第2話



 細剣も折られ、防具も壊され、魔力も尽き、木にもたれて己の無力を噛み締めた。


 (もう……ダメ)


 唐突に襲ってきたオーガに、体力・魔力、精神全てに削られた。


 (なんでこんな事になったんだっけ?)


 極限を知った心は崩壊を免れるため、現実逃避を促す回想を始める。


 (依頼が終わって、ギルドに行ったら、私に個人指命が入ってて、……それから……なんだっけ)


 失意の少女の目の前までオーガが迫る。


 (今頃どうしてるかな……お母さん)


 母が自分を呼ぶ声が、

 2人で生きてきた思い出が浮かんでは消えていく。


 (……いやだ……諦めたくない。でも……)


 悔しさで視界が滲む。

 魔物が左手に持っていた大剣を握り締め、振り被り、少女へと━━振り下ろした。



 (……ごめんね、お母さん)



 今も帰りを待っているであろう母に謝罪し、目を閉じる。

 「死」が形となって少女の小さな体に届━━



 「GOAAAAAAAAAA!?」



 ━━かなかった。


 (……え?)


 ハッとして目を開けた彼女の瞳が写したのは見知らぬ誰かの背中。

 自身を守る為、自身の前に立つその姿はまるで大好きな物語から抜け出した伝説の━━


 (だれ?)


 差し出された試験管には赤と青の液体。


 (青い液体は知っている、ポーション。でも赤い方は何?)


 朦朧とする意識の中で必死に記憶を辿ってみるが該当する物はない。

 唐突にオーガに追い掛けられ。

 見知らぬ土地に飛ばされ、殺されそうになり。

 それを防いだ男はオーガを切り伏せ。

 希少性の高いポーションを自分に与える。

 何が現実で、何が夢なのか。

 渡された2種類のポーションを握り締め、ただ目の前の男を見上げていた。

 赤い魔物が黒く変わり。

 謎の男が戦いを繰り広げ。



 「凄い……魔法……」



 戦いは終わり、不意に意識が途切れた。

 次に少女を覚醒に導いたのは、……香り。



 (なんだろう、すごく……いい……におい……)



 それは在りし日の、母と自分が居た食卓から届いた懐かしい匂い。



 ※※※※※※※※※※※※



 『生きたきゃ食え。食わないなら無理矢理食わせてやるぞ?』



 俺が料理を学んだのは、自衛だ。

 じいちゃんの料理は不味かった。時に中途半端に……時に殺人的に。

 最初に食べたのは自作と思しきお粥?のようなもの?白くない、黒っぽい何か。俺の身体を診断したじいちゃんが用意した流動食。

 それまで冷たい飯ばかりを食べてきたから、暖かな食事と言うのは……初めて。

 誰かが近くに居て、俺が食べる所をジッと見てるなんて人間も初めて。

 それだけで泣きそうだったのに……ふわりと温かな湯気を立て、何の香りもしないお粥もどきを食べた瞬間、泣いた。……あまりの不味さに。

 この時まで、じいちゃんは全く料理をしたことがなかったらしい。今までは友達に作って貰ったり、出来合いの物を食べていたらしい。

 何故、その劇毒物を俺に与えたのか。

 今まで食事を用意してくれていた友達は近くに居らず、夜も更けていた為店も開いておらず。

 仕方なしに自分で作ってみたが大失敗だったと本人は何故か大爆笑していた。

 食事を作っている時は……いつもこの時のじいちゃんの顔を思い出す。


 食材を切り分け、鍋に入れて炒め、水と牛乳で煮立たせる。

 香りととろみを付け、じいちゃんが発案し俺が作った固形調味料を入れたら、それは出来上がる。

 やっぱり仮面ないと見やすい、作業がやり易いなー。

 あれがないと他人と話せないけど家に居る分には何も困らないし、むしろ付けてると視界が狭まって作業し辛いからなぁ。人里離れて暮らしてて良かった。


 「で?お前は何をしてる?」

 「……しろ……あじみ……する」


 振り向くとそこには、山の様に盛られた白米が声を出していた。


 「味見って意味を答えてみろ」

 「……できた……か……かくにん?」

 「ソレに掛けて?」

 「そう」

 「それは味見じゃねぇ!?」


 白米の山麓から顔を覗かせた我が愚妹……しっかり飯を食べる気満々なシロを押し戻す。


 「自分の分だけ持ってくるな。しかもカレーを掛けるスペースがない!?」

 「……あと……なにする?」

 「テーブルを拭け野菜を皿に盛れ食器を出せ飲む物用意しろ」

 「……あじみ……の……あいだに……くろが……やる」

 「飯、抜くぞ!」


 シロが持っていた皿を奪い、白飯を釜に戻しスペースを空けた。あんにゃろう……釜に入っていた飯を殆ど皿に盛っていやがった。

 自分の分だけじゃなくちゃんと俺達の分も……俺、達?

 そうだ……あの子が起きる前に仮面を着けておかないと━━



 「何だか……良い匂い、が」


 

 そう思った矢先、俺でも、シロでもない、第三者の囁きが耳に届いた。


 「……へ?」


 飯の支度とシロとの会話で油断した意識の隙間に知らない他人の声が入り込み、身体が一瞬硬直する。

 しまった!

 あの森で助けた少女がもう意識を取り戻した?!

 そして顔に仮面を着けてない!?

 身体の硬化を強引に振り解き、仮面が置いてある後方のテーブルに現時点の最高速で動こうとする。

 思考の速さに反して身体がすこぶる重い!?だが……声の感じからまだ彼女の意識が覚醒している訳じゃない。まだ間に合……う!

