第8話


 「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 「ちっ!」


 時間がないって時に!

 だが、試すだけ試してみるか!

 《竜》の尾を躱しながら思考する。

 自己強化はダメな気がする。出来たとしても、外から内に入ろうとする魔法の効果を俺の身体は弾いてしまう。

 直接に作用するもの、『弱くなれ』とか『倒れろ』とかは無理だな。

 なら、直接作用しなければ?

 俺にも《竜》にも作用しない……奇跡。


 周りや、自分の道具になら?


 あの尾剣の軌道を教えてくれる風の精霊は、空気の通り道を事前に知らせてくれている。

 たったそれだけの事でも精霊に取っては小さな奇跡に入るとすれば……。

 時間はない……思い描いた事、全部試せ!?


 「【視界を遮る霧を】」


 大気に青い光が満ちて、それが濃霧へと変貌する。

 水の精霊が俺の声に応え、《竜》から俺の姿を隠してくれる。

 出来た!?


 「GSHAAAAAAAA!?」


 あっちからは俺が見えてない……が、俺からは《竜》が見える!

 実験其の一、成功。

 次は……。


 「【剣に熱を】」


 【月詠】を翳し、火の精霊に向けて言葉を向ける。

 赤い光が空気を伝って剣に集結し、炎は出さず、しかし熱気を感じられる程の熱さが剣から伝わり、剣身が仄かに赤く変色する。

 よし!『月詠』への付与も、『石』や『護符』無しでも出来る。


 (ま、『石』とは比べ物にならんがな)


 じいちゃんが何やら楽しそうにそんな事を言って来るが、どういう事?


 (ボヤボヤしてんな。方針を整えたら次は行動だ)


 分かってる!準備を終え、俺の姿を探しながら尾を振るう竜に視線を向け一気に、駆け出……


 「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 す前に竜が痺れを切らした!?


 「きゃっ!」

 「ちょっと!今どうなってるのよ!?」

 「……みえない」


 乱れた斬撃が辺りを襲う。

 この攻撃が霧を払う事は無かったが……俺の後ろに居るシロ達に届けばヤバい!?


 (避けてばかりじゃ勝てないどころか、周りに被害が出るからな?)


 分かってる!!


 「【双月】!」


 繰り出される斬撃を何発か弾いて俺の位置を《竜》に知らせる。

 弾かれた感触で俺に狙いを付けた尾が殺到し、また弾きながら移動。

 射線からシロ達を外していく。

 後ろに誰も居ない事を確認してから、躱し、時折弾き、……攻撃の機会を計る事、数合。

 バキン!

 嫌な音が耳に届く。……え、まさか【双月】が!?



 「GYAAAAAAAAAAAAAAAA?!」


 (違う、言ったろ?石と一緒にするなって)


 辺りには黒い破片が散ばり、その断面は僅かに赤熱しているのが見える。

 手に持つ刀身を確認すれば、【双月】には罅一つ入って居らず、青い光を仄かに纏う。

 砕けたのは……《竜》の尾だ。

 さっき聞こえた咆哮も、尾を砕かれて漏らしたもの……って青い?


 (炎は青いものの方が温度が高い。どうやら精霊がかなり頑張ってくれてるみたいだな)


 青く燃える【双月】は、弾く度に尾剣を傷付け、最終的にはそこから圧し折ったって事か?

 ……なら、これを【月詠】【月輪】で使えればアイツを斬れる!?


 (が、あの尾は切れても生える上に、自切が可能だ)


 頭の中のじいちゃんの声と同時、竜が自らの砕けた尾をむしり取り、俺が居るだろう方角に投げつけて来た!

 自分でも切れるのかよ、その尾!?って言うか、じいちゃんも知ってるならさっき言っとけよ!

 あの竜の事知ってんなら今の内に全部情報教えろ?!


 (俺の知識は共有出来てるんだろ?なら勝手に引き出せ)


 何て言い草!まだ俺の中にじいちゃんが居る事にすら慣れてないのに!

 さっきの《精霊眼》の情報はじいちゃんが呟いた言葉に興味を持って、その言葉を思い描たら情報が出た。

 なら、あの《竜》の姿や特徴、アイツの事に強く関心を示せば、じいちゃんの持ってる情報が出て来る。

 ……筈?



