第6話


 痺れが取れた手で『帯袋』から『種』を掴み取る。

 ここに来て出し惜しみしてたらやられる……明日の副作用も気にしてなんて居られない。

 ……なら明日動けなくなっても、今やるべき事を最大限にやれ!?

 残りは『力』が二、『速さ』が三、『技』が三。

 ユグさんから貰った『種』全てを口に入れ、一気に噛み砕く!!



 「【アタシの呼び声に応えろ精霊。強く、速く、何者をも超える力を寄越せ】━━【降雷王】!!」

 「【ぐぅるるるあ】!!」

 「一人残らず殺せ!ニーズヘッグ!」


 

 奇しくも。

 俺達の戦闘準備が完了したのと、サヴラブに寄る俺達への攻撃命令が同時になった。

 ティアが全身に雷を纏い、両の拳を握り締め中腰に構えを取る。

 シロが四肢を大地に着け、全身の体毛が伸び狼然として構える。

 サヴラブから命令を受けた竜が、俺達に向かって飛び掛ろうと──した直後。

 俺の蹴りが《竜》を強襲した。



 「……は?」

 「はあああああああああああ!!」



 さっきの返礼とばかりに思いっ切り右足を振り抜き、ニーズヘッグと呼ばれた魔物の横っ面を蹴り付け、吹き飛ばす。

 遠ざかって行く《竜》を、スローな景色として捉えている俺は更に追撃を慣行。

 未だ空中に居る《竜》の無防備な腹に、剣を持っていない左拳を握り締め、思いっ切り叩き付ける。


 「GYO!」


 先にサヴラブが発した困惑が聞こえた時には、少し離れたところで仰向けに倒れる《竜》を、シロとティアの傍に戻って眺めた。


 「わ、吾輩のニーズヘッグが……!?」


 茫然としたサヴラブの呟きが聞こえ、此方も茫然とした様子で話し掛けられる。


 「くろ……はやい……つよい」

 「アンタ一人で行けそうじゃない?アタシ、魔法まで使ったのちょっと恥ずかしくなって来たんだけど……」

 「……いや……」


 シロ、ティアがそんな感想を漏らしてくるも、ニーズヘッグと呼ばれる《竜》を殴った手に視線を落とす。


 「ちょっと!それ?!」

 「……いたそう」


 左手の拳からポタポタと血が滴る。

 …………痛っぇぇぇぇぇぇえ!ポーション、ポーションポオオオーショョョョョン?!?!?!

 右手に持った剣を地面に差して、『帯袋』から液体型のポーションを掛けて傷を癒す。

 血が止まり、痛みが消え、手を握って調子を確かめてちょっと安心……くっそ痛かったぁぁぁ!!!

 あの尾を受けた時に響いた金属音。観察してみると形状は鋭く、先端に至っては此方を突き刺す事も可能なほど尖ってる。人間でいう所の頬の部分は蹴った感触からそんなに固くはなかったが、口に生えてる牙は鋭利。で、問題の俺が殴った腹なんだけど……


 「腹も尋常じゃない程固い。それだけでも驚きなのに、俺が殴る瞬間、尾で防御をした」


 つまり……俺の姿をしっかり捉えていたと言う事。

 蹴り飛ばした後、あの《竜》の視線は【月詠】をしっかりと捉えていた。剣に意識を割かれていた事が分かったから咄嗟に殴ったけど、それにも反応された。

 反撃されなかったって事は防御をするので精一杯だったと考えたいが……。


 「前衛には俺が立つ。シロ、隙を見て切れそうな部分を探してくれ。ティアは主に魔法で撹乱。素早さで気を削いで欲しいが、あの《竜》……相当動体視力も良いから気を付けろ。注意するのは牙、爪、尾。その中でも特に……尻尾が一番ヤバい」

 「……りょうかい」

 「ふふん……楽しそうじゃない」


 俺の傷を見て、気を引き締める二人。

 俺達三人の視線の先で、その《竜》……ニーズヘッグが鎌首をもたげ俺達を紅い瞳で見詰めて来る。

 まるで、「こんなに楽しいのは久々だ」と言われてる様である。

 まだ開始したばかりだと言うのに、今までで最大数の『種』を身体に含んでいるのに……あぁクソ!冷や汗が止まらない!

 もう一度、自分の意識を引き締める。

 今回の相手、【最強】【最恐】クラスに強いかも!?



 あー!!思った以上にやり辛い!

