第4話


 鎧や武器が回収出来たのは良いんだけどこれがどんな代物かなんて、俺はおろかエルさんでも分からないと思う。人体に精通し、人を見るだけで主装備や使用魔法が分かっても、無機物は専門外と言っていた。

 武具や素材で使用者や製作者が特定出来るのは、長年鎚を握り、実際に物を作って来た熟練者のみだろう。

 こんな時、ガドガさんが居てくれたらなぁ。……なんて甘い事は言ってられな━━


 「おや、お帰り」


 え?

 フリソス家に到着した俺達を迎えてくれたのは、金の髪に少しだけ濃緑が混じった、背の低い、けど器の大きさを感じずには居られない……


 「パパ!?」


 そう━━このナイスガイこそ、エルさんの旦那でティアの実父、俺の尊敬するガドガ=フリソスその人だ。帰って来るなんて聞いてないですよ!

 バッと家の奥を見やると、普段の顔からは想像出来ない、甘く蕩けた菓子を思う存分食べた様な顔をしたエルシエル=フリソスがそこに居た。


 「この人ったら~、私達の顔が見たくなって帰って来たなんて言うのよ~?もぅ、困っちゃうわよねぇ~!ガドガが帰って来るならもっと気合を入れて準備をしたのに~」


 ……それは料理の話ですか?それとも身支度的な話なんですか?


 「はは、ごめんよエル。綺麗な奥さんと可愛い娘、それに仲良くしてる家族の顔が見たくなったらもう止まれなくてさ」

 「もぅ……ガドガったら~」


 ガドガさんの前でのエルさんは本当に可愛くなるな。ちょっとむくれてるのにそれすら甘い。

 ガドガさんは普段、王都に努めてる鍛冶師だ。なまじ王家お抱えの鍛冶職人なだけあって、自分の仕事や研究に余念がない。が、この夫婦はお互いを本当に深く愛し合っている。

 しっかり働いてる分、帰りたい時に帰れる……そんな権利と方法をこの人は確立しているのだ。

 まぁそれにはじいちゃんも一枚噛んでいるんだけどその前に。


 「リリーナ。この人はガドガ=フリソス。話の流れで分かったと思うけど」

 「はじめまして、リリーナさん。この一家の主です」

 「は、はい!リリーナ=プリムラです!奥様とティアさんには大変お世話になりっ放しで!」


 いや知り合ったのは今日なんだけどね?お世話になりっ放しなのは寧ろ俺達兄妹の方だからね?


 「シロも相変わらずの様で安心したよ」

 「……おひさし……ぶり……です」


 何故かずっとおぶる羽目になり、俺の背中から降りようとしないシロが、俺の背中に乗っかったままガドガさんと挨拶を交わす。

 通常こんな挨拶の仕方はまずエルさんに咎められるのだが、ガドガさんの前ではなんかもう色々なものが緩くなる。

 性格から顔から何から何まで。

 それをシロも承知していて、ガドガさんが居る時はエルさんを全く警戒しなくなるんだよなぁ。


 「パパったら、帰って来るなら連絡の一つくらいも寄越しなさいよ」

 「会えて居なかったからこそ、声は直接聞きたいものなんだ。連絡する時間も惜しかったんだよ、ティア」

 「あ……そう」


 素っ気ない振りをしても照れてるのが真っ赤な耳で丸解りだぞ。

 じいちゃんが元居た世界ではこう言う奴の事を「ツンデレ」と言うらしい。ツンツンしてるかと思えばデレデレしてる━━


 「今何考えてた?」

 「いや、微笑ましいなと」


 ギンっと鋭い視線を俺に突き刺すティア。こういう所、エルさんの子供だと強く感じます!……話変えておいた方が良さそうだ。


 「ガドガさんは何時までこっちに?」

 「今はあまり忙しくもないから、二日くらいかな?」

 「充分忙しい感じもしますが」


 何でもない様に言ってるけど、凄く忙しいんだろうな。

 この人は妖精種と鉱人種のハーフだ。背の低さは鉱人種の特徴を受け継いでいるからで、髪の色や容姿などは思いっ切り妖精種の特徴。

 使える魔法は火属性。火や土を得意とする鉱人種は特に鍛冶職に重宝される。

 始めた頃はかなり風当たりが強かったが、努力を続け、今では《セレジェイラ王国》でこの人を知らぬ人は居ないと謳われてる。

 『鍛冶王』なんて二つ名を得る位だから、やはり尊敬に値する人だ。


 「そういえば」


 リリーナが憧れのエル様の旦那様と聞いて恐縮しっぱなしなのに気付いたガドガさんが、緊張を解す笑顔で声を掛ける。この辺りの気遣いも尊敬する要素の一つなんだよなぁ。


 「リリーナさんが使ってる、そのレイピア……」

 「あ、これはクロさんからお借りして━━」

 「懐かしいね」

 「え?」


 ……?

 ガドガさんも知ってる様な有名な武器なのか?

 しかも、懐かしいって事は見た事あるって事だよな?……まさか、じいちゃんがガドガさんから奪った……とか?いやいや、それはない。仮にガドガさんから奪ったんだったら、先ずエルさんに殺されてる気がするが……もしそうだとしたら、先ず平に謝り倒そう。それからリリーナには悪いけどそれは返して何か別の物を━━


 「ふふ、クロが考えてる様な事は無いから安心してくれ。見せて貰っても良いかな?」


 この家族は何故俺の思考が読めるんだ。俺が顔に出易い性格だとしても今は仮面を着用してる状態なんだけど。

 ガドガさんがリリーナから鞘ごとレイピアを受け取り、静かにその剣身を露わにする。


 「これは王属鍛冶師になる前、まだフリーで物を造っていた時の最後の、僕の作品でね」

 「そうなんですか?」

 「ああ。量産の物を造る前に、何か自分が納得出来る物を作りたくてね。特にこの剣は装飾、造形に拘り抜いた一品だよ。名を……『咲耶サクヤ』。名付け親は、ハイジさんなんだ」