 《【悪竜】ニーズヘッグ》


 竜種の中でも『唯一種』と呼ばれる《竜》の一匹で、怪物の中の神霊とも言われてる存在。

 悪に成り、悪を断ち、己の欲のみに忠実で、誰かに従い、束縛される事を強く嫌う。

 《神霊》と同様契約が可能だが、その方法は戦って勝つのみ。

 棲息場所を持たず、勝手気ままに動き回り、強そうな奴を見つけては闘いを仕掛けて来る。

 主な武器は尾の剣だが、最大の攻撃は牙。

 『ユグドラシル』の根を齧り、砥ぎ上げた牙は全てを砕くと言われ、相手が絶命するまで離さない。

 かの《英雄》五百神灰慈が唯一使役に成功した。



 ………………すっげー一杯ツッコミ所があるんだけど!?


 

 (何でか気に入られて契約した事もあるんだけどよ、それも大分前に破棄されて、何処で何をしてるかと思ったらこんなとこに居たんだよなぁ)


 って事は次の契約者があの蛙野郎って事かよ!?


 (……いや、ニーズヘッグとあのブタ蛙は契約はしてない)


 へ?だって、現にこうして俺達の前に立ちはだかってるんだぞ?


 (《竜》との契約は、《神霊》との契約と違って魔法が使えるようになったり、知識が増えたりするんじゃなくて、武器に力が備わる。が、あのブタ蛙には武器らしい武器がない。……見たところ特殊な力が備わっている物を身に着けてるって訳でもないな)


 じゃあ何であの《竜》は俺達を襲って来るんだ?!

 使役されてる訳でも、契約されてる訳でもないなら…………操られてる?


 (その可能性は高いが……そんな事をしようとすればたちまち食い殺されるのがオチって所だ。が、寝込みなら話は別)


 寝込……み?


 (ニーズヘッグの奴、寝てる所を『核』に戻されてアイツの魔法、いや、魔術を仕掛けられてるんだろうな)


 今、寝てんの!?

 ってさっきから意識があったりなかったりした素振りを見せてたのは、蛙野郎の魔法に抗ってるんじゃなくて……


 (寝ぼけてんだろうな)


 あれだけ俺やシロの攻撃だったりティアの魔法を受けてたのに!?


 (元々、竜種の耐久力は半端ないが、ニーズヘッグは最高峰だからなぁ。けど、寝てるだけってんなら叩き起せば良いだけの話だ)


 尻尾切られても寝てる奴をどう起こせと!?

 未だ俺に尾剣の嵐を巻き起こすニーズヘッグに目をやれば……確かに目の色が赤や青に点滅する様に切り替わってるが、あれは意識が覚醒していない状態なんだろうか。

 あのオーガやクロコダイル・ソルジャーが施された死霊術と同じものをこの竜にも施したのか?だとしたら、ニーズヘッグは一度死んだって事になる……じいちゃんと共に闘っていた言わば仲間って何ともやり辛い。


 (……《竜》には「死」と言う概念がない。あのブタ蛙は知らないみたいだが、唯一種は《神霊》と同等。ただの魔物ではなく、それこそ神と呼ばれるものに近い。お前が見た『核』は眠る為のベッドって所だな)


 竜が自分で起きる可能性は?


 (ある。百年位すれば──)


 待ってらんねーよ!?

 とにかく、死んでないならそれで良い!

 俺にも時間がない、だから今、やれるだけの事はやってやる!

 乱れ飛んでくる斬撃の一つを選んで、それを地面に向かって弾き、【月詠】を逆手に持って、出せる脚力の限界で《竜》の背後へ。


 (自切が出来るのは尾の付け根から1mだ)


 了解ぃ!!

 斬るのではなく、断つのではなく、刺す。



 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 気合と共に、自切が不可能な付け根周辺に【月詠】を突き立てる!


 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 「【この剣の重さを上れるだけ上げてくれ】!?」


 俺の声に反応して、地の精霊が、突き刺さった剣を中心に重力を増幅する。

 素早く『月詠』の柄を離し、距離を取って思考する。

 動きを止めていられるのは……恐らく一瞬。

 その一瞬で、コイツを……ぶん殴る!?

 下がった場所から跳び上がり、目下に《竜》を捕捉。

 魔法が使えなくても、じいちゃんの知識と精霊の力があれば、魔法と同じ様な効果は生み出せる?!



 「【火と水で交わり、俺の背中に衝撃を起こせ】!!」



 力の方向は風精霊に、今発生してる地精霊の重力場に向けて。

 火精霊と水精霊の力が混じって膨張し、それはやがて大きな衝撃となって俺の背中を後押しする!!


