第二章 旅立ち 2
「ただいま!」
アルベルトが家に帰ると、居間に家族がそろっていた。テーブルには朝食が並んでいる。こころなしか、いつもより豪華だ。
「おかえり。どうだった?」
アルベルトはリュックから獲物を出すとクリスに見えるように軽く掲げた。
「やったぜ、ジェームズ兄さん。今夜も肉が食えるぞ」
口笛を吹いたクリスは座っているジェームズの肩を叩いた。
「いつも助かるよ。ありがとう、アル」
「朝の仕事を手伝えなくてごめんね」
「気にするな。牛舎の仕事は3人で十分足りている。それより、夕食の食材を取ってきてくれてたすかっているさ」
申し訳なさそうにしているアルベルトを励ますようにヘンリーがいった。クリスとジェームズも、ヘンリーに同意するように首を縦に振っている。アルベルトはありがとうと皆んなに微笑んでみせた。
「アルはいよいよ今日出発か。寂しくなるな」
「あぁ。あんなに小さかったのに。月日が流れるのは早いな」
獲物を片付けるアルベルトをながめながら、クリスとジェームズがしみじみいった。
「さあさあ、朝食ですよ。話は食べながらにしましょ?」
皿を並べ終わった、ジェームズの妻サラがアルベルトに席に着くよう促す。アルベルトとサラ、ドロシーが席に座り、朝食が始まった。
「今日は近くの町まで行くんだろう?その後の伝手はあるのか?」
「うん。南のゲカルミっていう大きな町で冒険者登録ができるって、この前護衛できた冒険者がいってた。町から馬車も出てるって」
パンを頬張りながらアルベルトがこたえると、ヘンリーは安心したような顔をした。隣のドロシーは嫌そうな顔だ。
「父さん、食事中に旅の話はやめてくださいな。せっかくのご馳走が涙で台無しになっちまう」
「まあまあ、旅立つのは成長の証ですし、喜んでもいいのではないかしら」
最後までアルベルトが冒険者になることに反対していた母だ。まだ心の整理がつかないのだろう。そんなドロシーを慰めるようにサラが声をあげた。
その後は出発の話題には触れずに、楽しく食事を済ませた。
朝食後、アルベルトは自身のベッドサイドで荷物をまとめていた。昨晩のうちに大体終わっていたが、最後の確認だ。リュックの底に衣類と寝袋を詰め、その上に集めた魔獣の素材が入った袋を入れた。アルベルトお金を持っていないので、町で素材を売って旅費を確保する算段だ。村のハンターからお墨付きをもらった15歳の時からコツコツ集めていた。ゲカルミまでの馬車代くらいにはなるだろう。リュックの隙間に少量の干し肉を詰める。居住区の外は獲物が豊富なので、食糧は現地調達が基本だが、最低限は非常用に持って行くつもりだ。カップや鍋などの小物を詰め、最後にたっぷり水の入った水筒を横のポケットに入れて準備完了だ。
「どうだ、アル。準備は進んだか?」
荷造りが済んだアルベルトが武器の状態を確認していると、ジェームズがやってきた。
「うん。忘れ物もないよ、ジェームズ兄さん」
「それはよかった。……それが武器か、色々あるんだな」
「これらのナイフは武器じゃなくて萬用。解体したり、ロープ切ったりに使うんだ。武器はこれだけだよ」
アルベルトはジェームズにわかりやすいよう剣をかざしてみせた。
「なるほど。とはいえ、ナイフも使うんだよな?」
「うん、もちろん。ナイフ無しじゃ旅なんてできないよ」
「そうだな。じゃあ、これをあげよう。持って行くといい」
ジェームズはアルベルトに布にくるまれたものを渡した。アルベルトが布をめくると、中に古いナイフが入っていた。それはアルベルトもよく知っているナイフだった。ジェームズが一人前になった証に父から譲り渡された、家で1番いいナイフだ。珍しく素材でできている、この辺りでは滅多に手に入らない品だった。
「えっ、ダメだよ。これは兄さんのでしょ。受け取れないよ」
「いや、もっていってくれ。酪農にはこんなによく切れるナイフはなくても大丈夫だ。旅での方が役に立つだろう。もちろん、父さんの了承ももらっているから大丈夫だよ」
「そうはいっても……」
ジェームズは返そうとするアルベルトを手で制しながらこういった。
「じゃあこうしよう。アルが冒険者になって、もっといいナイフを手に入れたら、それを返しに来てくれ。それならいいだろ?」
それは、一人前の冒険者になったら再び会おうという約束だ。こう言われたら断ることはできない。アルベルトはナイフを受け取ると、大きく頷いた。
「ありがとう、兄さん。きっと返しにくるからね」
「あぁ、楽しみにしてる。気をつけていっておいで」
アルベルトはナイフを大切にホルダーにしまった。
日も高くなり、いよいよ出発の時がきた。名残惜しいが、早く出ないと夜までに町に着かなくなる。
「ほんとうにもう行くのかい?せめて昼を食べてから行けばいいのに」
「ごめんね、母さん。本当はそうしたいんだけど、そうもいかないんだ」
ドロシーはアルベルトの手を握って離そうとしない。そんな母の手をヘンリーがそっと触って手を離させた。
「気をつけてな、アル」
「約束、忘れるなよ」
クリスとジェームズがアルベルトに別れをつげた。サラも見送りに来てくれた。
「頑張ってな。いつでも帰ってきていいんだぞ」
ヘンリーはアルベルトを強く抱きしめながらいった。続いてドロシーがアルベルトを抱きしめる。
「体に気をつけるんだよ。無理をしないようにね」
ドロシーは目に涙を浮かべていたが、笑顔を作っていた。本当はアルベルトに残ってほしいだろうに、アルベルトが後ろ髪を引かれないようにしているのだ。アルベルトはなんだか涙が溢れてきて、慌てててで拭った。無理をいって旅にでるのだ、涙は見せられない。
「ありがとう、皆んな。近いうちに帰ってくるからね!また!」
アルベルトは皆んなに大きく手を振って村を出た。空気が澄んだ秋の日のことだった。
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