第4話 『共闘』


 「……てき」

 「【━━ボルテクス・オーブ】!」


 またもや楽をしてしまってる。

 だってやる事がないんだからしょうがないじゃん?

 此処まではさっきも見た流れで、シロが索敵しリリーナが向かって来た『鱗牛』を上空に打ち上げだ。

 大きく違うのは、ここから。


 「【アタシの呼び声に応えろ精霊】」


 ティアが精霊に呼び掛け、詠唱を始める。ホントいつ聞いても……上から精霊に命ずる「起句」だなぁ。


 「【射抜け、貫け、素早く得物を打ち落とせ】」


 魔法の詠唱は、その詩が長ければ長い程、高威力なものが発動出来ると考えられている。

 が、その説をひっくり返したのが他の誰でもないじいちゃん、【最強】五百神灰慈だ。

 勿論神霊と契約し、『精霊』との対話が短く出来ていたと言うのもある。

 《神霊》は『精霊』の上位存在で、神霊を通した魔法は威力が強いと言うのもあるのだが……それより、何より大事な事があるそうだ。

 【最強】曰く。



 『魔法は努力で、威力が全く違う!』



 らしい。

 生まれ持った血統もあるがティアの場合、母親エルさんにしごかれまくったのだろう。

 その威力はどれだけ詩が短くても━━


 「【雷槍】」


 気合無く告げられた言葉に雷の槍が反応し、『鱗牛』の急所を貫いた。

 正に電光石火。

 あの槍、本気で速いんだよなぁ。


 「相変わらず、凄まじい威力だな」

 「そう?ま、此処ら辺の魔物ならこの程度の魔法で十分でしょ」


 何気なく言ってくれる。

 ティアは遠・近距離戦闘出来る。本人曰く遠距離はおまけみたいなものだそうだが……それを織り交ぜられて戦われると本当に、ほんっっっとに戦い難い。全部の攻撃が速い上に威力があるし、そもそも人間に『雷』を見切れと言って来るじいちゃんやエルさんは鬼だ。

 視線や詠唱から次に放たれる魔法を予測し備えなければ避けられないんだよ?当たったら痛いじゃ済まない威力もあるんだよ?


 「で、場所ってどの辺だっけ?村とアンタん家の真ん中くらいじゃないの?」

 「えっと、『砂場』って言うところってどんな所なんですか?」

 「しろも……きになる」

 「お前は行った事あるだろ」


 忘れたの!?

 この森はユグさんが作ったが、じいちゃんが大元の案を出した。

 湖があり、樹が立ち、かと思えば岩場だったり草原が広がっていたり……

 その草原を、じいちゃんが新しく開発した魔法の試射をして只の更地にしてしまい、森が壊されるのをマジで嫌ったユグさんがそのまま残した場所。それが通称『砂場』だ。ヘルバからも、俺達の家からも遠いから不便だと文句を垂れたじいちゃんだったが、激しくキレたユグさんに負け、以降そこのみで魔法の開発・試射をやっていた。

 俺もシロもそれに付いて行った事があってそこで……あまりの広さにシロのテンションが上がり猛スピードで駆け回り、じいちゃんが慌てて追い掛けたがそれすら面白がって全力でシロは逃げていた。

 後に残されたのはズタボロに疲れ果てたじいちゃんと満足気なシロだけだった。……思考が逸れた。


 「『砂場』はじいちゃんが魔法の試し打ちをしていた場所なんだ。ヘルバから南東に行ったところだけど、まぁそこまでは行かないと思うよ」


 ちなみに村から東に行ったら俺達の家があり、昨夜の出来事は家とヘルバを結んだ線上で起きた。

 これだけ想定よりも逸れてるって事は森の変動に巻き込まれ跳ね飛ばされたか、或いは魔物の移動で吹っ飛ばされたか……もしくは……


 「あと少しで着く。シロ、リリーナの匂いは追えるか?」

 「……むり……もりの……におい……つよい」

 「じゃあ探しながらね……バラける?」


 悩みどころだな。何があるか分からないし、ユグさんの悪い予感も気になる。

 散り散りになるのは避けた方が良いのだろうか?

 考え込んだその時、少し離れた所から甲高い鳴き声が聞こえた。


 「KYRURUUU……!」

 「何だ?」


 声の大きさから動物ではなく、魔物……しかもここら辺に生息してる奴ではない。


 「くろ……まずい」


 そう呟いたシロが急に鳴き声の方に向かって駆けだした。

 え?何事?


 「にもつ……とられた」

 「え!?」


 シロに皆して追走し、その言葉にリリーナが驚嘆の声を漏らした。

 って、荷物を盗られた?


 「にもつ……たいりょう……らっきー……って……いってる」


 シロは魔物の声を聞き分ける。

 ここらに住む魔物は人を襲う事はあれど人の荷物に興味を示す奴はいない。


 「あ!あれじゃない!?」


 ティアの指差す方は……空?

 そこには大きな翼を広げ、空に浮かんでいる。その足には……旅用の少し大きめの鞄。


 「私の荷物!?あれです!」


 図鑑で見た事ある。あの魔物は確か……『盗賊鳥』。

 人自体には興味を示さないが、人の物を好んで盗って行く火事場泥棒的な、非常に迷惑な魔物って書いてあった。


 「あのまま飛んで逃げられたらアタシ達が此処まで来た意味がないわよ!」


 俺達に気付いたのか『盗賊鳥』がグングン高度を上げ、やがて自分の帰る方を向く。

 あー!ホント迷惑な!


 「ティア、奴の翼を。リリーナ、俺を上に。シロ、下で荷物を」


 その場に居た全員に指示を出して速度を上げる。

 あ!ついいつも通りに言ってしまった!?