 へぇ。


 「ちなみに。機能や威力を追及して作ったのは君が持っているそれだよ」

 「え?『月詠』が?」

 「その二振りを最後に、王国直属の武器防具を作るようになった。『咲耶』の方は使い手が居なかったけど、無事に自分の主を見付けられた様だね」


 そう言って、子供に接する様な眼差しを剣に向けた時、何でだろう?その『咲耶』と呼ばれたレイピアが嬉しそうに輝いた気がした。


 「うん、元気そうで何よりだ」


 そう声を掛けて、鞘に仕舞う。動作が自然で、慈愛に満ちていて、自分が作った作品に愛をこめていたのが良く分かる。

 やっぱり、この人は━━憧れるな。


 「クロの『月詠』と一緒に少しメンテナンスしておこうか。明日には二振り共渡せる様にしておくよ」


 良いんですか!?と言いそうになっていたリリーナを手で制する。

 これもきっと、親子と言っても過言ではない作り手と作られた物との再会なんだ。

 だったら邪魔するのは無粋なんだろう。


 「宜しくお願いします」


 背負っていた『月詠』を鞘ごと外し、ガドガさんに差し出す。

 やはり俺の気遣いなんてバレているんだろう。微笑んだガドガさんが剣を受け取った。

 『月詠』も『咲耶』もガドガさんには大きい筈なんだけど、それを軽々と受け取り胸に抱く。その姿は正に「親」だった。



 「さぁ!女の子陣は先にお風呂に入っちゃってね~。その後はご飯の支度、手伝って貰うから~」



 男の会話が終了したのを見届けたエルさんが、後ろに居たシロ達に声を掛けて浴場へと促す。

 おっと、これは……機会を作ってくれたんだな。

 俺達がリリーナの荷物を探しに行った時に起こった事への説明を求められるだろう。

 三人が「私、お料理は止められてるんですが」「アタシが教えてあげるわ!」「てぃあ……がんばら……ないで」と口々に言い、家の奥に消えたのを確認し、エルさんは台所へお茶を淹れて来ると移動した。

 リリーナ……そんなに料理、駄目なのか?

 い、今はその事は置いておこう。問題は棚上げ、もしくは先送りにするのが吉とじいちゃんが言っていたのを思い出す。


 「ガドガさん、早速お聞きしたい事があるのですが」

 「……分かった。剣を置いてくるからソファに座っていてくれ」


 この鎧、拾って来た甲斐があった。



 「最終的にはリリーナが狙いだったんでしょうが、先に周りを排除しようとしたんだと思われます。エルさんに話した黒オーガと同じ呪術を施された、『クロコダイル・ソルジャー』が今回の相手でした。手紙を媒体に出て来た数は二十体程。その内、具現化まで至ったのが五体です」

 「あの鰐型の魔物よね~?棲息してるのはここら辺とは全く逆の方向だった筈よ~?」

 「……で、その魔物がこの鎧を纏っていた訳だね」


 今日遭った出来事を簡潔に二人に話し、回収してきた鎧も目の前に出した。

 エルさんはずっと俺の方を見て話を咀嚼し、自分の考えに結論を出すべく情報を整理している。

 一方、ガドガさんは俺達が拾って来た武器防具をつぶさに観察し、その構造を確かめていく。


 「俺なりの結論になりますが。リリーナを狙ってる理由は分からないですが、相手は死霊術を使え、またその触媒となる魔物を集められる財を持っています」

 「……相手が魔物を狩れる実力を持っているって言う事も考えられない~?」

 「勿論です。が、クロコダイル・ソルジャーは精々が二~三体で行動し、遭遇率も棲息している場所でさえかなり低い。元々警戒心が強い魔物ですから探すだけでも手間がかかり過ぎる。なら……外部の者達に頼めば早い。それに、その鎧は恐らく━━魔物専用に造られた特注だと思うんです。『核』も装備も、金に物を言わせて集める方が効率が良い様な気がするんですよ」

 「なるほどね」


 ガドガさんが視線だけ俺に向け、頷く。


 「死霊術と言うものが一番大きく効果を発揮させるのは、その触媒の鮮度が新しく生きてる時の実力に近いものが産み出せると書いてありました。戦った感じだと、『オーガ』も『クロコダイル・ソルジャー』もかなり強かった。なら、その『核』を仕入れたのはここ最近と考えられると思います。そしてその二種が、元々出現する場所はかなり離れた位置にある」

 「一種は自分で狩ってるとしても~、もう一種は他を雇って手に入れた……とも考えられるか~」


 魔物にも個体差、実力差があり、選別もしたんだと思う。それなら一人で『核』を集めるのはかなり非効率だ。


 「この鎧も、造ってからそんなに時間は経っていないだろうね。付いてる傷から今回以外のはないから、使用されたのは今回が初めて。冒険者から奪ったものではない。値段も相当な物で、これを揃えるとなると……王都に大きな屋敷が建ちそうだね」


 流石。鎧を見ただけでそこまで分かるって凄い。

 鍛冶師って人達は皆こんなに目利きなんだろうか?

 ……兎も角。


 「理由が何にしろ、リリーナが持っていた依頼書から化物が出て来たのは確実です。手にしたタイミングで化物が出てきた所から見て、依頼書に探索魔法が掛けられていたとすれば……リリーナがこの近辺に居ると言う事は向こうに知られてると考えた方が」

 「と言う事は〜次に来る時は直接……って言う事かしらね〜」

 「犯人が分からないまでも、来る規模が分かればそれなりに準備も出来るのですが」

 「そうか。なら準備に取り掛かろうか」

 「え?」

 「あら……ガドガ、何か分かったの~?」

 「あぁ、犯人の名前はサヴラブだ」

 「……サブラブって、あの~?」


 ん?エルさんも知ってる人か?


 「……サヴラブ=C=アンベロス。王国の貴族の一人だよ」


 しかも子爵?

 王国では、姓名の間に何かしらの記号が入るのは貴族だけと聞いた。

 下から、子爵(C)・侯爵(M)・公爵(D)・王(K)らしい。


 貴族位の中では一番下の子爵とは言え、その生活は一般人と比べたら天と地、雲泥の差があるらしい。

 まぁ、此処に暮らしてる限り、貴族どころか一般人の暮らし振りも分からない。俺の基準はこの森であり、人の暮らしの水準はこの村しかないのだから。


 「しかし……アンベロス卿か。面倒な奴が出てきたものだ」

 「ガドガさんもそいつを知ってるんですか?それに、なぜそいつと?」

 「この剣。認識しづらいけど模様が彫られているのが分かるかい?」


 それはシロが倒した黒鰐が持っていた剣。

 示された箇所を見ると……確かに薄く、何かが彫られている。


 「僕達鍛冶師は誰かに遣えると、その家紋を自分の作品に刻む様になる。それが犯罪に使われれば証拠や手掛かりになるし、そうならないためにも自戒を込めてね」


 ふむ……鍛冶師を雇うのは王侯貴族で、民を守る事を生業にするからこその刻印と言うことだろう。

 守る者が犯罪なんて犯すなよと。


 「この剣の製作者は『ベテロ』。アンベロス卿お抱えの鍛冶師で、自己主張が強く、他の武器防具に刻印がなかったところを見ると……卿の命に背いて刻んだ可能性も高い」


 飼い犬に手を噛まれたと言う言葉がじいちゃんがいた世界にはあるらしいが、でも……。


 「そのベテロって人の作品だったとしても、誰かがサブラブって貴族に罪を擦り付けようとした……と言うことは?」

 「大いにある。けど、このアンベロス卿……ここではサブラブで良いか。が、またキナ臭い噂を持っていてね」

 「……噂?」

 「魔物を私物化……私兵にしているって言う噂さ」


 ……は?どう言うこと?


