第3話 最強の『仲間』


 「……くる」

 「来ます!」


 ……楽だ。

 索敵を俺がする場合、異質な気配でなければ感知出来ないから、自ら気を張って居なければいけないんだけど、今日はこの二人が居るからとてつもなく楽だ。

 2人が示す方向を見やれば《鱗牛スケイル・キャトル》が四肢から土煙を撒き散らし、此方に向かって突っ込んで来る。

 コイツは割とこの辺に頻繁に出て来る、気性の荒い魔物だ。特筆すべきは全身隈なく纏われた鱗。岡を走る魚みたいな奴だが、この鱗が馬鹿みたいに固い。

 普通なら、この辺りで飛び出し、身の丈2Mはある巨体のバランスを崩して腹部にある鱗に覆われて居ない柔らかい箇所を貫きとどめを刺す。

 が、今回は━━。



 「【私がレシピを、貴方が料理を。共に素敵な食卓を】」



 魔法を使うには精霊の力がいる。

 精霊に力を借りるためには、己の「魔力」と「声」を届ける必要がある。

 その2つを届けるのが『詠唱』だ。

 人と人でも言葉を使わないと意思疎通が難しいように、精霊にも詠唱と言う形で話し掛けその力を貸して貰う……んだとか。使えないからその辺の感覚がピンとは来ないが……。

 『詠唱』は、『起句』『本唱』『終名』の3つに別れ、始まりの『起句』は人に依って違うらしい。

 ある者は夢で、

 ある者は直感で、

 またある者は親から受け継がれるとか。

 それを持って己の魔力を精霊に渡し、共に唱い、己が望む結果をもたらすのが『魔法』。

 俺はその『起句』を知らない。

 ついでに言えば『魔力』もない。

 たとえ呼び掛けられても、渡すモノがなければ精霊はこの声に応えない。

 『魔法』と言うものに嫌われているのか、『精霊』に嫌われているのか、またはその両方か。

 はぁー、……俺が一体何をしたんだ。

 それは置いといて。



 「【暴嵐の珠を光の皮で包み込み、一口齧れば意識も吹き飛ぶ美味しい秘宝】」



 魔物の足元に、丸い緑光を放つ珠が現れ地面をフワフワと跳ねている。

 一見、饅頭みたいで美味しそうだ……。

 よっぽど食べる事が好きなのか、よっぽど精霊がリリーナを気に入ってるのか……収縮して行く魔力はかなり高いレベルのものになっている。

 ……お、お腹が空いたんじゃないよね?



 「【ボルテクス・オーブ】!」



 完成した足元に現れた光玉に、全体重を掛け踏み締めてしまった鱗牛が空高く打ち上がる。

 自分の弱点である腹部を曝け出してジタバタともがいてるが、大地のない空で自分の体制を立て直す事が出来たりする筈もなく、そこへ━━


 「……ふん」


 小さな気合と共に空中に飛び上がったシロが獲物に狙いを定めて止めを刺す。

 繰り出した右の突きが鱗牛の柔弱な部分を切り裂き、魔物は爆散。

 ……する事がないって、良いな。

 落ちて来た鱗牛の身体の一部『牛鱗』と、『核』を俺が受け止めてこの一幕はお終い。

 これが今日の決められた作業になっていた。



 「あの黒オーガとは相性が悪かったんだろう」


 ヘルバに行く途中、いつもより多目な戦闘を終えた俺達は軽い小休止兼、昼食を摂っている。

 働いてない俺は特に空腹は無かったが、シロがそれを訴え、何より今日最大の功労者であるリリーナのお腹の虫がそれに賛同した。

 本人は真っ赤になって木の影に……。

 働いて貰ったので、それは正当な主張と認めてるから大丈夫だからね!!

 リリーナが示した実力は決して低くなく、故に何故あの黒オーガに勝てなかったのか?と言うシロの疑問も分かる。


 「リリーナが得意なのは魔法の中でも攻撃には向いてないものの気がする。補助に支援、それは攻撃する味方が居て初めてその効果を発揮するタイプの魔法なんじゃないかな?じいちゃんも言ってたろ?適材適所だって」

 「その……こころは」

 「……今説明したんだが」

 「もっと……わかり……やすく」

 「お前が材料を持って帰って来ても、料理したら食えたものじゃないだろ」

 「……ほう」

 「シロが材料を揃えたら、俺が料理を作る。それが適材適所だ」


 多めに作った筈の昼食をペロリと平らげたシロに、自分の分を分けてやりながらそんな説明をしている。

 ……その説明は理解されてるんだかされてないんだか。


 「あのオーガには、私の魔法が何も効かなくて……」


 おずおずと合流したリリーナが昼食を受け取りながら話し出す。

 オーガ自体に魔法を弾く特性はなかったが、それでも魔法が効かなかったと言うなら……やはり、リリーナ用に調整された可能性が高いか。

 魔法を使うのには魔力が必要になって来る。

 それが尽きれば魔法は途端に使えなくなると言われていて、焦って自分の限界を見誤ってしまえば、直ぐに魔力は枯渇してしまう。

 必然、回復させる道具が居るんだけどリリーナの場合、それも荷物の中に入っていたのでどうとも出来なかったと言う経緯らしい。


 「で、魔力が尽き掛けてるのに自分の進路に村があるって分かって、なけなしの魔力で方向転換……って感じかな?」

 「……はい」


 見ればリリーナの昼食も無くなっている。……速い……残った俺の分で良ければ。

 自分の手付かずの昼食を差し出した。


 「あ、いえ……でも!」

 「今日は二人のお蔭で体力も使ってないからまだ腹が減ってないんだ。食べてくれたら助かる」

 「……じゃあ……い、頂きます!」


 ……落ち込んでたんだよね?足りなかったから沈んでたんじゃないよね?

