第10.5話 二人の勉強会
今日から学習強化週間が始まり、いつもより早く帰宅した私は、一人リビングで勉強を始めていた。進学クラスに所属していることもあり、課題の量が多く、試験範囲も広い。
この一週間をどう過ごすかが、結果に大きく影響する。そんな焦りもあり、早速勉強を始めた。
静かなリビングで一人、参考書とノートを広げていたが、やはり自分一人で勉強するには少し不安がつきまとう。試験範囲を全部網羅できるのか、間違った解釈をしていないか、そんな疑念が頭をよぎる。
「ただいまー。あれ、まだ心しか帰ってないの?」
侑香先輩の声が聞こえ、はっと頭を上げる。
「は、はい」
「あれ、もう勉強始めてるの?私も先輩として相談のるよ。なんなら一緒に勉強しよ」
先輩はそう言いながら、私の隣に座る。彼女の明るい表情と、親しみやすい声に少し安心感を覚えた。二人で勉強するという提案は、本当に心強い。
「本当ですか? すごく心強いです。侑香先輩も六組ですし」
「ええ、お互いに助け合おう。私も心の力になれるなら、それが一番嬉しいわ」
侑香先輩も自分の教科書やノートを広げ、二人で勉強を進めることにした。彼女は理系科目が得意で、私が苦手にしている分野についても親切に教えてくれた。
私が理解に戸惑っていたことを、侑香先輩はわかりやすく説明してくれる。その度に「なるほど、そういうことか」と思い、理解が深まっていく。
「数学の公式って、覚えるだけじゃダメなんだよね。どう使うかってところまで理解しないと、本番で対応できないから」
侑香先輩はそう言いながら、説明を続けた。彼女の言葉を聞くたび、勉強に対する姿勢が引き締まるのを感じた。
「心、すごく集中力あるわね。感心しちゃう」
侑香先輩が感心したように言ってくれたが、私はそれに対して謙遜して答えた。
「いえ、そんなことないですよ。侑香先輩がいてくれてるおかげです、本当に助かってます」
そう話しながら、私たちはさらに勉強を続けた。問題を解いていくたびに、少しずつ自信がついてくる。
リビングには穏やかな時間が流れていた。私と侑香先輩は、無言で各自の勉強に集中していた。時計を見ると、すでに六時を過ぎていた。数時間があっという間に過ぎていたことに気づく。
「そろそろ休憩しようか。夕飯の準備、始めましょう」
侑香先輩が、ペンを置いて立ち上がる。
「そうですね、私も少しお腹が空いてきました」
私も彼女に続いて席を立ち、キッチンへと向かった。
いつも皆で夕飯を食べるのだが、悠紀とミアはまだ帰ってこない。部活の集まりの時にミアに話を聞いておけばよかったと後悔した。
いつもは会えば必ず彼女から話しかけてくるのに、今日は何もなく彼女は教室に戻ってしまった。
後悔ばかりをしても仕方がない、今は目の前に料理に集中しなきゃ。頬を軽く叩いて冷静になる。
「今夜は何作りますか?」
私は侑香先輩に尋ねながら、冷蔵庫を開ける。
「そうね……簡単に作れるものでいいんじゃない? 今日は長く勉強して疲れたし、軽めにいこうか」
そう言って、侑香先輩は冷蔵庫の中を覗き込みながら考える。結局、野菜炒めと味噌汁、それにご飯を炊くことに決めた。
二人で手際よく野菜を切り、調味料を揃え、フライパンに火をかける。湯気が立ち上り、キッチンは食欲をそそる香りに包まれた。
「おいしそうな匂いですね……」
私は思わずそう言いながら、味噌汁をかき混ぜた。 悠紀と二人じゃこんなに手際よくいかないなと考えてしまう。あれから何回か練習しているがなかなか上手くはいかない。
侑香先輩は野菜炒めの味見をしながら、軽く微笑む。
「さあ準備、できたわね」
侑香先輩が小さく息をつきながら、テーブルに料理を並べた。私も彼女の隣で皿を整えながら、ふと壁掛けの時計に目をやる。八時を過ぎ、辺りはすっかり暗くなっていたが、依然として二人からは連絡がなかった。
「……遅いですね、悠紀くんたち」
侑香先輩も同じく時計を確認し、少し考え込むような表情を見せた。
「そうね、もう結構な時間なのに」
私はスマホを手に取り、ミアから何か連絡が来ていないか確認した。しかし、メッセージも着信もなく、ただの沈黙が続いている。