 「人より魔物の方が強い。なら、魔物を私兵にすればいいって言うのがサブラブの主張だよ」

 「それは……使役テイムすると言うことですか?」

 「いや、もっと忠実に、自分の手足になる方法をクロは見たはずだよ」

 「……傀儡化。死霊術ですか」


 ガドガさんが頷く。

 殺した強い魔物の『核』を集めて、死霊術で兵にし、武器防具をまとわせる。

 理論上は強い軍隊の出来上がり。けど……


 「それを使って何をするか……」

 「そう。それこそ叛逆でも起こされたら王国が転覆しかねないし、そもそも禁術に手を染めた者の末路はしれている。それでも……サブラブの噂は絶えないのさ」


 ……やってるな。

 いや、その結果が『オーガ』であり『クロコダイル・ソルジャー』な訳だから、もう研究とか言う範疇じゃない。

 まぁ、方針は最初から変わらないか。


 「そのサブラブと言う貴族が来るにしても、他の奴が来るにしても。じいちゃんの……五百神灰慈の森に悪意を持ってくるなら……潰します」

 「うふふ~、良い返事ね~」

 「あぁ━━さすがハイジさんの子供と言ったところかな」


 エルさんもガドガさんも、とても楽しそうに俺を見ている。

 じいちゃんを含め、その仲間達は……血の気が多くて頼りになるなぁ。


 「ガドガさん、サブラヴの領地から此処まで……最速でどの位掛かりか分かりますか?」

 「途中休みなしで来るとしても……どんなに早くて三日は掛かるだろうね」


 実際、休みなしで来ることは不可能ではない。人間も、此処まで来るのに使うと思われる馬も、魔道具を使用すれば良いんだから。

 それでも三日掛かるなら……準備する時間はあるな。


 「エルさん。一度俺は家に戻ります。道具の補充と必要な物の準備、それと合流は明日の『種』の副作用が切れ次第と言う事になるので……」


 と、言い掛けた俺の言葉をまたもエルさんが途中で遮った。


 「ダメよ~?そういう事情があるなら猶更今夜はここに泊まって貰うわ~。道具の準備位さっと行って、パッと戻って来なさい~?」

 「え、いや…………はい」


 にこりと、凄く良い笑顔で、俺に殺気を向けていらっしゃるエルさんに……俺はノーとは言えなかった。


 「じゃあ僕は二人の剣のメンテナンスをしてしまおうかな。後、「戻りが遅くなる」と工房に一筆書いて伝えなきゃね。普段休まずに働いてるからこんな時くらい構わないだろう。クロ、転送用の道具は家にあるかな?あったらそれも持って来て欲しい」

 「分かりました」


 やることは決まった。

 もし、直接犯人がリリーナを狙ってここに来るなら、そいつは俺達の生活を脅かす『敵』となるわけだ。


 それなら遠慮は要らない。

 先ずは、準備だ。

 


 「せんしゅ……こうたい……よーせー」


 ……コイツは俺が戻って早々に何を言ってるんだ?

 奇跡的な速さで戻りフリソス家の扉を開けた俺の元へ、疲れた様相のシロが第一声でそう言って来た。

 全く訳が分からない。事情を聞こうとリビングに顔を出したそこには……

 顔を覆い、泣き崩れているリリーナ。

 魂がどこかに遊びに行っているティア。

 何があったんだ。


 「えっと、二人はその……料理が出来ないみたいだね」


 ガドガさんが苦笑いを浮かべながら、戻って来た俺にそう耳打ちする。

 ━━その時。ヒュッと風切り音を響かせて俺に飛来する包丁。包丁!?的確に俺の心臓に向かって来るそれを呆気に取られながら掴み取り、その出所からの声を聞いた。



 「ふふふ~、ちょっと二人には~お料理は早いみたいだから、クロちゃん手伝ってくれる~?」



 あぁ、何となく分かった。

 リリーナにも、そしてティアにも……料理のセンスがなかったんだな。

 しかもエルさんの顔を見るに……じいちゃんにどれだけ丁寧に教えても全く上達が見られなかった時と酷似しているという事は……その料理センスは壊滅的。

 教わる側も、教える側も落ち込むって一体……。

 と、とにかく。


 「分かりました。シロ、二人は頼んだぞ」

 「しろ……そろそろ……げんかい」


 シロのお腹が可愛く、しかし確かな大きさで「くぅ~」っと主張をしてくる。

 ……エルさんの様子を見るに相当早いから、お前ももう少し頑張れ。

 俺には励ますなんて技能はないし、シロにもあるとは思えないが……ガドガさんも居る事だし何とか、して貰おう。


 「これ、転送魔術の掛かった便箋です」

 「あぁ、ありがとう」


 倉庫から引っ張り出して来た道具をガドガさんに渡し、帯袋を外して上着を脱ぐ。肌長衣の袖を捲り、エルさんに投げら……渡された包丁を手に台所へ。


 「クロちゃんとお料理なんて~どれ位振りかしら~?」

 「……まだじいちゃんが居た時くらいですかね」


 さっきまでの悲壮な顔はどこへやら……隣に立った俺に静かにエルさんが微笑む。

 俺がエルさんに料理を教わり、フリソス家でも包丁を握らされていたのが約二〜三年位前まで。最後にこの台所で包丁を握った時は、なんだか師匠であるエルさんに料理と言えど認められた様で嬉しかったのを、今でもはっきり覚えてる。

 ……何だか懐かしいな。


 「楽しみだわ~」

 「上達なんてしてないですからね?」


 期待してる所悪いですが、家ではシロか、最近だとリリーナが食べる位ですからね?