 元気が出たんなら何でも良いんだけれどさ。沈んだ顔も食事で笑顔に変わるなら安いもの。

 取り敢えず昼食も取れて、ヘルバも目と鼻の先になっているし。太陽の位置からそろそろ昼時も終わりそうだから……行くか。


 「シロ、食べ終わったな?」

 「……もう……ちょっと」


 後一口と言ったパンを、千切りながら食べてる……気持ちは分かるけど!


 「時間を遅らせると後が怖いぞ」

 「むぐ……たしかに」

 「そ、そんなになんですか?」


 そこまで怯えなくても大丈夫だから……ね?

 …………多分。



 そこから数回程の魔物との戦闘を経て、村に辿り着いた。



 《ヘルバ》は全村人が集まっても50人居るか居ないか位の小さな村。こんな辺境の村に住みたいと言う強者も珍しい感じだもんな。

 小さな村で前から世話になっているから、俺達の事を知らない人はいない。村の人達は、仮面を着けた変な俺も、厚かまし過ぎるシロにも分け隔てなく接してくれる。

 誰が相手でも、此処に住む「あの人」以上に怖い存在も居ないから、外部から来る人間にも基本的には心を開いている。

 さ、そんな事を考えてる間に……目的の家に着いた。


 …………俺の心の準備は出来た。


 「……くろ」

 「……分かってる」


 家の扉の向こうから明確な敵意。これは師匠、……じゃない。


 「リリーナはシロと下がって」

 「りりーな……こっち」

 「え?え?」


 一人、扉の前に立ち、呼び鐘を鳴らす。

 うわぁ、何での敵意が増してるんだ。


 「クロです。ご挨拶に━━」


 俺の言葉を遮りガチャっ!と勢い良く扉が開かれ、俺の目の前に

 ━━拳が飛んで来た。


 っとぉぉぉぉ!


 紙一重で躱したものの、次弾が下から!?

 身体を捻りそれを避け、後方に下がりつつ拳の出所に目をやる。


 「何で避けんのよ!」


 そんな理不尽な台詞を投げ付けて来た、長い金髪を側面に一つに纏め、怒りをその碧い目に漲らせた小柄な、耳の尖った少女。何より尖ってるのは、……その性格。


 「避けないと当たるだろ?」

 「当たりなさいよ!」

 「痛いだろ」

 「我慢しなさい!」


 おい、そんな我慢をする理由が俺にあるのか。

 言葉を言い切ると共に俺との間合いを詰め、さらに拳を浴びせかけて来る。

 何でこんなに怒ってんの!?


 「この挨拶、毎度止めて欲しいんだが」

 「アンタが悪いんでしょ!?」

 「いやいや、毎回お前の勘違いだと思うんだけど」

 「…………そんな事ないわよ!?」


 おい、今思い当たったろ。


 「今回だって殴られる理由が分からん」

 「時間!遅刻し過ぎでしょ!?」


 殴り、躱し、殴り躱し蹴り殴り蹴り躱し……ってちょっとスピードが速い!

 攻撃のバリエーションが増えて、威力・速度・回転が更に上がって結構ギリギリなんですけど!


 「遅刻……?してないぞ?」

 「今日の朝来るって連絡して置いて、どんだけ時間掛かってんのよ!」


 仮面のお蔭で何とか冷静に言葉を重ねつつ理由を尋ねてみるが……意味が分からん!


 「朝じゃなくて、昼過ぎに行くと言っただろ。エルさんに」

 「……は?」

 「それに呼び出されたのは俺の方なんだが」


 攻撃がピタリと止んだ。

 はぁ、またあの人の悪ふざけに付き合わされたのか。俺達。


 「んふふ~、仲が良いのは分かるけどお客さんが茫然としちゃってるわよ〜?」


 開いたままの扉の奥から、別の人の声がした。

 誰かは分かってるんだけど……


 「娘を毎回俺にけしかけるのは止めてくれませんか?エルさん」



 出て来たのは少女の姉かと思う程の美貌を誇る、紛れもないこの女の子の━━


 「ちょっとママ!また!?またなの!?」

 「だって〜、凄く楽しみにしてたみたいだから、もうちょっと先よ〜って言えなくて〜」

 「だだだ誰が楽しみにしてたのよ!かかか勝手な事言わないで!?」

 「そわそわしてた癖に〜」


 お楽しみの所申し訳ないのですが……話、させて頂いても……


 「あ、あの、クロさん」


 茫然としていたお客さんのリリーナが声を掛けてくれたのは良いきっかけだ。……シロは何故リリーナの後ろに隠れてるんだ。


 「紹介します。この子がさっき話した━━」

 「り、リリーナ・プリムラと申します!初めまして!」

 「あら〜」


 よし、リリーナの自己紹介がエルさんに気に入られた様だ。もう長い付き合いになるからそれ位は顔を見れば分かる。

 で、次はエルさんの紹介を……と、言った所で意外な人物から待ったが掛かる。



 「あ、あのぅ……も、もしかして……エルシエル様、ですか?」

 「へ?」


 思わず変な声を出してしまった。


 「……ごめんなさい〜?何処かで会った事があったかしら〜?」


 自らの名前をピタリと当てたリリーナに不思議そうな眼差しを向けたエルさん……って、そうか。知っていても何ら不思議はない。何せ━━


 「あああ貴女をし、知らない筈がありません!救国の英雄達の一人で【黄金の御手】と謳われたエルシエル=フリソス様を!」


 師匠、エルさんはじいちゃんの仲間の一人だった人だ。

 《エルシエル=フリソス》

 ━━妖精種エルフの中で唯一、武闘家として名を馳せた英雄の一人。

 じいちゃんが【最強】と冠されていたようにエルさんも……有名な二つ名がある。

 【最恐】。

 エルさんに罵詈雑言を吐き、いや、ただ歳の事を言われただけと言う説もあるが……壊滅させられた国があると言う本当か嘘かも分からない噂があった。俺がそれを信じた情報源は……じいちゃんだ。