 ティアとシロには伝わったと思うけど、リリーナは━━


 「【ボルテクス・オーブ】!」


 分かってくれたみたいだ!あの子の空気読む力凄いな?!

 駆ける俺のすぐ前に風の珠が発生した。


 「行かせないわよ!【雷槍】!」


 超スピードの雷の槍が二条、今正に飛び去ろうとした『盗賊鳥』の翼に穴を開け、副次効果の麻痺が一瞬の停滞を誘った……ここだ!

 走る速度はそのままで、背中の剣を抜き眼前に出た風の珠を踏み付け、俺は大空に向かって飛び上がった。

 ━━ってこれ怖ぇぇぇ?!

 予想外に高度高くて、しかも射出速度が速ぇ!?

 遥か遠くに見えていた『盗賊鳥』が一瞬で目の前まで来てた!


 「ふっ!」


 その勢いを殺さず、いや殺せず!?『盗賊鳥』の腹に突き込み風穴を開ける。

 追い越し、落下していく『盗賊鳥』の下でシロが自らの脚力で飛び上がり、盗賊鳥が落とした鞄を掴んだのが見えた。

 って高ぇ!こんなに飛び上がれるモノなんですか!?

 やがて俺も自由落下を始め、落ちる恐怖と闘いながらなんとか着地。

 ……今後、この方法で跳ぶ際には心の準備をしっかりしよう。


 「クロさん!大丈夫ですか!?」

 「あんなに跳べるもんなのね」


 次、跳ばなきゃいけない時は絶対にニヤニヤしてるティアに跳んで貰おう。


 「リリーナが意図を汲んでくれて助かったよ。荷物は?」

 「……ぶじ」


 得意気に鞄を掲げるシロの頭を一撫でし、鞄が無傷である事を確認して持ち主に振り返る。


 「一応中身の確認を」

 「はい!ありがとうございます!」


 鞄を受け取り、中身を確かめるリリーナ。

 辺りを見やると、すぐ先は何もない荒野と化したただっ広い場所、『砂場』の入口付近である。


 「ホントに何もない場所なのね?」


 俺の後ろからティアが忌憚のない意見を述べて来る。

 これ、全部じいちゃんの仕業なんだぜ?


 「だから言っただろ。特に何かある所じゃないって」


 しかし久々に来てみると、……本当に何もない。

 木どころか草の一本も生えてない。さっきまで歩いていた森の中とは別世界だ。

 一体、何の魔法を撃ったんだ、あの非常識大魔導士は。


 「おぉ……かんどう」

 「ししシロさん、返して下さい!!」


 後ろからそんな叫び声が聞こえて来た……ってシロが何か盗ったのか?人様の物を盗る様な事は教えてない筈なんだけどなぁ。


 「シロ、何やってるん━━」

 「くろ……これ……おおきい」


 振り返るとそこには……可愛らしい意匠が散りばめられた可憐と言う表現がピッタリ来るけど、繊細さの中にも微かな大人の色気が混じった下着ブラジャーを顔に当てたシロが、ってマジで何やってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉ?!?!


 「…………止めろ」

 「よそう……より……でかい」


 何の予想だよ!って言うか本当に俺に見せないで!

 顔を逸らし、リリーナに返すように言っても逸らした顔の方角に回り込んで見せようとして来るのは一体何故なんだ!?


 「……リリーナが困ってるだろ」

 「しろも……こういうの……ほしい」

 「エルさんに相談しろ」


 俺にブラジャーを見せつけるのを止めろぉぉぉ!


 「くっ!マジでデカいわね」


 何でティアは悔しそうにしてるんだよ!


 「りりーな……かえす」

 「……あ、ありがとうございます……」


 荷物を改め終えたリリーナが、顔を真っ赤に……若干涙目で下着を受け取り素早く鞄に詰める。すいません、本当にすいません。


 「お、お見苦しい物を……お見せして、すみません」

 「いや、こっちこそシロがすまない」

 「「………………」」


 リリーナが可哀想な位プルプル震えて蚊の鳴くような声で謝罪してくる!?悪いのはシロだから!リリーナは本っっっ当に何も悪くないから!……ふ、フォローした方が良いのは分かるんだけどどうすれば良いの!?何かこの沈黙凄く重たい!!


 「えぇと」

 「で?……中身は無事だった訳?」


 底冷えのする様な声音で俺達の間に入って来たのはティア……なんだけど……いや、何か空気感は戻ったんだけど……え、何でそんなに怒ってるんですかね……?リリーナも軽く怯えてるし……此奴やっぱりエルさんの娘だな。


 「……しろも……かわいいの……つけよう」


 お前はちゃんと反省しろよぉぉぉ!?


 「えっと、荷物は大丈夫でした。後、これが依頼書です」


 差し出された一通の封筒。それにリリーナが狙われる手掛かりがあるかどうか。


 「見せてもらっても良い?」

 「はい」


 リリーナが封筒を開き、便箋を手に取り、外気に触れさせた━━瞬間。

 ゾクッと背筋が震えた。


 「手放せ」

 「え?」


 リリーナの返事を待たずにその手紙を強引に奪い取り、投げ出す。紙を投げても大した距離も稼げないがそんな事は頭から抜け落ちていた。

 投げ出された手紙が、地面に落ちる前に空中で静止し、そこから黒いもやが渦巻き始める。

 あの時、黒いオーガを初めて目にした時に感じたもの……。


 「ティア、シロ━━警戒しろ」

 「……ん」

 「ちょっと……何なのよアレ」


 俺の声で二人が戦闘態勢を取る。リリーナを最後列に三人で陣形を組む。

 ……来る!

