婚約者はマッドな公爵令嬢

 

「レイテア様っ!お待ちをっ」  

「時間が経てば街に人が出てくるわ!急がないと」 


 未だ陽がのぼらない暗い時間に、広大な敷地を持つルスタフ公爵家の門から勢いよく飛び出す豪華な馬車。ルスタフ公爵家の家紋入り。 

 一路、街の外れへ向かう馬車に目を輝かせて座っているのはレイテア・ミーオ・ルスタフ。公爵令嬢である。十六歳。

 長らく子宝に恵まれず、半ば諦めかけた頃合いに誕生した彼女は公爵夫妻にとって文字通りの子宝。


 夫妻は惜しみないーーいや盲目的なーー愛情をレイテアに注いだ結果、彼女は公爵令嬢として歴史上類を見ない偉業ーー道楽とも言うーーに邁進する。


 東の空がやや明るくなりかけた頃。世間はまだ寝静まっている時間帯ではあるが、彼女は馬車を走らせる。その後を追うように侍女や護衛が乗る馬車、それと並走する公爵軍の騎士達。 目指すのは金属加工の職人街。様々な異臭がする煙が立ち上り、貴族の子女が訪れることはまずない場所だ。


「おはようさん、レイテアお嬢ちゃん。出来てるぜ?」


 目当ての鍛治所の前に立つ髭もじゃの壮年男性。

 公爵令嬢に対して何とも不遜な態度であるが、従者も侍女も特に変化は見られないし、親方を咎めることもない。


「すぐに見たいです!」


 馬車から飛び降り工房の中へと走っていくレイテア。中には全長十五メートルはありそうな人型が天井から吊るされ立っている。球体関節を備えた大型のからくり人形、その金属骨格だ。


「からくり人形の寸法を拡大するだけだったし、それ自体はどうってことなかったよ。薄く伸ばすのに苦労したがなっ。ガハハ」

「親方!素晴らしい出来です。なんて美しい造形美!」

「お前さんの図面通りだぜ?まぁ俺の腕もそれほどでもあるかな。ガハハ!」


 その骨格を四頭立ての大型荷馬車に載せて、錬金術師街へ向かうレイテア。ここもまたあらゆる異臭が漂っている。貴族学院に通う魔術師科の学生でもない限り、貴族の子女が決して足を踏み入れることがない場所だ。


 一際大きな工房へ着くと、レイテアは小走りで入っていく。


「おはようございます。レイテア・ミーオ・ルスタフ様」


 迎えるは妙齢の女性。この国の錬金術師のトップで有る。


「骨格は出来ましたわ!」

「そうでございますか。では受肉の準備にかかりましょう」


 レイテアが二年前に出した注文。大型のからくり人形を動かす筋肉に相当するモノ。

 錬金術師達は頭を悩ませた結果、海に生息する軟体動物を使用し、関節に刻まれた術式で制御するというもの。


 工房に運び込まれたからくり人形の骨格に、従業員が総出で軟体動物を次々と貼り付け、埋め込む。


「術式はお嬢様の声紋にのみ反応するようにしますか?」

「私に何かあったら困るから、ここにいる従者と侍女の声紋にも対応するようお願いします」

「承知いたしました」


「Jógal!(立って!)」


 レイテアが古代魔術言語で命令するとからくり人形は、まるで人のようにゆっくりと立ち上がる。


「動きが滑らかね!素晴らしいわ!」

「お褒めに預かり恐縮です。あとは……外装ですか?」

「ええそうよ!請求は全てお父様にね!」

「公爵様には大変お世話になっております」


 次にレイテアは歩くからくり人形とともに魔術師街へ向かう。人体模型みたいで不気味な姿の巨大からくり人形に、道ゆく人々は腰を抜かしたり、驚きのあまり叫んだりするが、レイテアを見ると『ああゴーレム姫さまがまたやらかしたか』という顔になり、立ち去っていく。ルスタフの領民はただの領民ではなく、よく訓練された領民なのだ。


「お嬢、おや、出来たんだねぇ?」


 見目麗しいエルフの女性がレイテアを迎える。彼女はこの国より永き時を生きる大魔女。レイテアに魔術を叩き込んだのも彼女だ。


「ええ!あとはお願いします師匠!」


 そう言ってレイテアは髪の毛を一本手渡す。エルフはそれを手に取り、次に掌をからくり人形に向ける。

 するとからくり人形を皮膚が覆い始め、やがて頭髪、爪、眼球などが形作られていく。彼女にしか使えない生体複製培養魔法だ。


「この姿でいいのかい?」

「うん。だって他の人じゃ問題になっちゃう」


 そこに立つのはからくり人形ではなく、身長十メートルのレイテア。

 淡く儚げなブロンドヘア、海の底を思わせる深いブルーの瞳、透き通った白い肌、薄紅色で形の良い唇。どこからどう見てもレイテア・ミーオ・ルスタフその人だ。ただ諸般の事情を考慮し、胸部装甲は本人と比較してかなり控えめにしてある。男とは哀しい生き物だから。


