婚約破棄された公爵令嬢リリルカの生涯
「改めて告げる。君との婚約は今日限りで解消となる。リリルカ・デオトラング」
私を見つめる哀しげな灰色の瞳。
第三王子ダカート様。愛しい人。
「承知致しました。殿下」
暑い年の夏。王城の殿下執務室。
横で父であるデオトラング公爵がそう述べると同時に私たち父娘は退室となりました。
『まいったな。施政者がここまで愚かな判断を下すとは。プラン変更だ、キイ」
『星々の海を知らぬ者達はどこもこんなもんですよ、タリテバ』
精霊さま達が落胆した声で会話なさってます。
私は幼少の頃より、乳母や母が語って聞かせてくれたお話が大好きでした。
少年と少女が悪魔の王を倒し国を作る物語。
帝国の姫と王国の王子の許されない恋物語。
成長してからは書物、吟遊詩人に夢中になりましたわ。貴族学院に入ってからは図書室の書物を読み漁る日々。物語の世界に入り込むと私はこの上なく幸せな気持ちになれました。
そんな私に父は、
「リリルカ、貴族の義務を果たしなさい」
と、私を王家主催の舞踏会へ引っ張り出したのです。私でも知っています。ただの舞踏会ではないことを。
王太子殿下のお相手、つまり未来の王妃を選ぶためのものであると。
憂鬱です。
私が選ばれることなんてありえないことです。
侍女達は嬉々として私の髪を整え、ドレスを選び、色々な装飾で私を飾り立てました。窮屈なのを我慢します。
『お嬢様!なんてお美しい!』
見たこともない笑顔で喜ぶ侍女達を思い浮かべていると、
「美しいな、君は」
舞踏会の会場、王城のホールで私を見つめる綺麗な顔の殿方が目の前にいらっしゃいます。
世間知らずの私でも存じ上げております、殿下。
第三王子ダカート様。
そう言われた私はなすがままに、ダカート殿下と踊る羽目になりました。
身体に力が入りません。
そんな私を殿下は生まれたての小鳥の雛を慈しむような、優しく且つ優雅なフォローをしてくださいます。
私は生まれて初めて殿方に心惹かれ始めるのを感じています。
物語で何度も読んだ恋物語。
まさか自分がそのよう気持ちになるとは想像もしていませんでした。
皆様が私達を見ています。その視線の多くには、私でさえわかる敵意や悪意が込められていました。居心地悪いです。
「リリルカ・デオトラング、何か話してくれたまえ」
「……えぇ……ダ、ダンスがお上手ですね、殿下」
私には気の利いたことなど言えません。
ふっと微笑む殿下。笑顔が輝いています。
先日行われた王位継承権選定の儀において、他の王子、王女を圧倒する結果を出し、王位継承権を獲得された希代の天才。
そんなダカート様はまともにダンスを習っていない私を巧みにリードなされました。
学院のそこかしこでダカート様への想いを語り合う令嬢がいましたわね。
程なくして私と殿下の婚約が通達されました。父が承諾したようです。軽く目眩がしました。
あのやり取りだけでお決めになったのでしょうか?口下手でダンスも踊れない、本が好きなだけの、貴族令嬢としては出来が良くない私が何故選ばれたのでしょう。
でも殿下のことを思うたびに私は幸せな気持ちになるのです。これが物語に描かれていた恋なのでしょうか。
そんなある日、私に話かける人がいました、頭の中に、です。
『やぁリリルカ、驚かないで聞いてほしいんだ』
精霊様でしょうか?精霊様は昔から神様の使いとして、私達に魔法という奇跡を与えてくださる存在。
『おや、あまり驚かないね。僕はタリテバ。君は僕らと通じ合える大変貴重な存在なんだ』
「精霊様のお名前はタリテバ様とおっしゃるのね」
『言葉にしなくても頭で思い浮かべるだけでいいよ。うん、そうだね、君たちが精霊と呼ぶ存在だよ」
『私はキイ。よろしくね』
あら、今度は可愛らしいお声。
『キイ様、お話しできて光栄です。子どもの頃より精霊様とお話し出来るのが夢でした』
物語によく登場する精霊様。
時には亡国の姫をお救いし、また時には悪魔族との戦争で力を貸す存在。信仰は篤く、各国に精霊様を祀る神殿があり、人々は熱心に祈りを捧げ、
聖職者は精霊様の声を聞くために日夜励んでおられます。
『でね、君とダカート王子の婚姻を応援したい。君は彼の子を産めるよう努力してほしい』
なんてこと!