 

 黒い靄から吐き出された大量の『核』。

 多分……化ける。

 『核』は人で言うところの心臓……あれが魔物の活動源であり、絶対的な急所でもある。

 常時は魔物の体内に埋まっている筈のそれが……まさか単体で出て来るなんて思ってなかった。

 相手は……相当ヤバい。

 そう思った時には身体が行動を開始していた。

 帯袋から取り出した四角い箱上の物の蓋を開け、靄に向かい投げ付ける。


 「離れろ」

 「「え?」」


 勝手知ったる家族の想い━━シロは隣に居たリリーナを引っ張り、俺はティアを小脇に抱えて全力で後退。目の前が光で覆われ、俺が投げ付けた箱が起こしたのは……大爆発。



 ドオオオオオオオオオォォォン!



 凄まじい音と衝撃が辺りを支配した。

 ……あ、あれ?こ、こんな威力出す物だっけ?


 「ちちちちょっと!ななななんなのよアレ!」


 抱えられたまま、黒い靄が発生した時より動揺して、同じ事を言ってるティア。


 「火薬の量を間違えた……か?」


 俺の内心は、ティアと同じくらい動揺していた。


 「爆弾使うなら一言言いなさいよ!」


 身動ぎして俺から離れたティアからの説教……ホントすいません。

 『炸裂弾エクスプロード・ボム』と呼ばれる、主に坑道や発掘で使われる爆弾を俺が改良したのが先程の物なのだが……どうやら火薬の量を少し多めに盛ってしまったらしい。ば、爆発の規模から、かかかなりの威力を出した筈だけど、効果、あった?……あって欲しいな。

 靄から出て来た『核』は大体20前後の数があった筈。

 全部吹き飛んでいてくれればありがたい。

 ……が、流石にそれは虫が良すぎるか。


 「なんか……いる」

 「何、この気配……様子、おかしくない?」


 あぁ。伝わって来る気配が黒オーガのものと酷似している。

 森に異物が現れた際にユグさんから渡された力が、思いっ切り反応している。

 数が減ってるとは言え、気配は全部で……五つ。


 「来るぞ」


 爆発の煙の先をじっと見据える。

 あの黒オーガの様な巨体ではなさそうだが……何が出て来る?黒オーガみたいな奴が五体とか本気で勘弁してほしいけど。


 「【アタシの呼び声に応えろ精霊━━強く、速く、何者をも超える力を寄越せ】!」


 この詠唱、身体強化の魔法か。

 ティアは最初から全開で行くみたいだな。


 「【降雷王】!!」


 閃光と共にティアの体内から放電現象が起きた。

 この【降雷王】と言う魔法を使ったティアは身体に雷を宿し……恐ろしく速く、恐ろしく強い。

 【最恐】エルシエル=フリソスの娘の看板に偽りが全くない程、怖い。

 初見でこの魔法を使ったコイツに俺はボッコボコにされた苦い経験があるが、こうして共闘する味方の時は頼もしい事この上ない。出て来る相手にも寄るけど、男としてはティアを頼るのも心苦しいが此処は当てにさせて貰おう。


 「何が来るか分からない。ティア・シロで一匹ずつ、リリーナは状況を見て二人を援護してくれ。後の三匹は俺が相手をする」

 「何、アタシより自分の方が強いって言いたい訳」

 「……ふまん」


 声には出さないがリリーナも心配そうに俺を見て来る。

 違う、そうじゃねーよ。


 「男の負担が大きいのは当たり前だってじいちゃんも言っていただろ。余裕が出来たら手伝ってくれ」


 むしろそれを期待してるから!なるべく早目で宜しくね!?


 「……ふん、ソッコーで片付けて合流してやるわよ」

 「私も頑張ります!」


 何故か少し頬を赤らめたティアが頼もしく、何故か張り合う様に声を大にして言ったリリーナがいじらしく。


 「……くろが……しぬまえに……いく」


 何とも不吉な事を宣ったシロがマジでムカつく!

 俺達のやり取りを待っていたのではない事は分かっているがそのタイミングで煙が……晴れた。

 出て来たのは、『クロコダイル・ソルジャー』。あれもやはりこの近辺では見ない魔物だな。

 身の丈は人間より少し大きい、デカい奴でもニM。目の前に居る奴らも例外ではなく、それ位の身長なんだけど……。『魔物図鑑』で見たのとは、やはり色が違う。

 もっと青がくすんだ様な鱗で、あそこまでどす黒くはなかった筈だ。

 靄から『核』が飛び出し、こいつらが出て来たって事は……アレはこの『クロコダイル・ソルジャー』の物だったって事なのか?

 だとしたら、この「化物」を創り出すにはその種が身体の中に持つ『核』が必要だと言う事になる。

 それに気になる点がもう一つ──兵士ソルジャーと言うだけあって武器を装備しているのは知っているが、手にしているのは雑に作られた剣だけと書いてあった、が……。

 目の前の五体が持っているのはそれぞれ剣、双剣、大剣、槍、斧。体には硬質な体皮の上から鈍色の綺麗な鎧を纏ってる。明らかに装備が整い過ぎてないか?

 人から奪った?

 仮に人間を殺し、その装備を奪ったとしても……武器はまぁ分かるが、防具は無理じゃないか?

 あの体型に合う防具を装備してる奴なんてそうそう居ないだろうし、居たとしてもあんなにデザインが統一されてる物なのか?それに、綺麗すぎる。戦利品として強奪した物ならもっと、泥や血等で薄汚れて居るんじゃないのか?

 疑問が沸いては新たな疑問が降り積もりキリがない。

 くそ……情報が足りない。

 全て推測、憶測の域を出ない。

 だが此奴らの装備を整えるだけの財があり、高位の死霊術を操る者と考えると、候補はかなり絞られるんじゃないか?

 ……俺が知らない有名人なんて五万と居るだろうけどね!

