第11話 テスト本番

 試験初日の朝。学校はいつもと違って少し緊張した空気に包まれていた。教室に入ると、ほとんど全員が試験の範囲を確認しあいながら最後の追い込みをしている。普段は騒がしい教室も、この日ばかりは静かで、皆がそれぞれの不安を抱えているのがわかる。

 俺、和泉悠紀もその一人だ。昨夜まで勉強会含めてしっかりと勉強したはずなのに、試験前になると、あれもこれも忘れている気がしてきた。

 不安になり頭を抱えていると、後ろの席に座る伊藤が話しかけてきた。


「悠紀、どんな感じ? 苦手な現国始まりとか、俺は不安でしかない」


「やれることはやったはずだし当たって砕けろって感じかな。それより俺はその後の世界史のほうが不安だよ……」


 試験の時間が迫るにつれて教室全体の空気がさらに重くなり、先生が入ってくると、皆が一斉に沈黙した。


「どうしたみんな、表情が暗いぞ」


「だって高校のテストってだけで緊張します、しかも初めてですよ」


 クラスの誰かがそういうと、先生は笑って答えた。


「そんな重く考えるな。たかだか一回のテストだ。そんなんで人生決まらないからな、安心して何点でもとりたまえ」


 生徒指導している割にはそんなこと言っちゃうのかよ。

 しかし、先生の言葉で張り詰めていた空気が少し和んだ。リラックスしてきたおかげかなんだか出来そうな気がする。


「さて、それじゃ始めるぞ」


 先生の声とともに、試験用紙が配られる。深呼吸をして、俺はゆっくりと試験用紙をめくった。最初の問題は比較的簡単だったが、進むにつれて次第に難易度が上がってくる。頭の中で詰め込んだ知識を必死に引き出しながら、問題を一つずつ解いていく。


 試験の時間は意外と早く過ぎ去り、終了の合図が鳴ると同時に、クラス全体が一斉に肩をすくめた。解放された瞬間の空気が一気に広がる。周囲からは「どうだった?」という声が飛び交い、私も伊藤と軽く話す。


「どうだった?俺は思ってたよりマシだったけど……」


「俺もまあ、なんとかなるかなって感じ」


 まだ初日、ましてや一科目だが、既に疲れを感じていた。だが、この調子であと三日間乗り切らなければならない。そう思うと嫌気がさしてくるが、これまでの一週間頑張ってきた自分を裏切らないためにも頑張るしかない。


 二日目、三日目も同じように淡々と過ぎていった。試験科目ごとに少しずつ緊張感は和らいでいき、試験後には友人たちと「どんな答え書いた?」と笑いながら話す余裕も出てきた。侑香先輩や心とも廊下で顔を合わせ、時折勉強の話をしながら「あと少しだね」と励まし合う。勉強会を共にした四人で時折集まっては、次の試験の問題を出し合ったりした。


 そして、四日目。最終日の試験が終わると、学校全体が一気に活気づいた。


「終わったーー」

「いやっふーー」


 皆が試験の解放感に浸り、歓喜の叫びが聞こえてくる。

 おのおの放課後や明日の採点日になにをして過ごすかそんな話題で持ちきりである。

 廊下に出ると、いつもなら狭いとしか思わないのに、今だけは窓から流れ込む空気が妙に爽やかに感じた。試験を乗り越えた達成感と開放感からだろうか、身体が軽く感じる。

 教室にもどり、帰る支度をしていると名前を呼ぶ声が聞こえた。


「悠紀!」


 振り返ると、ミアが笑顔で手を振っていた。いつも明るい彼女だが、今日は特に元気そうだ。


「試験お疲れ様! ねえ、せっかく試験が終わってもう帰れるんだし、どこか遊びに行かない?」


「遊びに?」


 早く家に帰ってゴロゴロして、最近やれていなかったゲームの続きをしたい気持ちもあったがリフレッシュするには、こういう時間も必要だろう。


「うん、いいかもな。どこ行くんだ?」


「大きなショッピングモール! 前に一人で行ったことあるんだけど、悠紀と行ったらもっと楽しいかなって思って!」


 ミアの笑顔につられ、自然と俺も頷いた。しかし、立ち上がろうとした瞬間、目の前が一瞬ぐらりと揺れた。


「……あれ?」


 脚がふらつき、軽く机に手をついて体勢を整える。最近座っていることが多かったせいに違いない。


「大丈夫?」


 ミアが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「いや、大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけだよ」


「無理しないでね。もししんどかったらすぐ言って。今日は遊ぶっていうより、ゆっくり過ごす感じでもいいから!」


 そう言って、彼女は優しく微笑んだ。俺も少しだけ微笑み返し、そのままミアと一緒にバスに乗りショッピングモールへ向かった。


 ショッピングモールに到着してから、軽く食事をしながら雑貨店や服屋を覗いた。ミアは色々な商品を手に取り、「これ可愛くない?」と俺に見せてくる。最初は楽しい時間を過ごしていたが、次第に身体がだるくなり、頭がぼんやりしてくるのを感じた。

 思っていた以上に、体調が良くないかもしれない。どうにかして彼女にバレないようにここはやり過ごさなければ。

 ミアが手に取った可愛らしいアクセサリーを見せてくれるが、俺の視界がぼやけてくる。彼女の声は遠く、まるで水の中から聞こえてくるような感覚だ。冷や汗が背中を伝い、足元が不安定になるのを感じた。


「これ、どう思う?」


 ミアが笑顔で差し出してくる小さなアクセサリーが、かすかに揺れているように見える。だが、どう答えたらいいのか言葉が出てこない。少し頭を振って、なんとか言葉を搾り出す。


「ああ……可愛いんじゃないか?」


「でしょ! 買っちゃおうかな!」


 ミアは無邪気に笑っている。俺もつられて笑顔を作ろうとするが、どうにも頬がこわばってしまう。視界が少し揺れ、意識が遠のきそうだ。

 心配させたくない。ここでミアに弱っているところを見せるわけにはいかない。それに、彼女は楽しんでいる。そんな中で「調子が悪い」なんて言ったら、せっかくの楽しい時間を台無しにしてしまう。


「もう少しだけ……」


 そう自分に言い聞かせて、俺は何とか足を動かした。ショッピングモールの人混みの中を、ミアと一緒に歩き続ける。だが、頭の中は重く、体中の力がどんどん抜けていくのがわかる。


「悠紀、大丈夫?」


 ミアの声が突然近く感じた。彼女が不安そうに俺を見ていることに気づいた。どうやら、俺が立ち止まってしまったらしい。体が重く、足が前に進まない。


「ごめん……少し、体がだるくて……今日は俺先に帰るよ。ミア、悪いけど……」


 ミアは驚いた表情を見せたが、俺の異変に気づいていたのか、すぐに優しい表情に変わった。


「私のせいで……無理しちゃダメだよ。私も一緒に帰るから!」


 俺が言葉を出す前に、ミアはすぐに俺の隣に来て、肩を貸してくれた。彼女は黙ってバス停に向かって歩き出す。俺は弱音を吐くことなく、黙々と彼女のペースに合わせて歩き続けた。

 バスに乗り、窓の外を眺めていると、目の前が徐々にぼやけてきた。どうやら熱が上がっているらしい。ミアは心配そうに俺をちらちらと見ているが、あえて何も言わないでいてくれる。


「本当に……ごめん、ミア……」


 声がかすれた。頭がぼんやりしてくる。ミアが何か俺に話しかけているような気がするがうまく聞き取ることができない。俺はただ、早くシェアハウスに帰ることだけを考えた。

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