 振り向いた先に、目を擦りながらフラフラと揺れる少女が鼻をひく付かせて此方に。

 夢うつつ、未だ覚醒していないのは想定内。……なんだ……けど。

 俺の目に映ったのは。

 まだ誰も踏み均していない新雪の如き白き肌。

 薄桃色の髪が揺れ、まるで桃源郷とは此処の事だと語り掛けて来る。

 美しい肌に艶やかな髪、可憐な花を模した絹の布が少女の上下をそっと隠し、やがて俺と少女の瞳が合う。


 「……………?」

 「…………!?」

 「き、きゃ━━」

 「ぎやゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 「ぁぁぁ……あ、え?」


 少女の嬌声を、俺の絶叫が掻き消した。



 望まれていなかったのか、それとも何か事情があったのか分からないが、物心着いた時に俺は既に『奴隷』として飼われていた。

 言葉にすれば僅か二文字の肩書……だがその扱いを語るにはとてもそれだけの言葉では言い表せない。もっと別の言い方をすれば、ただの玩具。

 俺を拾ったのは、奴隷なんて制度が未だある、片田舎にあった街の領主だ。

 表だけ見れば、自分の娘の将来の為に、魔法を学ばせる為に愛を注いでいた親……なんだが、……ま、与えたのが、俺と言う、魔法を防げず使えず、年齢からただ泣くしか出来ない只の子供だった辺りでどんな人柄だったのか想像に容易い。

 その領主の子供の魔法の練習台にされていた俺は、日々魔法を撃ち込まれていた。

 泣き喚きながら。

 魔法の脅威に怯えながら。

 やがて子供の取り巻き達も代わる代わる俺に魔法を浴びせ掛ける。

 来る日も来る日も一方的な蹂躙を受け。

 何度も何度も痛みに襲われ、熱にうなされ、死ぬ間際に軽い治療をされ……。

 生きたまま殺されていた。

 言葉も、生きたいと願う意思も失って、ただ傷付けられるためだけに生きていた。

 変化が起こったのは、自分の死を願ったいつものある日。

 突然、何処からか現れた魔物に街が襲撃された。

 偶然か、必然か、天災なのか人災なのか定かじゃない。

 確かなのは、その街に魔物が出て、その魔物が誰の手にも負えない強さだったと言う事だ。

 街は焼かれ、領主の館にも魔の手は伸び……そいつは俺の前までやって来て、牙を剥く。

 目を閉じた。

 恐怖からじゃない。

 ただ……やっと死ねると言う喜びから。

 最後くらい、安らかに死にたかった。

 ……まぁ、こうして回想してるって事は死んでないんだけどね。



 『お祈りの時間じゃないぞ、小僧』



 そんな言葉と共に目を開いた先に居たのが、じいちゃん━━【最強】五百神灰慈だった。

 毅然と、凛と、真っ直ぐ。

 小さな俺を見下ろしながら。

 恐怖の対象だった筈の魔物を踏み付けて、そんな言葉を投げ掛けて来た。



 『こんな所じゃ碌に話す気にもならねーな、一緒に来い』



 目の前に差し出された大きな手を、気付けば自然と取っていた。

 それが、俺とじいちゃんの始まり。 

 何が言いたいかって?

 俺は家族以外の他人と接することが出来ないってこと。

 この『仮面』がないと。


 「お、お見苦しいものをお見せしまして……」

 「いや、……此方こそ本当にすまない」


 暫く時間が経過した後。

 俯き、顔を朱に染めた少女の謝罪を。

 更に頭を低くして謝る俺って構図が完成していた。

 過去の経験からなのか、俺は人とまともに顔すら合わせられないし、喋るなんてもってのほか。

 そんな俺を見かねてじいちゃんが一つの魔道具をくれたんだ。


 『偽りの感情ペルソナ


 この仮面は、装備者の心を隠す事が出来る。

 つまり、俺でもこれさえ着ければすれば人と話が出来るって事な!

 ……まぁ、最初はじいちゃんと話をする時にも言葉が出なかったものだから、無理くりこれを着けてあれこれ喋らされた訳だけど。

 時間が経った今でもこれがないと……俺は家族以外と会話が出来ない。


 「……もう……たべて……いい?」


 ……あれこれ考えてる俺を尻目に食い気を出すシロ。


 「……お前は……もう少し悪びれろ」


 事を収めたのはシロだが、事の発端の原因もシロだった。

 仮面を取って俺に取り付けてくれたのは有難かったが……はぁ、どういう事かと言うと。

 少女の応急処置として青い液体『ウーンド・ポーション・リキッド』を掛け、傷口を塞いだのは良いがそのままでは跡が残ってしまう可能性もある。

 それは可哀想だとシロに頼んで、傷口の確認と跡を残さないため、青い軟膏『ポーション・ジェル』を少女に塗って貰った。

 ちなみに赤い液体は『マジック・ポーション』で魔力を回復させる、主にシロ用として常備している。リキッドとジェルの違いは、即効性があるのが液体で、持続性があるのがジェルってところだな。

 その際に彼女の服を脱がせたのだろう。「おわった」と言う言葉を信用してしまったのが間違いだった。

 ……ちゃんと聞くべきだった……のか?