 ドラゴンの皮膚は魔法耐性に特化していて、一部では「ウィザード・キラー(魔法使い殺し)」とも言われていたとじいちゃんから教えられていた事もあった。俺には関係ないかと思っていたが、共闘するティアがすげー遣り辛そうだ!それもその筈……撃つ魔法打つ魔法に効き目が殆ど感じられない。

 今俺達が相対している《竜》の鱗は魔法耐性ってより、魔法無効なのかと思う程。

 だが━━


 「【射抜け、貫け、素早く得物を打ち落とせ】」


 先程から、ティアが持つ魔法の中でも、威力より速度が速い魔法を使うのは、単に魔力の消費を避ける為だけじゃなく、魔法の効果薄と感じたティアが戦法を変え━━相手の視覚を奪う使い方に移行したからだ。



 「【雷槍】!!」


 

 二条の雷が竜の眼前で衝突した。

 流石エルさんの娘?!常日頃から「最大の攻撃は最善に非ず」と教え込まれているだけあって頭の回転が早い!


 「GYAAA!」


 眼の痛みに隙を見せた《竜》に突撃するのは……シロ。



 「 【グルルル】がぁ!」



 『ウルフ・ネイル』を施した爪で《竜》の腹や腕、足の付け根等、傷付けられそうな所を探ってる。

 付けた傷口をマーキングとして、その部位を重点的に狙っていく。ティアもその目印の部分に雷で強化された拳で打撃を入れ、時には……


 「はぁ!」


 関節と思われるところに掌で衝撃を与える。

 人体に詳しい師匠曰く、「固いものは内側から壊していけ」との教えを忠実に体現して。


 「離れろ!」


 俺の声と共に一度距離を取る2人と入れ替わり、邪魔者を薙ぎ払おうと繰り出して来た突撃槍の様な尾を掻い潜って、【月詠】で攻撃を仕掛けて行く。

 あの《竜》の攻撃は速い。

 が、今の俺には見える!

 尾が乱れ飛ぶ中を、飛び込んで肉薄する。

 シロが印を付け、ティアが動きを鈍らせたその身体……斬ってみせる!



 「おおおぉぉぉ!」



 握り締めた【月詠】でドラゴンに浅くない傷を、その巨体の至る所に刻む。


 「GYOOOOOOGYAAAAAA!」


 苦し紛れか、好き勝手する俺達への怒りか……咆哮を繰り出したドラゴンが足元に着地した俺にその爪を、牙を向けてきたが……遅い!

 その光景を斜め下に見ながら、畳み掛ける。


 『鋭利護符シャープ・シール』『炎の石フレイム・ストーン』を『月詠』に付与し、作り出す武器は1つ。


 「【鋭利護符シャープ・シール】【炎の石フレイム・ストーン】━━【月輪】!!」


 狙うは……首!

 鋭さを増し、炎を纏った【月輪】が眼下にいる《竜》に狙いを定める。

 これならどうだ!


 「行け!!」


 気合と共に『月輪』を投擲。

 今俺が持つ最大の一撃が紅い光となって《竜》に触れ━━ようとしたその時。

 ギャイイイン!

 金属と金属を叩き付けたかのような音が辺りに響き、《竜》の目の前で火花が散った。

 ……は?

 そう心の中で呟いた瞬間、自らの手に【月輪】が戻る。

 くっ!……弾かれた?何に!?

 戻って来た【月輪】を受け止め、距離を取って《竜》を見やる。

 その巨体の前を遮っていたのは、幅広になりまるで盾の様になった……尾?

 形状が━━変化したのか!?

 さっきまでの槍の様な形態から、今は盾。

 そして、俺が見てる前で、今度は……細く、長い、鞭の様な形になった。

 《竜》と目が合った?青く輝く竜の瞳……って、青い?


 「GYURUU……」


 竜の口の端が僅かに吊り上がる。……ゾッと背筋が凍り、俺の全身が警報を発する。

 これから繰り出される攻撃、速い!?



 「【双月】!!」



 慌てて防御主体の形に切り替えた次の瞬間。

 雨が降る如く、空中から浴びせられる鞭打!

 速い!一撃一撃の重さはそこまでじゃないが、手数が多過ぎる!


 「くっ、ぉおおお!」

 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 楽し気に尻尾を振りやがって!受け、弾き、流す……ので手一杯?!

 攻勢に……出られない!?


 「【音を引き連れ光を纏い、閃光と化して現れよ。その力の全てを差し出し命を聞け】」


 後ろからティア最大の魔法の詠唱が聞こえる!確かにあれならダメージ与えられるかも知れないけど、魔力がほぼ空になるぞ!?

