【第二章:偉大なる探求者①】
ある日僕は、あのウインクがいなくなってしまったことに気づいた。
そのある日、とはいつのことだったかをこれから話そう。この話は、瑛摩から が語った名づけの話とも繋がっているのかもしれない。
そしてもう一つ、瑛摩から という君について話そう。これが僕に許される贖罪なのであれば、いつまでもこの手を動かそう。
東京行の電車に乗るのも慣れたものだ。
とはいえ、買い物にいくのはまだ慣れない。普段そういう習慣が無かったからだ。
「お待たせ」
休みの日の彼女に会うと、なんだか調子が狂う。制服以外の姿の彼女は、なんというか、とても人間らしく見える。
「失礼な」
さほど傷ついていない素振りで歩き出す。それに合わせて、僕も歩いていく。
「先日はどうも」
「何が?」
「校舎裏のこと。私も自分の考え方を口に出して、少し落ち着いた」
「……そっか」
「意外か?」
「何が?」
「私の心変わりが」
意外といえば意外だった。彼女は僕よりずっと芯が強くて、聡くて、優れた人間だったのだから。
少なくとも彼女が周囲から影響を受けて変わるなんてことはなさそうだった。彼女は周りの何よりも優れているのだから、彼女が他人を真似る必要は全くない。
僕の考えを取り入れることなんて、そんなことしなくてもいい。
「想像以上に自己評価が低い男子だな、君は。いや、私の評価が高いのか?」
「後者だね」
「それは、ショックだ」
彼女は心底悲しそうな顔をした。学校の外の彼女は、いつもよりずっと表情豊かだった。
「君は私を、正しく評価してくれていたと思ったんだけど」
僕は返す言葉に詰まった。
「私は、私を見上げてくる人間が嫌いだよ」
ふぅ、と息をつく。これから買い物に行くとは思えない雰囲気が漂う。
見上げてくる、と言った。でもそれは仕方のないことのように思う自分がいる。事実として、彼女は人として優れているからだ。人類最後の生き残りを性能から決めるなら、僕は間違いなく彼女に投票するだろう。
だけど彼女は、そういう評価を嫌った。
「ほら、これはどうだろう?」
服を持ち寄っては、何度も確かめる。
そして、口元を綻ばせて、言う。
「いいね」
「どれも同じ答え」
「仕方ない。どれも似合うんだから」
僕たちの日常は忙しい。僕たちに、笑顔でいる時間なんてない。
そう思っていた。
だけどこうして二人でいる時間は、どことなく永遠で、刹那的で、儚い。
「ほら、こっちはどうだろう?」
「いいね」
「やっぱり、同じ答えだ」
そう言って笑うのだ。その笑顔は、きっとこの世界のどこにも存在しない秘宝だった。
秘められた宝。普段の彼女からは決して見られない、彼女の本心。
目的という都合に歪められた瑛摩から ではない。彼女が生まれ以て得た、瑛摩から、なのだ。
「ねえ、次はあっちに行こう」
彼女が僕の手を引く。僕と同じくらいの、だけど僕よりも少しだけ背の高い彼女が、僕の手を引いて走り出す。
それはまるで子供のようだった。普段の大人すぎる彼女とは正反対の、幼い背中。
その背中を見ながら、僕も走り出す。
「こら、ショッピングモールで走ると危ない」
「それでもいいんだよ」
瑛摩から は笑わない。だけどこのとき彼女は、確かに笑っていた。僕の手を引きながら、笑っていたんだと思う。
僕はそのとき、本当に心の底から思った。
そんな彼女をずっと見ていたい、と。
偽りのない彼女の笑顔を、またいつかこうして見られたら。
それは、どんなに幸せなことだろうか。
「ほら、こっちはどう?」
「うん。似合うよ」
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