 普通、服を脱がせ軟膏を塗った……ところで終わると誰が思うのか。確認だって俺が出来る筈もないだろ。


 「いえ!あ、あの、傷の手当の為に必要だった事は理解しましたので大丈夫━━」


 くぅ……小さな音が少女から聞こえ、一瞬の静寂が訪れる。

 俯いていた顔が跳ね上がったのも束の間、再び、いや先程より深く俯く少女。

 あれだけの事があって緊張もしていたんだろう。それが解けたら腹も減るか。


 「簡単な物で悪いけど、良かったら食べて」

 「……いただき……ます」

 「……シロに言ったんじゃないんだけどな?」

 「えっと、じゃあお言葉に甘えて……頂きます」

 「召し上がれ」


 味の保証は出来ませんが。

 


 今日のメニューは全てじいちゃんから作り方を教わったものだ。

 別にじいちゃんが料理を教えてくれた訳ではなく、こんな物が元の世界にあったとか、こういう味付けの物が好きだったとか、そんな話を素に俺と、じいちゃんの友達が作り上げた。……じいちゃんが作ると「超」不味いし。偉大な大賢者、魔導師、魔法使いと呼ばれた《英雄》でも、料理に関しては驚くほどに才能がなかった。シロから料理禁止を言い渡されてしまった程だったからな……。

 「カレー」とか、この世界の何処を探してもないと嘆いてたし、自分で作ってしまおうと思うのは理解出来るが……うん、じいちゃんが作ったあれは食い物じゃなかった。

 物珍しそうに俺が作った「カレーライス」を眺め、香りを確かめ、俺の隣で木匙で抄ってガツガツ食べてるシロを手本に少女もぱくりと一口━━



 「はむ……!──っ!」


 目を見開き、咀嚼し、飲み下す。


 「すっごく美味しいです!」

 「それは良かった、遠慮は要らないから好きなだけ食べてくれ」

 「ありがとうございます!」


 ホッとひと安心。

 反応を見る限り無理して食べてる訳でもなさそうだし。

 程良く辛く、ほのかに甘く、そんな味付けが気に入って貰えた様で何よりだ。

 カレーにサラダ、鶏のフライ。簡単で品数こそ少ないけどこれが我が家の食卓。

 俺も一口食べ、取り敢えず聞かなきゃいけない事を聞いて置かないとと思い、少女に語り掛ける。


 「食べながらで良いんだけど、幾つか聞いても?」

 「ん……はい」


 行儀良く木匙を置き、ちゃんと俺に正対して姿勢を正す。

 ……うん、食べながらは無理そうだ。


 「いや、やっぱり食べてからに──」

 「おか……わり」


 隣に視線をやると既に空になった皿を俺に突き出し、そんな要求をしているシロ。


 「……自分でやれ」


 相変わらず早いな!俺まだ一口しか食べてないわ!


 「……えっと」


 少女に視線を移すと、酷く言い出し難そうにしている。

 食事の後で良いって言ったのに。俺に気を遣ってくれているんだろうか?


 「ん?」

 「……私も……良いでしょうか。その、お、おかわり」


 え?

 仮面を付けると視界が多少なりとも狭まる。そんな死角に入っていた少女の皿に目を向けると。

 既に……皿が……空、だと?


 「みあげた……たべっぷり……こっち」

 「あ、はい!ありがとうございます!」


 シロが自分の皿を持って立ち上がると、少女もそれに倣って皿を持ち台所へ。

 ……俺、そんなに食べるペース遅いかな。

 俺の皿には一口分欠けたカレーライスがまだ湯気を立てて、早く食べろと鎮座している。

 後ろを見れば、シロが皿に山の様に白飯を盛りその上からカレーを掛けて出来上がりを見せ、あのいかにも華奢な少女が同じ様にカレーライスの山を創り上げていた。

 ……良く食べる女の子って、シロ以外にも居たんだな。



 「ごちそう……さま」

 「ご馳走様でした!とっても美味しかったです!」

 「あぁ、それなら良かったよ」


 おかしいなぁ?

 明日の朝も食べれる様にちょっと多目に作って置いた筈のカレーが入った鍋が、綺麗に空になってるんだよなぁ。

 シロの食事量は知っている。毎日、毎回良く食べるから。

 それを計算して作った筈なんだけど……なぁ。

 付け合わせのサラダも綺麗に空。

 白米は序盤で空になった為、急遽パンを出して対応もそれすら無くなり。

 フライに関しては若干追加で揚げて。


 「きに……いった。……なかなか……みどころ……ある」


 ……何のだよ。

 まぁ凄く上品に、気が付いた時にはもう食べ終わってる様は見ていて魔法かと思う程で、確かに見所はあったんだけど。

 まぁ、良いか。

 これでやっと落ち着いて話が出来━━


 「……つぎは……おふろ……こっち」


 え?


 「え?」


 俺の疑問を少女が言葉にしてくれた。

 ……そうですね。女の子は身だしなみをきちんとするものですもんね。


 「あの……」

 「行っておいで」


 既にシロに手を引かれ、風呂場に向かい始めて居るのを止めるのもね。

 後片付けして、茶でも入れるか。

 話はその後……したいけど、このままずるずる話が出来ない予感がする。そんな思いを吹き飛ばす様に、綺麗に中身が無くなった鍋だの皿だのを洗いに向かう俺。

 食器や器具を洗い、茶を入れ、ホッとひと息。

 そして……今日の出来事を思い返す。


 黒オーガ。

 アイツが彼女を追って此処まで来た事は、推測の域を出ないがあながち間違いではない筈だ。

 通常の魔物であれば自分の周囲に居た人間、自分を攻撃して来た人間を攻撃する。

 じいちゃんはそれを「憎悪ヘイトが移る」と表現していたけど、俺が黒オーガの命に迫るまで、アイツのヘイトは俺に移らなかった。つまり、人に造られ、且つ最優先事項はあの少女の命だったって事なのか?

