第8話 『覚醒』
「何だ、そんなところに居たのかぁ?」
不協和音の様な下卑た声で応じるサヴラブを今すぐ殴りたい!
何でこんなに頭では考えられるのに身体が動かないんだよチクショウ!?
「一体、貴方はどうしたいんですか!?私だけならともかく、皆さんまで巻き込んで……貴方は、何がしたいんですか!?」
涙混じりで、でも毅然とした態度にある種の神聖さすら感じさせるリリーナ。
「ちゃんと、行きますから。私、貴方と一緒に行きますから……だから、皆さんを━━」
ゆっくりと、俺達に向かって、歩み寄るリリーナ。
その歩みを……サヴラブの言葉が止めた。
「別に一緒に来る必要はないのだよ?ただ、……その心臓を吾輩にくれればね?」
「え?」
は?
……リリーナの心臓?
此奴の目的って━━
其処まで考えたところで、ただでさえ耳障りな声が一層尖り鼓膜を刺激する。
「吾輩はお前に興味はなぁぁぁい!更に言えば、お前の身体なんてどうでもいいのだ!」
「……何を……言ってるんですか」
「なはははは!お前は吾輩が作ったのだから、その命を吾輩に差し出す事など当然なのだよ!」
「な、……何を、言ってるんですか?」
同じ言葉を繰り返し呟くも、悦に入ったサヴラブには届かない。
目の前に目的だったリリーナが来て、興奮したのか……ずっと分からなかったその目的を叫び出す。
「お前は、お前達は。感じた事はないのか?もっとこんな力があれば、あんな事が出来たら、もっと強い魔法が使えたら!どんな種族も欠点はあり、それが只人なら猶更それが顕著にある!魔法の適正は劣り、寿命も劣り、力でも劣る!知能、知識が優れてると言う点だって他の種族からすれば時間が解決してくれる!なんで只人にはそれがない!」
このサヴラブと言う男、コンプレックスの塊だ。
自分の容姿や力にではなく……種族に対して劣等感を持ってる。
「吾輩の研究は時間さえあればもっと多くの事が出来る様になる!今は魔物の肉体を核から戻し、その力を上げる事しか出来ないが、行く行くは精霊だって、それこそ神霊だって操れる様になる筈だ!やがて━━吾輩自身が、全てを操る神となるのだ!」
そのサヴラブが君臨する世界には、他の人間の意思は存在しない。
誰かと意見がぶつかる事も、同調し力を合わせる事もない。
正負の感情が介在しない……傀儡の世界。
コイツは、サヴラブはそんな世界の神になると言っている。
「……その足掛かりとなるのが……お前なのだよ、リリーナ」
「…………え?」
精霊を、ましてや《神霊》を操るなんて禁忌を口にしたサヴラブが更なる禁忌に身を浸す。
今のサヴラブが高位の存在の意思に関われないと分かっている……だから、此奴は……この男は!?
「お前は人間ではない。いや、半分は人間ではないと言った所か?吾輩が長年掛けて研究した精霊が好む身体を胎児の頃から創り出し、精霊を宿らせる事に成功したのだ!」
……よせ……。
「失敗も多かったぞぉ。始めは
………………止めろ。
「そこで吾輩は閃いたのだ!造られた器で駄目ならば!?初めから用意された器を使えば良いと言う事に!先ずは赤子を攫い、男女問わず術式を施してみたがやはり女の方が適正は高かった。暫く育ててみると、経過としては良好!育てた内の一人を解剖して見たところ、なんと心の臓が!魔物の核とは違う、さりとて人の物とは全く異なる物に変化していたのだ!」
……………………やめろ。
「実験は最終段階!産まれたばかりの赤子があの様な結果を出したのなら……産まれる前━━胎児の子に施したのならどうなるのか、吾輩はもう興奮を抑えきれなかった!」
…………………………やめろ!