 自分、もしくはシロが満足する様な味付けであれば量があれば基本は良い。エルさんの様に、栄養・盛り付け等、バランスの取れた食事なんて指示がなければ作れたものじゃない。


 「メインは私が~。クロちゃんは野菜の皮を剥いて、根菜はこっちに頂戴~。他にはサラダを~。味付けは任せるわね~?」


 ……って言うか、俺が家に戻っていたのは二時間強位なんだけど、下拵えも終わってないって、それまで一体何をしていたんだ?……いや、何が遭ったと言うべきだろうか。

 何となくそれを聞くのは拙い気がして、掴んだ野菜の皮を静かに剥き始める。



 翌朝。


 ぐ、ぐぅううおおお!

 身体が辛いっ!

 案の定と言うか、分かっては居た事だが翌日の朝から襲って来た『種』の反動がきつい。

 か、身体が痛いのは痛いが……動けないって程ではない気がするな。

 正直動きたくはないけれど。

 特に神経がすこぶる絶不調!……ってだけだから、起きない訳にはいかないよなぁ。

 重い身体を起こし、周りを見るとそこはいつもとは違う光景。

 いや、全然知らない訳ではない。フリソス家の客間だ。

 ここで目覚めるのはいつ振りになるんだろうなぁ。


 昨日は結局、エルさんと俺で食事の支度を終え、……俺が家から行って戻って来るより早く作れたんだけど、本当に俺がいない間に何があったんだろうか。

 何とか立ち直ったティアとリリーナを交えての食事会。

 エルさんにガドガさんは大勢での食事が嬉しいのか、普段は滅多に飲まない酒を飲んでいたし、シロの食事量には慣れていたがリリーナの健啖ぶりに驚き、突っ込みながら食べるティアの姿も珍しくて俺には見物だった。

 二人で作った多目の料理は見事に無くなり、せめて食べたものの後片付けはとの申し出でティア、リリーナ、シロが率先してやっていた。

 気を遣って貰い俺は一人で風呂に入り、夫婦二人は珍しくそのまま晩酌と洒落込んでいたな。

 で、三人娘がティアの部屋で、俺は一人で客間を使わせて貰い今に至る。

 部屋の窓を開け、外を見ると早朝で、……痛みで少し早めに起きてしまい今に至る。

 ……身体の動作確認が必要だな。

 今まで『種』を同種二個以上食べた事なかったけど、起きた感じだと五~六割は動くか?

 状況が状況だから自分の身体の様子を知っておいて損をする事は無い。

 最低限、『ウーンド・ポーション』と念の為、痛み止めは持って行こう。

 痛み止めがあれば緊急時には全快の体調で動ける。次の日にはこの痛みが倍になってやって来るが……命あっての物種と割り切るしかない。魔法が使えない、効かない体質って本当に不便を感じるなぁ。


 誰がこの時間から動いてるとも知れないから仮面は着けて、未だ寝静まるフリソス家を出て、起きる気配のない村にホッとしながら森の中へ。

 身体は痛いが半分実力を出せるなら、魔物が出てきてもこの辺りの奴なら対処は出来る。

 まぁ、戦闘は極力避けたい所なので、軽く動いて戻る事にしよう。


 『ヘルバ』がこの辺りの魔物に襲われない理由は、フリソス家とじいちゃんの賜物だ。

 大抵の魔物、人間でもそうなんだけど本能と言うものがある。

 それがヘルバに居る師匠……エルシエル=フリソスの存在を感知し、この村に入れば死あるのみと理解させてしまうのだ。

 なんとも恐ろしい話である。

 それを抜きにしても、この村が最初にあり、じいちゃんが森を後から創った。

 なのでじいちゃんはこの『ヘルバ』の安全を最優先にする為、村の周りに無数の罠を張ったと言うのだ。 

 フリソス家が来て定住してからその罠は滅多な事では発動もしないが、それは今でも生きていて、並みの魔物なら一瞬で駆除してしまう代物だろう。

 それ以外にも、この辺りに来る敵意を持った人間用の罠だったり、致死性はないが動きを止める目的がある。

 魔物の界隈がどんなものかは俺には想像も着かないが多分「あの村はヤバい」なんて噂がされているのか、今では寄り付かなくなっているから村から離れなければ危険も少ない。

 例外があるとすれば━━



 「BURURUU!」



 こんな風に、傷付き腹が減り、本能なんて言ってられない位自分の状態が低下している魔物位だろうか。

 って……『朱兎馬』?

 朱兎馬と呼ばれるこの魔物の生息地はこの辺りではなく、もっと王都よりだった筈だ。

 耳が普通の馬より長く、朱色の鬣が美しい。が、俺が知ってる体長よりも少し小さいから……子供の朱兎馬か?



 「HIHNNNN!」



 甲高い威嚇の声と共に此方に向かって来た。

 が、動きが大分遅い。

 確かこの朱兎馬は知能が高く、人間を滅多に襲わない筈。

 争いを好まず、力が弱い代わりに速度が他のモンスターと比べて段違いに速い。だから戦わずして逃げると本で読んだ。

 臆病とも言えるかもしれないが、俺は何となく、この魔物は優しいのではないかと思ったものだ。それが……。

 朱兎馬の突進に合わせ、難なくそれを回避する擦れ違い様に見た。

 魔物の身体のあちこちに切り傷や刺し傷、火傷……無数の傷が付いているのを。

 ……人間に、しかも朱兎馬がこんなに傷を負ったと言う事は、大勢に囲まれて攻撃を受けたんだろうか。

 俺が身を翻した先で、朱兎馬はそれが最後の力であったかの様に膝を折った。

 命を失うかもしれない恐怖、人間がただ襲って来る絶望、何故こんな所で死ななければいけないのか分からない、そんな……喪失感。

 結果として……この朱兎馬を巻き込んでしまったのかもしれない。

 本来なら魔物が村の近くに出たら安全の為に倒さなければいけないが、朱兎馬なら大丈夫だろうし何より……こんな様子を見た後では戦う気なんて起らない。

 ゆっくりと……此方に敵意がない事を知らしめる様に朱兎馬に近付く。既に意識が朦朧としているのか抵抗の気力もないのか、半目で此方を見詰めるだけ。

 体力を回復させる前に傷の手当だな。

 その朱兎馬の負っている傷口に持ってきていた『ウーンド・ポーション・ジェル』を塗る。

 刺さりっ放しの矢を抜いたら、通常なら暴れるだろうが、今はその体力もないらしく、瞬間的に身動ぎするだけだ。粗方の傷は塞いだから後は身体の内側……か。『ウーンド・ポーション・リキッド』を自分の手に開けて朱兎馬の前に差し出す。この馬、プライド高そうだから何か言葉を掛けた方が飲むのかな?んー……