 野生の魔物と、人造の化物の違いは━━出された命令。優先されるのが自分(本能)か他人(命令)かと言う事らしい。

 じいちゃんも造られた化物と戦った事があるらしく、命令の有無を覚えたらしい。


 なら目的は……何だ?

 具体的に言えば、



 「……誰を、誰が、何のために」



「誰を」の部分は仮にあの娘だとして、「誰が」と「何のために」が検討も付かない。

 あの少女に話を聞かない事にはどんな事も推測にしかならないし……俺が全く事情を知らない第三者だと言うことあるだろう。

 人間が、同じ人間を恨む理由なんて幾らでも作れる。考え出したらキリがないし、当事者じゃない俺には分からない事しかない。


 あの少女。

 心根は凄く良い娘なのはシロの反応を見ても明らかだ。

 人に対しては匂いで判断するところがあるし、認めて居ない他人にはあそこまで心を開かない……と、思う。直感的にあの娘は信用しても大丈夫と思ったんだろう。

 シロが信用したのなら拒む理由もない。

 無いけど、他人と話すのはやはり緊張はするんだよなぁ。

 仮面これが無ければ顔も合わせられてないし。



 「でた」



 うぉう!ビックリした!

 いつの間にか風呂から上がり、直ぐ背後から声を掛けて来たシロ。……気が付けば、無意識で飲んでいた茶がなくなってる。

 そんなに没頭してたのか……?


 「気配を断って近付くなと何回言ったら分かるんだ」

 「おめん……つけてる……から……だいじょうぶ」

 「仮面だ」


 大丈夫じゃねーよ!ぱっと見で分からないだけで動揺するんだからな!

 俺の背後に立ったシロに一言文句を言おうと振り向いた先に、いつものシロの顔があったが……髪型が……違います?

 長く綺麗な白髪を一つに束ね、頭の上でまとめている。

 白い肌は温まったからかほんのり赤くなり、その瞳は俺に何か感想を求めている……様な気がした。


 「なんかいえ」


 実際に言われた!?しかも命令!!

 じっと見ていた俺にしびれを切らし、直接感想を求めて来たシロに因って我に返る。


 「いつもと違うから驚いたんだが……どうしたんだ?それ」

 「りりーな……に……やってもらった……なにか……いえ」

 「あぁ……珍しいな」

 「ちがう」

 「……可愛い、ぞ?」


 フシュっと力強く誇らしげに鼻息を出すが、強制させたよね?

 ……って、りりーな?それがあの娘の名前なんだろうか?


 「あ、あの……お風呂、ありがとうございました……」


 なんて考えてたら本人が部屋の入口から声を掛けて来た。

 シロの服は小さいだろうから俺の物を着て貰ってる訳なんだけど……着てる人間が違うとこうも違うのかと思えるほど、華やかだ。

 髪はシロと同じ様に、頭上でまとめ、こちらはタオルを巻いてる。肌は湯上りで血色良く、何故かちょっと恥ずかしそうに上目遣いで俺を見て、ってジロジロ見て居たらそりゃ恥ずかしいか。


 「さっぱりした所で悪いんだけど、少し話を聞いても良いかな?」

 「あ、はい!すみません、クロさん!」


 ……名乗っては居ない。

 ちらっとシロを見やると何故か右手の親指を立てて得意気な顔をしている。自己紹介は要らないみたいだ。


 「改めて……助けて頂き、本当にありがとうございました。『リリーナ・プリムラ』━━リリーナと呼んで下さい」



 「急に?」

 「はい、気が付いた時には……森の中に」


 シロとリリーナに温めたミルクを出してから話を聞き始めた訳なんだけど……なおさら良く分からなくなってきたな。


 気が付いた時には「この森に居た」と言う現象。

 魔法か?……いや、それは使用者が近くに居なければ発動はしない。精霊は「詠唱」と言う名の好物を与えられて初めてその力を使用者に貸し与え、魔法と言う現象を起こす。

 じいちゃんにも聞いた事があるが、その魔力の受け渡しである詠唱無くして魔法を起こすのは不可能だ。

 リリーナがこの森に飛ばされる前は1人で歩いていたとの事だから、魔法と言う線は消えた。

 だとすれば……道具か。

 「道具」に魔法を閉じ込めて置く事は可能で、俗にいうこれが「魔術」。

 魔法の効果を石や札、装飾品や貴金属に掛け、それを任意のタイミングで発動させる。魔術の力が宿った道具を「魔道具」と呼んでおり、俺が使った『石』や『護符』もこれに分類される。


 つまり……リリーナが人影を見ていないと言ってるなら、強制的に移動させられたのは魔道具、魔術に因る方法が有力な候補かな。

 オーガと遭遇した際、周りに人の気配はなかったらしい。

 見落としていたとか、姿・気配を隠していた可能性もあるけど……森に強制的に送られたのはリリーナとオーガだけってことか。

 聞き進めると彼女の身の上話になり、リリーナは幼い時から、人里離れた場所に母親とだけ暮らしていた。

 日々の暮らしは主に、リリーナが『冒険者』として生計を経てている。

 割りと長かった遠征が終わり、母親の待つ家に帰る途中、あの化物に襲われたのだと。

 話してくれたリリーナの性格から恨みの類いの線は薄い気がする。

 で、手段としてもっとも怪しいのは……


 「個人依頼?」

 「はい」


 『冒険者』が集う『ギルド』に依頼するのが通常依頼。

 人柄や能力を見込まれ特定の人物に依頼するのが個人依頼。

 ……らしい。で、個人依頼が来るのはかなり稀と。


 「特定の個人に依頼するには指命料が掛かります。金額にすると普通に依頼する倍は掛かるそうです。私はランクこそ『B』ですが、主に支援系ですので戦闘はそこまで得意ではないんです」