 ティアが練っている魔力に気付いたのか、《竜》の視線が俺から外れそうになるが、そうは……させるか!この尾を少しでも引いたら一気に懐に潜り込むぞ!

 気合を乗せて、数ある攻撃から一撃を弾き、一歩踏み込む。

 俺も《竜》に対して余裕などないが、奴にも余裕なんて持たせない!

 そんな一瞬の、俺と《竜》の間に生まれた僅かな拮抗。

 それを破ったのは……



 「【ガァァァアアアアアア!】」



 シロの渾身の力が籠った『スタン・ボイス』!?

 だが、それでも……《竜》の力が強いのか止められたのはほんの一瞬だ。

 なんて事はない僅かな硬直……だがこの停まった時間が有難い!


 「【炭と化せ、塵に返せ、有から無へと命を還せ】」


 精霊との対話が終わり、今まで見た事のない程協力な雷が収束して行く。

 後の事なんて本当に考えてないな!?


 「【命も形も、全て等しく散らせて魅せろ】!」


 しかも追加詠唱!?

 決められた文だけでなく、渡す魔力と詠む言葉を多くし……最大の威力で放つ技術……。

 此処に居たら……巻き込まれる?!


 「【月詠】!」

 「……お?」


 剣に戻し背中に収め、呑気な声を上げるシロを抱えてティアが居る元まで後退!




 「【神鳴】!!!!」




 辺り一面を白い光が包み込んだその直後、轟音。

 最大級の『神鳴』が、《竜》の巨体を飲み込んだ。 


 「凄まじいな」


 前回の黒鰐戦とは威力が違う。

 爆発と共に煙が立ち込めるのがその証左だ。

 生命が反応出来ないほどの速さで大地に穴を穿つ、空からの怒り……これをまともに受けては《竜》と言えど一溜りもないだろう。


 「ぜー、ぜー……ど、どうよ、これが……アタシの全力、よ」


 追加詠唱は、自身の魔力のほぼ全てを注ぎ込んで、その魔法の威力を数倍引き上げる……正に必殺魔法だ。

 只でさえ消費魔力が多い『神鳴』を練りに練り上げ、自分の全てを持って打ち出せるティアの思い切りの良さには本当に敬服させられる。

 しかも、範囲すら収束させそれを威力に転換。これをこの大一番でやり切るのは、流石【最恐】の娘と言えるだろう。

 小脇に抱えていたシロを降ろし、いまだ煙が立ち込める先を油断なく見ながら『帯袋』から『マジック・ポーション』を抜き出し、ティアに渡そうと……。

 一瞬、視界の端にチカッと光が反射した?

 何だ、今の━━!?


 「くっ!」


 っそ!左手に持っていた『マジック・ポーション』が俺の右手ごと貫かれた!

 痛みを感じるより、先ず覚えたのは……驚愕。

 さっき戦った時よりも速い?それより!あの魔法を直撃を受けて……反撃?!


 「クロ!」「くろ!」


 2人の声が耳に響くが反応してられない……って言うか左手の治療をしてる余裕もない!?


 「シロ、警戒!」


 まだ蒼い顔でうずくまるティアの前に立ち、右手で再び『月詠』を引き抜く。シロも身体と精神を緊張させ前を向く。

 ……やがて。

 煙が晴れ、その中から……多少傷は負い、焦げた後は見られるものの、ピンピンしてる黒い《竜》が姿を現した。


 「うそ……でしょ」

 「あれで……きず……ちょっと?」

 「……魔法耐性の高さもあるだろ」


 ティアとシロの呟きに対して慰めにもならない慰め。

 俺だって本音は驚き以外にない。そりゃあもう、左手の傷なんて忘れる位には。

 って、……あれ?あの《竜》の目の色って、紅じゃなかったっけ?いや、さっき見た時も青かった様な……?

 今は攻撃を仕掛けず、お互いが睨みあう様に対峙している。その静寂を破ったのは……



 「ひ、ひゃははははははは!これが、吾輩の!ニーズヘッグだ!」



 ……あー、何か忘れてると思った。

 《竜》が強くて完全にその存在を忘れていたカエル面……サヴラブだ。


 「さぁ!ニーズヘッグよ!あやつ等をぶち殺せ!」


 くそ!まだ俺達の体勢が整ってないのに!

 サヴラブに命じられ、ドラゴンが俺達に向かって!…………来ない?