 『エルだけは絶対に!何があっても!?怒らせないようにな』



 俺の中では、じいちゃんに勝てる者なんて居ないと思ってた矢先にそんな事を言われれば……信じるしかない。が、一度だけ俺がエルさんに反抗してしまった事があり、なんだ、その……「おばさん」と言った瞬間、半殺しにされた事がある。その時から俺の中で絶対に逆らってはいけない人と言うイメージが植え付けられた。

 ちなみに、シロも。

 半殺しの目に遭わされたのは大分前だが、未だにエルさんに対しての怯えを隠せない。

 子供が出来てかなり落ち着いたらしいが、それで半殺しなら……エルさんが全盛期にそんな事をしていたら今頃、俺達は生きてないかもしれなかった。



 「……クロちゃん、この娘、可愛いわね〜」


 輝くような笑顔だ!やったねリリーナ、気に入られた様だよ!

 それもその筈、エルさんを見て【黄金の御手】と呼ぶ人は結構稀だ。

 誰しもがまず【最恐】と言う名を口にしてしまい先ず拳を喰らうと言うのが通例。だが、


 「ほ、他にも『妖精皇女』や『拳姫』で知られている方とこうしてお話出来るなんて!母に言ったらどんなに羨ましがるか!?」

 「もぅ!リリーナちゃんホントにかわいいわ〜」


 気がつけば、エルさんに抱き締められて目を白黒させているリリーナ。

 いや、リリーナを抱き締める瞬間までその姿はまったく捉えられなくて、内心俺も目を白黒させてたけど。

 エルさんに助けて貰った事があったり、ただ闘う姿を何処かで見たり、華やかな姿から愛好者ファンは多数居たりすると聞いた事があるが、リリーナの母親もその類の人なのだろうか?

 

 「こんなかわいい子が誰かに狙われちゃうのは許せないわ〜」

 「昨夜の事、納得して貰えましたか?」

 「ふふ、よくやったわ〜、褒めてつかわす〜」


 頭を撫でるのは辞めてほしい。


 「すみません、私のせいでご迷惑を……」

 「いいのよ~?誰かを守るのはとっても良いことだし、強くなるにはそれが一番なんだから~。リリーナちゃんも冒険者ならわかるでしょ~?」

 「え、なんで冒険者って……」

 「ふふ。で、シロちゃん~?まだご挨拶、聞いてないんだけど~?」

 「……!」


 話を換えるタイミングが唐突だな。

 リリーナの背後に居たシロへとエルさんの意識が向けられ腰から垂れた尻尾が驚いたかの様に跳ね上がる。

 完全に油断してたな、アイツ。


 「おおお……おひさし……ぶり……です。おおお……おげんき……でしょか。ししし……しろは……げんき……です」


 つっかえながらも、たどたどしくても敬語がちゃんと言えてる!

 誰に対しても基本的に変わらないシロだが、エルさんに対してだけは怯えながらも敬う心を絞り出す。……怯えながら。


 「はい、良く出来ました〜。素直なシロちゃんも可愛いけど〜いつも通りで良いのよ〜?」


 何て言って良いのか分からないシロはただコクコクと頷くだけ。

 リリーナも落ち着いたのか、シロの挙動が可笑しかったのか、笑顔が戻った。

 じいちゃん曰く……



 『女の笑顔は強いぜ!』



 ……気持ちは何となく分かるよ、じいちゃん。


 「ねぇ、いい加減アタシを空気扱いしないで欲しいんだけど」


 ひぃっ!?

 地の底から絞り出した様な低く冷静な声が、俺の真後ろから聞こえて来た。

 俺が気を抜いてるからってシロもこいつも俺の後ろに湧き過ぎなんじゃないの!?


 「てぃあ……ひさしぶり?」

 「昨日も会ったじゃない!?」


 エルさんから全力で距離を取ったシロが俺の真ん前から、俺の真後ろのティアに声を掛ける。

 俺を挟んでやり取りするな!?