 「生きたければ、飲め」


 上から目線な言葉だった気もするが、要は此方の意思が伝われば良い。

 俺の言葉を、いや意思を感じ取ったのか、長い耳をピクリと揺らし、目の前に差し出された俺の手からポーションを飲んだ。

 朱兎馬の半目だった瞳が見開き、自分の身体の回復を驚いてる様だ。

 よし、これで完全に大丈夫だな。


 「迷惑を掛けてすまなかった」


 立ち上がり、俺を見下ろす朱兎馬の首を一撫でする。

 この森なら朱兎馬の新しい住処に成り得るだろうし、害を出さないなら討伐も必要ない。何よりこの魔物の住処を襲った奴らは……多分この村に来る。謂わばこの朱兎馬は被害者だ。その責任は……果たそう。


 「森の奥ならお前が脅かされる事もない。食べ物も飲み水もある。暫く療養してくれ」


 俺が指差した方角を見詰め、俺に視線を戻す朱兎馬。

 俺の頬を一舐めし、次の瞬間には目の前から消えていた。

 ……万全の状態ならシロと同じ位速いな、多分。



 「優しい子に育ってくれて嬉しいわ~」



 背筋が凍った。

 気配も感じさせず、至近距離から聞こえて来た声に━━殺意が爆発的に大きくなった。


 神経は半減以下、速度も出ない。受け止めるしかない!

 半ば咄嗟に顔の前に出した手に高速で飛来する物を受け止める。

 バン!と軽快な音を立てて華奢な拳が俺の掌に収まっ痛っっってーーー!?


 「筋力はそんなに落ちてはいないのね~?」

 「問題はそこではないんですが……と言うか起きてたんですね、エルさん」


 背後から拳を繰り出して来たのは師匠……エルシエル様。

 シロを筆頭に、何で俺の周りには気配を殺して背後に迫る女性ばかりが集まるのだろうか。


 「躱せなかったり~、当たる気配がしたら止めようとは思ったんだけどね~?ふふ、ちゃんと鍛えてるみたいで安心したわ~」


 今のはエルさんが相当手加減してたから防げただけですよ?!

 こんな状態で、《英雄》の一角の本気を受けていたら死を覚悟して然るべきだ。


 「こんな朝早くに出て行くクロちゃんが見えて~、こっそり後を付けてみたら良い場面を見ちゃったわ~!」

 「あれだけの『種』を服用したのも初めてでしたから、動作確認で」

 「あら〜?その程度なら付き合うわよ~?」

 「……いえ、エルさんのお蔭でその必要もなくなりましたから」

 「そう~?」


 残念そうな顔をしないで!どうせ、「じゃあ軽く組手でもしましょうか~」と言う流れから、徐々に力が入り、結果俺がしごかれている光景しか目に浮かびませんから!

 お蔭で身体がどの程度動くのか……エルさんのさっきの一撃で把握は出来ましたからご心配には及びません!「百の練習より一の実戦」と、教えを説かれていた時から口にしていた言葉を久々に思い出した瞬間でしたから!?

 それより……


 「……朱兎馬が普段住んでいる場所って」

 「ここからなら~、王都に向かう方向の〜確か湖のほとり……かしらね~」


 朱兎馬が去って行った方向を見やりながら、ぽつぽつと問う。


 「あの魔物ってかなり珍しい部類ですよね?」

 「そうね~。警戒心が強いから滅多に人前に姿を現さないし~」

 「幾ら戦闘しないとは言え、あの早い朱兎馬をあそこまで傷付ける方法なんてあります?」

 「強い人が居れば出来るわ~。でも今の王都にそこまで強い人が居るとは思えない。考えられるのは……大勢で囲んで逃げられない様にして袋叩き、かしら~」

 「……最後に一つ。朱兎馬が生息地としてる所から此処まで、人の足でどの位掛かります?」

 「一日以上、二日未満って所ね~」


 ……来る。


 これまで戦った『オーガ』も『クロコダイル・ソルジャー』も遭遇率は低い。つまり敵が蒐集家コレクターなら『朱兎馬』を偶然見つけ、その魔物を確保しようとしても何の違和感もない。捕まっていたら間違いなく核を取り出され、使役される謂わば『黒兎馬』にされていたに違いない。

 結果、あの『朱兎馬』を巻き込んでしまったが、その『朱兎馬』が俺達に知らせてくれたとなると、傷の手当だけでは釣り合いが取れない位の借りが出来たかも知れないな。

 次に遇う事があったら大量に餌でも用意してやろう。


 「来ますね」

 「えぇ、来ると思うわ~」

 「俺が何とかしますから、エルさん達はリリーナをお願い━━」

 「こら~」


 仮面と素顔の隙間から両頬を摘まれ痛たたたたた!?


 「こんな面白……ん!……大事な事を一人で抱え込もうとしないの~」


 今面白いって言おうとしましたよね!?くぅ、そうだ。どれだけ今は聡明で強い麗人然としていても……あの『五百神灰慈』とパーティーを組んでいたんだこの人は。

 しかも、最前衛を務めていたのは誰でもない、此処に居る【最恐】エルシエル=フリソス。



 「うふふふふ~、何だか……久々に燃えてきちゃったわ~」



 た、頼もしい。敵には絶っっっ対に回したくないが味方になるとこうも頼もしく感じ痛たたたたたたた!


 「……ほろほろはなひてふらはい」


 もげる!頬がもげる!戦う前に大怪我に発展する!!


 早朝の一幕を終え。

 朝食の支度をエルさんと俺で終え、それを食べ終わってから今後の……いや、正確には明日の話しになった。


 「━━と、言う訳で。予想通り、明日敵が……割りと大勢で来ると思う」


 リリーナが神妙な面持ちで、ティアが真剣な表情で、シロが菓子をバリバリ食べながら……

 おい、今、朝食摂ったばかりだろう!?