 「ぐっ!」


 爆発の威力が強い!背中が焼け焦げる!

 だが━━痛手の甲斐あって吹き飛ばされた身体は凄まじい速度で眼下に……黒い《竜》が仁王立つ真下に投げ出された!?



 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」



 精霊が起こした爆発の轟音で《竜》が俺に気付いた……けど、その直撃を受けた俺は顔を向けた《竜》の直ぐ近くに。

 大きく開かれた両顎は紙一重で通過。

 両手を合わせ固く握り締め、大きく振りかぶって、《竜》の頭へと振り下ろす。



 「いいかげん━━起きろおおぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!!」



 《竜》の両目の間。人で言う所の眉間に、精霊達の力と持てる力全てを込めた一撃を放った。

 重力に引かれた影響も手伝ってズンっと凄まじい音と衝撃が、辺りに響く。

 使った手から血が噴き出し、骨が砕けた生々しい感触が脳に伝わる。

 ……俺の両手が、……壊れた。

 《竜》の皮膚は只でさえ硬いってのに、それを勢いまで付けてブン殴ったから当たり前か。

 あぁ、クソ。これで駄目なら……

 着地も満足に出来ずに、無様に、地面へそのままの勢いで転がり落ちる。

 倒れ込み、仰向けで見たのは逆さまの世界で微動だにしない、《竜》の背中。起き上がって体勢を立て直さないと!

 まだコイツの眼が覚めなかったら━━


 (いや)


 ……?じいちゃん?


 (《竜》の中でも、眉間はかなり脆い部分だ。そこにあれだけの衝撃を受ければ──)


 言葉を聞き終える前に俺が見たのは、背中がグラリと揺れ、大地に沈んで行く……



 (お前の勝ちだ、クロ)



 ドスンッ!……と、地響きと共に横たわった《竜》の姿だった。

 ……どうだ……?



  (く……)



 ………じいちゃん?

 《竜》との勝負の趨勢を、身体は動かずとも緊張は解けない俺の頭に響く……じいちゃんの出した吃音。

 そうだよな……契約までしていた嘗ての仲間。

 その仲間が地面に倒れている様は、見ていてい気持ちの良いものでは━━



 (……く、……はは、ははははははは!眼を覚ますどころか、もう一回寝かせちまうとはな!しかも、教えてないし、記憶を見た訳でもないのに……俺と同じ倒し方を!?はっははは!寝惚けてるからこんな事になるんだ、ニッグだっせー!!)



 …………じいちゃん。

 同じ窯の飯を分け合った仲間の倒れた姿を楽しそうに笑う《英雄》五百神灰慈の声が頭の中を駆け回る。

 仰向けから、うつ伏せに何とか体勢を変え、元に戻った世界を茫然と見てしまう。

 辺り一帯に立ち込めていた深い霧は、さっき俺が精霊に指示した爆発で綺麗さっぱり晴れている。

 ……勝った。

 無言で倒れた《竜》を見詰める無音の世界に、ダダダっと誰かが駆け寄おぐぇ!


 「くろ……いきてる?」

 「今……背中はホンキで……ヤバいから……降りろ……」

 「……やだ」


 やだじゃねーーー!

 精霊爆発で受けた火傷が、肩から背中に掛けて広がってる。触れられただけでも痛いのに、その全てにシロが覆いかぶさって来たら本気で泣けてくるから降りて!今すぐ?!速やかに!?


 「クロ!ちゃんと生きてる!?意識ある!?」


 シロに抱き着かれたまま見上げたら、珍しく涙目のティアが俺を心配そうに見詰めながらしゃがみ込み。


 「あぁ……何とか。けど意識無くしそうだからシロを━━」

 「こっの馬鹿!?」


 バチンッ!!!!!!!!!!

 その衝撃は頬……ではなく、肩に浴びせられて来た。

 気を遣って肩にしたのか、叩き易かったのが肩だったのか。

 普段感じる痛みとは別に、精霊爆発で受けた火傷の箇所にティアの平手打ちが痛ってーーーーーーーーーーぇ!!!!!!!!!!!!


 「アンタ、何一人で闘うとかカッコつけてんのよ!?それで死んだらどうするつもり!?ちょっとは心配するコッチの身にもなりなさいよ!って別にアンタの心配じゃなくてアンタが死んだらアタシがママの扱きを受けるって意味で!?」


 バチン、べチン、バチン!

 文句言いながら肩叩くのやめろぉぉぉぉ!!

 本気で涙出て来たから!?