『君と殿下の子はね、僕らの願い、つまりこの国、星を救う鍵になる。今はまだ詳しくは言えないけど、全力でサポートするからよろしく頼むよ』
『キイからもお願いするわ。リリルカ、安心してね』
『は、はい。努力致します」
私達貴族の婚姻は、政治の力関係を維持するためのもの。ずっと昔からそうでした。
この婚約も王家と候補となる貴族間である程度調整され、婚約者候補は他にもいらっしゃったと思います。それを思うと舞踏会で向けられた視線は当然なものでしょう。
王家と繋がることは貴族家にとって何よりも優先されるべきものですから。
『リリルカとダカートのゲノム解析の結果からキイの予測でこの国を良い方向へ導くはずなんだ』
『リリルカ、応援するわ』
婚約の通達以降、私には護衛がつきました侍女が三名……今まで私の世話をしていた侍女達とは雰囲気が少し違います。
そして学院では、不穏な出来事が相次ぎました。
私が歩く先に小鳥の死骸が置かれていたり。
私の隣に座っていた令嬢が急に気を失って倒れたり。その方はそれ以来意識が戻っていないのです。
また魔法の実践講義中に、ありえない術式が発動し、何人かのご学友が大怪我を負いました。
また亡くなった方もいます。
私の魔法の才能は金属加工、錬成。これでは周りの人をお助けすることは出来ませんでした。
私は毎日が無事に終わるだけ、そのことにただただ安堵する生活になりました。
私を心配してダカート殿下も会いに来てくださいます。
『リリルカ、心配ない。こちらからの護衛も増やしておくよ』
父も母も夕食の際に渋いお顔でした。
「予想以上だ」
「ここで引いては当家が臆したと思われますわね。護衛を増やしましょう」
『エスカレートするようなら、リリルカに手を出すことがどんなことか思い知らせないとダメだね』
『それっぽい演出を派手にやりましょう。神話として伝わってるのがいいわね』
『リリルカ、僕達が君を守るから安心して』
『そうだよ。奴らにいいようにはさせないよ』
精霊タリテバ様、キイ様は私を慰め、励まし、いつも寄り添ってくださいます。私は涙しながら礼を述べるのが常でした。
そんなある日。
次の講義のため移動している際に、それは起こりました。
「リリルカ・デオトラング!呪われし娘よ!」
学舎二階の窓から叫んでいる令嬢がいます。すごい形相です。
「お前を女神様の御名において処断するっ!」
なんてことでしょう!彼女はそう言ったかと思うと窓から飛び降りました。上がる悲鳴。
中庭に落ちたと思ったら、何かが彼女の身体から現れましたのです。
何でしょうか。背中にたくさんの羽根をたたえる天使さま?……でもでもどこか歪で不穏な……。
私にはその姿が聖なるものには見えません、神を感じられないのです。
弦楽器を出鱈目に掻きむしったような声。
私の方へ歩いてきます。
悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく生徒達。しかし私は恐ろしさのあまり、動けません。
その時。
私の侍女が眩いばかりの神々しい光に包まれながら、彼女らも羽根を生やしたかと思うと、手には光輝く剣を出現させ、その異形を消滅させました。
『リリルカを狙う者達は別次元から高位生命体を呼び出したんだねぇ。魔法って技術はこういうことに関しちゃ大したものだ』
『どちらが聖なるものか、演出はこっちのものね』
精霊タリテバ様達のおかげで私は無事でした。
この出来事は王都中に伝わり、また血を吐いて倒れた貴族や魔術師の話題もあがりました。私を守るために侍女達に聖なる力が宿ったとの噂。
ですが時間とともにその噂が変わってきました。
呪われた公爵令嬢リリルカ。
天使に処断されかけたところを契約した悪魔で反撃。
さらに私の身の回りで相次いだ不審死も私が呪われてるからとか。教会あたりからの噂だと侍女から報告も上がりました。
ダカート殿下、あなたに会いたいです。
そして王家の判断は殿下と私の婚約解消でした。殿下は教会が育てたという聖女との婚約を発表、私や公爵家に向けられる世間の目は冷たいものとなりました。
悲しみに暮れる日々。
『リリルカ、君はね、僕たちと意思疎通出来る初めての個体なんだよ。この星の知的生命体で星の海に出ていく可能性を秘めた君の子孫達を支援していく計画だったんだ』
『幾つもの文明が生まれては滅びていったこの星で最後の希望だったのだけれどね。リリルカは気候を記録した書物も見たことあるよね?年々暑くなってるでしょ?』
『この惑星系の恒星はかなり大型だ。誕生してから一億年経っててね、遠くない未来に超新星爆発を起こす』
『僕達は君たちの惑星に降り立つことは許されてないし、出来ない。あくまでも助言するだけ。僕らの助言無しで君たちが恒星間航行技術が確立するのに、あと数万年はかかるだろう。魔法を使う知的生命体の限界なんだよ』
精霊様は悲しそうに話されます。
『リリルカ、僕は君と意思疎通が出来たせいか、君を助けたい。君が助けたいと思う人達もね。だから君が皆と協力して星々の海を渡る舟を作ろう』
『今こそ魔法を星間飛行に使う時だ』
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その後。
デオトラング公爵家は資産を投げ打って、領地に方舟を建設した。
デオトラングは大陸最大の領地を持ち、様々な金属の鉱床を抱えているが故に、王家を凌ぐ財力を持っていた。完成後、あらゆる植物の種子、動物を収容して星の海へ旅立った。
出立前。
リリルカはダカートに面会を何度も申し込んでは、途中で握り潰され、その願いは叶わぬままとなる。周囲の者はリリルカの憂いに満ちた様子に心抉られる日々。
やがて移住可能な惑星に降り立ったリリルカを始めデオトラング公爵家、それに連なる者達は開拓をこなし、やがて処女懐妊によって不老の国母となったリリルカの指導の元、国家を作り上げた。
リリルカの子はダカートと名付けられ、後に名君としてリリルカと共に語り継がれる。
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『リリルカ、あれから百十年、君がいた星は平均気温が四十度になった。海棲生物しか生きられない』
「ダカート殿下は……」
『君を失った悲しみに耐えて奮闘したんだけどね。最期は安らかに息を引き取ったよ』
『君を排除したい勢力の先鋒だった聖女は異常気象をどうにも出来なかった罪を問われ処刑された。その後の反乱で神殿は壊滅』
リリルカの息子であるダカートは明日、初代国王の戴冠式だ。成長するにつれダカートに面影が似て来ている。AIであるキイは彼をサポート。
『彼の毛髪から採取したDNA由来だから、正真正銘君とダカートの子どもだよ』
「ダカートには良き妻が必要ですわね」
『安心して。彼に想いを寄せる娘さんは良い子だよ』
「タリテバ様、キイ様、いくら感謝をしても足りません。本当にありがとうございます」
その言葉を最後にリリルカは眠るように寿命を終えた、微笑みに満ちた顔で。
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