 エルさんが何故かウキウキしていて、ガドガさんがそれを苦笑しながら横目で見ている。


 「……明日……」

 「俺は一度ユグさんの所に行ってくる。村の安全だけでも確保はしておきたい」

 「そんな事出来るの?」

 「村に何かあった時にはユグさんを頼れってじいちゃんがさ」


 英雄と謳われた2人が居るこの森に、有事なんてないものだと今まで忘れていたが。使えるものがあるなら使わせて貰おう。戦わずに済むならそれに越した事はないがそうも言ってられない。

 漠然とした予感だが……あれだけの魔物を使い、その装備にも金を使い、更にここまでの遠征と言う労力を使うなら……それだけ相手に取ってはリリーナの価値が高いと言う事だと思う。

 こちらもリリーナを渡すなんて選択は絶対に取らない以上、これから起こるのは総力戦。

 出来る事は最大限やった上で、後の事はその時の俺に考えて貰おう。


 「その身体だと往復でかなり時間が掛かるんじゃない~?」


 エルさんの言葉ももっともなんだよな。

 《神霊》ユグドラシルが住んでる、通称「寝所」はこの森の奥まった処に存在する。この村からで、この身体だと夜位に戻って来れれば良い方では━━


 「と、言う訳で来てやった。感謝せいよ?」

 「「ひょえ!!」」


 位置的にティアとリリーナの後ろから声を掛けられ、大層驚いている2人。いや、俺もかなり驚いたが。

 すげー既視感。

 いつも俺がやられてる気持ちが少しは分かったか?ティア。


 「突然現れるの止めてくれないか?ユグさん」


 昨日もいつの間にか現れていつの間にか居なくなっていた幼女がそこに居た。


 「……ゆぐさん……ひまなの?」

 「をい!妾の厚意を暇で片付けるな!?」


 シロの言い方はちょっと酷いが実際タイミングが良すぎないか?もしかして、暇なの?

 と、そこまでの軽口が何だったのか。唐突に空気を変えた《神霊》が告げる。



 「妾の聖域に踏み込んで来る愚か者が居るのに、歓待する準備をしない訳がなかろう?」



 ……ユグさんがニヤッと凶悪な笑みを浮かべ、窓の外……王都へと繋がる道の先を見据える。

 戦闘職ではないのにこの重圧って。《神霊》はやはり格が違うと言うべきか。


 「と、言うことでこの妾が!クロ坊に手を貸してやるぞ!!」


 コロコロと表情が変わる事で……此方としても最初からそのつもりだったんだけどね。


 「敵がどんな奴であろうとお主に負ける事は許されんからな?」

 「あら〜?私〜、そんな柔な鍛え方はしてないわよね~?」


 《神霊》と【最恐】。

 二つの視線が俺に突き刺さる……き、期待が重い!


 「やれる事はやらせて貰います」


 そうとしか言えない。

 誰に鍛えられても、どんな知り合いがいても、所詮俺は魔法の使えない欠陥がある人間でしかない。油断とか出来る人間ではない。

 備えが万全だったら憂いも減る。

 無くなる訳ではないし、そもそも俺には不安要素が多すぎるからどんな事態が起きても良いように備える事が重要で、後は身体ごとぶつかって行くしかない。


 「クロ坊は妾と来い。道々何が出来るか教えてやる」

 「分かった、宜しくユグさん」

 「じゃあ~、他の皆は〜村の人達に事情を説明した後で~、私と連携の特訓をしましょうか~」

 「え?!明日敵が来るのに!?」


 ティアは驚いてるが、明日の戦いへの不安を嘆いての物じゃない。エルさんのしごきとも言える訓練を連想し若干、いや、かなり引いているのだ。その証拠に……。


 「…………」


 シロが目で俺に「そっちに行きたい」と訴えてきている。

 シロよ━━俺にそれを求めるのは何も意味がない。

 俺もエルさんの言葉には何も逆らえないんだから。


 「こんな時だからこそ必要だと思うのよ~。リリーナちゃんも自分がどんなサポートが出来るのか知っておきたいと思うし~、貴女達も各々どう動けば有利に立ち回れるか分かるでしょ~?」

 「うぅ……分かったわ」

 「は、はい!頑張ります!」

 「がんばり……ます」


 リリーナはやる気に満ちているが他の2人のテンションが付いて行ってない。しかし、そういう事なら俺もやらない……正確には見ない訳にはいかないだろうな。


 「一通り確認が出来たら、俺も合流します」

 「勿論よ~。むしろこれからの為にも〜、身体が動かない時こそ~クロちゃんは何が出来るのかを知って行かないとね~?」


 最初から俺も頭数に入っていた。

 ……ホント、頼りになります。


 「さ、時間は有限じゃ。早速行くぞよ」


 幼女姿の《神霊》が俺を導くように、その姿を外界へと翻す。



 村の入口を抜け、森と外の境界線近辺まで来た当たりでユグさんが語りだす。


 「妾が契約をする際に課す事は、一つの問いじゃ」


 何でもない事を言う様に口にしてるけど……これってかなりの重要な秘密なんじゃないの?

 これを知る事が出来れば、他の人間もユグドラシルと契約が出来てしまうんじゃ?

 って、まぁ……ユグさんと会う事が出来て、気に入られなければその契約までは漕ぎ着けられないか。


 「『汝は妾に何を望むか?』。クロ坊、お主ならどう応える?」

 「何を……望むか?」


 唐突だな!

 えー、……俺は魔法が使えないから契約なんてそもそも出来ないし、この世界の全てを教えてくれ!なんて言った所で膨大な時間を勉強に費やされそうだ。

 『知識を伝達する』なんて魔法もあるらしいが、体質的に俺には一切効果はない。

 ユグさんに知識を求めればひたすら勉強させられる姿しか思い浮かばない。……却下。

 望む事か。うーん……


 「特になにも。今まで通り森に居てくれればそれでいいかな」

 「……く、くふふ。子は親に似るらしいが、それは血の繋がりが無くても一緒か。だが良いのか?妾の力があれば世の中を変えられるやも知れんぞ?お主を貶し、馬鹿にした者達に復讐すら……」