 「前に依頼した人がまたリリーナに依頼したんじゃ?」

 「いえ、私を頼ってくれる方なら直接話してくれると思います。それに、依頼内容が簡単な運送な上に期限を設けられていないのも、なんだか……」


 怪しかったと。


 「依頼人は誰だったんだ?」

 「それが……」

 「……そう言うのは知らされないものなの?」

 「いえ、ギルドでは素行調査が行われてますので依頼する人が望めば明かされません。なので、決まって怪しいと言うわけではありませんが……ただ」

 「ただ?」

 「お母さ……母に!依頼書を見せれば誰か分かると言付けがありました」

 

 お母さんでも良いと思うよ?!

 ふむ……受け取った依頼書って言うのが怪しい。

 それが今回の手掛かりっぽいな。


 「その依頼書は俺が見ても?」

 「はい、大丈夫……あ!」

 「どうしたの?」

 「先程の戦闘で逃げてる時に荷物を」


 逃げてる間に落としたなら、森にはあるか。


 「分かった。探すのは明日にして今日は休もう」

 「……でも何処に落したのか……」

 「分からないなら、分かる人に聞きに行こう」

 「……へ?」


 まぁ、人ではないけど。

 家に置いて来たって言うなら別の手段を考えなければいけなかったけど、森にあるなら探せると思う、……探せる……はず。


 「シロ、明日ユグさんの所に──」

 「…………くー」


 寝てる?!

 腹いっぱいになって風呂入って、話が長かったから寝た。

 って子供か!?

 ……うん、子供か。


 「あの……ユグさん、と言うのは……?」


 シロに気を遣って小声で話し掛けて来るリリーナはやはり優しいと思う。その程度では起きないけど、コイツは。


 「この森の管理人って所……かな?」


 

 ━━次の日の早朝。


 やっぱり……動き辛い。

 身体に走るこの痛みは、昨日の戦闘で使った『種』の反動。

 『速度の種スピード・シード』の副作用で関節が悲鳴を上げてる……んだけど、思ったよりは襲って来てない。

 少しは鍛えられているのかな?

 そうだといいな。


 毎日の日課が俺には2つある。

 一つは訓練。

 一日サボれば、取り返すのに三日は掛かると脅されて以来、滅多な事では休まなくなった。

 これぐらいの反動なら今日も訓練をしても支障はないな。


 それと。

 簡単に着替え、家を出て裏手に回る。

 暫く進むとそこはなだらかな上り坂。

 奥へ奥へ、やがて見えて来るのは……一面の青。

 海だ。

 見渡す限り海と空と大地しかない最先端に一つの石がある。


 【最強】五百神灰慈の墓。

 ここの掃除。

 それがもう一つの日課。

 墓石に水を掛けて磨き、花を添え、その周りに生えた雑草を抜き取る。掃除をするのに時間が掛かるわけでもないし、雑草も毎日生えるわけじゃない。

 此処に来るのは、単純に落ち着くから。



 『俺には俺の強くなる理由があった。周りが最強なんて言おうがそんなのは結果だ。強くなる奴は今ある物で努力をする。お前もそうあれよ?』 



 なんて豪快に大笑いするじいちゃんを、呆れながら見てたっけ。

 ある物って、俺には魔法がないんだから身体を強くするしかないじゃんってさ。



 『世界を守れ━━なんて言わない。だが周りにあるもの、守りたいと思えるものはキッチリ守れ。家族とか友人とか、お前を頼る奴がこの先必ず現れる。お前は大切なものを守れるだけの強さを手に入れろ。魔法なんて使えなくてもそれ以外が凄ければ、必ず守れる。だからお前は、強くなれ』



 ……此処に来る度に思ってしまう。

 俺は……強くなれているのだろうか。

 昨日は何とか魔物━━化物は倒した。

 けど……もし、この先、アレより強い魔物や化物……人間が、攻めて来たら……俺に守れるのだろうか。

 偉大で、世界を救った《英雄》、【最強】五百神灰慈は……じいちゃんはもう居ない。

 俺はじいちゃん程強くない。

 出来る事も限られてる。

 そんな俺が……何かから、何かを守れるのだろうか。

 ……ダメだな。此処に来るとどうしたってじいちゃんが居ない事を意識してしまう。墓石から海に視線を移し、暫くして空を仰ぎ見る。



 『よし!そうと決まれば特訓だ!この五百神灰慈が!!五百神クロを【最強】にしてやるぞ!!!』



 段々と明るくなる空を見上げながら、拳を握り締める。

 ……気分が落ち込む度に、じいちゃんがくれた言葉達を思い出してはやる気を取り戻す俺は、お手軽なのかねぇ。

 身体は動く。

 まずは━━


 「ごはん」

 「うおぅ!?」


 っと!ビックリさせるなって言ってんだろうがシロぉぉぉ!?


 「こんの……最近わざと気配を消してるだろ!?」

 「……そんなこと……ない」


 俺の目を見て答えろよ!


