第一章 少年と吟遊詩人 3
目を覚ましたアルベルトは空が明るんできているのを見て飛び起きた。商人たちは早朝に出発すると父は言っていた。あの吟遊詩人と話をするなら急がなければいけない。
「おはよう、母さん、父さん」
「おや、今日はずいぶんと早起きだね。まだ寝ていていいよ」
いつもは寝坊助なアルベルトが自分から起きてきたことに驚いたのか、ドロシーは目を丸くしている。それでも朝食を準備する手を止めないのはさすがだ。
「うんん、大丈夫。ちょっと出かけてくるね」
「こんな早朝にどこに行くんだい?明るくなってからにおし」
「えー、それじゃあ間に合わないよ」
アルベルトは頬を膨らませて抗議する。ただでさえ、出発に間に合わないかもしれないのだ。一刻も早く広場へと行きたかった。
「ははっ、吟遊詩人に会いたいのだろう。話が気に入ったようだったからね。ちょうどわたしも商人の見送りに行くところなんだ。アルベルト、わたしと一緒に行くかい?母さんもわたしが一緒なら許可をだしてくれるだろう」
「うん!行く行く!」
「仕方ないねぇ。アルベルト、ちゃんと父さんのいうことを聞くんだよ」
「はーい。じゃあ、行ってきます!」
2人が広場に着くと、ちょうど商業団が出発の準備をしているところだった。アルベルトが周囲をうかがうと、お目当ての吟遊詩人は馬車の横にいた。
「では、アルベルト、わたしは商人の長と話してくる。お前も話しておいで。礼儀正しくするんだよ。あと、広場は離れないようにな」
「うん。わかった!」
アルベルトはヘンリーに手を振ると、吟遊詩人に駆け寄った。彼は馬車の横に座り込んで、楽器の手入れをしていた。吟遊詩人はアルベルトが寄ってきたのに気がつくと、にっこり微笑んだ。
「やぁ、坊や。どうしたんだい?」
「えーと、あのね。お話したいんだけど、いい?」
いざ直接話すとなるとなんだか恥ずかしくなってきて、アルベルトの言葉が辿々しくなった。吟遊詩人はそれを気にする様子もなく、手入れを止めて微笑みを浮かべたままアルベルトに向き直った。
「大丈夫だよ。出発までまだ時間があるからね。それで、なんの話かな?」
「あのね、昨日、たくさん話を聞かせてくれたでしょ。すごく楽しかった!」
「そうかい。それはよかった。坊やはどの話が好みだったのかな?」
「えーと、全部面白かったけど……、冒険者の話、あのドラゴンと戦ったやつが好きだな」
「あの話は子供たちに大人気なんだよ。気に入ってもらえて嬉しいな」
「あのね、それでね……」
そういうとアルベルトは黙り込んだ。吟遊詩人に聞いていいのかわからなくなったのだ。吟遊詩人は急かすでもなく、じっとアルベルトをが話し始めるのを待ってくれている。アルベルトは勇気を出して聞きたかったことを尋ねることにした。
「あのね、あのドラゴンの話って作り話なの?」
「どうしてそう思うんだい?」
アルベルトが吟遊詩人を見つめると、吟遊詩人は微笑みを浮かべたままアルベルトに尋ねた。
「だって、兄さんがそういったんだ。ドラゴンなんていないって」
「君はどう思う?」
「うーん、わかんないけど……。ドラゴンが本当にいたらワクワクするな」
「そうか。そうだな、あの話はずっと昔から伝わっている話でね、本当かどうかは僕にもわからないんだ。でも、こんなに長く伝わっているってことは、事実である可能性もあると思うよ」
「お兄さんは、ドラゴンっていると思う?」
「あぁ、もちろんさ!いまでもたくさんの冒険者たちが、新たな素材を求めて、未開の地を切り開いているんだ。その度、新しい魔獣もたくさん見つかっている。ドラゴンだってまだ見つかっていないだけで、どこかにいるかもしれないよ」
その言葉を聞いて、アルベルトはまたワクワクしてきた。未開の地で、ドラゴンを見つけるのが自分だったらどんなに素敵だろうか。
「お兄さんは冒険者に会ったことあるの?」
「あるよ。一緒に仕事をしたこともある。野蛮だっていわれてるけど、皆んな、気のいい奴らだよ」
「ボクもなれるかな?」
「たくさん食べて、たくさん眠って、体を大きくすれば、きっとなれるよ」
「おーい、アルベルト!話は済んだか?」
少し離れたところから、ヘンリーがアルベルトを呼ぶ声が聞こえた。商人たちは準備を済ませたようだ。
「はーい。お兄さん、ありがとう!」
「いいえ。頑張ってね」
アルベルトは手を振って吟遊詩人と別れると、ヘンリーとともに出発を見送った。
「どうだ、話はできたか?」
家への帰り道、ヘンリーがアルベルトに尋ねた。
「うん。あのね、ボク、大きくなったら冒険者になるんだ」
「冒険者か、そりゃまた大変な仕事を選んだな」
「いつかドラゴンを見つけるんだ!」
「そうかそうか。じゃあたくさん手伝いをして、体力をつけないといけないな。頑張りなさい」
「うん!」
アルベルトは新たな夢を胸に、日常へと帰っていった。
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