 まずは目の前の危機から排除して行こう、情報の整理はそれからだ。


 「剣と槍の奴は任せた」


 後ろの三人に告げ、一つ『種』を口に放り入れ、駆ける。

 黒オーガはリリーナに標的を絞っていた。

 今回の此奴らは?

 俺を無視して横を通り過ぎ、彼女に迫るなら……


 もちろんそのまま叩っ切る!


 背中の『月詠』を引き抜き、目の前に迫った大剣を持った鰐面を全力で横薙ぐ。

 すると今回の奴は防衛本能が働くのか、それとも目的が違うのか、手に持った剣で俺の攻撃を防ぎ、周りの鰐面に向かって一吠え。


 「SYAAAA!」


 俺を敵として認め、戦端を切った。

 今回は標的に俺もしっかり入ってる。

 目の前で俺の剣を受けている奴の横から斧を持った鰐面が振り被り、俺の左側面から槍を構えた鰐面が狙いを引き絞り刺し貫こうとしてくる。


 が、左の鰐面は無視!

 任せたもんな!?

 視線を、大剣・斧、それにその少し後ろで今にも切り掛かって来そうな双剣を持った奴らに合わせ、口に放って置いた『力の種パワー・シード』を噛み砕く。


 「おぉぉぉ!」


 りゃああああ!


 鍔迫り合いをしていた大剣の鰐面もろとも、斧・双剣の鰐面を力任せに弾き飛ばし距離を取らせる。俺達の戦場は『砂場』の中程に決めた!

 ちらっと横を見やれば、先程引き絞られていた槍を、ティアが片手で軽々と止め━━


 「アンタの相手はアタシ」


 そんな頼もしい事を言って槍の鰐を蹴り飛ばす。

 もう一匹の剣を持った鰐面は、既にリリーナの魔法で吹き飛ばされ、シロがそれを追っていた。

 他の皆も俺と一緒にスタートを切っていたか……ホント、頼りになる仲間だな。


 「瀕死になるとパワーアップする可能性があるから気を付けろ」


 ティアにそう言い残すと、弾き飛ばした三匹の方へと距離を詰めた。




 俺に吹き飛ばされた『クロコダイル・ソルジャー』三匹がのそりと起き上がり、俺に敵意を向けて来る。

 『魔物図鑑』に寄れば此奴等の脅威度はオーガのそれより下回る。が、それは単体での話らしく、徒党を組んだ『クロコダイル・ソルジャー』の脅威度はオーガを上回り、理由としては連携にあるとの事。

 ティアとシロに一匹ずつ受け持ってもらったのは正解だと良いな。

 五匹で来られるよりは三匹の方が幾分かマシだろう。

 スピードに難がある今の俺でも対処出来るってことは、『速度の種』を使わなくても対処は難しくないだろう。後は、力で押し切る!

 致命傷で何らかの術が発動し力が増すならその前に片付ければ良い。前回は茫然と見送ってしまったが、変身が終わるまで待つ道理も、ましてや義理など何処にもない。


 「SYUUU」


 目の前の鰐達がそれぞれの得物を構えて俺との距離を測り、飛び掛かる機会を狙ってる。

 これは訓練じゃなく、実践だ。命が掛かってるんだ。

 なのに、何でこんなに落ち着いてるんだろう……まぁ答えは簡単か。

 確かに怖い。

 目の前の魔物、仮称「黒鰐」が放つ殺気もそうだし、黒オーガが向けてきた敵意も怖かった。

 身体が竦み、心が震える。

 ……だから……何だ。

 心が怖がっても身体を動かせ。身体が動けば心も動く。

 それが【最強】と【最恐】、二人から教わった事だ!

 じいちゃんが怒った時に比べたら。

 エルさんの凍てつく笑顔に比べたら。

 お前らなんて、怖いけど━━怖くない!!

 戦わなければリリーナも誰も守れないし、負けて村に逃げ帰った場合のエルさんが本気で恐ろしい。

 我が身可愛ければ戦って勝って生き残るしか道はないんだ。


 「行くぞ」


 言葉と呼吸を短く吐き出し、右に広がりつつある双剣を持つ黒鰐に斬り掛かる。


 「しっ!」

 「SYAAAA!」


 俺が放つ右からの斬り上げを、片方の手で持つ剣で受けてもう片方で迎撃するつもりか?

 それは……悪手!

 俺の斬撃を防ごうとした黒鰐の剣ごとその体躯を持ち上げ重心を崩し、自分の剣を引き戻して、その反動で左からの斬り下ろし!

 先ずは一匹!──と、勢い込んで剣を振り被る俺に、覆う様に人外の影が躍った。


 「ちっ」


 頭上から強襲を狙うのは大剣を振り上げるもう一匹の黒鰐。

 加えて俺の下で蠢くのは黒鰐のもう片方の剣。

 マジで連携ウゼーーー!

 上の大剣、下の剣。

 四面楚歌……だと思ったら大間違いだ!


 「【月詠】──【双月ソウゲツ】」


 両手で握っていた『月詠』を二本の刃に換える。

 『月輪』が遠距離なら、この『双月』は超近距離の攻撃手段。いや、その真価を発揮するのは防御だ。「カタナ」とじいちゃんが呼んでいた形状の武器よりも更に短く、俺のは刀身が厚い。

 ただ防御する事も出来るがこの局面、利用させて貰う!


 「ふっ!」


 上下から迫る二本の凶刃を、『双月』と身体の回転をもって往なしその勢いを殺さず、重力に導かれて下りて来た大剣の黒鰐の防具が覆えない顔に連斬を浴びせ掛けた。


 「GYAAA!?」


 甲高い奇声を上げて落ちる黒鰐の背を蹴り双剣の黒鰐にぶつけて、反動で……此方に向かって来ている斧を構えた黒鰐の元へと跳んだ。

 忘れてないから安心しろ!