 「あさの……ごはん……いちにちの……はじまり……だいじ」

 「支度するけどビビらせんなって言ってんだよ!?……リリーナは起きたのか?」

 「まだ」

 「はぁ……もう終わったから戻って支度する」

 「……あと」

 「ん?」


 シロが手にしていた銅板を俺に差し出して来た。僅かにだがシロの……顔が青い。


 「これ……なってた」


 ……マジか。

 これは、呼び出しだ。



 「村……?」

 「そう、ここら辺にある唯一人が住む場所」


 シロと共に家に戻り、リリーナも起きて、皆で朝食を取っている最中の一幕。今日の予定は彼女の失くした荷物を探しに行く……前に。どうしても後回しに出来ない用事をリリーナに告げる。


 《ヘルバ》

 この辺境唯一の人里。

 じいちゃんが森を作り、暫くしたら出来ていた村。

 幼い時から知っている村だけあって、あそこなら俺も行ける。

 仮面を付けていても、村人も慣れてくれているし、始めこそぎこちなかったが今では普通に皆が話し掛けてくれる有難い場所。

 ……村人達は大丈夫と頭では分かっていても、心が追い付かないらしく、未だ仮面無しでは行けないけど。


 「そこで日用品だの衣服だの生活に必要なものは揃えられるし、何より会って貰いたい人が居るんだ」

 「私に……ですか?」

 「うん。……魔物に襲われたらあの村に逃げ込むのが一番だって知っておいてほしいから。自分を犠牲にして遠ざけなくても大丈夫だって、ね?」

 「……あ、あの」

 「あの黒オーガに追われてる時、ヘルバを避けて逃げた……だろ?」


 リリーナが無言でうつむく。それは肯定って取っても差し障りない?

 多分だけど……逃げてる最中に村の灯りを見たリリーナは咄嗟に、村と反対方向に逃走した。そのわずかな逡巡とか方向に寄って殺されたかもしれない可能性があるにも関わらず。

 あんな訳の分からない状況で、人に頼るのではなく、人を守る側へと回った彼女は……優しいんだろう。自分が傷付くよりも他人を優先させられるその心は尊い。……が。


 「ヘルバには、俺達よりも強い人が住んでる」

 「……く、クロさんや、シロさんより……?」

 「そう。その人に会ってもらいたいんだ」


 圧倒的に俺達より強い人が……ヘルバには居る。

 じいちゃんを「先生」とするならば、その人は俺達を徹底的に鍛え上げてくれた「師匠」と呼べると思う。

 そこら辺をリリーナに説明すると静かに、固唾を呑んだ。

 朝、シロが持ってきた銅板はじいちゃんが作った魔道具『彼我の会話カタルシス』……じいちゃんは「デンワ」と呼んでいたがそっちの方が呼びやすいから俺達もそう呼んでる。

 機能としてはデンワを持っている者に、同じくデンワを持っている者の声を届ける事が出来る優れものだ。

 が。

 普通は各個人が携帯して連絡を取り合う物らしいが、大体俺達のは家にあり、携帯はしていない。それにこのデンワを所持しているのは俺達と、もう一家族しかいないから宝の持ち腐れも良いところ。

 まぁ、それがヘルバに住んでいる俺達の師匠のご家族で、さっき……昨夜の事情を説明する様にと呼び出しを受けた。

 村には入って居ないし、シロの様に匂いを感じた訳でもないし、索敵の魔法を使った訳でも無いのに……「気配」だけで何かが起こったと言う事を把握したのだと言う。

 何でもないことのように言っていたが、流石と言うか……何と言うか。

 何か知っているかも知れないし、何より昔からのじいちゃんの「仲間」だった人だから、経験から来る知識は非常に膨大で、今分からない問題の答えじゃなくても、ヒント位は掴めるかも……なんだけど。


 「で、その人に会う時の注意なんだけど」

 「注意……?」

 「……絶対に歳の話はしないで欲しい」

 「へ?」


 横で聞いてるシロがぶるっと震える。

 ……気持ち、分かる。


 「その人に、年齢を感じさせる言葉は絶対に禁止。「おばさま」とかも駄目。極端にその手の話に敏感な人だから……もし言ったら」

 「……言ったら」

 「……ちょっと……生まれて来た事を後悔する」


 シロは震え、リリーナが俺の声音を聞いてゴクリと固唾を飲み……かくいう俺も、背中に嫌な汗が一滴。

 そう。俺もシロも過去に言ってしまった事があるのだ。

 今思い出すだけで本当に、身体が振動する。


 「「「………………」」」


 流れる沈黙を、殊更明るい声で破ってくれたのは、この場で唯一事情を知らないリリーナ。


 「わ、分かりました!絶対に言いません……と、と言うより女性の方なんですね!?では年齢の話を気にするのも納得です!」


 俺達兄妹のテンションが下がって行くのを感じたのか、リリーナが話題を変えるかの様に強く疑問を投げ掛けて来た。

 そういう気遣い、あの人は大好きだから、きっとリリーナは気に入って貰える事だろう。


 「そう、だから身の回りの物や相談は出来るからそう言った意味でも知り合って置いて損はないよ。……さて、少し話し込んだけど残りを食べてしまおうか」


 仮面越しにリリーナに向かって言ったが━━七割シロに向かって言う。

 さっきから震えっぱなしで帰って来ないから。

 ご飯食べて元気出して!

 村に行く時間は何時でも良いと言っていたし、昼過ぎ位なら迷惑にならないはずだ。

 飯を食べたら出掛ける準備をしないと。

 朝飯食べて、地下の倉庫で準備して……。

 目の前では、素晴らしく綺麗に、早く、出された食事を片付けて行くリリーナと、恐怖からかいつもより遅い速度、しかし食べる量はあまり変わらないシロの姿。二人共見ていて気持ちの良い食べっぷり……何だけど。

 まぁ、腹が減るのは元気な証拠だし良い。

 作った食事を残さず食べてくれる様にも好感が持てる。

 が……家の食糧庫は有限だぞ?