 お前の言葉に感動してる俺みたいな絵面になってるけど、本気で痛いから泣いてるだけだから!


 「…………クロ……さん」


 跪き、顔をうな垂れさせて言葉を掛けて来たのはリリーナ。

 瞳は髪に隠れて見えないが、頬からは今も雫が垂れて、地面に吸い込まれている。


 「私の、為に……こんな無茶しないで下さい。クロさんに何かあったら……私……」


 そう言って、そっと俺の手に自らの手を重ねがぁぁぁぁぁぁあああ!!!

 ……ニーズヘッグの眉間に一撃入れ、粉々になってる俺の拳をリリーナの手がそっと包み込む。

 そう、ただ感謝の気持ちを手に込めて、リリーナは俺に伝えてくれてるんだろうけど今手が一番ダメなんだーーーーーー!!!!!!!


 「強くはないです。……けど、少しでも力に、今日受けた恩を返せる様に、私、頑張りますから!」


 涙声で決意を吐露する様は綺麗なんだろうけど!ギュッとその決意を載せて俺の手を握らないで!?今は握らないで!?

 皆が、三様様々に俺の無事を喜んでくれるのが素直に嬉しい。

 ……が、シロの圧し掛かりにティアの平手叩き付け、リリーナの万感詰まった握り手を無碍に出来ない俺の意識が飛びそうになりかけてた━━。



 (このままで終わる奴じゃねーよな)



 「わわわ吾輩のニーズヘッグがぁ!?」


 そんな意識を繋いだのは、頭の中で呟いたじいちゃんの声と、人の神経を逆撫でするサヴラブの奇声。

 あー、くそ。《竜》の事で手一杯で、あいつの事をすっかり忘れてた。


 「このクソガキ共がぁ!よくも……吾輩の金と力を注いだニーズヘッグをぉ。よくもよくもよくもぉ!!リリーナも、後はこっちで調べるだけだ!お前は半殺し、後の奴らは……皆殺しだぁぁぁ!!!」


 そう叫んだサヴラブが懐から取り出したのは、大きさは《竜》のそれに劣るものの、それでも形容的には大きいと呼べる魔物の『核』。数は……二。


 「コレまで使ったら吾輩さすがに大赤字!?だが、なぁに……金なんて幾らでも稼げるからなぁ。お前等に吾輩の力を見せつけてやるから感謝しながら死んで行け!!」


 厭らしくニタリと笑うあの蛙面を全力でぶん殴りたい!?

 けど……身体に上手く力が入らず、立ち上がる事すら出来ない状態。

 くぅ……無理し過ぎた……?!

 自分の無力さを嘆いていた俺の前に、ティア、シロ、リリーナが立ち上がる。


 「アンタは此処で寝てなさい。誰かが一人で暴れた所為で、こっちは鬱憤溜まってんだから!」


 ティアが拳を打ち鳴らす。


 「あの……かえる……ぼこす」


 シロが牙を剥き出す。


 「私……クロさん達ともっと一緒に居たいです」


 リリーナが剣を引き抜く。


 あぁ、俺もこんな風に、この三人の目に頼もしく映れたらなぁ。

 俺だけ寝てる訳には……行かない。

 頭ではそう思ってても『種』の効果が切れて身体がどんどん動かなくなって来てる。……くそっ。


 「さぁ!吾輩の可愛いコレクション達よ!奴らを……殺せぇ!!」

 「シロが前、リリーナが後ろ、アタシが中衛よ。奴の手から『核』が放れた瞬間に魔法で撃つわ」


 サヴラブの叫びとティアの指示が重なり合った僅かな瞬間。



 (……来る)



 じいちゃんの唐突な呟き。

 来るって何を━━

 言葉を最後まで思い描けなかった。

 何故なら……凄まじい突風が俺達の背中を叩いたから。



 「「「「なっ!?」」」」



 サヴラブも、三人も、そして俺も。

 誰もが驚き、風の発生源に目を走らせる。まさか、新手!?


 (面倒な奴が起きた……もうちょっと寝てれば良いものを)


 起きた……起きたって一体何が……俺達の後ろに居るのは……



 「どけ、ガキ共」



 辺りに響いた、少し低めの……女の……声?

 突風の中心から姿を現したのは。

 長い、夜を連想させるような黒髪をなびかせ、力強く、けど優雅さを感じさせる歩き方でこちらに向かって来る……長身の、女?……誰?!