 「あの、あの方は?」

 「私の一人娘よ~。ティアちゃん、ちゃんとご挨拶なさい~?」

 「そんな時間をくれなかったのママでしょ!?」


 エルさんに怒鳴りながら俺に襲い掛かって来た女の子が、リリーナの前まで行き自分の名を告げる。


 「ティアラティア=フリソスよ。別に仲良くしてくれなくても……ひっ!…………アタシが、仲良くならせて頂き……ます、はい」


 エルさんに威圧されたな。何故あんなにも上から目線で入るのか分からんし、自分の母親が礼儀に関して厳しいのは知ってるだろうに。

 《ティアラティア=フリソス》

 俺達の間での愛称はティア。

 俺と同じ歳、な筈の17歳……見た目、身長共にシロより子供っぽいからたまに実年齢を忘れるんだよなぁ。妖精種は人間より寿命が遥かに長い為か、成長速度が遅いのだそうだ。

 だが、子供っぽい見た目に反して……強い。

 【最恐】エルシエル=フリソスの英才教育を一身に受けただけあってその実力はかなり高い。自身の格闘能力の高さも然る事ながら、そこに魔法を組み合わせるとそれはもう反則級に。

 過去に一度……ティアとの組手……いや、全力での戦闘が命じられた事があって。

 俺は道具を使うし、ティアは魔法を使うし、かなり真剣勝負な感じの。

 その強さ、その速さに圧倒された。

 魔法の属性は『雷』……これはかなり珍しいらしい。

 自分の攻撃を相手に当てた瞬間に既に懐から居なくなっている速さや、当たれば致命傷を負わせられる攻撃魔法は、例えそれで命を拾っても貫いた相手を感電して動けなくする追加効果が付いてくる。やられた相手は例外なく度肝を抜かれる事請け合い。

 全力全開、「何でもありバーリトゥード」はその一回だけだったが、普段やる模擬戦の俺とティアの戦績は一進一退で、最近は引き分けと言う結果が多い。

 なぜか俺をとんでもなくライバル視していて中々勝ち越せる事が出来ないのに腹を立てているのか、最近当たりがキツいんだよなぁ。

 良いライバル、に、なれてるなら良いんだけど。


 「まぁ立ち話もなんだし、皆お家に入って?」


 エルさんの号令下、シロとティアは率先して家の中に入って行った。それは速く、まるで逃げる様に。



 フリソス家の居間に通され、目の前にお茶とお菓子が用意されもてなされた。

 こういうのは女性には敵いそうもない。

 大抵我が家で茶の準備をすると俺は台所で全てをやってしまう。

 この様に、テーブルにティーポットだったり、カップだったり。準備すらも楽しむ物だと言う空気にはどうしてもなれないんだよ。

 まして……菓子を常備しているのは流石の一言。

 これもエルさんが作ったんだろうなぁ。

 料理が上手く、じいちゃんが元居た世界の料理の「こんな味だった」と言う言葉をヒントにそれを作り上げてしまう位、熟練している。何を隠そう俺の料理の師匠もエルさんだ。

 ……料理の練習すら手を、いや拳を出してくるもんだから上手くならざるを得なかった。包丁の持ち方、材料の切り方、味付け一つ違っただけで【最恐】の拳が飛んで来て命の危険を何度も感じた。

 【最強】は助けてもくれなかった。……じいちゃんは若い時に冒険をしてる最中にあんな思いを、しかも尖った頃のエルさんに怖い思いをさせられていたのかと思うと気持ちは分からなくもないが━━助けて欲しかったけどなぁ?!


 「クロちゃん?何か考え事~?」

 「……いえ、相変わらずエルさんの手際と腕前に感心していただけです」

 「あらそう~?ありがとう。沢山あるから沢山食べてね~?」


 ……絶対にバレてた……エルさん?、素敵な笑顔が何故か怖いですよ!?


 「シロは相変わらず料理の一つも出来ないわけ?笑えるわね!」

 「てぃあは……だいどころ……はいれる……ように……なった?」

 「失礼過ぎでしょ!?アンタが食べてる林檎パイを用意したのアタシなんだから!」

 「……おさらを……?」

 「……用意した事には、変わりないでしょ」

 「す、凄いですね!私なんてキッチンに入れて貰えなくて……」


 リリーナはティアと同類なのか?ちなみにティアの料理は何でか謎な物が出来上がる。そして絶妙に不味い。それで一時期、台所立ち入り禁止令が出ていたんだが、今の会話から察するにそれは解除されたんだろうか。

 相変わらず料理はさせて貰えてないみたいだが。


 「さ、お茶も入ったしそろそろお話を聞かせて貰おうかな~?」


 リリーナに視線を送り、昨日の晩、黒オーガに襲われた経緯を説明して貰う。

 黒オーガと闘ったのは俺だし、先に話を聞いていた俺が捕捉をして二人でエルさんに説明する。

 シロとティアは空気を読んでかずっと黙ったままだ。

 いや、エルさんが何の合いの手も入れない事から、此処で口を挟むと後が怖いと思っている可能性は大きい。

 一通り、事の顛末……開始かも知れないが、エルさんの所感を聞いた。


 「……エルさんの感想を聞いても良いですか」

 「世の中〜、不思議な事もあるから何とも言えないわね~。用心をしておくに越した事はないって事位しか~今の所は言えないわ~」


 顎に指を添え、小首を傾げる師匠はそりゃあもう今までに不思議な事を体験したのだろうが、伝説の英雄を以てしても分からない事は分からない。


 「魔法の事なら~ハイジに聞くのが一番早かったんだけど~」

 「じいちゃんはもう居ないですからね……」

 「……え?…………じいちゃんって……え!?」

 「どうしたの?」


 リリーナが俺と師匠を交互に見て驚愕……あ、そうか。


 「あ、ああああの!く、クロさんのお祖父さんって!?」

 「?ハイジがどうかしたの?」

 「そういえば……言ってなかったか」

 「聞いてないです!ももももしかして?」


 エルシエル=フリソスの名を知っていれば、じいちゃんの名前も聞いた事があるものなのか?