 昨日の夜と、この朝でかなりの大ダメージを食らったぞ?

 ヘルバで食料類も貰って来ないとだなぁ。

 ……期せずして忙しくなった一日に、軽い眩暈を覚える。


「……しょくよく……ない?……きもち……わかる」

「二人を見てたら胸が一杯なだけだ」


 リリーナに聞こえない所での兄妹の会話。

 食欲が湧かない原因の一端である妹が、俺の肩に手を掛けた。



 「……こ、此処は!?」

 「この家の倉庫かな」


 リリーナを伴って訪れたのは、じいちゃんが集めに集めた道具を全て収めた家の地下にある倉庫だ。

 とにかく広い、デカい。

 俺が灯りを点けると……上の母屋よりもこっちが家か!?と思う位にデカい地下倉庫が現れる。

 魔術で収納したり、吹き抜けになって居たり。グルリと本棚に囲まれて広さの全景が分かる分、余計にその広大さを感じさせる。ここがじいちゃんの倉庫兼実験室で、今は俺が管理や使用をしている場所だ。


 「きたの……ひさびさ」

 「シロはそんなに来ないもんな」

 「ここ……あたま……いたくなる」

 「ただ本が嫌いなだけだろう」

 「よめない……ほんは……ほんじゃない」


 暴論言うな!?

 確かに難しいのもあるけど……そもそも本なんて読まないだろうが!

 壁いっぱいに広がる本棚には様々な種類の書籍が収められている。様々な人が書いた様々な冒険譚に英雄譚……物語が書かれたものは勿論、医術薬術占星術、中にはじいちゃんが書いた魔物図鑑や料理のレシピなんてものもあったりする。

 知識が雑に、無駄にあるじいちゃんを作った一端がこの本達にあると思うと、俺も読む気持ちが高まって、この蔵書の半数は読了した。

 この中にある魔導書だけは俺が読んでも意味がないけど……見る人が見たらお宝の山なのではなかろうか。

 それはさておき━━


 「リリーナが使うのは剣?鞘を見た限りでは細剣レイピアかな?」

 「……え?あ、はい!って言っても腕前はたかが知れてますけど……」

 「レイピア……レイピア」


 じいちゃんの職業が魔法使いだから意味はない……が、どうやら蒐集癖があったらしく溜めに溜めた道具の中には絶対に使わないであろう武器や防具なんかも後生大事に取ってあった。

 これ、売り払ったら幾ら位になるんだろう……手間だし、街に行かないからしないけど。

 お、あった。そんなに数は多くないな……三本。見つけたレイピア達をリリーナに見せてみる。


 「この中で何か感じる物はある?」

 「え?感じるもの……ですか?……えっと……これ、でしょうか」



 『武器や防具にも意思があるんだよ』



 言ったのは俺の『月詠』を作ってくれた鍛冶師の人だ。

 それこそ一山幾らの木剣や鉄剣、農具とか包丁でもそれぞれ相性と言うのがあるらしい。

 何気なく持ってみた道具が手に馴染んだりするのはその武器や道具が、持った人を気に入った証拠なのだと言う。

 作り手や生み手の意思が宿った道具は、主と認めた者にその力を与えるらしい。

 俺は作り手じゃないから分からないが……気に入った奴に力を貸したいと思うのは分かるかな。


 「それは不快とかそういう感じ━━じゃ、なさそうだね」

 「はい」


 分かるからこそ、こうして見繕ってしまうわな。

 リリーナが選んだレイピアは、見ただけでも美しいと感じる装飾を施している。

 別に華美な訳ではないんだけどシンプルな造りはとても丁寧で、それが柄に施された何かの花をとても可憐に際立たせて。

 ……うん、とても……似合う。


 「この花、お母さんが好きな花……」

 「へぇ」

 「それに凄く手に馴染んで……何だか温かい気がします」


 このレイピアに気に入られたんだろうな。


 「じゃあ今日からそれ使って」

 「はい。……………えぇ!?いやいやいや、こ、こんな良い剣、私にはとても!」

 「その剣も、薄暗い地下で眠ってるより、自分が気に入った人に使われたいだろ」

 「剣に……気に入られる?」


 驚いた様に瞳を大きく開け、剣に目を落とし、やがて微笑む。

 俺も以前ならそんな事、考えもしなかった。が、今は感覚的にだけど少し理解出来る。

 人と武具、お互いの命を守り合うパートナーみたいなものだから。

 者と物の違いはあれど、命を託すのは一緒なら気に入ったものに託したい。


 「では……お借り、します」

 「あぁ、どうぞ。と、次は防具か」


 確か装備してたのは軽鎧だったけど、武器ほど防具はないんだよなぁ。

 サイズもないだろうし……。装飾具でも大丈夫かな。


 「魔法の属性は?」

 「私は風と光です」


 精霊に愛されてるなー。

 人に寄って持つ属性は違う。

 大体相性の良い精霊の属性を一つ持つくらいなんだけど……精霊に好かれる人は稀に何種類も属性を持つと言われている。

 二つ属性を持つ人に俺は初めて会ったよ。

 ……まぁ、なんでも使えます!みたいな人はじいちゃん位だろうけど。

 属性は四大精霊(火、水、風、地)が主流だと言われ、それ以外の属性はかなり珍しいらしい。

 光、か。だったら防具として使えそうなのは……。

 お、あった。


 「これを身に着けておいてくれる?」


 リリーナの前に差し出したのは、一本のネックレス。


 「えっと、これは?」

 「光の精霊と親和性が良いタリスマン。確か物理防御も魔法防御もそれなりに高かったと──」

 「タリスマン!?」

 

 ……ど、どうしたの?タリスマンに何か嫌な思い出でもあった?