 生まれたままの姿であるレイテアそっくりのからくり人形、すぐさま待機していた公爵軍の兵士達が脚立と大量の布を運び込み、下着や服を着せていく。一般的な貴族令嬢が着ているドレスに比べ丈はかなり短い。肘と膝から先は白い鎧を装着、頭には顔が見えるタイプの兜。


「戦争用に幾つか武器もオーダーしてますの」

「へぇ?土木や建設用途だけじゃないのかい?」

「はい。従来のゴーレムよりずっと速く走れるし、しゃがんだり飛び跳ねたり出来るから、運用の幅は広がるはず」

「なるほどねぇ。コストが変わらなけりゃこれからの戦争は一変するね」

「コレに使われている古代魔術は誰にも模倣出来ません。それが強みです」


 すると遠くから馬の蹄の音が聞こえる。見ると護衛の騎士を引き連れてやってきた若者。


「レイテアぁーっ!!」

「あら殿下、おはようございます」


 騎乗する姿も品がある、この国の王太子だ。レイテアの婚約者。可哀想。


「こっこっこっこれは何だ!」

「あら?陛下には途中経過も含め全てお伝えしてますけど……生体ゴーレムの完成品です」

「ななな」

「この国の未来を変えてくれますわ」

「私は聞いてないが?」

「苦労しましたのよ?骨格に使われてるのは自己増殖する金属ユニチウム。北方の古代遺跡で発見されて……」

「それはいい。わかった。すぐに王城へ来るように」

「勿論でございます。完成したら真っ先に陛下にお見せするよう言われております」


 王太子もよく訓練されている。


 街を歩く巨大からくり人形、姿はレイテア・ミーオ・ルスタフその人。街道や家々の窓には何事かと人々が溢れている。だが混乱はない。

 からくり人形の手のひらに座って笑顔で手を振るレイテア。彼女を見たら『あのゴーレム姫か』と納得した顔。この国の市民もよく訓練されているのだ。


 そして王城内にある演習場。

 唖然としたいがそれを必死に抑え、感情を顔に出さないように努める国王、王妃、騎士団長、国軍元帥、その他の面々の前へ巨大レイテアは跪き、礼をとる。


「皆様、今日の機会を与えてくださり感謝致します。生体ゴーレム完成でございます!」


 満面の笑顔で挨拶するレイテア。


「まずはこのようなことが出来ます」


 国軍の主力、金属製ゴーレムが登場する。全長十メートル。どこか歪で無骨な人型の金属塊。それがゴーレムという既成概念だ。右腕には剣、左腕には盾を二本の指で掴んでいる。

 その後方に魔導士が三人付き従う。ゴーレムを操る為には、魔導士が最低三人は必要だからだ。

 まず認知担当。感覚器官を持たないゴーレムの代わりに視覚や聴覚を受け持つ。そして判断担当がどう動くかを決め、最後に操作担当が判断に従ってゴーレムを動かす。


「始めよ!」


 元帥の開始の合図。巨大レイテアは弾かれたように飛び出し、軍のゴーレムの背後に周り、足を祓う。倒れる軍ゴーレム。そのまま馬乗りになったかと思うと、剣、盾を取り上げ放り投げる。そのまま腕、足を無力化。動けなくなったゴーレムの核となる魔導集積回路を破壊。そして魔導士三人に剣を突きつける。あっという間の出来事。


「そこまで!」


 元帥の宣言に従い、立ち上がり礼をする巨大レイテア。静寂が支配する。人間は驚きが許容範囲を超えると無言になる。


「このように柔軟な動きが可能です。剣を持たせて、剣術を仕込めば剣士にもなれます。しかしある程度以上の動きをさせるなら、操縦士が必要となります」

「そなたが乗り込むのか?」

「ええ。魔導集積回路の波長は私のものに合わせていますので。ですがまだ完成には時間がかかります」

「量産は可能か?」

「そこは陛下とお父様でお決めくださいませ」


 そして翌日。不機嫌さを隠そうともしない王太子。まぁ十六歳といってもまだ子どもだし。笑顔で紅茶を嗜むレイテアとは好対照である。

 実は王太子、情報部員からの報告でレイテアが作ってるモノの詳細は知っていた。が、本当に完成するのかどうかは疑問を抱いていたのだ。


「レイテア、これからは茶会に付き合え」


 政略の為の婚約とは言え、王太子はレイテアに恋焦がれている。五歳の初顔合わせ。一目惚れ。しかし愛しいレイテアは寝ても覚めてもゴーレムと錬金術と魔術に夢中で、社交界デビューは愚か、各種舞踏会、お茶会にも参加したことがない。王家よりルスタフ公爵へ苦情に近い要請を入れても『まぁレイテアですからな』と公爵も諦め気味。ご愁傷様である。