「産まれたお前は、他の子供……いや、人間と比べて非常に高い魔法適正を見せた!赤子であんな適正数値を叩き出したのはお前が初めてだろう!これで吾輩の研究は一歩前に進める!後は……成長したお前の心臓を調べ、どの様な輝きを見せるのか!それを使えば人の精霊化を果たせるやもしれん!吾輩の心は躍ったよ!━━あいつらが邪魔をするまでは」
「……あいつら?」
……誰だ?
絶望に濡れた瞳をしたリリーナの呟きと、未だ動けずに踠く俺の気持ちが……同じ問い掛けを紡ぐ。
「お前を連れ出したのは冒険者の女だった!やっとお前の母親がくたばり、これからお前を時間を掛けて、丁寧に育てようとした矢先にしゃしゃり出て来やがって!?」
「……あ」
分かった。
それが今のリリーナの母親だ。
恐らく……リリーナの実母と、今のリリーナの母親━━養母の間には固い友情が育まれていた。
その親友の娘の危機を、何らかの方法で知ったんだ。
「何より許せないのはあの男!!只人が異世界から召喚されたと言うだけで、世界で【最強】と持て囃されてやりたい放題!自分が気に入らないからと言うだけで吾輩の研究施設を尽く潰し、お前が逃げる決定的な要因となりやがって!!」
「…………あぁ」
……あぁ、それだけで分かった。それだけの情報だけで十分だ。
あの人はそういう人だ。
自分が気に入らない事は徹底的に叩き潰し、他人からどう思われようが我を貫き、人間を尊び、生を尊び、底抜けにマイペースでお人好しで、優しかった。俺が常日頃から見て来た英雄の背中をした……。
視界が霞んでる上に、背中越しだからリリーナの表情は見えない。けど……
「だが……だが!リリーナ、お前が居ればまた研究の続きが出来る!さぁ、吾輩の元に帰って来るのだ!そして吾輩の役に立っておくれ!……ま、お前に拒否権なんぞないし、拒否したところで無駄だがなぁ?」
「わ、私は……」
「……お前の、元に……行かせは……しない」
弱く、拳を握り……身体を起こす。
支えてくれていたシロと、声を掛け続けてくれたティアが言葉もなく俺を見上げているのを感じる。
「……クロさん?」
腹に開いた傷口が熱い。
身体中、痛い所がないって位、痛い。
頭では言葉が思い浮かぶのに声が出ない。
元から俺には特別な力も、誰かを劇的に救う魔法も……何もない。
けど、だけど、……それでも!
「じいちゃんが……助けたリリーナを、泣かせる奴に……」
ティアが驚きながらも力強く笑う。
シロが全てを理解した様に頷いて来る。
そうだよな、俺もお前達も……もしかしたらユグさんもエルさんもガドガさんも……ヘルバ村の皆も。
皆、じいちゃんに救われた。
俺の目の前で、瞳に涙を溜め、苦悩し、それでも駆け付けて、俺達を救おうとしてる女の子。
リリーナもじいちゃんに救われた。
例え……もうこの世界に、あの異世界の英雄が居なくても。
救われた命は俺に取って、あの人が紡いでくれた……
「……俺達の家族を、渡しはしない!」
弱く、誰かに……何かに勝てなくても。
身体が動くなら、最後の最後まで……じいちゃんが守った家族を護る為に、戦え!!
「クロ……さん」
「いもうと……まもるの……あたりまえ」
「いや、見た目も経緯も、アタシ達が妹でしょ」
「シロさん……ティアさん」
リリーナの前に、俺が、シロが、ティアが並び立つ。
この娘に……もうこれ以上涙は流させない……こんな男の為に、泣かせてなんてやるものか!?
「お前達の意見なぞ聞いてはいない!リリーナは吾輩のこれからの研究材料として持って行くのだ!吾輩の、吾輩に依る、吾輩の為の為だけに生み出されたお前をどう使うのか、吾輩が決めるのだ!ニーズヘッグ!?リリーナ以外の者は殺せ!リリーナも手足位無くても構わん!さぁ、やれ!」
「……………………」
「えぇい!早くしろ、このポンコツドラゴンが!」
……?ニーズヘッグの瞳が青いまま、俺達を見据えてる?サヴラブの魔法で生み出された筈の化物は奴の命令に絶対服従と言う訳じゃないのか?