 「そそそそんなに高価な物は流石にお借り出来ません!?」


 …………そうなの?

 世間の相場は良く分からないが、装飾具は属性合わないと使えないし、そもそも俺は使えない。


 「嫌なら無理強いはしないけど、別に大した物でもないから構わないよ?」

 「大したものです!嫌とかでもなく!」

 「それに、俺もシロもそれは使えない。さっきのレイピアじゃないけど、倉庫の肥やしになるより使った方が道具も喜ぶ。どれだけ高価な物でも使う為にあって、それを使える人がいるなら使うべきだ。命より大事な物はない……って、じいちゃんの持論だけどね」

 「何だか……凄いお祖父さんだったんですね」

 「……あぁ」


 何て言っても世界を救った英雄だから。


 「……ぅう……分かりました。それでは此方もお借りします……な、なるべく使う事がないように……します!」


 ん?俺の話し、聞いてた?

 いや、命を守る物なんて使わないに越した事は無いんだけど……そうも言ってられないよなぁ。


 ━━もし、仮に。

 あの黒オーガが造られた奴だとして、それを倒した事がアイツを送った奴に伝わったとしたら……また何かしら行動を取る可能性は捨てられない。

 流れで戦ってしまったが、こうなった以上は見捨てられない。

 途中で放り出したらじいちゃんの『女は守るものだ!』の教えに反するし、何より師匠にバレたら……ヤバい。

 ━━俺の身が、物理的に。

 ……自分の安全の為に……頑張ろう。


 「取り敢えず、此処でリリーナが備えられるのはこれ位か。鎧の代わりは村で見よう。後は……」


 そこからは必要最低限の物を見繕っていく。青ポーションに魔法が使えるなら赤ポーション、森ではぐれた場合の発煙筒だの音響弾、後は俺が大体持ってるからこんな所か。

 それらを一つにまとめて鞄に入れてリリーナに渡した。


 「取り敢えず必要そうな物はこの中に入ってる」

 「……こ、これだけでかなりの金額になるのですが……」

 「金額……?」

 「お借りした分はちゃんと返します!ありがとうございます!!」


 律儀な子だなぁ。別にポーション類も、渡した武具も使って命が守れるならそうした方が良いのに。

 なんだっけ……『命あっての物種』だっけな。

 消耗品は人の命とは比べてはならないみたいな事を教えられたから、使う時はしっかり使ってね?この前みたいに使わず気絶とかは無しの方向で……ね?


 「俺はもう少し準備するから、先に上に戻っててくれ」

 「えっと……少しだけ、見学してても大丈夫、ですか?」

 「あぁ、別に構わないよ」


 爆発物とかも別で管理してるがそれには安全策ロックが掛かっているし、そもそも信用してない人は此処には居れないから問題ない。

 リリーナに言いながら、俺も自分の準備に向かう。割りとポーション類も使ったし必要にもなるだろう。精製して作って置かないとか。

 基本的にポーションの補充も調達も自分で。そこから先のアレンジも、自らの手で行う様に教えられてる。

 これは錬金術と呼ばれる範囲の物だが、幸い、知識さえあればこれ等は出来る。必要な道具はここに揃ってるし、技術が必要なだけで、実際の魔法は必要ない分野だから俺にも出来る。

 これがまた面白くて、何を足して何を混ぜると何が出来上がるのか、端的に言えばそんな感じの「学問」なのだ。知識だけで出来るものとあって俺はのめり込み、錬金術もどきに関してならじいちゃんに比肩するものになったと━━


 「これは何をしてるんですか?」


 ……意外に近くから声がする。リリーナの声がした方を振り返って近い近い近い!

 肩越しに振り返ったらリリーナの顔が近過ぎる!そんなに接近しなくて良いから!


 「……使って少なくなったポーションの補充……」

 「もしかして、……ぽぽぽポーションをご自分で作ってるのですか!?」


 近い顔が更に近くなった!?

 俺の視線に気付いたのか、その視線を感じる距離が近い事が恥ずかしかったらしく、リリーナが顔を赤らめて……ちょっと上目遣いに、え、何で下がってくれないんでしょうか……?えっとどどどどうしたら良いんでしょうか。


 「あ、あの━━」

 「くろ」

 「ひょえ!」


 ぐぇえ!何故かシロが背後から俺の首に抱き着いてる!って言うか……ちょっと絞まって来てるんですが!頸動脈!頸動脈を解放して!?


 「シロ、ちょっと苦しいんだけど」


 そろそろ首を解放しろ!!


 「しろ……てつだう」

 「なら、リリーナを案内してあげろ」

 「わかった……」


 っだは!!

 やっと離しやがった。


 「こっち」

 「あ、はい!では、行ってきます!」


 向かう先には物語、童話、英雄譚などが並べられた本棚。

 ああして後ろ姿だけ見てるとまるで姉妹の様だ。……どちらが姉で、どちらが妹なのかは考えるまい。リリーナが引いてくれなかった理由も分からなければ、シロが首を絞めて来た理由も分からない。……人間とは、……女とは、複雑な生き物なんだな……じいちゃん。


 さて。

 師匠とユグさんのとこに行くなら、こいつの事も聞かなきゃな。

 手に取ったのは1つの瓶。

 中には検査液に漬けられた、あの黒オーガの『核』。

 その表面に浮かんでいるのは━━


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