 順手で持っていた二本の『双月』を逆手に持ち替え、攻撃!


「せぁぁぁ!」


 腰を捻って回転も入れた都合……六連撃。

 起点は黒鰐が構える武器を持っている右側。

 勢いの付いた俺の斬り付けは全てを防げるものじゃない。

 一撃目で無防備な右目を潰し、二撃目を防がれるものの三・四・五・六撃目で鎧の繋ぎ目に滑り込ませ傷を付け、両肘・両膝を斬り動きを制限させた。


 「SYUUUUUUUUUUUUUUU?!」


 苦しそうに呻く黒鰐を尻目に着地。

 確かな手応え。致命傷にはならないまでも動きは止めた。このまま一気に……!

 『双月』の柄を強く握り直し止めと勢い込んで振り返った俺の視界を━━埋め尽くしていたのは黒鰐の尻尾!?


 「くっ」


 そ?!

 『種』で底上げされた力で慌てて両手の刀を交差させ、当たる寸前で後ろに跳び勢いを逃がすが、吹き飛ばされた!?


 「ぐぅ!」


 空中で後方に一回転し、勢いを殺してもまだ飛ばされてる!こんにゃろ!!

 二本の刃を地面に突き立て、ようやくその場に留まれた。

 いやいや……あの黒鰐の尻尾なんて、飾りで付いてるんじゃないの?って位短かったろ!個体差があった?いや、それも最初に確認した。急に伸びたのか?思考もそこそこに俺を吹き飛ばしてくれた斧の黒鰐を見やる……って。



 黒鰐の身体に、真紅の紋様が浮かび上がって身体に、鎧に纏わりつきその様相を変えて行く。



 ……は?

 瀕死でも、致命傷でもなかった筈だ!

 何で変化が始まってるんだ!?

 それに……それだけじゃない……変化してるのは……一体だけじゃない?!

 

 今傷つけた斧の黒鰐や、顔だけ攻撃された大剣の黒鰐はまだしも、攻撃を全く受けてない筈の双剣の黒鰐も同じ変化が始まってるのはどういう事だ!?


 「くろ」


 俺の隣に駆け声を掛けて来たにはシロ。もう終わったのか?!


 「ちょっとクロ!」

 「ひゃぁぁぁぁ!」


 ティアに、引っ張られて来たリリーナがあまりの加速に軽く目を回し、急停止で止まらず身体がふわっと浮き上がり着地。

 いや……もうちょっと優しく運んであげなよ。


 「二人共、そっちは?」

 「……たおした」

 「倒したけど……アタシ達の相手を倒したら、急に変な変身をアンタの三匹が始めたのよ」


 早いな、マジで。それとも俺が慎重になり過ぎてるのか?

 ……何はともあれ。

 あいつ等の変化は前回の黒オーガとは条件が違う?

 条件は……「仲間を倒されたら」って言う所か?

 相手が複数居る場合のセオリーは各個撃破と教えられた。黒鰐を造った奴がそうしたものに精通しているとしたら、これは罠と考えた方が良さそうだな。

 って言う事は……。

 俺が黒オーガを倒したのが相手にバレていて、その上で黒鰐を送り込んで来たって事になるのか?だとしたら……あの変化した黒鰐達は確実に俺を、いや、リリーナを含めた俺達を殺せると思って送り込んで来たんだろうか。

 黒鰐から感じられる強さ、それはあの黒オーガと同等って所。それが……三体。


 「クロさん」


 心配そうに俺を見るリリーナの瞳が揺れてる気がする。そういえば、前に言われたな。



 (私を置いて逃げて下さい!)



 それは、出来ない。いや、してたまるか。

 じいちゃんだったら。

 エルさんが怖い。

 ……そういうんじゃなくて。

 此処まで関わったこの子を、見殺しにする選択肢はもう俺の中には存在しない。


 「大丈夫、俺達がいるから」


 俺だけじゃ弱くても、此処には頼りになる家族同然な仲間が二人も居る。この状況なら負けない。

 負けられない!


 「リリーナの魔法も大したもんだしね、さっきみたいなの期待してるわよ?」

 「しろも……がんばる」

 「……!はい!」


 ティアもシロも、リリーナに援護を受けたのだろう。さっきまで感じられなかった信頼感が生まれてる。

 良い空気感だ。……それじゃ、さっさと済ませますか。


 「前衛に俺とシロ、後衛ティア、補助にリリーナ。よろしく」

 「頑張ります!」


 リリーナの気合一声が聞こえてはないだろうが……黒鰐達の変化も終わった様だ。



 「「「ZYAAAAA!!」」」



 三匹が三様の咆哮を上げ、俺達に照準を付けた。

 あれが最大だと言う保証はないし、仲間の死が引き金になっているならまだ変化する可能性も残ってる。って事は……先に戦った黒オーガより強くなりそうだ。

 ……出し惜しみしてる時じゃない。

 『帯袋』から取り出したのは、『速度の種』と『技の種スキル・シード』。

 『技の種』は神経強化━━反射神経で回避が速くなり、視神経が強化され相手の動きも良く診れる。

 『速度』と『技』の組み合わせは過去に、ティアの雷魔法すら対応出来た。

 が、問題が二つ。

 一つ。既に昨日『速度の種』を使い、その副作用中であること。

 二つ。三種一度に使うのは副作用が怖くて今までやった事がない。

 三種の『種』を取り込んだ俺の身体がどんな悲鳴を上げるのか……不安はある。

 だけど、『種』一つで今、この程度なら……行ける気はすると、……思う。……多分。…………きっと。………………おそらく。

 ええい!?此処で死ぬよりかマシだ!男は度胸!!