ともあれ……
立ち上がれたのは良いが……相変わらず身体には力が入らない。
まともに戦える状態じゃ……ない。
手には愛剣もなく、時間稼ぎも出来ないか?
けど流石に、エルさんやユグさんがこの異常事態に来ないと言う事は無い……
あの二人が来るまで何とか、他の三人だけでも──
(情けねぇなぁ)
は?
(自分じゃ出来ないからって、いつまでも人におんぶに抱っこって、子供か?あぁ、子供か!そりゃ悪かった!!)
誰だ!?って言うかこんな非常時にムカつく事を言うな!?仕方ないだろ!?
(いーや、仕方なくなんてないね。自分に出来る事を全部した?後は他の奴に任せる?どうせてめえが考えてる事なんて……自分の命を懸けてでも他の奴は守るなんてそんな所だろ?)
っ!……どうしろって……どうしろって言うんだよ!
俺に出来る事は何もない!
俺の命を懸けてシロやティアや、リリーナを救えるなら救ってる!
俺には何の力もない、だから道具に頼ったり仲間と連携したり!
それも……この身体が動いてこそ出来るんだよ!俺に出来る事なんて……もう……。
(……これが最後のレッスンだ)
頭に響いていた声が、何処か楽しそうに……何故か寂しそうに。
今気付いたけど、この声、俺以外には聞こえて居ないのか?
それに……何だか周りの景色の流れが遅い様な……。
気付いた時には、俺の手にはユグさんから渡されていたあの紅い魔道具が握られていた。
(お前に眠る、力の使い方を教えてやる。ま、代償はあるが……それでもやるか?)
……やる。
それで皆が守れるなら。
例えこの命を使う事になってもやってやる!!
(はは!命なんざ要らねーよ。死神じゃあるまいし)
…………この声、もしかして。
(飲み込め)
手の中にある赤い球を、言われるがまま、飲み込んだ。
ドクンッ!
ぐぅあああああああ!
な、なんだこれ!身体中が……血が……細胞が……熱い!!!
(……くっ……はは、こんな感覚なんだな!)
俺の視界を覆うのは、白い幕。これは……髪?
急激に伸びた髪の色は白く、所々に黒が混じっている。見覚えがある色。
次に手を見てみれば、大きさなどは変わってない。が、俺が来ていた長衣の上から、かつてあの人が愛用していた
「もういい!ニーズヘッグが動かんでも、他の魔物でやってやるわ!」
「てぃあ……まりょくは?」
「余計なお世話!意地でも絞り出すわ!」
「私も……私も戦います!もう、守られてばかりは嫌なんです!?」
「待て」
「!……今更なんだ?命乞いか?だがもう遅い、お前等は━━」
「喋るなブタ蛙。俺が用があるのはお前だよお前……ニーズヘッグ」
「なっ……はぁ?」
「随分余裕を見せるじゃねぇか。『コイツ』と戦うのがそんなに面白かったか?もしかしてこれからどうするか迷ってんのか?それとも、まだ寝ぼけてんのか?……ははは!!!安心しろ、これから完膚なきまでにボコボコにして……寝たりねーならそのまま永眠させてやるからよ!!!」
「━━GURUHAAAAA!!!」
瞳の中の世界で、黒い《竜》ニーズヘッグが牙を剥き出して……嗤った。
まるで、この時を待っていたと言いたいかのように。
……って言うか、今、俺が喋っているのか?喋ってるなんて感覚が無いんだけど。
俺を通して、俺じゃない誰かになっている俺が、言葉を紡ぐ。
なんだ……この感覚。魔法に掛かっている?