「殿下、私もそうしたいのは山々ですが、生体ゴーレムの操縦機構と武装開発が大詰めでして……」


 現在、各種兵装と装甲、また操縦士を内蔵する為の各種調整の大詰めなのだ。


「レイテアは世界の覇者にでもなりたいのか?」

「それは違います。御伽話の巨人伝説、私はあれを再現したいだけでございます」


 レイテアが幼い頃に夢中になった御伽話。悪魔の軍勢に蹂躙される王国。それを救った白い巨人。彼女の人生を決めた物語である。

 十歳の時、家庭教師であった大魔女の古代魔術を無断使用し、自らを巨大化させた。公爵領は大騒ぎとなる。驚いた家畜は暴走、子どもは泣き叫び、年寄りはギックリ腰でへたり込み、子作り中だった若夫婦は離れられなくなり、公爵領軍は出撃。

 これには溺愛一筋だった両親も激怒し、彼女に一ヶ月の謹慎を命じる。レイテアは従来のものでもなく、人のように動くゴーレムの開発に向けて全力を注ぐようになる。


 レイテア・ミーオ・ルスタフ十二歳。

 貴族学院に入学。成績は常に上位だが、ほぼ学院の研究棟や技術棟に篭り切り。名前はおかしな方向で有名なれど、その姿を見た者はいない“幻の令嬢”として噂された。


 たまに見かけた学院の生徒達はこう証言する。


『ずっと何かを呟きながら歩いていた』

『すれ違う時、異臭がした』

『すごく綺麗な娘なのに髪はボサボサで、服はヨレヨレ』

『食堂で食べながら寝ていた』

『従者と侍女に怒られてた』

『レイテアちゃんは天使』


 婚約者である王太子は頭を悩ませる。まともに会うことも出来ない自分の婚約者。護衛と監視を兼ねた情報部員の報告もひどいものだった。


 彼、彼女らは学院の生徒として配置され、常にレイテアの動向を把握している。

 寝食忘れて研究に没頭するレイテア。

 見かねた情報部員が夜食を差し入れたり、でも手を付けないので口まで運んで食べさせたり、レイテアが作業場で寝落ちした際はベッドまで運んだり。そのうち公爵家が派遣している護衛、従者、侍女と一体となって『レイテアを世話する会』まで結成される始末。


「彼女は介護されてる老人かっ?!」  


 だがこれは他国の間諜にとっては大変困った状況。レイテアの研究は他国にも知れ渡っており、その内容を何とか入手しようとしたが、常時彼女のそばには人がいる。しかも護衛としても度を超えた密着。何の成果も得られなかった。


 ある時研究棟で爆発事故があった。その瞬間、学院にいた者全てはこう思った。


『レイテアが何かやらかした』


 彼らの予想通り、髪の毛がちりぢりになったレイテアが目撃される。


 ただ彼女の研究の成果として義肢の大いなる進歩が挙げられる。傷痍軍人や生まれつき手足の不自由な人々、怪我により手足を失った人々は涙ながらにレイテアに感謝を告げた。


 また生体ゴーレムの試作から生まれた獣型ゴーレム。これは購入コストこそ割高であるが、飼育コストがそれほどかからないものとして、農園や運送業、旅人の足として広く普及した。レイテアは“ゴーレム姫”と世間には呼ばれる。


「今に始まったことじゃないが……。帝国が開発したという機械仕掛けのゴーレムはもう知ってるだろう?」


 隣接する帝国は機械文明の国。


「はい。頑健さではあちらが優れてるでしょうけど、自己修復機能が無い機械ではその後の調整や修理を必要とする手間暇、費用が実戦となった場合にどうなるかと考えると……」

「それゆえ生体ゴーレムか」

「はい。それと我が公爵家の名を冠してルスタフと命名しました。完成次第、南領で問題になっているドラゴンを討伐致します」


 三ヶ月後。

 フルアーマールスタフが大地に立つ。様々な外装鎧を装備したその姿は、白い女騎士のようだ。

 後ろには王国軍。


「レイテア・ミーオ・ルスタフ、出撃します」


 生体ゴーレムルスタフの胸部が開き、中へ乗り込むレイテア。まるで臓器を思わせる内部に包まれるように。彼女の意思がそのままルスタフに伝わる。


 はるか上空を旋回するドラゴン。ルスタフに向けて威嚇するような視線を送ってきている。


「レイテア行きますわ!」


 魔導粒子キャノンを構えるルスタフ。後の世に『ドラゴンを倒した戦乙女ゴーレム伝説』として語られ続ける戦いが今始まる。


 ルスタフの姿を精巧に模した人形が貴族子女に空前のブームになるのは別の話。一部には貴族の好事家にも。


 また帝国との戦争、後にゴーレム電撃戦と呼ばれる戦いにおいて、帝国ゴーレムを百四機撃破した功績でレイテア・ミーオ・ルスタフは公爵位を授かり、長年に渡って帝国の侵攻を防いだのも別の話。

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