 意を決して二つの種を同時に口に放って噛み砕く。


 「【月輪】」


 剣の形態を『双月』から『月輪』に換装。

 『力の種』の効果で常より軽く感じる『月輪』を握り締め、身体を引き絞る。

 戦闘再開!


 「くぉぉぉお!」


 気合と共にその場から放った『月輪』が黒鰐達に風を切り裂き飛んで行く。

 一直線で速度と勢いの付いた円剣の勢いは凄まじいが、軌道が読み易く、距離もあった為に三匹それぞれに躱される。そこは計算済み。


 「は?」

 「……え?」

 「えぇ!?」


 『月輪』を受け止めた先で聞いたのは遠くに聞こえる三人の驚く声。


 「【月詠】」


 手にした『月輪』を『月詠』に換えて振り上げたのは黒鰐達の背後。

 ……走ってみたら追い抜いたな。


 「「「ZI!」」」


 気配を感じたのか三匹の黒鰐が此方を向いたが、遅い!

 俺から見て手前に居た双剣の黒鰐に向かって一閃。

 相手の左肩から右脇腹に掛けての袈裟斬りが、鎧ごと体を深く切り裂きドス黒い鮮血を噴き出した。

 手応えをあり。

 此処から……先ず此奴を仕留める!

 っと、この気配は?!


 「【ガァァァ!!】」


 大きく息を吸い込んだシロを感じ、上空にジャンプ。

 『スタン・ボイス』が効いてるけど、今……俺ごとやったろ!?



 「【音を引き連れ光を纏い、閃光と化して現れよ。その力の全てを差し出し命を聞け】」



 いつの間にか精霊への呼び掛けを終えたティアの詠唱が始まってる。

 確かあれはティアが持つ最大最速の……

 え、ちょっと待って俺距離近くない?


 「【光の砂糖を風で集めて、出来た衣は繭になり私達に食べられるのを待っている】!」


 そうかと思えばリリーナの初めて見る魔法が三人を包み込み、


 「【シルク・ヴェール】!」


 カーテンの様に外界に隔たりを造っているがあれは多分、防護魔法……ティアの魔法の威力を届かせない為に。

 ……って、勿論俺は距離が離れているから入ってない?!

 慌てて『月詠』を下に構え、その腹を蹴って後方へ方向転換。

 やばいやばいやばい間に合えーーー!!!

 今、ティアが放とうとしてる魔法は直線に射出する物ではなく、自分の指定した範囲に魔法だ。

 だから……俺が真上に居ると確実に巻添えを喰らう?!

 証拠に、俺が空中で範囲から脱したのを見たティアの口元がにやりと歪む。

 こっちには届かせるなよなぁ!


 「【炭と化せ、塵に返せ、有から無へと命を還せ】!」


 晴天だった筈の空に一部分だけ雲が現れ、それが魔法陣の形を取った。……来る!



 「【神鳴カミナリ】!!!」



 陣の中心から眩い光が灯った次の瞬間、爆音と共に地面に大穴が開いた。


 耳が痛ぇぇぇ!

 自然現象としての落雷を見た事はまだ無い。

 が、きっと可愛く思えてしまうんだろう……これを知っているから。寸前で目と耳を庇えたが、それでも、耳鳴りがする位のデカい音に鼓膜が耐え切れず視界すら揺れている。

 魔法の詠唱の長さは威力のデカさに比例するって言うのは常識にはなってるんだけど……いやそれにしたって、……久々に見ると本当に凄まじい魔法だな。


 ぽっかりと。

 そんな表現がしっくり来るほどの穴が大地に穿たれている。

 あの三匹の黒鰐は果たして全て喰らってくれたんだろうか。

 空中から辺りを見ると……一匹は黒焦げとなって見て取れる。傍に大剣が落ちている所から見ると黒鰐の成れの果てなんだろう。中心に居た双剣の奴は跡形もなく吹き飛んだとして斧の奴は?

 …………まだ居る!

 魔法の威力で吹き飛んで、三人の死角に居る!

 慣性に従って地面に降りていたがそんな悠長な事をやってる場合じゃない!

 先程の方向転換同様の方法で、三人が固まってる場所へと思いっ切り跳んだ。


 「シロ!」

 「っ!」


 リリーナはあまりの魔法の凄まじさに惚けていて、ティアは大魔法を放った反動で手を膝に突き、肩で呼吸をしている。魔法の中は完全に音は遮断されているのか声に返答はない。が、シロなら!?俺の意を汲んだシロが一も二もなく、動作を止めている二人に跳び付いた。


 「きゃあ!」

 「ちょっ、ちょっと何!?」


 リリーナの魔法が解けた瞬間に、シロが二人を道連れに倒れ込んだ。

 その跡に。

 銀色の軌跡が描かれた。


 「「「!!」」」


 三人とその直ぐ傍に着地した俺が目にしたのは、顔の半分が焼け焦げ左手が炭と化してるがまだ戦えそうな黒鰐。


 「あ、あのトカゲ野郎。人の渾身の魔法を?!」

 「いや、二匹居なくなっただけでもかなり違う」


 三人娘のすぐ近くに着地、二人を守ったシロの頭をなでる。



 「後は任せろ」


 

 今回の殊勲賞はティアだな。

 素早く自分の敵を倒して合流、その後も黒鰐達を壊滅寸前にまで追い込んだ。

 『帯袋』から『マジック・ポーション』が入った試験管を取り出し、魔力欠乏を起こし掛けてるティアに放る。


 「簡単には行かなそうだけど?」


 受け取って、中身を飲みながらティアが向けた視線の先を追うと、案の定と言うか何と言うか……。

 黒鰐がさらなる強化を施され、既に赤鰐と言えるくらいの面積を謎の模様が埋め尽くす。

 仲間二匹分の、いや都合四匹分の強化。

 だが、その強化に身体が付いて行ってないのか苦しそうに悶えている。


 「やってみるさ」


 取り出すのは一つの石『氷の石アイス・ストーン』と、一枚の護符『鋭利護符シャープ・シール』。

 この二つを『月詠』に取り付けて効果を発揮させてから音声入力。


 「【双月】」


 再び二本の刀に姿を換えた。先程と違うのは……切れ味、そして切った断面から凍らせて行く「氷」属性を持ったと言うところ。

 動けないところ悪いけど、これは好機!