 「じいちゃん……五百神灰慈は俺達の育ての親だ」

 「ええええええぇぇぇぇええええ?!」


 叫び、立ち上がり、目を見開き。

 そ、そんなリアクションするんだな。


 「さ、【最強】と言われ、多大で偉大な魔法を操る伝説の……《英雄》」


 んー、世間一般ではやはりそんな言われ方をしてるよねぇ。

 俺とシロの中では『じいちゃん』だし、エルさんに取ってみれば『仲間』、さも当然の様に話してしまっていたが認識の違いって時に怖いな。


 「ただの……へんたい」


 シロよ……それは少し厳し過ぎやしないか。【最強】の『変態』にしないでくれよ?じいちゃんの名誉的な意味でも。


 「亡くなった……んですか?」

 「あぁ。人生を全うして、良い笑顔でね」

 「……そう、ですか。あ、何か……すみません」

 「いや」


 そんなに気を遣わなくても良いんだけど、やはり優しい娘だな。

 重くなりそうな空気になるのが嫌で、逸れた話を無理矢理目の前へと持って来る。


 「話を戻そう。……で、用心しておきたくても俺達の家にはリリーナが使える様な防具がなくて」

 「そういう事なら~……ティアちゃん、見繕ってあげてくれる~?」

 「良いけど……サイズ的な問題ならアタシのも合わないと思うわよ」


 ティアが鋭い視線をリリーナ……の、胸に突き刺す。

 当のリリーナは良く意味が分かっていないらしく首を傾げる……うん、そうね。サイズは合わなそう。


 「私のも見て貰っても大丈夫だけど~、ガドガがこの前〜、王都から持ってきたアレ、着てみて貰って~?普段は……リリーナちゃんは軽めの装備かしら〜?盾とかは使わない感じね~。どちらかと言うと攻撃も受けると言うより流すって感じ〜?魔法がメインの支援・補助で属性は風に……光も持っているのかしら~」

 「え!?あ、はい!そう、なんですけど……何で……?!」


 驚くのも無理はないよ。

 さっきも冒険者って当ててたしね。

 エルさんは人の肉付きや骨格、歩き方立ち方座り方……その人を見るだけで、どの程度の強さか、普段の装備が何なのか、魔法の属性がなんなのか分かってしまう人なのだ。

 じいちゃんが魔法の専門家なら、エルさんは人体の専門家と言った所だろう。

 言葉にすると何か怖いな……人体の専門家。


 「なるべく~身体に負担が掛からない物が良さそうね~?」

 「アタシが見るのは良いけど……ママは?」

 「私はちょーーーっとだけクロちゃんにお話があるから~」


 え?……俺!?

 何か背後からドス黒いオーラが立ち上がり始めてるんですけど怖い怖い怖い!?俺なんかしましたかぁ!?


 「……じゃ……しろも……みる」

 「そうね!邪魔しちゃ悪いし皆で行きましょ!?」

 「あ、あの……クロさん?!」


 裏切りやがった!?シロもティアも、リリーナを引っ張って退室していった!

 この状態のエルさんと二人きりにしないでーーー!!



 「さて、ちょっとお話ししましょうか?クロちゃん?」



 笑顔が怖い!何?俺は一体何をやらかした!?

 最大限の警戒を本能が察知して、思わず椅子から立ち上がり臨戦態勢を取った。

 これから始まるのは試練か、指導か……殺戮か?!


 

 「……なーんてね~」



 ……へ?

 同じ笑顔もオーラが消えると途端に華やかな印象に変わる。


 「どういう事ですか?」

 「リリーナちゃんが居ると話し辛いかと思って~」


 あ、そういう事?なんだ、ほんの少し……殺されるのかと勘違いしちゃったよ。安心して涙が……出そうだ。

 エルさんが新たにお茶を淹れてくれ、椅子を示す。座れって事っすね。


 「それで~?クロちゃんの見解は~?」


 エルさんが言ってるのは、俺に「予想位は付いてるんだろ?」って事なんだろう。

 確かに分かってる事は少ないし、不思議な事もあるもんだと済ます事は出来るけど。


 「多分……まだ確証はないですが、……リリーナは狙われてます」

 「状況から考えるとそうなるわよね~」

 「それと……これをエルさんに見て貰いたくて」


 テーブルの上に一つの『核』を差し出す。


 「あら~、クロちゃん……これって魔物の『核』?でもこんなの見た事ないわね~」

 「これは……先程の話に出た黒オーガの物です」

 「……手に取って見て良い~?」

 「えぇ。その為に持って来たんですから」


 一通りは俺も調べてみた。

 師匠の滑らかな指が、『核』の表面を撫でる。


 「何か~手触りが違うわね~」

 「この表面に、薄い膜の様な物が張り付けられてます」


 師匠の様な経験がなく、本から得た知識だけだと本当にそれが可能かどうか分からない。が……多分これは。


 「死霊術……死んだ魔物の肉体を甦らせ、使役したんじゃないかと」


 《死霊術》

 禁術とも外法とも言われてるもの。

 そう呼ばれてるだけあって本でもその具体的な内容までは書いて無く、しかも主な用途は死したモノに掛けるものとだけ記されていた。俺も実際に見た事はないし、じいちゃんも『アレは嫌いだ』と言っていて使えるかどうかではなく、絶対に教えてはくれなかった。

 生きる事を尊び、喜び、楽しんでいたじいちゃんらしい意見ではあるが、今にしてみれば無理にでも聞いておけば良かったと思ってしまう。


 「けど、仮に死霊術だったとしても……実際に見るのは初めてだから良く分からなくて」

 「私にも分からないわね~。こんな『核』見た事ないし……ふふ、ハイジが居たら絶対に許さなそうね~」


 気に入らないものはトコトン潰してたじいちゃんなら……使っていた奴も、方法もまとめて潰していても何ら不思議はない。


 「死霊術を使う人が居た様な〜、居なかったような~……もう、こんな時ハイジが居てくれたらちゃんと分かるのに~!」

 「確実に会ってます?……じいちゃんも会ってるなら、それこそ相手を確実に滅してる気もするんですが……」

 「そうよね〜……ん〜、何で覚えてないのかしら~?」


 それは歳の所為なのでは━━ゴォッッ!

