【第一章:ノブレス・オブリージュ㉕】
高校一年生の秋、代表して挙げるのであれば文化祭の季節。
ちょうど学級委員の仕事も忙しくなる頃だ。
「僕は資料をまとめておくから、から は指示を頼んだ」
「私もそう思っていた。必要なものは言ってもらえればうまく手配しよう」
人付き合いが上手いのは から のほうだ。指示出しは彼女に任せて、僕は裏方に徹しよう。
うちの出し物はお化け屋敷、ベタだ。
僕はそこまで文化祭にこだわろうと思ったことはない。各々が楽しんで思い出になればいい、そんな程度だった。
逆に言えば、楽しめるかどうかは重要である。そういう思考になるところは、最低限学級委員に適性があるのかもしれない。それでも、彼女ほど精力的に邁進しようとは思えないけど。
彼女には才能がある。僕はただ、彼女に声をかけられただけ。僕と彼女の能力を比べるのもおこがましい。それだけに、彼女がどうして僕に声をかけたのかは気になる。
文化祭の準備には一週間を与えられる。ある日の放課後、校舎裏に彼女の姿を見つけた。
彼女はエナジードリンクを片手に、ゴミ捨て場を行き来する学生たちをぼんやりと見ていた。
「どうも、お疲れ様」
声をかけると、視線が僕の真ん中に移った。彼女の眼は、当時未だ見たことなかったほどに虚ろだった。
「体に悪いんじゃない?」
「こうなるのは今だけだ。血糖値が急激に上がると眠気が来るのは当たり前。あとで目が覚めはじめる」
「疲れてるの?」
「それは否定できない。ただ、疲れている様子でいるわけにもいかないから」
「無理しないほうがいい」
うん、と小さく頷く。僕は、彼女が僕の意見に賛同してくれたのだろうと、そのとき思った。
だけど、続く言葉は。
「無理はしていきたい。作業には必ず皺寄せがある。その皺が可能な限り私に向くようにする」
「どうしてそんな」
「私以外にそれを解決できる人間がいないから」
はじめて僕が、彼女に怒りの感情を抱いた瞬間ではあった。それは事実だろう。だけど僕は彼女に反論することはできない、その主張を否定することは、僕には出来なかった。
「僕じゃ力不足かな」
「今の反応からすると、そう」
「なんで」
「皺寄せを引き受けている私を見て、君は明らかに怒った。でもね、皺寄せを処理することは、ただ処理することだ。それだけの話。君にとって、皺寄せを引き受けることは嫌なことなんだろう。でもその嫌なことに対して嫌悪感を示している時点で、引き受けるのには向いてない」
「じゃあ から は嫌じゃないの?」
「辛いと思うことはある。だけど辛いと思うだけで、仕事を処理することに変わりはない。私にとって、作業の進行は私の価値観よりもずっと大切だ。嫌なことを嫌そうにではなく進める、辛いことを辛そうにではなく進める。そういうこと」
一通り話し終わって、缶に口づけする。
「でも、そんなこと言ったらどんな仕事も から に任されていくことになる」
「任されたなら終わらせればいい。任された仕事を終わらせられないのは、自身の能力の未熟さ故だ。自分の無能さを棚に上げて、仕事が多すぎて終わらせられなかった、忙しすぎて対処できなかった、なんて妄言は言っていられない。弁明の時間があるのであれば、その時間で自分の能力を磨いておくべきだと、私は思っている」
また、一口。
「だけどこれは私の意見だ。こういうことを自分以外に強制したいとは思わない。思ってしまえばそれは暴力的だろう。だからこそ、自ずからそういう指向性を持つ私が仕事を引き受けるべきだ。これを合理的、と呼ぶものだ」
瑛摩から という人間は、僕の価値観を遥かに超越したものだった。
能力がある故の天才なのか、天才である故の能力なのか。彼女は前者だった。
自身に課せられた全てを、努力という方法で殲滅してきたのが彼女の人生だ。
彼女は万能なのではなく、達成できるまで努力を続けているからそう見えているだけだ。
「能力は全てを解決してくれる。それならば、誰よりも高い能力を身に着けたい。そう思うのは、自然な発想だと思わないか?」
ゴミは次々と運ばれてくる。
「でも」
でも。
「それなら から は、どんな無茶ぶりにも答えなきゃいけないじゃん。僕が から に『明日までに月に行ってこい』って言ったら、から はそうするの?」
「勘違いしないでほしい。私は人の願いを叶えるために善処しているわけじゃない。あくまで作業を進めるため、個ではなく全体として課題を解消するための構造だ」
「どうしてそこまでするんだ」
「ノブレス・オブリージュというやつさ。だけどやっぱり、君たちは君たちらしく生きたほうが良い。私がそうしているように
気分が悪いか。この話はやめにしよう。
それとも、好きなだけ話すか?
あの頃と比べれば、君も優秀になったよ。
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