 右足に体重を掛け、全力で黒鰐、改め赤鰐との距離を潰す。

 懐に入られると流石に俺に気付き、その大きな顎を開き頭から俺を噛み砕こうとする。

 迫力が凄ぇ!?怖ぇ!?


 「Z……ZIAAA!!!」

 「閉じてろ」


 迫る顎の下顎を蹴り上げ強制的に口を閉じさせる。

 その勢いを殺さずに空中で一度回転し態勢を整えて……『双月』を交差させ、照準は、首に。

 斬り飛ばす!

 空を向いた赤鰐には俺の姿は見えていない。

 が、右手に握られていた斧の刃が下から俺を強襲する!?マジかよ!?


 「くっ!」


 左手の『双月』で受け止める。が、力が強い!

 受け止めきれない!

 なら……!


 「せぁ!」


 力を抜いて切り上げる力に逆らわず、受け流し、その流した力を遠心力に変え右の『双月』で首を斬り付けた。

 ……浅い!

 鎧の襟部分が斬り飛び、その下にある首に傷は付いたが浅過ぎる。赤鰐の皮膚の強度が段違いに上がってる!

 俺が蹴り上げた顔部分が、戻る。

 と、同時に俺に顎を叩きつけて来やがった━━痛っ!!

 地面に両手両足が付いた時に、頭上から風切り音が聞こえて来た。

 悠長に考えてるのは不味い!無様でも何でも良い!回避回避!

 自分の予想、ある種予感に従って左に転がった刹那。 

 とんでもない轟音と衝撃。

 体勢を立て、やや後方に下がる俺は、地面に刺さった斧の刃を見た。

 その柄を握るのは灼熱したかの様に僅かな湯気を立たせた赤い腕。視線を上げると先程まで苦しんでいたのが虚構の様な気さえして来る……瞳孔が開き切った瞳。

 強化……いや、変化が終わった!


 「【月詠】!」


 二振りの小太刀を再び一振りの剣に戻し、リーチと攻撃力を戻す。

 あの『双月』で付けた首の傷を見る限り、手数勝負じゃなくなった。

 ならば、両手装備の『月詠』で勝負!


 「はぁぁぁぁ!」

 「ZYAAA!」


 俺の気合と赤鰐の砲声が被り、互いに駆け出す!

 荒れ狂う攻撃の応酬。

 斧、爪、尾を俺がかわし……。

 俺の剣閃を赤鰐が受ける。

 互いに仕掛けられては躱し、仕掛けては応えず、攻防を繰り返し重ねてく。

 こっちは一発でも喰らったらヤバい!

 いなし、躱すしか手段がないが未だ対応出来ている。

 が、赤鰐も俺の動きに慣れ始めて来たのを肌でひしひしと感じる!?

 証拠に、奴の攻撃が掠る事が多くなって来た。学習、と言うより本能が自らを生存させようとしているのか?この造られた化物にそんな物が残ってるのか?!

 此方の攻撃も当たるには当たるが致命傷になりそうなものは避けられてる。

 決め手がない!


 「……こうたい」


 その時。俺達の攻防の間隙を衝いてシロが割り込んで来た。


 「【グルルル】」


 両手の爪が獣のそれを凌駕する武器となる。

 『ウルフ・ネイル』。

 シロが武装とも言うべき技を身に纏い赤鰐との攻防を続けようとする。二人なら行けるか?いや━━それでも止めには足りない……どうする!?


 「クロさん!?」


 呼ばれた声の方に視線を流すと、俺達とリリーナ達との中間地点に風の珠が発生している。

 これが決め手か!?


 「合図したら下がれ!」


 シロの返事を聞かず、その風の珠に向かって全力で駆け寄り、逆巻く風に向かって両足を投げ出した。

 シロもあの赤鰐相手だとそう長くは耐えられなおぉぉぉぉぉおおおお!

 さっきよりも段違いに沈む!?

 引き絞られた矢に感情があるならこんな気分なのかな?!

 狙いを付け射出される方角を見やり━━


 「離れろ!」


 赤鰐の攻撃を利用し、反動で射線から外れたシロを確認。

 行っっっけ!!

 ジャンプする要領で膝を曲げ、射出に勢いをつけ、おまけで身体を捻って回転も掛ける……俺と言う名の弾丸が赤鰐に向かって放たれひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいい?!!!!!!


 ━━一瞬。


 突き出された『月詠』に負荷が掛かったと思ったら次の瞬間に暗転。晴れた視界で見た物は目の前まで迫っている大木。……大木!?

『技の種』に寄って強化された視覚でも気付くのがギリギリ!?

 こなくそぉぉぉ!

 伸びきっていた身体を丸め、回し、勢いを明後日の方向に流し、大木に当たるタイミングで膝を使って衝撃を吸収、吸収した力を他の木に向かって放出し、それを繰り返す事二回。

 ……やっと、……止まった。

「砂場」で戦っていた筈が最後の弾丸戦法で森まで戻されるとは。

 赤鰐は?