 「そんな事は望んでない。ユグさんの力があったとしても、それで他人をどうこうしようとは思わないし、今の世の中がどうなっても、森が変わらなければそれで良い」

 「くふふ!無欲な事よ」


 なんで昔を懐かしむ目で俺が見られるんだ?妙に気恥ずかしい。


 「じいちゃんはなんて答えたんだ?」

 「お主と変わらん。『何も望まん!』と何故か自信に満ち溢れてそう言い切りおった」


 なぜか妙に気恥ずかしい。

 意味合いは、俺とじいちゃんではかなりの違いがある筈なんだけど。

 気になるのは……


 「何でユグさんはじいちゃんと契約を?それが答えって訳ではなかったんだろ?」

 「答えなど有りはしない。妾が気に入る応えが出来るか。それをハイジがやったから契約をした。それだけの事よ」

 「なるほど。で、それと今の状況と何か関係があるのか?」

 「ハイジは最初の契約では妾に何も望まなかった。が、あやつが死ぬ前、妾に願った事があっての」


 何だろう、村……いや、この森を頼むとかかな。


 「お前に道を示してやって欲しい。それがハイジから妾にされた願いじゃ」



 ………………。

 何で死んだ後も俺の事を心配してんだよ。



 「シロはどちらかと言えばクロ坊に懐いておるからと笑って言っておったよ。が、お主にはハイジが居なくなるのはちとキツイかもしれんともの。だからエルシエルや妾に、お主のこれからを託したかったんじゃろ。人と違ってエルシエルは長く、妾に至っては永遠に生きられるからの」


 じいちゃんは分かっていた筈だ。

 俺が、この森から出れない事を。

 正確には、俺が他の人間と関わるのが難しい事を。

 それは拾われてから今に至るまで長い期間続いてる。それを分かった上で……道を示す事を他に委ねた。

 フッと━━いつか、じいちゃんが俺に言った言葉が脳裏に蘇る。



 『お前も、この森の外に出る時が来るかも知れない。その時の為に、今は強くなれ』



 「お前はハイジに取って自分がかせになっていたかも知れないと感じとるかもしれんが、それは違う。あやつに取って、お前は生きる希望以外のなにものでもなかったんじゃよ」



 止めてくれ。

 そんな言葉を掛けられても、俺は何も言えない。言えるはずがない。

 俺はじいちゃんに迷惑しか掛けていないし、気に掛けて貰える資格なんてないのに……。

 そんな俺の心境を見透かして、ユグさんは更に続けて来る。



 「もしお主が自分の価値を、クロがハイジに与えた影響の大きさを自覚出来ぬと言うなら。それが分かるまで生きてみせよ。シロに、ティアに、リリーナ。お主が関わった全ての者に出来る最大限の事をして、いつかハイジの気持ちを欠片でも理解してみせい。その手助けはしてやろう……差し当って」


 未だ何も言えない俺を尻目に、おもむろに地面に手を着くユグさんの身体が淡く発行した。


 「……何を」

 「後ろを見てみぃ」


 振り返った処でそこには村が……ない。ない?

 いや、道があるにはあるが、目の前にあるそれはどう見ても獣道。俺達の家から村までの道より遥かに森の奥深くへと誘う……正に樹海。


 「村には手出しはさせんし、人死にが出ない程度で露払いもしてやろう。お主はさ、……サブ、……ブタの相手をするが良い」


 興味が湧かない人間にはとことん厳しい、まさかのブタ呼ばわり。

 俺、その人の事を見た事ないけどイメージが着いちゃったよ。


 「それと……これを渡しておく」

 「……?これは?」


 ユグさんから手渡されたのは、一つの赤い……なんだこれ?石?種?……いや持ってみた感じ……ヤワラカイよ?

 色は『朱兎馬』の様な鮮やかな色ではなく、もっと赤黒い……まるで血の塊の様な……。ホントに何これ!?


 「ハイジからお前にと預かっておった物じゃ」

 「じいちゃんから?」

 「お前がいつか、何かを命懸けで守ろうと思う様になったら渡せとな」

 「いや、俺は」

 「ま、常にクロ坊は命懸けじゃからな。魔法が使えないお主が何かを守ろうとしたら身体を張るしかない。ハイジが居た時は頼れたが今はもう居ない。回復魔法が効かぬ体質で道具が尽きた時が己の最後、常にこんな事を考えてるんじゃろ」


 俺の考えてる事はそんなにバレバレなのだろうか。

 いや、それこそ少し考えれば分かる事か。使える手段が自分の力と道具だけだと、結局そこに行き付いてしまう……魔法が齎す恩恵に与れないのはそれ程デカいと俺は思っている。


 「お主が思ってるよりも、お主の命は軽くない。例え死が迫ろうが最期の最後まで足掻け。死ぬ事は許さん、分かったな」

 「……ありがとう、ユグさん」

 「礼は早い。明日を無事に乗り切ってから言え」


 確かに。執着とも言える奴の襲撃を終わらせてから、また改めて誠意は伝えよう。


 「で、これって結局何なんだ?」

 「知らん」


 ……まさかのお答えだ。


 「妾はただ渡せと言われただけじゃ。それが何なのかまでは知る訳もないわ」


 ……お守り的な何か、なんだろうか?


 「瀕死にでもなれば効果も分かるじゃろ。その時まで楽しみに待っておれ」


 そんな状態にはなるべくなりたくないんですけど!?

 じいちゃんからって事は魔道具の一種なんだろうけど実態が分からない物は怖いな。

 ……明日以降生きてたら調べてみるか。

 ……生きてたら。


 「取り敢えず罠でも作動させるかの。クロ坊が何が何処に仕掛けられてるかを把握しておけ。魔法に頼る今の風潮だからこそ、罠なんてあまり警戒されない━━」

 「……なぁ」

 「なんじゃ?」

 「『望み』と『願い』って何が違うんだ?」

 「そうさなぁ。『望み』は自らを含む全てで何かを叶える、『願い』は人に任せる・託すってところかのぅ。ま、妾の感覚じゃからあまり違いはないかもしれん」

 「……そっか」

 「ほれ、さっさと行くぞ」

 「了解」


 上着のポケットにその石を捩じ込み、先を行くユグさんの背中を追った。

 じいちゃんの『望み』ではなく、『願い』か。

 一頻り、何がどう仕掛けられているか、ユグさんからレクチャーを受け、村に戻ってみれば、既に太陽が頂点に輝く時間になっており、エルさんの目の前でへたり込む3人が居る。