でも、何か違う……安心出来る様な、懐かしい様な。
やっぱりさっき俺に話し掛けて来た男の声って……。
「ち、ちょっとクロ。アンタ大丈夫なの?」
「お?何だ?心配してくれてんのか?随分優しくなったなぁ」
「なっ!だだだ誰がアンタの心配してるのよ!その髪とか姿は何なのか聞いてるだけよ!」
「ははは!ま、細かい事は気にするなよ!」
「……?何か、仮面付けてる割りに雰囲気が……いつもと違う様な?」
俺の受け答えに、ティアが頭に疑問を浮かべ。
「くろ?……なんか……においが」
「おっと、シロにはもう分かっちまったか?ま、安心しな、ちょっと身体を借り……」
「へんたい……の……におい」
「いつまでもその扱い止めろ!しまいにゃ泣くぞ!」
俺の匂いに、シロが懐かしい言葉を出し。
「さて……悪かったな、リリーナ」
「へ?い、いえ、謝るのは私の方……ってそんな事より!クロさんお腹から血が出過ぎです!大丈夫ですか!?」
「いや、まぁ痛いには痛いが……ははは、アリーシャは良い娘に育てたみたいだな」
「早く治療を!━━クロさん、何で、お母さんの名前を……」
「事実がどうだの、経緯がどうだの、そんなの関係ない。リリーナはアリーシャの娘って言う今があればそれでいい、だろ?」
そう言って……俺は、いや俺の中に居る彼は、顔を覆う仮面を外してリリーナに放る。
「ひょ!ああああのクロさん!?」
「……家族には必要ないからさ。ここには家族と、敵しか居ない。だからもう大丈夫。そうだろ?」
……あぁ。そうだな、…………じいちゃん。
「お前は独りじゃ何も出来ない。だが、独りじゃなければ、力があるって事を今から証明してやる。一度しかやれないから良く覚えて置け」
俺の中に、じいちゃんが使っていた魔法の知識が流れ……力が湧いて……!
「……言っとくが別に俺の力はお前に流れたりしないからな?」
来ない……だと!?……しかも傷とか治るかと思ったらそのまま!?
思い出したら腹が痛く……?!
「いい機会だから自分にどれだけの力があるか……知っておけ」
いやそれより腹の傷を何とか?!
……何だ?世界が……彩りを放つ!?
「良い光景だ。知識としては知っていたが精霊ってのはこんなにも世界を満たしてんだな」
身体を共有しているじいちゃんの知識が頭に流れて来る。
《精霊眼》
その眼を持つモノは、可視化の敵わない精霊を見る事が出来る。
赤い光を湛える火精霊、
青い光を纏う水精霊、
緑の光を放つ風精霊、
黄の光に包まれてる土精霊。
遍く全ての精霊を認識出来るこの眼を持つのは……《神霊》のみと言われてる。
……らしい。
「実際、この眼を持った人間は、この世界じゃ極稀だ。それこそ━━神話に登場するレベルでな」
じいちゃんですら見た事ない光景を見る事が出来る力が、俺に?
でもただ見えるだけじゃ……。
「見えたら次は、そいつらに声を掛けてやれば良い。【俺の物を此処へ】」
……は?
「ありがとう」
緑色の光が……一陣の風が吹いた。と、思ったら次の瞬間には俺の手に……外れたはずの『帯袋』が現れた。
「見事に大穴開いてるな。物は壊れて、札は破れ……ポーションは……運が良いな、一本だけ無事だぞ?んぐ、んぐ、ぷは!……おー!ポーションの作り方が上手くなったな。傷が癒えて味も美味い!くそ不味かったらからなぁ……俺が作ったポーション」
焼ける様に痛みと熱を出していた腹が『ウーンド・ポーション・リキッド』で癒されて……ってそんな事は今はどうでも良い!今のは……魔法!?何で?俺には魔力がないんじゃ……!
「厳密に言えば魔法じゃない。俺は精霊に
だって!今、急に『帯袋』が手に!あれが魔法じゃなければなんだって言うんだ!?