 (誰、じゃねーよ。お前達がさっきまで戦ってただろうが)


 ……いや、ちょっと待って。俺達が戦ってたのは《竜》であって人ではないんだけど。


 (ユグドラシルの姿を見て、誰がこいつは樹だって思うんだ)


 …………え、ホントに?この人が……………………ニーズヘッグ?

 不気味な程、静かな足音で歩み寄って来たその女性。

 肌は浅黒く、鎧の様な硬質さを纏った不思議なドレスを身に着けるその背丈は、間近で見ると俺よりも頭二つくらい高い事が分かる。

 真っ直ぐ俺を見据える瞳は……まるで宝石のサファイアみたいな蒼。

 額には……俺の攻撃が付けたであろう箇所がほんのり赤く……渾身の一撃が……あの程度?


 「…………」


 ニーズヘッグと思われる女が、俺の前に立ち見下ろし睨んで来た。

 えっと、さっきどけと言ったのは……俺達に、ですよね?

 その圧倒的な存在感は、俺に言葉を忘れさせている。

 こ、声が出な━━


 「そんなに睨むな……怖ぇーよ」


 じいちゃんーーー!?いつの間にぃぃぃ?!

 じいちゃんが(俺が!)ニーズヘッグと呼ばれた女性に声を掛けた瞬間……蒼い瞳の力が柔らかいものに変わった気がした。


 「……ふふ、やはりお前か。随分姿形が変わったな」

 「変わったって言うか、もういない。お前なら気付いてんだろ?」

 「まぁ、な。お前が逝ったと知り、不貞寝してたら妙な夢を見てな。そう、まるでお前と命を賭けて闘ったあの時の様な……実に甘美な夢だった」

 「こっちは孫が殺されてたかもしれないってのに、呑気なもんだな」

 「孫?あぁ、その身体の持ち主か。私と闘っていたのはお前ではなく、その小僧……ふむ」


 軽快にじいちゃんと話していたニーズヘッグ(?)が、俺を見る……いや、診る。

 まるで俺の全てを見透かし、俺の全てを分析してる様な。端的に言えば落ち着かない!


 「……流石、お前の孫か。ふふ、なるほど、特異な身体の様だな」

 「だろ?」


 え、何か分かったの!?


 「おっと、お前と話してるとつい目的を忘れてしまうな。私が用があるのは……あいつだ」


 不意に視線を、俺から背後にいる……サヴラブへと向ける。


 「な、なんだ貴様は!?」

 「なんだ、とは随分冷たいじゃないか。眠っている私にこんな物を巻き付けて」


 喋るニーズヘッグが唾と共に何かを吐き出した。

 ……赤いソレはもぞもぞと蠢いてる。

 ……ってホントに何ソレ!


 「ふむ、これが魔物の『核』に憑りついて身体を蘇生し、その魔物が死に瀕した際には身体を強化させる貴様の『術』……いや『呪具』か。中々良く出来てるじゃないか、褒めてやろう」


 酷薄に微笑みながら、『呪具』と呼ばれたものを踏み潰す。


 「な、何で……何で貴様が吾輩の『魂縛蟲こんばくちゅう』を吐き出すんだ!人間に試すのはまだこれからだったのに……そもそも……貴様に吾輩がそれを施した記憶は!?」

 「まだ分からないのか」


 心底呆れた様な溜息を吐きながら、俺の後ろで固まっていたシロ達をゆっくり追い越し、サブラヴに歩み寄る。

 そう、施したんだよ。お前は……この女性りゅうに。


 「ニーズヘッグだよ。さっきまで眠ってたが、そこの小僧が叩き起してくれてな」

 「な、なに……?!」


 ご本人から正解を頂きました。

 名乗られたら信じる他ない。


 「人が寝てる所、良くもまぁ、あんな気持ち悪い虫を纏わせてくれたな」

 「寝てた……だと?」


 あ、そうか。

 『死霊術』の一種である『魂縛蟲』とか言う奴、多分死んでる魔物に付けるものなんだ。

 先に戦ったオーガも、クロコダイル・ソルジャーも色が従来の物ではなかったのは、一度死んで、あの呪具を憑りつけられたから。

 だったらあの肌色の説明も付く。

 一方でニーズヘッグ。

 ……そりゃ、寝てる奴に憑りつこうとしても出来ないわけだ。


 (半分操られてたのは、死んだ様に眠ってたからって所だな)


 そんな深い眠りの中で、自分を良い様にしてた奴がいたら、……そりゃ、ね。


 「何、そんなに怯えるな。少し礼をしたいだけだ、ほんの少し……な」


 ぶ、ブチ切れますね。


 「く、来るなぁぁぁ!!!!!!」


 怯えたサヴラブが手に持っていた『核』を放り、魔物を召喚する。

 マズい!?

