第二章 旅立ち
第二章 旅立ち 1
アルベルトが初めて吟遊詩人と出会ってからはや10年、今年の夏でアルベルトは18歳になった。冒険者になる夢を叶えるべく、家業を手伝いつつ日々鍛錬に励んでいる。
暑さがなりを潜め、小麦が黄金色に染まる季節、成人を迎えたアルベルトが、いよいよ冒険者になるために村を出る日がやってきた。
出発の日の朝、まだ朝霧の立ち込めるなか、アルベルトは村の出口に向かっていた。もちろん、家族に何も告げずに村を出るわけではない。出発の日でも、日々の日課にしている鍛錬を行うつもりなのだ。
「おーい、トムさん。ちょっと出てくるよ」
アルベルトがこの日の門番のトムに声をかけると、見張り台の上からトムが顔を出した。
「なんだ、アルベルト。今日も狩に行くのか?おまいさん、今日は出発の日だろう」
「うん。でもさ、ほら、日課だから。やらないと気持ちが悪いんだ」
「そうかい。じゃあいっておいで。遅くならないようにな」
「はーい、行ってきます!」
アルベルトはトムに手を振ると、門を開けて村の外へと出ていった。
村の外には草むらが広がっている。馬車道は平になっているが、少し道を逸れるとアルベルトの腰くらいまで草が茂っている。アルベルトは5分ほど馬車道を歩くと草むらの中に入った。いつも上っている木を見つけると、アルベルトはそれに足をかけた。
この辺りには低い木しかないが、それでも狩をするには十分な高さはある。アルベルトは木の上から草むらを見渡し、今日の獲物を探した。
村の外側には魔獣が生息している。とはいっても、村の近くには危険な魔獣は生息していない。うさぎやキツネなんかよりは危険だが、狼よりは危険が低い。村のハンターに鍛えられたアルベルトにかかれば、1人でも十分討伐できる。
周囲をよく見渡すと、50メートルほど離れた地点の草が動いていた。かすかに角のような尖ったものが見える。おそらく、村人たちが一角犬と呼ぶ魔獣だろう。この辺りに多くすむ魔獣だ。白く輝き丈夫な角は様々な道具の素材になるし、毛皮も売れる。あまりおいしいとはいえないが、肉を食べることもできる、割のいい獲物だ。アルベルトは一角犬のいる方向をよく記憶すると木を降りた。
記憶を頼りに腰を低くして草むらを進む。やがて、ガサガサと何かが動く音が聞こえた。かすかに血の匂いもする。どうやら、ターゲットは食事中らしい。
一角犬は頭に鋭い角をもっている。犬というだけあって機動力は高く、正面から仕留めようとするとなかなか大変だ。しかし、陰から初激で足に傷をつけることができれば討伐は容易である。
アルベルトはそっと草をかきわけ、魔獣の姿を探した。10メートルほど進むと、うさぎを捕食中の1匹の一角犬が見えた。ターゲットは食事に夢中で、まだアルベルトには気づいていない。アルベルトは静かに腰の剣に手を伸ばした。
腰を低くしたまま、アルベルトは剣を握って慎重にターゲットに近づいた。足音がしないように、すり足で。
手を伸ばせば届くくらいまで距離を詰めたアルベルトは、魔獣の後ろ足を狙って剣を振るった。
ケーンと魔獣の鳴き声がこだまする。一角犬は振り返りアルベルトを見ると、後ろへ飛び退き距離をとった。アルベルトの狙い通り後ろ足に大きな切り傷がつき、血が流れている。魔獣はアルベルトを敵と認識したようで、グルグルとうめき声をもらしながらこちらを睨みつけた。
対峙するアルベルトも中腰になるのをやめ、正しい姿勢で剣を構えた。
魔獣とアルベルトは数刻睨み合っていたが、やがて魔獣がアルベルトに突進してきた。しかし、足を負傷しているため本来のスピードは出ていない。アルベルトはその攻撃を容易に躱すとすれ違いざまに魔獣の首元を切りつけた。
魔獣は走る姿勢のまま、声をだすこともなく崩れ落ちた。狩は成功だ。
アルベルトは息絶えた一角犬を肩に担ぐと、馬車道へと戻っていった。すぐに処理をしたいところだが、血の匂いで他の魔獣を誘き寄せる恐れがある。比較的安全な馬車道まで戻ってから解体するのだ。魔獣の解体までできて、初めて一人前の冒険者になれるのだ。
近くの馬車道に着いたアルベルトは剣を腰に戻すと、ふともものホルダーに入ったナイフを取り出した。一角獣の血抜きをすると、丁寧に素材を剥ぎ取っていった。
毛皮と角を採取したアルベルトは、そのまま肉をブロックごとに切り分けていった。本来、魔獣の肉はそのまま業者に下すのだが、アルベルトは酪農家の息子である。基本的な肉の捌きかたは父に教わっているのだ。
解体を済ませたアルベルトは、内臓や骨などの食べられない部分を草むらに放りなげた。持ち帰ってもゴミになるだけだが、野生の獣たちには食糧となる。いただいた命だから、なるべく無駄にならないようにしたいのだ。
アルベルトが立ち上がり空を見上げると、空はすっかり明るくなっていた。あまり遅くなると皆んなが心配する。アルベルトは収穫物をリュックに納めると、村へともどるため馬車道を引き返していった。
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