「そもそも……魔法とはなんだ?」
自分の魔力を、この世界に存在する精霊に与えて、奇跡を起こす方法……それが魔法。
「正解。だがお前には分け与える魔力がないから、魔法が使えない。そう思ってるのか?」
そうじゃなければ……俺にも魔法が使えるんじゃ……
「不正解。お前に無いのは外に出す力……もっと正確に言えば、魔力ってのは体内にある魔素を外に出す力のことを指す。だがお前の中に巡る魔素はお前を守る為だけに存在する━━つまり、お前にも素質だけはあるのさ」
な、何言ってんの?
そんなの……仮に、俺の中にだけ力があったって、何の意味もない。
「そうでもない。確かに精霊が起こした事象に、お前の体はダメージを負う。が、お前の身体や精神に
……でも、それと今の現象と何の関係があるんだよ!
「変な話、精霊は……言葉が適切かは分からんが……寂しがり屋だ。故に人が詠唱と言う形で話し掛ければ、喜び、その言葉に乗った魔力を介して、その者が望んだ事象や現象を起こしてくれる。けど、元来人から精霊が見えてる訳じゃない。その姿を認識し、語り掛ければ魔力がなくともある程度の事は頼まれてくれる」
…………さっき俺の手に帯袋が届いたのは……。
「風の精霊に頼み、持って来て貰ったって所だな。クロの中に流れる魔力を制御出来れば、その魔力を目に宿し、精霊を見る、言葉を掛ける事は可能。轟雷を落としたり、竜巻を起こしたりと言ったデカい現象を起こすには、精霊だけでは魔力が足りんがな」
大きな奇跡が起こせなくても、小さな奇跡は起こせるって事は……分かった。けど、それでどうやってあんな化物と戦えって言うんだよ!
「GIAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
さっきまでただ此方を見てるだけだった竜が、俺に……いや俺達に蒼い瞳を向けて来る。
「ニーズヘッグめ……クロの中の俺に気付いたな」
どういう事?
「ま、後で教えてやる。それより、手本は簡単に見せたんだから後はお前が何とかしろ」
「は!?ちょっと待……あれ?」
(意識を身体に降ろしてると留まれる時間が短くなる。戦闘はクロがやれ)
勝手っ!?
……いや、此処までしてくれたのは、じいちゃんが俺を守ってくれたから。
俺に皆を守る手段をくれたんだ。
後は俺がやるしかない。
黒い竜の最大の武器は潰した……後は……
(言い忘れたが)
じいちゃんの声が聞こえたのと、俺がその光景を目の当たりにしたのはほぼ同時。
俺が斬ったと思った尾が……生え変わった?
(あいつの尾、切れても生えるぞ)
早く言ええええぇぇぇぇぇぇえ!
迫り来る尾剣を前に、じいちゃんに向かって脳内で盛大に喚き散らす。
クソっ!何かさっきよりも速くなってないか!?まだ辛うじて目で追えるが、躱せるまでじゃない!また防戦一方になるのか!?そこから先をどうするか……?そこまで考え、目の前に迫る黒い尾の周りに……何か違和感。
何だ?黒い尾の通り道に……緑色の光……。風の精霊?空気の……流れ?
あ、……これってまさか。
「【黒い尾の行先を教えてくれ】!」
俺の言葉を精霊が受け取った時、緑光が視界に……攻撃の通り道をくっきりと示された。
風が集まり、ある道を作る所に黒い軌跡が描かれる。
その軌跡は真っ直ぐ俺の身体の各所に行き着き、それを避けるだけで……《竜》の刃を躱す事が出来た。
思った通りだ!
ほんの数瞬先。だけどこれなら、奴の攻撃が躱せる!
次々に繰り出される黒い斬撃を、さっきまでは捌き、受けるしかなかったが今は選択肢に躱すが入った。躱せれば……此方から仕掛けられる!
