第9話 師匠と勇太

 ある夜、俺はそのダンジョンに出向いていた。このダンジョンは真島さんが俺のために手配してくれたダンジョンだ。


 絹井町…古くからこの町には巨人の伝説がある。その伝説の巨人こそ、俺の師匠だ。色々あって今は幽閉されている。


「おぉ、勇太。来たか。」


「遅くなってすみません。今日も、稽古つけてもらえますか?」


 俺の師匠…種族名グレゴリ。神話級の魔獣であり、神格を持った謂わば神の生き残りだ。


「ああ、いいだろう。」


 そう言うと立ち上がる師匠。やっぱりでかい。拳を握ると舞い上がる火の粉。魔力を、熱を全身に流し込む。


「来てみなさい。勇太。」


 お言葉に甘え、拳を固め真っ正面から突撃する。その時点で音はゆうに越えた。

 その炎の拳を手のひらで受け止める師匠。完全にこれを見きっているのが凄まじい。

 1度距離を取り、また仕掛ける。何度も何度も…それを難なく弾く師匠。


「ワシの土俵でここまで戦えるような奴…人間ならお前しかおるまい。」


 そう呟き、俺の一撃に併せ手のひらで俺の事を打ち返す。すべての衝撃が自分に返ってきたように腕が悲鳴を上げる。


「そんなもんか?」


 怯んだ俺に横からの張り手。間一髪、それを躱すが師匠は待ってくれない。逃げた先には既に拳があった。


 直に食らう。凄まじい速度でダンジョンの壁に叩きつけられ、ヒビが入る。ガードはギリギリ間に合った。


「まだまだ…。」


 炎の温度を上げていく…これじゃ師匠の拳には到底及ばない。


「白い炎…こい…。」


 さらに速度が上がる。炎を纏った変則的な攻撃。それでも師匠は防いでくれる。威力は確実に跳ね上がっている筈なのに、もろともしない。流石だ。

 後ろに回り込んで見ようとも、糸も容易く察知される。


「やはり、お前は強い…勇太。」


 ここまでしてるのに話す余裕があるのは本当に凄い…。


「だが…。」


 飛び回る俺を師匠はその手で捕まえる。


「え…?」


「今日はどこか少し、迷いがあるようにも感じるな。」


「そんなこと…無いと思いますよッ!!」


 炎の温度をさらに上げる。遂に青く輝く領域まで達したその力で師匠の手を振りほどく。


「まあ、いい。」


 そのまま、一撃拳を叩き込む。何食わぬ顔で師匠はそれを受け止めるが…やはりこの力は堪えるようだ。少し後ずさりする。

 いや、逆か。ここまでやって後ずさりするだけ。


 今日はまだもう少し…温度を上げれる。


「話しはあとだ。今のお前の全力…ぶつけてみろッ!!」


 足元が、壁が熔解していく。いや、正確には蒸発していく。バチバチと音を立て空気が、地面が電離していく。火花ではない。稲妻がほとばしる。


 この姿で詠唱するのは初めてだ。


「師匠…ここが今の俺の限界です。【火界】。」


 炎と共に、稲妻と共に、空を割き、大地を割き、愚直な一閃を叩き込む。真っ青なまでに盛った炎による爆発は、今までのそれとは比べ物にならないほどの破壊を生む。


 ―――――その巨人は、それでも立っていた。壁に叩きつけられようと、平然とした顔で俺を受け止めていた。

 これが神と人間の差だ。盛る炎を振り払い、魔力を流し込むのをやめる。


「流石だな…今のは堪えた…。」


 それを聞くことができたのなら上等だろう。


「ありがとうございます…師匠…。」


 流石にここまでしたら疲労も溜まる。あまりにも身に余る力。それがこの炎。


「お前も、ここに来たときに比べたら随分と強くなった。」


「まだ1年しか経ってないですよ。」


「そうだ、その1年でだ。ここまで強くなった。おそらくだが…それが悩みじゃないのか?」


 師匠のその一言は、俺の核心をつく。


「昇級…だったか…?」


「はい、いろんな人から進められるんですけど…。」


「ただ、それでもしたくはないと。」


「はい、俺は…。」


「過去のわだかまりの話しは無しにして聞かせてくれ。お前はどうしたい?」


「俺は…。」


 今俺は…どうしたいのだろうか?昇級すればどうなる?表だってこの力を使うことができる。あとは…面倒ごとがふえる。


 別に今の期間だってバレなきゃ力を使ってもいいわけだ。ただ、万が一また見つかったときの対処が面倒だからギルドは俺を使わない。使いたくないのだろう。


「よく解んないですけど…俺は、昇級しなくたっていいと思ってます。」


「と、言うと?」


「単純に、人前に出るのが面倒というか…このスタンスが自分にあってるというか…。」


「なら、それでもいいだろう。その意見、突き通すんじゃ駄目なのか?」


「まあ、そのわがまま聞いてくれる人は居るよ。」


「ならその人に丸投げするといい。困ったときはアイツに投げろ。柳之助がよく言っていた言葉だ。」


 なんとも他人任せな…しかしそれでいいのだろう。実際、真島さんは何度も俺に無茶を降ってきた。そんで俺も、わがままを聞いてもらった。


「ありがとう…師匠。ちょっとスッキリしたよ。」


「ああ、ならよかった。」


 そうして、俺はそのダンジョンを後にする。随分とこの力…扱えるようになってきた。ここ最近は日に日に最高温を更新できている気がする。


「よし…。」


 先輩との模擬戦…結局あの後約束を取り付けてしまい、その約束の日は明日となっていた。


「まあ、Fクラスしときますか。」


 呟いて、俺はその場を後にするのだった。


――――――――――


 勇太…彼は強い。あまりにも。彼が本来の力の使い方をしようものならでも危機感を持ってしまう。

 まだ魔力の制御は甘いが、それでも熱を自分のエネルギーに変換する術式をあの高温状態で扱えるのは才能としか言いようがない。流石は…。


「勇太…お前の拳、随分と熱かった。」


 少し焼けた己の手のひらを見る。ワシの力を授けるなら、それはもう勇太しかおらんだろうな。

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