 「おぉい!ニーズヘッグ!さっさと行け!」


 何故か……ニーズヘッグと呼ばれた《竜》が、俺をじっと見てる。

 先程青かった瞳の色が、また徐々に赤くなり、更に青くなり……その下ではサヴラブが何かを喚いている。

 剣を地面に突き刺し、ポーションを左手に掛ける。

 あの耳障りな声に何の反応も示さない《竜》は聴覚がないのか?それとも……何はともあれ、好機。


 「ティア、シロ。下がって2人共回復しろ」


 《竜》とサヴラブに視線は向けたまま、傷の塞がり具合を確かめながら、癒えた左手で『帯袋』から『マジック・ポーション』をあるだけ取り出し、シロに放る。

 シロにティアを連れて後ろに下がって貰い、その回復までの時間を稼ぐ。

 この感じだと《竜》の足留めと言うよりも、サヴラブを捕らえた方が早い……と、思う。

 流石に、俺だけでは《竜》と戦いながらサヴラブを捕まえると言う事は無理そうだが、2人が居ればそれも可能になる……筈。

 肝心なところでいつも消極的になるな、俺。


 「ぜー、ぜー。……回復したら、直ぐにご、合流するわ」

 「頼んだ。ドラゴンは俺が相手をする、シロはあの男に注意していてくれ」

 「……りょ」


 これまでの流れを見る限りではサヴラブに戦闘能力はない。

 決めつけるのは危険だがシロが居れば大丈夫だろう。

 それよりもあの《竜》を制御するのに魔力を使ってると見るべきなのか?

 制御出来ているのかは疑問を持つところだが、サヴラブが居れば《竜》を元の『核』へと還す事は出来るだろう。何かしらの安全装置がなければ自身も危ないだろうし、リリーナを手に入れてその先の目的があるなら自分の身の安全は守るだろう。

 とにかく、時間稼ぎなんて意識でやると瞬殺される。

 出来る事を最大限に、その結果時間が稼げれば良い。

 大きく息を吸い、深く吐く。



 「……行くぞ」



 ひたすら……真っ直ぐ……ただ目の前の敵に……全力を!!

 再び剣を右手で引き抜き、全力で地面を蹴る。



 「ひぃ!?」


 《竜》を怒鳴り付けていたサヴラブの視界に俺が入ったのか、驚き怯える声が聞こえるがそれは無視。

 ここで《竜》の眼を奪えればこの先楽になる!

 付けっぱなしだった『鋭利護符』と『炎の石』に残ってる力を全て使い、死角に回り込んで……己の刃を叩き込む。

 ギィン!

 くそっ?!あの《竜》の尾には自動で防御をする機能でも付いてるのか?さっきから良いタイミングで割り込みされる!?

 俺を見上げた《竜》の瞳が、青から紅に……固定された!?


 「GIAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 「そ、そうだ!奴を殺せ!」


 命令は明らかに聞かれてないが、殺意を向ける対象が俺と共通してるからかサヴラブが盛大に勘違いしているな?!このまま離れれば、また尾の攻撃を防ぐだけで手一杯になる!?

 なら……この距離で!!



 「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 「GIAAAAAAAAAAAAAAAAA!」



 《竜》から繰り出されるのは、爪!?

 あの尾……接近されると防御にしか使えないのか、はたまた近くに居る主人を慮っているのかは分からないが、防御しか出来なかったあの攻撃をして来る気配がない━━この距離が俺の正解か!?

 斬り下ろした勢いそのまま、重力に引かれて地面に着地する間も何度となく剣を閃かせる。だが、尾ほどではないが、俺を狙う爪も速い!紙一重で避けながら攻撃をするのに神経が焼き切れそうだ?!

 シロやティアが付けた傷を目印に攻撃を繰り返し、着地をした後も休む事なく動き回り、斬撃を繰り広げる。

 けど致命傷が与えられない。決定的な一撃にはあの尾が的確に防御してくる!

 斬、斬、突!斬、突、斬、斬!斬!突、斬!

 着かず離れず《竜》に取り付き、フェイントや細かな攻撃を織り交ぜて攻勢に出るも……小さな傷は度外視で、こっちが「此処だ!」と思って出す攻撃には尾がしゃしゃり出て来る!がー!鬱陶しい?!

 それなら……!

 取り出すのは『重量護符グラビティ・シール』。

 それを準備しつつ……狙い澄ます。

 狙いは━━首━━。


 「しっ!」


 ……じゃない。

 俺の渾身の一撃の気配を感じて、《竜》の尾が防御に出た。

 その気配を更に感じ、標的を《竜》の首から……尾に変える!!