「【俺の剣を】!!」
嵐の様な斬撃を躱しながら、手を差し伸べ、言葉を発する。
打てば響く鐘の様に、言葉を聞いた精霊が俺の手に【月詠】を届けてくれた。
柄を握ると同時に、黒い《竜》に向けて……突撃!!
「はあぁぁぁぁぁ!」
飛び上がり、《竜》の頭目掛けて振り下ろした斬撃は、攻防一体となった尾剣に阻まれ通らない。やはりこの尾を何とかしないと駄目だ!?
「【月輪】!」
着地と同時に武器を換装し、目の前に聳え立つ竜の尾に狙いを付け超近距離からの、投擲。
俺が今持ってるカードの中で一番の攻撃力で、相手の攻撃力を奪う!
……と見せかけて狙いは━━
「!」
『月輪』の軌道に気付いたのか《竜》がその場で飛び上がり、足の切断を回避。
くそ、狙いに気付かれたか!?
コイツ、本当に動きが人間臭い時があるな!……が、それは計算内!
頭上に跳び上がった竜が、地面に居る俺に向かって尾剣の雨を降らせて来る。
風の精霊が俺に軌道を教えてくれる。
今までは絶望しかなかった状況も、この力があれば乗り切れる。
そして、俺の狙いはここから!
躱して躱して、……此処だ!?
跳躍し、一瞬だけ《竜》より高所の場へと躍り出る。地のない空中は俺に取っては袋小路も同然……《竜》の視線が俺を射抜き、攻撃を空に向けようとした……所で。
放たれた『月輪』が俺の手元に戻ろうと、弧を描き、空気を切り裂き、結果……竜の背中に向けて再度強襲する!
「GI?!」
俺の思惑に気付いたのか、それとも野生の勘って奴なのか。
攻撃に特化していた尾の形状が、幅広の盾の様な形に変わって己の背を守った!
やっぱり此奴の尾、……性質が俺の『月詠』に似てるな?!
甲高い悲鳴を剣と盾が上げ、弾かれた『月輪』が俺の手に戻り、着地。
ズンッと音を立てて空中に居た黒い竜も大地に降り立った。
……決め手に欠ける。
『月輪』……防御に集中されると防がれる。それに今の俺の攻撃で警戒された可能性が高い。
『双月』……間合いが短い。竜の速い攻撃は防げるが元々、俺の防御手段。
『月詠』……護符や石があれば傷付け、隙を衝けば貫ける。が、今はその隙がない。
何より━━
「【月詠】」
『月輪』から『月詠』に形を戻し、手の中にある剣を見詰める。
正確には、剣を持つ自分の手を。
傷は癒えた。
体力はないがある程度気力で補える。
……が、さっき戻ってきた『月輪』を手にした瞬間に感じた……違和感。
多分、限界が近い。
『種』の過剰摂取、後遺症の兆候が身体の芯に感じる違和感の正体だ。
(後、10分無いって所だな)
要らねえよチクショー?!
じいちゃんから欲しくない太鼓判を貰ったが、やっぱりか……それが過ぎれば、間違いなく俺は指一本も動かせない。
『帯袋』には奇跡的にポーションが入っていたが、それ以外の道具は無かった。腹を穿たれた時に大穴が開いて、そこからほぼ全ての道具がなくなった。俺の最大の攻撃手段は『月詠』に『護符』や『石』を装着してのものだが、一連の検証で『月詠』だけでは《竜》に届かない事が証明されている。
……ヤバい……これってもしかして……詰んでる?
(馬鹿か。何の為に俺が見本を見せてやったんだ)
は?精霊にお願いするって奴は俺だってさっき試したろ?大きな奇跡は起こせないってじいちゃんも認めたじゃん!?
(精霊……魔法はただ攻撃する為だけにあると思ってるならその内、死ぬぞ?)
……小さな……奇跡。
俺が試したのは物を運び、見えないものを見える様にする事だけ。
もっと試せば、出来る事がまだまだあるって事か?
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