第一章 少年と吟遊詩人 2
外は日が暮れ、空はオレンジから紫へと色を変えた。1番星が輝き、フクロウが鳴いている。アルベルトが窓から外をながめていると、ヘンリーが帰ってくるのが見えた。
「あっ、父さんだ。母さん、父さんが帰ってきたよ」
アルベルトは母ドロシーへと父の帰還を告げる。テーブルに皿を並べていたドロシーは、ヘンリーを迎えるべく玄関の扉へと近づいた。
「ただいま。母さん、今日は夕食の後出かけるぞ」
「お帰りなさい。おや、買い物は済んだんじゃなかったかい?」
「商業団に吟遊詩人が同行していてね。村に泊めたお礼に話を披露してくれるそうだ」
ドロシーは食事の準備へと戻りながら、そりゃ珍しいと呟いた。
みんなで夕食を食べ、広場へと向かう。ドロシーは片付けを済ませてから合流するといったが、ヘンリーがみんなで行くと譲らなかったのだ。
広場にはかなりの人が集まっていた。広場の中心に吟遊詩人がいる。昼間手入れしていたもので、なにやら音楽を奏でている。あの糸が張ってあったものは楽器だったようだ。聞いたことがない音楽だったが、アルベルトは心地よさを感じた。周りの村人も音楽に耳を傾けている。アルベルトたちが到着した後にも人は増え続け、星が輝くころには村中の人がいるのではないかと感じられるほどに人が増えた。
吟遊詩人は音楽を止めると、周囲を見渡して話し始めた。
「皆さん、今宵は村に泊めていただきありがとうございます。ささやかではございますが、お礼に物語を披露させていただきます」
心地よいアルトの声が広場に響き渡る。旅をしているのだからもっと年寄りなのかとアルベルトは思ったが、この声の感じだとクリスと同じくらいかもしれないと感じた。もしかしたら、旅を始めてまもないのかもしれない。やはり、フードをかぶっていて、顔はあまり見えなかった。
「小さな観客もいらっしゃるようですし、難しい商売の話は後にしましょう。そうだな、まずは遥か昔に伝説の魔獣、ドラゴンと対峙した冒険者の話から始めましょう」
そうして吟遊詩人は再び楽器を演奏し始めた。
語られたのは、ドラゴンと戦った冒険者の話だった。ある鉱山を開拓しきり、山の反対側までトンネルができた。しかし、反対側はドラゴンたちの隠れ家だったのだ。住処を暴かれて怒ったドラゴンたちが開拓者たちを攻撃した。冒険者たちはみんなを逃すために必死に時間を稼いだ、と言う話だった。
あらゆるものを破壊するドラゴンは恐ろしかったが、それ以上に圧倒的な強者と対峙する冒険者の姿がアルベルト心に響いた。ドラゴンのブレスを防いだ魔法使いもカッコよかったが、冒険者の中でも、剣一本で果敢にドラゴンに挑む剣士が気に入った。目を輝かせて話を聴くアルベルトをクリスとジェームズが微笑ましそうに見ていた。
吟遊詩人の話はその後も続いた。人に化けて旅人を迷わせる魔物に翻弄される話や妖精の住む深い森の話、魔獣に襲われた街を守った英雄の話をしてくれた。どの話にも冒険者が登場して、鮮やかな活躍をみせた。時に囁くように、時に叫ぶように、調子を変えて話を語る吟遊詩人の技術は素晴らしかった。物語に添えられる音楽にも助けられ、アルベルトはまるで自分が体験しているような気分だった。
物語のなかを旅していたアルベルトだったが、0時を告げる鐘の音に、はっと我にかえった。
「さて、だいぶ夜も深くなってきました。お話はここまでにしましょう」
吟遊詩人は楽器の演奏を止めると、立ち上がって礼をした。まだまだ話を聴いていたかったアルベルトだったが、クリスに促されてドロシーとともに帰路についた。ジェームズとヘンリーは広場に残った。この後、吟遊詩人や商人たちから他の村や街の様子を聞くのだ。
「だいぶ夜更かしせたねぇ。アルベルト、眠いでしょ?」
「うんん、全然眠くないよ!もっと色んな話を聞いてみたかったなぁ。冒険者ってかっこいいんだね。僕にもなれるかな?」
「あの話は作り話だよ。ドラゴンや妖精なんかいるわけないだろ。冒険者なんて、そんなかっこいいもんじゃないぜ。魔獣専門の狩人って感じだな」
ワクワクを隠せないアルベルトの頭をなでながら、クリスがいった。曰く、村や街が魔獣に襲われることはまずないため、冒険者が英雄になることはないそうだ。アルベルトはがっかりした。
「まぁ、冒険者がいないと素材が手に入らないし、商人が街の外で襲われることはあるから、重要な職業ではあるのよ。それに、昔の話だから全て嘘ってわけでないかもしれないわ。あまり気を落とさないで」
あからさまに落胆した様子のアルベルトを慰めるようにドロシーがいった。
「そうだな。今の様に人間が安全な地を見つける前だったら、あり得るかもしれない。そうだ、明日出発前に彼に確認してみたらどうだ?吟遊詩人なら話の出所も知ってるかもしれないぞ」
「うん!じゃあ早起きしなきゃ」
元気を取り戻したアルベルトにクリスとドロシーが笑いかけた。
その夜、アルベルトはなかなか寝付けなかった。いつもよりもずっと遅い時間に寝床にはいったのに、頭が興奮して眠れない。それでも、物語について考えているうちにいつのまにか眠っていたようで、気がついたら鶏が鳴いていた。
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