 次に訓練が始まれば、俺もアレに加わってそうだなぁ。

 今日身体あまり動かないんだけどそんな事は関係ないんだろうなぁ。

 昼食を挟んだ午後、案の定4人目としてへばる事になる俺。

 身体が動かない事は考慮され、が、その分頭を使わされ、身体の痛みとは違う頭痛を感じた。


 前夜。


 「まだ、……実感湧かなくて」

 「そんな実感は要らないだろ」


 日が落ち、夜が訪れたその始まり。

 シロとティアはエルさんの連携訓練で相当疲れたのか、早目の夕食を取ったら崩れ落ちる様に眠った。謀らずも明日に備えての就寝になったんだが……きっと計算付くなんだろう、さすがエルさん。

 リリーナと俺は、ガドガさんにメンテナンスして貰った剣を取りに、フリソス家裏にある彼の工房を訪れた。

 新しい機能が付いたとか、直ぐに分かるほど見た目が変わったと言う事は無い。

 だが、受け取った俺の『月詠』は……こんな表現が合っているか分からないが……嬉しそうだった。

 『咲耶』を手にしたリリーナも感じたのか、刀身を抜き、空気に曝した剣を前に、彼女の顔は仄かに嬉しそうだった。

 いや、決して俺達は刀剣にうっとりし、剣を見詰めて喜ぶ危ない人ではないんだけどね?

 なんて言えば良いのか……親しい友達とまた再開したような……そんな友達はいないから分からないけど。

 ……兎に角、メンテナンスが終わった二振りの剣は凄く綺麗になっていたって事で。

 明日の為にも戻って休まなくてはいけない。

 が、リリーナから唐突に「私、命を狙われてるんですよね?」と問い掛けられ、立ち止まってこうして少し話をしてる。


 「理由も、目的も分からない。が、命を貰うって言われた所でそれを受け入れられる人間はいない。その理由や目的も、大体が利己的な物と相場は決まっている」


 現実に命を奪いに来る魔物よりも、怪談や奇譚に出て来る実態を持たないものよりも、生きてる人間が一番怖い。

 俺は身を持ってそれを知っているし、それはじいちゃんも言っていた。

 理不尽な生きてる人間に対抗するのは……純粋な力とも。


 「納得が行かない搾取には、全力の抵抗を。俺達はそう教わった」

 「……ふふ、何だか納得してしまいます」


 実際、じいちゃんやエルさん、その伝説のパーティーが戦い始めたのだって、きっかけはそれぞれ違うとしても、《魔王》と名乗る者からの強制的な搾取を良しとしないからこそと、今を生きる人々には伝え広まっているが……実態はかなり違い、「俺の世界を掠め取ろうなんて許せるか!」って超利己的な理由で理不尽でわがままな理由と本人談。

 それこそ《魔王》と呼ばれた存在の様に、「この世界が欲しいから侵略する」と公言してくれた方が、此方も戦うなり逃げるなり準備は出来る。が、何も言わず搾取されるのは……今回の様なケースは絶対に承認出来る筈はない。

 だったら━━歯向かうしかない。

 理不尽な搾取には、理不尽な暴力で。

 納得いかない理由は、全力の抵抗で。

 相手の喉笛を喰いちぎる勢いで……噛み付く。


 「心配しなくていい。必ず守る」

 「あ、……ありがとうございます」


 ……何だか俯かれた。

 顔も赤いけど大丈夫?

 ここに来て師匠の訓練の疲れが出たのだろうか?


 「そろそろ戻って休もう。疲れが残ってたら明日に差し障るから」

 「はい!……あの、もう一つだけ聞いても良いですか?」

 「ん?」

 「えっと、お爺様……イオガミハイジ様って……どんな方だったんですか?」


 そんな事をとても聞き難そうに聞いて来る。

 気を遣ってくれてるが、我慢が出来なかったって所なんだろうな。

 優しくて……ミーハーな子だと微笑んでしまう。


 「強かったよ。肉体的にも精神的にも。【最強】って名には恥じてはいなかったと思う。世間が抱いてる《英雄》のイメージはそのままだったかな」

 「そうなんですか」

 「けど……蓋を開けてみれば、人間よりも人間らしい人だったかな」

 「人間らしい?」

 「自分の欲望には忠実だし、研究し出すと寝食忘れて没頭するし、知識は多いけど役に立たないものばかりだし、料理が壊滅的に下手だし……聖人君子とは真逆な感じ」

 「そ、そうなんです……か?」

 「総じて言うと……我儘で、傍若無人で、最強で最高なじいちゃんだったよ」

 「……」


 自分が憧れていた人物が想像とは違っていたりしたらそりゃショックだよなぁ。

 でも、間違った事は言ってない筈だ。

 実際、シロには変態呼ばわりだし……かなり柔らかく表現はしたが大きく外れてはいない。


 「……ふ、……ふふ……あははは!」

 「……大丈夫?」


 ショック強すぎた?

 でも、リリーナってこんな大笑いをするんだな。はにかんだり、控えめに笑うイメージがあっただけに何か新鮮……。


 「あはは、……ふぅ、ふふ。ごめんなさい、何だかお母さんの言葉通りだと思ったら、可笑しくて、思わず……ふふ」

 「お母さんの?」

 「はい!世間の印象は凄い近寄り難い大魔法使い!って感じなんですけど、実際はもっと違うイメージな気がするってお母さんが」

 「それは慧眼だね」

 「強くて、優しくて、人を見る目も備わった自慢の母です!」


 そう言って、ふぅっと息を吐くリリーナ。


 「私、本当はお母さんの子供じゃないんです」

 「え?」

 「だいぶ前に、お母さん自身から聞かされました。本当の母は、親友だったお母さんに私を託して亡くなったって」

 「……そうか」

 「あ!でもそれでお母さんの事を嫌いになったとかは全然なくて!むしろ……本当の子供じゃないのにちゃんと育ててくれて感謝しかなくて。私、ちゃんとお母さんが話してくれたのが凄く嬉しかったんです」

 「リリーナも、リリーナのお母さんも、お互いに大切に思い合っているんだな」

 「はい!」

 「なら、尚更必ず守って……またお母さんの居る家に帰す。……必ず」

 「……はい。私も出来る事は何でもします」



 『家族は大切にするもんだ』



 じいちゃん、どこまで出来るか分からないけど……全力を尽くす。

 だから見守っていてくれ。


 「……良かったらお母さんの話しを聞かせてよ。今日は遅いから……また今度」

 「……はい!」


 その時は……包み隠さず、じいちゃんの話も全部を聞かせてやろう。

 シロもティアも、ユグさんにエルさんガドガさんも含めて。

 必ずこの子を守り切って、この話の続きを。


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