 ……いつの間にか俺の右頬すれすれの所に師匠の手のひらがあった。

 貫手……相手を突く技で、エルさんのは大木を穿つ。

 顔に風穴開けられそうな空気に……汗が、遅れて、噴き出た。


 「何か失礼な事考えてなかった〜?」


 綺麗に揃えられた手が俺の頬をなでる。

 ニコリとした優し気な表情に、滲み出る……殺気。


 「いえ、何も」


 仮面の効果で俺の焦りがバレてるとは思わない。が、何故考えてる事がバレたんだ!

 はふんと大きく溜息を吐いて、悩まし気に突き出していた片手を戻し、頬に添えたと思ったら、そのまま目線だけを俺に向けてきた。……え、睨まれてる?もう何も考えてません本当です!


 「それで~?これからどうするの~?相手の目的や理由は分からないとしても、このまま放逐なんてしないわよね~?」


 あ、そういう事。

 俺がリリーナを放り出すのではと考えて?

 それはない。そんな事、じいちゃんにも、師匠である貴女からも教えられてないでしょ。


 「乗り掛かった船ってやつです」


 守れるか守れないかではなく、最大限守る。結果がどうなるか責任は持てないが……


 「ん、よろしい~」

 「先ずはリリーナの荷物の在処をユグさんに探して貰います。俺は異質な「者」の気配は知らされても、遺失な「物」を探す能力は与えられてませんから」

 「魔物とか~人間なら~有る程度の気配は分かるんだけど~。流石に物は私もねぇ~」

 「どうするか尋ねられたって事は少しは頼りにしても良いんですか?」

 「あんな良い子、放って置けないじゃない~」


 片目を瞑り、微笑みながらそんな事を言うのはもうリリーナはお気に入りって事なんだろう。エルさんがどれだけの人間と付き合って来たのかは分からないが俺もシロも、エルさんに気に入られた時はじいちゃんに物凄く驚かれた。

 『素直で、可愛くて、礼儀正しい子は大好き~!』とエルさんは言っていたが、俺もシロもそこに当て嵌まっているとは思えない。うーん、良く分からん、エルさんの基準が。


 「それに~」

 「……それに?」

 「ハイジから頼まれてるのよ~。貴方がやりたい事には極力付き合ってやってくれって~。でも頼まれたからだけじゃない。私がそうしたいと思うからそうするのよ~」


 ……初耳だ。

 じいちゃんがエルさんにそんな事を頼んだのも、エルさん自身がそう思ってくれてる事も。


 「クロちゃんもシロちゃんも、もう家族みたいなものでしょ?」

 「……ありがとう、ございます」


 だから、ちょっと……照れる。


 「リリーナの準備が出来たら、手土産を見繕って━━」

 「酒が良い!」


 そう、ユグさんは大の酒好きだ。食は摂らなくても大丈夫な神霊の唯一の楽しみら━━



 ……は?



 「ユグさん?」

 「何じゃ?」

 「何じゃ?じゃなくて何故ここに」


 あまりに自然に話に入って来られて当然の様に受け入れたけど、何でここに居んの!?


 「森ばかりにいたら身体が鈍るじゃろうが」

 「たまに村に遊びに来てるのよ~?」


 さも当然の様にエルさんが捕捉をしてくれるんだけど、あんた神霊だろ!?こんな簡単に出て来んな?!


 「ママー、これで良い?ってあれ?ユグさん来てたんだ」


 そこへ見立てが終わった三人が帰って来た。


 「ユグ……さん?」

 「ゆぐさん……ひさびさ」


 リリーナが疑問を抱くのも、まぁ当然か。


 「この娘が例のアレじゃな?ってをい!シロ!人の頭を撫でるでないのじゃ?!」


 エルさんに恐怖しても、ユグさんには何の遠慮もないシロが頭を撫でてる。その人、人?凄いんだからな。

 着替えが終わり、茫然とユグさんを見詰めるリリーナに説明しておかないと、なんて考えてたらシロが紹介を始めていた。


 「りりーな……このちいさいのが━━」

 「小さい言うな!」

 「ゆぐさん」

 「ちゃんと名前で言わぬか?!」


 合間合間で突っ込みを入れるユグさんが少し可哀想で可愛い。


 「……って言うのは俺達が使ってる通称で、正式な名前は《ユグドラシル》って言う……」

 「ユグドラシル!?ってあのイオガミハイジ様が契約をしていたと言われる《神霊》ユグドラシル様ですか!?」


 俺の捕捉を正確に受け取ってくれて何よりなんだけど……本当に詳しいね、君。よほどお母様とリリーナ、じいちゃん達の大ファンみたいだ。



 《神霊》ユグドラシル

 可視化出来ない精霊と違い、人の目に触れる事の出来る超常の存在。

 が、目にした人はほとんど居なく、まして契約なんて出来たのは一握りの選ばれた人間だけだと言う巷の噂。どうやら噂ではないらしいけど。

 神霊との契約方法は多岐に亘り、問い掛けに答えられたらとか腕試しとか、シンプルに気に入られたりとか様々。まぁ、本当に気になった相手の前にしか姿を見せないからそれ以外は偶然会ってって言う話だけど。

