青の章 5話目「物言わぬ賢者」
「ッ!?」
驚きのあまり素っ頓狂な悲鳴を小さく上げてしまう。
だが、それも仕方のないこと。
想像だにしていなかったことだ。
今のは一体・・・
少なくとも目の前にいる人物が口を動かしている様子も、彼女本人から声を発している感じもない。
目まぐるしい状況の変化に頭がついていけずにいると、
『はて?何をそう焦っておられるのだろう?』
またしても頭の中で知らぬ女性の声が凛と響いてくる。
これは一体なんなのだろうか?
というより自分は何か喋って返答できるのだろうか?
『うーん・・・なるほど?』
またひとつ声が響く。
そして岩の上に腰掛けていた女性がぴょん、と此方へ飛び降りてくる。
一糸まとわぬ女性のしなやかな肢体が目の前に広がる。
いけない、これはよくわからないがいけない気がする。
途端に羞恥の心が芽生えてきてしまう。
先程まで生死の境を彷徨っていたような気もしていたのに。
『ふーむ・・・待った方がいいか、それともこちらから何か尋ねる方がいいか・・・』
『これは困ってしまったな・・・しかも互いに』
目の前の人物が眉を細めながら頭を掻く。
いまだに心穏やかとはいえないが、もしや頭の中で響いている声は彼女から発せられているのだろうか?
『お・・・ふむ、いいね』
『まずはひとつ正解だ。君の頭で響いている声は私から発しているものだ』
・・・どういうことだ?
なぜ、こちらの考えていることが彼女に伝わっているのだろうか。
それ以前にこの頭の中で響いてくる声は一体・・・
『・・・』
先程まで軽快に語っていた彼女?が再び眉を細めた。
見るからにこちらの反応を見てなにかしら思案しているようだが、こちらとしては何もわからないままだ。
と、いうよりもわからないことしかない。
少なくとも一般常識等であればある程度は覚えているが、それ以外は自分のこと含めよく覚えていない。
気付けば空から落下してきて、そのまま水中に没して、今はなぜか知らぬ女性と二人きりで互いに裸の状態で対面しているという、これまたわけのわからぬ状況。
『ふむ?・・・ふむ』
『要は君は記憶喪失ということだろうかね』
そういうことになるのだろうか?
気付けば知らぬ場所に居た・・・ということは記憶喪失であるということもあながち間違いではないような気もする。
『であればひとまずそうだな・・・君の頭の中に響いてる声、その現象についてはあまり深く考える必要はない。少なくとも今はね』
『おそらくは君と言語による意思疎通はできないだろうからな。こちらの方が互いに都合は良いだろう』
そう聞くとこちらとしてもありがたい話・・・ではあるのか?
確かに、互いにある意味では言葉で交流することができている。
これは願ってもいなかったことではあるのだろう。
『まぁ一旦は場所を移そうじゃないか。君は服がないことを心配していたみたいだしな』
『少し離れたところに日当たりの良い場所があってね。濡れていた君の服を乾かしていたんだ』
『もっともぉ?そこそこ長い時間、目を離していたからねぇ・・・もしかすると野生動物がどこかへ咥えて持って行ってしまったかもしれないが』
密かにずっと心配していた服のことについて彼女からそう説明される。
悪戯っぽく笑い、白い歯を覗かせながら。
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