吟遊詩人は人嫌い〜惚れ込んだので無理矢理ついていきます〜

ゆず

第一章 少年と吟遊詩人

第一章 少年と吟遊詩人 1

 花が咲き乱れる季節、空が茜色に染まる時間、アルベルトは父親と兄と共に牛舎にいた。アルベルト・マイヤーは小さな村に住む、今年8才になる少年だ。年の離れた2人の兄たちはアルベルトのことをまだまだ子供だと笑うが、アルベルトはそれが不満だった。兄に比べると体は小さいがもうすぐ8才、牛舎で簡単な仕事だってできるのだ。この日もアルベルトは次男クリスが牛の寝床を整えるのを手伝っていた。

「アル、次はそっちを頼む」

「わかったよ、クリスにぃ」

 夕方の乳搾りが終わった牛から寝床へと帰ってくるから、掃除の順番も大切だ。クリスは乳搾りに並んでいる牛を確認しながら、アルベルトへと指示をだしていた。


 アルベルトたちが7割ほどの掃除を終えた頃、カンカンと鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきた。村への来訪者を告げる合図だ。

「あれっ、誰が来たの?」

「おそらく、大きな街に行く商業団だろう。同じ外で眠るにしても、野宿するより村に泊めてもらった方が安全だからな」

 アルベルトとクリスが手を止めないまま噂していると、クリスを呼ぶ父ヘンリーの声が聞こえてきた。

「おーい、クリス、変わってくれ。わたしはちょっと様子を見てくる」

「わかったよ、父さん。アル、残りは1人でできるな?」

「うん。大丈夫!」

 兄に頼られたのが嬉しくて、アルベルトは大きく頷いた。クリスはアルベルトに牛には近づかないよう注意すると、乳搾りをする長男ジェームズの方へと歩いていった。


 アルベルトが掃除を終えたころ、ちょうど乳搾りも最後の1頭になったところだった。

「あぁ、アル。助かったよ」

 乳搾りをしていた、ジェームズがチラリとアルベルトをみて声をかけた。

「うん。……ジェームズにぃ、いつになったら僕にも乳搾りさせてくれるの?もう8才になるし、牛の区別だってつくようになったよ」

「ははっ、まだアルには早いよ。オレだって、最近ようやく任されるようになったんだから」

 隣で搾りたての牛乳を大釜に移していたクリスが笑った。また子供扱いをする兄に、アルベルトは頬を膨らませた。そんなアルベルトと様子がおかしかったのか、ジェームズも一緒になって笑い出した。

「乳搾りは簡単そうに見えるが、意外と技術がいるんだ。作業中に嫌な思いをした牛は、その後自主的に来てくれなくなるしな。……そうだな、10才になれば、温厚な牛で挑戦させてもらえるかも」

「えー、10才っていったら、あと2年以上あるじゃん!」

 不満そうにいうアルベルトに、2人は2年なんてすぐだよ、とさらに笑った。


「お前たち、仕事は終わったようだな。……なんだアルベルト、そんなに怒った顔をして。また揶揄われたのかい?」

 2人に笑われたアルベルトが口を尖らせているところに、ヘンリーが戻ってきた。そのまま、宥めるようにアルベルトの頭をなでる。

「嫌だな、父さん。揶揄ってなんかいないよ。かわいい弟を可愛がってただけさ」

「戯れるのもいいが、せっかく採取した牛乳をひっくり返さないようにな」

 ヘンリーはそういうと、牛舎の中を見渡した。仕事がつつがなく終わっていることを確認すると、満足げに頷いた。


「片付けはわたしがやっておくから、お前たちは先に広場へ行ってきなさい。さっきの鐘は大きな商業団の訪問を告げる鐘だったんだ。村の広場に泊める代わりに、商品を売ってもらえることになった。お前たちにも好きなものを1つずつ買ってやるから、選んでおいで」

 アルベルトはやった、と手を挙げて喜んだ。大きな商業団ということは、普段取引している商人たちが扱っていない商品がある可能性が高い。アルベルトは甘いものが大好きだが、村ではあまり手に入らない。日常的に手に入るのは果物と、精々自家製の焼き菓子だけだった。同じ焼き菓子でも、メイプルシュガーで作る自家製のものと、白砂糖で作られた商業用のものでは全然味が違うのだ。

「こんなに喜ぶなんて、やっぱり子供じゃないか」

「うるさい。クリスにぃだって、ワクワクしている癖に!」

 クリスはアルベルトの手前冷静を装っているが、表情が緩んでいるので内心楽しみにしていることがアルベルトにもバレバレだった。ヘンリーもジェームズも楽しそうだ。クリスはごめんごめんと謝ると、アルベルトに一緒に行こうと手を差し出した。アルベルトはその手を握り、2人で広場に向かって歩き出した。後ろからジェームズもついてくる。


 牛舎から3分ほど歩いた、村の中心に広場はある。3人が到着する頃には、広場は村人で溢れんばかりだった。アルベルトはクリスから手を離すと、小さな体を生かして人混みの隙間を抜けて前方へと移動した。

 商業団の馬車には、たくさんの商品が積まれていた。チーズや野菜、塩漬けにした肉などの食品から、陶器の皿やブリキのコップ、櫛や農具など様々な品が積まれている。実用品だけでなく、木彫りの動物やぬいぐるみなどの玩具もあった。

「やぁ、坊ちゃん。なにをお探しかな?」

「えーと、お菓子はありますか?できれは、珍しいやつ」

 アルベルトに気づいた商人の1人が声をかけてくれたので、要望を伝えた。すると商人は後ろの荷台からいくつかの商品を出してくれた。

「そうだな……。このチョコレートは南方で取れる木の実をすりつぶして砂糖を混ぜた菓子なんだ。あとは、キャラメルなんかも大きな街でしか手に入らないよ」

「アル、離れちゃだめじゃないか」

 未知のお菓子を前に目を輝かせているアルベルトのところに、クリスとジェームズがやってきた。アルベルトはごめんなさいと謝ったが、視線はすぐにお菓子へともどった。そんなアルベルトに苦笑したジェームズとクリスも、品物を選び始めた。クリスはアルベルトと同じくお菓子を見ている。ジェームズは櫛やブレスレットなどのアクセサリーを見ていた。おそらく、彼女へのプレゼントだろう。


 好みの品を見繕った3人は人混みを離れた。商業団から少しはなれた広場の隅に、アルベルトは見慣れない人をみつけた。木の枠に何本も糸が張られた、見たことのないものを手入れしているようだ。

「あれ、あの人も村の人じゃないよね。荷物が少ないけど、商人じゃないのかな?」

「ん?……あぁ、あの人はおそらく吟遊詩人だよ。珍しいな」

「吟遊詩人?」

 聞いたことのない言葉にアルベルトは首を傾げる。ジェームズが解説してくれた。どこか楽しげだ。

「いつもの商業団が来ると、街の話をしてくれるだろう?そんな感じで、様々な街を周っては違う街の話をしてくれるんだよ」

「それだけじゃないぞ。歌や物語も聞かせてくれるんだ。ほら、長老がたまに聞かせてくれるだろ?そんな話さ。アル、きっと今晩は夜更かしが許されるぞ!」

 同じく吟遊詩人を知っているらしいクリスが興奮したようにいった。アルベルトにはよくわからなかったが、クリスとジェームズの高揚ぶりをみると、なにか楽しいことがおこるらしい。アルベルトもなんだかワクワクしてきた。

「吟遊詩人が話を披露するのは日が暮れてからだな。一旦家に帰ろう」

 3人は広場を後にして、牛舎の隣にある自宅へと向かった。

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