 じいちゃんが『魔導師』と言われる所以はユグさん以外にも多数の神霊と契約していたからだと言うのはユグさん談──中でも取り分け仲が良かったのはユグさんともう一柱らしいが。


 「この娘っ子が言う様に妾は凄い存在なんじゃぞ!?もう少し敬わぬか!?」


 って、俺達に言われてもなぁ。

 見た目、髪の色が珍しい新緑色の可愛らしい……幼女だ。

 これまた珍しい異国の衣装『キモノ』を纏い、本人は妖艶に見せている……が、幼女なんだよな。

 ちょっと背伸びをしている小さな女の子って感じで何をしてもほんわかしてしまう。

 知識は凄い。

 それこそじいちゃんに知恵や知識を授けたのはユグさんだと本人が言っていたから、うん、尊敬の対象ではあるんだけど……それを差し引いても子ども扱いしてしまう。


 「だってユグさんの凄い所を見た事ないんだもん。いつもダラダラして帰るじゃない」


 と、ティア。そんなに頻繁に此処に来てるの?


 「ゆぐさん……そんなに……すごいの?」


 と、シロ。俺達はずっと前から知っているが、シロ自身はユグさんに別段用があるわけでもない。


 「一緒に戦った仲なんだし~、今更よね~」


 そんな俺達よりも前から知ってるからな、エルさんは。

 3人それぞれの忌憚なき意見を耳にしたユグさんは……宣った。


 「…………帰る」


 拗ねたー!半泣きで拗ねたーーー!待った待った!聞きたい事があってこれから訪ねようと思ったのに帰られたら二度手間になるじゃん!?


 「いや……ユグさんは凄いよ。作ってくれた『種』が無ければ俺は今頃どうなっていたか分からないし、森の事、世界の事を何でも知っている。流石神霊と謳われてる事はある」

 「そうですよ!イオガミハイジ様の要の一柱で多くの方を守って下さったと聞いています!そんな凄い方にこうしてお会い出来るなんて……私感激です!」

 

 俺の言葉は本音七割・引き留め三割と言った所だったけど、リリーナは全て本音だったからか━━帰ろうとしていたユグさんの足が止まった。


 「……妾、凄いんじゃぞ」

 「あぁ」

 「何でも知ってるんじゃぞ」

 「知ってる」

 「誰が何と言おうと《神霊》じゃからな?」

 「揺るぎない事実だ」

 「なーはっはっはっ!妾を崇め奉るが良い!!」


 よーーーし!持ち直した!

 実際ユグさんには頼りっ放しなんだよな。

 さっき本人にも言ったように、俺の『種』は《神霊》ユグドラシル謹製のものだ。アイデアや着想はじいちゃんだが、ユグさんが居なければ現実の物にはなっていないだろう。後は、この見た目にこの性格が大人っぽくなれば、もっと尊敬を集められるのではなかろうか。


 「ゆぐさん……あいかわらず……こどもふが」

 「シロまだ菓子が残ってるぞ」


 余計な事を言いそうな口は塞いでおいて。


 「で、そんな《神霊》且つこの森の番人たるユグドラシルに聞きたい事があるんだが」

 「仕方ないのー!何でも聞くが良いわ!」


 滅茶苦茶嬉しそうだな。頼りにされるのが余程気持ち良いのだろう。

 もうエルさんもティアもシロも、ユグさんが拗ねる様な事は言わないでね?……面倒くさいから。


 「この娘が森で落とした荷物がどこら辺にあるか、分かるか?」

 「……ふむ」


 リリーナを覗き込み、次にある方向を見た。



 「村からはちょっと離れた所、……『砂場』の近くじゃのう」



 始まりの場所が分かっても事の仔細まで把握出来てるわけじゃない。後は現地に行ってみて自分で探す。

 けど、『砂場』?

 昨夜の現場から少し離れてるな……何でだ?


 「妾に聞かんでも、争いの後を辿れば場所位分かるじゃろうに。物ぐさな奴じゃなぁ」

 「森の損傷はある程度の時間ですぐに戻ってしまう様に作ったのはユグさんだろ?」


 昨日なら辿る事も出来たんだろうけど。

 森の植物はユグさんの力の影響か、修復力と言うか生命力と言うか、兎に角成長がめちゃくちゃ早い。

 俺と黒オーガが戦ったあの場も、もう殆ど元通りになっているだろう。


 「リリーナの準備は出来た?」

 「あ、はい。これ、凄く軽いのに凄く丈夫なんです!」


 リリーナが纏っているのは、軽そうな鋼の胸当て、その下に見慣れない戦闘衣バトル・クロスを。

 ぱっと見、そんなに丈夫そうに見えないんだけど……


 「それ~、王都でガドガが試作した物で、繊維に魔法を織り込んで作ったんですって~!だからそこらの鎧なんかより確実に守ってくれるわよ~」


 流石です、ガドガさん。

 《ガドガ・フリソス》

 エルさんの旦那で、王都でもその腕前が称えられ、王宮のお抱えとなるほどの凄腕の鍛冶師。

 俺の『月詠』を打って鍛え上げてくれたのもこの人。

 鍛鉄・装飾など、創作者クリエイターと呼ばれるのはほぼ鉱人種ドワーフが占めている中で、妖精種エルフで唯一鉱人種も認めた凄腕の創作者なんだ。

 製造は勿論の事、発想も一目置かれリリーナが着ている様な戦闘衣のアイデアもポンポン出してくる才人である。

 ガドガさんが作った物なら、うん、信頼しかないな。


 「なら安心だ」


 さて。

 話も聞けたしリリーナの準備も出来たし、期せずしてユグさんにも会えた。

 予定してた通り、この後は森に置き去られた彼女の荷物を回収に行こう。じゃあ━━


 「ねぇ」

 「何だ?」


 つかつか俺の前まで歩いて来たのはティア、何だけど……あれ、恰好変わってない?さっきまでは家で寛ぐ感じの格好だったんだけど……今は、革鎧レザーアーマーを着け、拳には俺達と森に入る時に着けている拳皮ハンド・グローブ

 森の中にでも行くんだろうか……?