 ニーズヘッグが右手から一振りの武器を手にしたが、いくら何でも助けを━━


 (要らんわ。もう終わってる)


 え、……え?!


 「さぁ行け!吾輩の可愛い…………は?」


 魔物が、『核』から具現化する前に……細切れになって地面へ落ちた。

 何も……見えなかった、んだけど。

 成り行きを見守っていた前の三人娘も茫然としている。



 「哀れなお前達に救済を」



 凛とした声で、弔いの言葉を口にしたのと同時……地面に転がった『核』が灰と変わって風に攫われた。


 「今の、見えた?」「いえ……何も」「……はやすぎ」


 チラっと三人揃って俺の顔を見て来るが━━いやいや俺にも分からないっつーの?!

 俺達の心境を置き去りにして、ニーズヘッグが一歩、サブラヴに近付く。


 「ひ、ひぃ!……くくく来るな!?たたた助けて━━」

 「安心しろ……一思いには殺さない。たっぷりと嬲ってから殺してやる」


 こここ怖いんですけど?!あんなのと契約してたの!?


 「んー、相変わらず怖い」


 おいぃ!仮にも元契約主だろうが!?

 あんな奴でも何も聞き出せずに殺されるのは不味い!?

 だ、誰か!?ニーズヘッグを止めてくれ?!

 俺の、若しくはその場にいた全員(サヴラブ含め)の祈りが届いたのか……戦場に鈴の音の様に涼やかな声が響き渡る。



 「あらあら〜、殺しちゃダメよ〜?」



 この声は!?


 「ん?」

 「お仕置きはするにしても〜殺しちゃったら事情を聞けないわ〜。貴女も被害者なら〜私達も被害者なんだから〜。それに〜、人殺しは子供たちの教育に悪いから〜」

 「ママ!!」


 ししし師匠ぅぅぅーーー!

 やっと、安心出来る援軍が来た。

 サヴラブを挟んで俺達の対面から現れた【最恐】エルシエル=フリソスは全くの無傷。

 未だ俺の目に映る精霊達が、喜んでるのか怯えてるのか俄かにざわつき出した。

 特に風の精霊……十中八九……怯えてるんだろうな、これ。

 俺達の安堵した空気に反して、敵意を剥き出しにしたのはニーズヘッグ━━。


 「ママ?あぁ、何処かで見た事ある顔だと思ったら貴様の娘か。小さなクソガキから立派なおばさんに転職していたとは、心から祝辞を述べよう」


 おいぃぃぃ!エルさんになんて事を言うんだぁぁぁ!?そんな事を言ったら師匠は━━。


 「あらあら〜。そんな貴女は昔も今も相変わらずの姿で羨ましいわ〜?若作りの秘訣を教えて貰えないかしら〜……おばあちゃん〜?」


 ほら喧嘩買ったぁぁぁ!売られた敵意は法外な敵意で買い叩くんだよこの人は!?

 ってか、この二人……こんな仲悪いの!?

 じいちゃんの仲間だったんだよね2人共?!


 「昔からこうなんだよな。こいつ等の喧嘩で国が一つ滅び掛けた事も━━」


 今そんな情報欲しくなかったわ!?

 一触即発、肌を刺す空気は……やがてどちらからともなく、矛先を変えた。


 「積もる話はそこの下郎を殺してからだな」

 「殺しちゃダメって言ってるでしょ〜?聞きたい事もたくさんあるんだから〜」

 「ひ、ひ、ひぃぃぃいいいい!!」


 不意に向けられた殺意の奔流にサブラヴが飲み込まれて行く。どうにか事態は収集出来そう……あれ?


 (気を抜いたら身体より気持ちが先に参ったか)


 そんなじいちゃんの呟きを聞きながら、意識が闇に呑まれて行く。


 「? クロさん?……!クロさん!?」


 そんなに叫ばなくても、声は聞こえてるよリリーナ。が、少し、眠い。

 エルさんが居れば、ニーズヘッグもサヴラブも何とかしてくれるだろうし……ちょっとだけ……寝る。

 シロにも……ティアにも……大した怪我も……無さそうだし。

 この日の……役目……は……終了……。

 俺の記憶は、そこで途切れた。


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