 「せぇああああああああああ!」



 切り上げの斬撃を尾の出現に合わせ、叩き付ける斬り下ろしに変えて尾を弾く。

 一撃を喰らい、後方へ流される尾を追って竜の後ろを取り、【月詠】を逆手に握り振り上げ……準備していた『護符』を装着!!



 「【重量護符グラビティ・シール】━━【加重アップ】!」



 尾の付け根へ【月詠】を突き刺し、装着した『護符』の効果を即時発動。

 『重力護符グラビティ・シール』は「加重アップ」と「減軽ダウン」の言葉で『月詠』の重さを爆発的に変えられる。「超加重」でずっと振り続けて鍛錬して来た俺の苦しみを、お前も味わえ!?


 「GIAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 重量が増した『月詠』が、《竜》の肉を食い破って地面へと深く突き刺さる。

 この戦いが始まって初めて見る《竜》の苦悶。

 けど、これじゃまだ不十分!



 「くっ━━お、おぉぉぉぉぉぉおおおお!」



 抵抗が激しい……って言うか固っ!?『重力護符』を使った『月詠』自体の重さも重なり……身体で感じる抵抗が半端じゃない?!

 ……けど、ここで……引けるかぁぁぁーーーー!!!!



 「オラァぁぁぁあああああああ!!」

 「━━GA!?」



 目の前に聳え立つ漆黒の《竜》が、人で言う所の、声にならない叫びを上げた瞬間……俺に断ち切られた尾が宙を舞った。

 これで……尾に寄る防御は出来ない!

 役目を終えた『護符』を剥がし、本来の軽さに戻った『月詠』を担ぎ、竜の眼前に迫る。

 最大の武器を奪った後は━━視界を塞ぐ!

 すかさず顔の斜め上まで飛び上がり、《竜》の瞳を潰そうとした━━直前。

 ━━《竜》の赤熱していた瞳は青く変わり……俺だけをその瞳に映していた。

 いつの間にか青く……?いや、それよりも。

 この目、見た事がある?あれは……そうだ。


 エルさんに初めて俺の拳が届いた時。

 じいちゃんの魔法を掻い潜り懐に潜り込めた時。


 その目を見た時、……その奥に感じた、歪んだ喜び。

 強者が、垣間見せる……愉悦?

 全身の毛が総毛立ち、心臓が何かに握られた。

 ━━これは……恐怖?


 「ッ!……あぁ!」


 何でこんな時にこんな事を想う、戦いの最中だぞ!!

 突如現れた記憶を諸共両断する気で振るった剣は……空を切った。


 ━━え?


 竜が、剣を躱した?

 嘘だろ……あの巨体で……俺の攻撃を躱す?

 いや、それより何処に━━!?

 俺がドラゴンを見つけた時、あろう事か。

 断ち切られた自身の尾を掴んで、……投擲?



 「がはっ!?」



 放たれた黒い槍が、腹に埋め込まれる。

 その衝撃はそのまま、俺を後方に運び、大木へ激突。その衝撃で『月詠』を脇に零してしまう。


 「くろ!」「クロ!?」


 遠くでシロとティアの叫び声が聞こえて来る。

 くそ!しくじった!早く回復を…………ってあれ?

 腰の位置にあった帯袋がない?……そもそも……手が上手く動かせない?


 「ごふ……っ」


 視線を攻撃を受けた箇所に落すと、深々と、竜の尾が突き刺さっていた。急所は外していたが刺さった箇所から血がドクドク流れている。……あ、これヤバい。


 「くろ!くろ!」

 「ちょっと冗談でしょ!クロ!」

 「……っ?!」


 シロが、ずるりと俺の腹から尾を引き抜き、ティアも加わって俺に声を掛け身体を揺する。

 大丈夫だ。

 まだ戦える。

 そんな言葉が口から発せない。

 身体に力が入らない。

 ……これって、死ぬ……のか?


 「は、……ははは……はーはっはっは!これが!吾輩の!ニーズヘッグだ!!さぁ一気に全員、殺せ!!」


 サヴラブの声が響き、ドラゴンの紅い目が俺達に向けられた。

 シロも、ティアも、俺を守る様に立ち上がり腰を落とす。いや、逃げろよ!?

 くそ、くそ、くそくそくそくそくそ?!動けよ俺の身体ぁ!!何の為に今まで鍛えて来たんだよ!こんな時の為だろうが!?せめて二人の盾にでもなれよ!!ここで動かなければいつ動━━



 「もう止めて下さい!」



 響き渡るの澄んだ声。

 その声は俺達が守るべき少女の━━何でだよ……何で来てんだよ、リリーナ?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る