いたのか…何が起きたか、一瞬解らなかったが、結界でも張ってあるらしい。

 彼女の顔がこちらを捉える。青く魔力の流れた筋が幾何学的な模様を成しており、とても先輩とは思えなかった。


「…。」


 ただ無言で彼女はこちらを見据える。いや、違う。狙いを定めている。彼女の回りには無数の水で作られた球体が浮遊していた。


「!?」


 刹那、それはレーザーの様に俺に向けて放たれる。全方位からの攻撃。あまりの速度に、反応が多少遅れる。避けきることは出来ないだろう。

 やることは1つか。


 青く炎が煌めく。その次の瞬間には、大爆発が起きていた。恐らくあの水のレーザー、とてつもない水量を圧縮していたのだろう。水蒸気爆発ってやつだ。


 その割に蒸気が残らないのは、俺の温度に耐えかね昇華しているからだろう。


「お前も…びくともしないかよ。」


 依然としてレヴィアタンはこちらを見つめる。ここまでの差だ。有利なのは俺…とも言いがたい。先輩を救出することこそ俺の勝利なのだが、その先輩に触れることが出来ない。その都合上、ジリ貧となれば俺の不利は確実だ。

 この戦い、両者1歩とて引くことは出来ない。


「どうしたもんか…。」


 俺の炎…直接ぶつけてもいいが、先輩に何かあるかもしれない。なにも出来ずに思案していると、動いたのはレヴィアタンだった。手を真っ正面につき出す。嫌な予感がする…遠くの海面を見る。


「…おい、おいおい…これ…。」


 波が…山のように盛り上がり…大きくなっている。いや、違う。近づいてきている…。


「ば、馬鹿ッ!!」


 これは流石に不味い。これ、俺止められるか?


 いや、止めなきゃならんだろう…。


 出来なくはない…が、これをしてしまうと真島さんに一生頭が上がらなくなってしまう。

 いや、なりふり構ってられねぇ。


「ふぅ…。」


 1つ呼吸を吐く。まあ、一回使ってしまえばあとはもうどってことないさ。真島さん、あとはよろしく!


「…【火界】」


 いつも使うくらいでも、指先のほんの一欠片。だが今回、あれを打ち破るとなれば…。


「わりと…本気だ…。」


 青く煌々と輝く火炎の球。それは指先ほどの灯火から渦巻き、盛り、やがて人程の大きさまでに成る。


「頼むぞ…。」


 大きく振りかぶり、投げるようにしてそれを打ち出す。


 一条、星が駆けたようだった。


 次の瞬間に、その波は静かに爆ぜる。爆音は、爆風は遅れてやってくる。乾上がるの一瞬だった。その情景はまさしくこの世の終わり。

 地獄の門でも開いたかのような轟音が辺りに響き渡る。

 海底にさえ大きなクレーターが出来ているのがここからでもよく見える。


 俺から言えることは1つだけである。


「やっ…ちゃっ…たぁ…。」


 こんなことになるとは正直思っていなかった。完全に力加減をミスったが…もうこの際いい。振り返り、奴と対峙する。


「ま、まぁ、いいさ…。」


 爆発を背に、俺はレヴィアタンに近寄る。


「先輩…。」


 ともかく…この結界を…ぶち破る。拳を固め、その結界を殴り付ける。

 だが、何かが蒸発するようなシュゥという音が聞こえるばかりで一向に打ち破れない。


「先輩…聞こえないんですか…!!」


 呼び掛けに一切の反応はない。結界と触れる手に力を込める。力任せに、押しきる…。

 それでもなお、煙が上がるだけで何も変化はない。


「いま…助けますから!!」


 だけど、こんなところで諦めてなるものか…自分の手で人を殺めてなるものか!救えるものを見捨ててなるものか!!


「俺は…!!」


 俺は…絶対に先輩を―――――。


 結界にヒビが僅かに入る。徐々に、それは広がっていく。


「…絶対に!!」


 パキ…パキ…と、ガラスにヒビが入ったみたいに空間にヒビが入る。


「助けるんだ…!!」


 バリン…それは砕け散った。ステンドグラスのように夕日に照らされた結界の欠片はキラキラと輝く。


「キ、キミハ…。」


 その瞬間、先輩がはじめて喋った。見ればその頬には雫が1つ伝っていた。


「先輩!!」


 纏っていた炎を全て振り払う。大きな体の上を歩き、先輩に…ようやく触れることが出来た。


「キミハ…ダレ…?」


 その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。

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