 振り返るとそこには……巨体の真ん中に風穴を開けられ、氷つき、立ったまま微動だにしない赤鰐の姿。

 きっちり『核』討ち抜いてくれたみたい、なんだけど……死んだ……んだよな。

 剣を鞘に戻し、氷に包まれているからか未だ灰へ返らない赤鰐を油断なく見つめ、近付き。

 背中を押してみようとそっと手を伸──ひょえ!


 「……やった?」


 ガッ!と背中を抑え込み、そんな事を言い放ったのはシロ。

 警戒を解いてないのか、赤鰐を俺に隠れる様に見つめている。


 「それを確認する為に━━」

 「クロ!」

 「クロさん!」


 赤鰐の向こう側からおっかなびっくり様子を伺いながら此方に駆け寄るのはリリーナとティア。


 「大丈夫ですか!?」

 「……倒したのよね?」


 何か……ここまで皆が警戒してると逆に冷静になって来ると言うかなんと言うか。


 「大丈夫だ」


 さっきまでの緊張がどこかに行き、無造作に赤鰐の背中を押した。

 重力に引かれる様に地面に倒れ込んだ赤鰐が、氷の破砕音と共に粉々に砕け散り、灰に変わる。



 「結局、リリーナが持ってた依頼書ってアンタが吹き飛ばしちゃったのよね?」

 

 戦いから暫し経った頃。

 俺達はまだ戦場となった「砂場」周辺で戦利品の回収を行う為に居た。

 傷に魔力、体力を回復させる為の小休止を挟んでいたんだが……ティアに言われた小言が刺さる。

 ニヤニヤしながこっち見んな。


 「黒鰐達の『核』があれば拾って、他にも残ってる物があれば持って行こう。跡形もないのは探すだけ無駄だろうから穴には入らなくていい」


 ティアの言葉を流して指示を出す。

 大穴の底に残るものは恐らく何も無い。其れ位強力なんだ……あのティアの魔法は。


 「ぐぬぬっ」


 唸り声が聞こえ、多少嫌みで返したが……まぁ実際、事の大きさで言えば俺の方が失態だ。

 とは言え、最善手ではなかったかも知れないが後悔はしていない。それだけの強敵だったのはこの場の誰もが知る所だ。

 反省は、しますけどね。はい、……すいません。


 取り敢えずさっき粉々に散った赤鰐の『核』が残っていれば━━ん?

 少し離れた所に転がっている鈍銀のアレは……。

 斬り飛ばした鎧の一部か。

 そういえば此奴らが装備してる鎧や武器って、灰に変ってない、よな?これも何らかの手掛かりになりそうだし、回収しておくか。

 その鎧の欠片を拾い上げると、未だに背中におぶさったままのシロが疑問を呈する。


 「……それ……なに?」

 「さっきの鰐達の鎧の一部……と言うかそろそろ降りてくれ」

 「むこう……にも……いっぱい……ある」


 自分の戦った方角を指さしそう言うシロ。背中に乗ったまま降りる気配はない。

 はぁ。頑張ってくれたからおぶる位は良いんだけどさ。

 あ、そうだ。


 「リリーナはあまり触れずに。もうないとは思うけど何が罠か分からないから」

 「あ、はい」

 「何か見付けたら声を掛けてくれ」


 そう言いながら『マジック・ポーション』を取り出して渡す。


 「アタシが相手してた奴のは期待しないでね。あそこに転がってるのと大体一緒だから」


 視線は自分が黒焦げにした黒鰐に向けつつ、空になった瓶を左手で弄びつつ、右手を俺に差し出し三つの動作を起用に……って━━


 「何だ、この手は?」

 「もう一本。まだ満タンじゃないんだけど」

 「お前の魔法は本当に燃費悪いな」

 「うっさいわね!その分、強・力!なのよ!!」


 まぁそれは分かる。まだ何があるか分からないし、それ位の警戒をしていても可笑しくはないんだが、リリーナに渡して、残りは一本。

 こんな事になるならもっと用意をしておけば良かったな。


 「シロはまだ大丈夫か?」

 「そろそろ……きびしい……」


 魔法だってそう万能ではないし、シロの技能スキルも扱い的には魔法だ。

 俺の知らないところであの黒鰐との戦いで消耗もしてるだろうし。

 魔力も体力と一緒で休めば回復するから、このままおぶってればいいか。


 「わ、私はそこまでじゃないので良ければ……」

 「いや、何があるか分からないし一応リリーナも飲んでおいて。ほら、ティア」

 「……有難いのはそうなんだけど、何か釈然としないわ」


 なぜ、シロを見ながら言う。

 おぶられた方が楽とでも思っているのだろうか。


 「……あー……つか……れた」

 「俺だって疲れてるのを忘れるなよ」

 「ぐぬぬぬ」

 「あの、じゃあ頂きます」



 シロが倒した黒鰐の鎧は綺麗に残っていた。うん、鎧は。

 倒し方がど偉い刳かったが。

 鎧の残り方から四肢を切り刻み、開けた口から『核』に向かって爪を突き入れた……と、シロ曰く。

 それを躊躇なく一瞬でやってのけるのは確かな実力があればこそ。だとは思うんだけど……やり方が……な?


 「はやく……ごうりゅう……しなきゃと……おもった」


 気持ちは嬉しいんだけどさ。

 そのシロと同じ速さで勝負を決めたティアはどんな手段を使ったんだろう。

 聞きたいような聞きたくないような。

 鎧は溶けて、身体は消し炭……。

 【神鳴】の様な魔法は使ってはいないと本人談。

 だからこそ、手段が気になるがシロの勝った戦法だけでお腹いっぱいだし、また今度覚えてたら聞いてみる事にするか。

 結局、これ以降は特に何も起こらず一通り調べ、ヘルバに帰った。


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