 「アタシも行くわ」


 あ、やっぱり。

 幾ら慣れているとは言え、部屋着でうろちょろ出来る程この森も安全じゃないからな。怪我なんてしないように装備を整えるのは当たり前か。


 「何処まで行くんだ?」

 「アタシもついて行くって言ってんのよ」


 あ〜、なるほど。俺達に着いて……え?


 「……何で?」

 「……な、何でだって良いでしょ!?ほら、さっさと行くわよ!」


 えぇ。俺何で今怒られたの。しかも妙に顔赤いんだけど。だ、大丈夫?風邪?


 「うふふ、そうね〜?負けてられないものね~」

 「そ、そういうんじゃないし!ただ暇だから行くだけだし!勘違いしないでよね!」


 師匠に向けて噛み付いたと思ったら、また俺に怒って来た。意味が全く分からん。


 「来てもらえる分には助かる。心強いよ」

 「!……ふん、別に、ホントに……暇なだけだし」


 戦力が増えればそれだけ危険も減る。森の魔物ならまだしも正体不明な化物が来る可能性がある今は、素直にこの申し出は有難いよ。


 「じゃあ~、荷物を回収したらまた此処に戻って皆でご飯でも食べましょう!なんならそのままお泊りでも構わないわよ~?」


 ……え。いや有難い申し出……なんですが。

 エルさんのご飯は美味しいですし、シロとリリーナがお世話になる分には全く問題はない。

 なら、2人は任せて俺は帰……。

 辞退する腹を決めたと同時に、グイっと俺の袖を引く何かの力が加わった。


 「くろも……?」

 「いや、泊まりたいならシロとリリーナで。迎えには来る……」

 「……くろも?」


 その自分を「谷に突き落とすの?」みたいな目は止めて欲しい。俺は獅子じゃないぞ?

 何か失態や失言をした場合、フォローをする人間が必要な訳で。それがシロの場合は俺ってだけで。


 「何人も泊まるなんて師匠の家に迷惑だろ?」

 「別に家は構わないわよ~?何ならちょっとくらいの間違いなら目を瞑るし~?」


 どんな間違いが起きるって言うんですか!?


 「それに、大人数の食事なんてちょっと久々でワクワクしちゃうわ~。勿論、皆には手伝って貰うけどね~?」


 正直、人数変わる位なら食事の手間はそれ程変わらないが大食漢が二人いるし……手伝う事も構わないが……出来れば……


 「あの、でしたら食事だけで俺は━━」

 「帰る、なんて言わないわよね~?」


 速攻で意見を却下された。

 だってさ、俺だって男なんだよ?母は娘の身を心配してとか、若い男女が同じ屋根の下で寝るなんてとか考えないの?

 リリーナが来てからと言うもの、俺だって無駄に緊張してるし仮面外せないし割りと色々我慢して……


 「帰るなんて言・わ・な・い・わよね~?」

 「……分かりました」


 無理だ。

 どんな理由や理屈を捏ねようとこの笑顔で脅されたら頷かざるを得ない。


 「えっと」

 「……と、言う訳で今日はエルさんの家に泊めて貰える事になったから」

 「ご、ご迷惑でなければ私、何でもやります!」

 「あら、じゃあいっぱいお願いしちゃおうかしら~」


 リリーナも何だか緊張しつつも喜んでいるみたいだし、エルさんはエルさんで嬉しそうだし。

 俺が我慢すれば済む問題か。せめてガドガさんが居ればなぁ。


 「で?行くの?行かないの?」


 さっきとは打って変わって落ち着いたティアが……?落ち着いた、のか?何か顔赤いし、何故ニヤついているんだ?


 「何か妙にソワソワしてないか?」

 「ししししてる訳ないでしょ!?行くならさっさと行きたいのよ!」

 「あぁ、……そうだな。そろそろ行くか」


 森に行くのがそんなに嬉しいのか?いつでも、それこそ好きな時に行けるだろうに。

 それはともかく。


 「じゃあ行こう。準備は出来てるんだよね?」

 「はい!」

 「いつでも……いける」

 「こっちは良いって言ってるでしょ」

 「それじゃ、まぁ……行ってきます」

 「はい、いってらっしゃい~」

 「……クロ坊」


 先程までの子供っぽい雰囲気が一切ない、《神霊》ユグドラシルが俺の名前を呼んだ。


 「……何かの予感がする、あまり良い方ではない。油断はするなよ」


 そう言って俺に何かを投げて来た。

 小さな袋……その中には三種の『種』が入っている。流石。


 「元から油断出来る人間じゃない。ありがとう、ユグさん」


 放られた袋を少し掲げ、帯袋にしまう。

 ユグドラシルの悪い予感、当たらない方が良いんだけど……気を引き締めて行こう。


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