「とりあえず、先にご飯を食べておきましょうか。帰ってきたらまた温め直してあげればいいし」
侑香先輩は、そう言うといただきますと手を合わせた。
「そうですね。お腹も空いてますし……」
私は頷き、二人でテーブルに向かい合った。
悠紀とミアの席は空いたままだが、私たちはそのまま夕飯を始めた。食事を口に運びながら、再び二人のことが頭をよぎる。
「悠紀くんとミア、何してるんでしょうね?」
私はそうつぶやいてしまう。侑香先輩は、箸を止めて少し考え込むような表情を浮かべた。
「ミアに連絡してみようか」
彼女はすぐにスマホを取り出し、何度かミアに電話をかけた。しかし、電話は鳴るだけで誰も出ない。侑香先輩の顔には少し焦りの色が浮かんだが、落ち着きを保ちながら電話を切った。
私も何度かミアにメッセージを送ってみるも返信はない。
「……出ないわね。心、悠紀くんの番号知らない?」
「いえ、知らないです……」
私が首を振ると、侑香先輩は少し考え込んでから、再びスマホを手に取った。
「春子さんなら知ってるはず。ちょっと聞いてみるわ」
そう言って彼女は素早く悠紀くんのお母さんである春子さんに電話をかけ、すぐに必要な情報を得た。侑香先輩は悠紀くんの番号をメモし、今度は彼に直接電話をかけた。
「……出るかしら」
スマホを耳に当てながら、侑香先輩は少し不安そうに呟いた。しかし、すぐに彼女の表情が変わり、電話の向こうからの声に反応しているようだった。
『……もしもし』
「もしもし、悠紀? 連絡の一つもよこさないでどこにいるの?」
彼女の口調は最初こそ怒っていたが、次第に穏やかになっていった。それでも心配の色が滲んでいる。私は隣で侑香先輩の様子を見守りながら、悠紀くんたちが無事であることを願うばかりだった。
「なら良かった、全然連絡付かないんだもん。とにかく、早く帰って来なさい。話はそれから」
侑香先輩は通話を切り、深く息をついた。
「無事みたい。もうすぐ帰ってくるって」
「よかったです……」
ほっとしたように胸を撫で下ろすと、侑香先輩も少し微笑んで頷いた。
「無事なこともわかったことだし、私たちは早く食べちゃいましょ。きっと帰ってきたらすぐにご飯を食べたいだろうし、片付けておいたほうがいいわ」
侑香先輩の提案に私は頷き、二人で食事の片付けを手早く済ませた。キッチンを整えた後、侑香先輩が私に軽く声をかけた。
「心、先にお風呂に入ってきて。私はもう少しここで待ってるから」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、私は先にお風呂を使わせてもらった。湯船に浸かると、今日の疲れがじんわりと溶けていくようだった。リビングでの勉強や、悠紀くんたちが帰ってこないことへの心配もあったが、こうして体をリラックスさせると少しずつ気持ちも落ち着いていった。
お風呂から出て、髪を乾かした後、自室に戻った。まだ悠紀くんとミアの姿は見えない。ベッドに腰掛けて、ふと机の上に置かれた英単語帳を手に取った。
「……今日は、英単語の復習をしておこう」
明日からも試験に向けて勉強を続ける必要がある。ベッドに腰を下ろし、単語帳をめくり始めた。しかし、どこか集中できず、視線はたびたび部屋の扉へと向かう。
すると、階下から玄関のドアが開く音が聞こえた。
「……悠紀くんと、ミアかな?」
私はベッドから立ち上がり、ドアに手をかけた。二人の帰宅を確認し、声をかけようかと思ったが、廊下に出た瞬間、ふと足が止まった。
微かに聞こえてくる会話の声。それは、悠紀くんとミアのもので、どこか和やかで楽しげな雰囲気だった。彼らは何かを話しながら笑い合っているようだった。
私はドアの隙間から階下を覗き、二人の姿を確認した。確かに仲良さそうに話している。帰宅が遅れた理由は聞けなかったけれど、その様子を見ていると、なぜか胸の中に小さな引っかかりが残った。
「……なんだろう、この気持ち」
私はその場で立ち止まり、迷った末に声をかけずに部屋へと戻ることにした。ドアを静かに閉め、ベッドに腰を下ろすと、英単語帳を再び手に取った。
しかし、どうしても集中できなかった。二人の楽しそうな声が頭から離れない。彼らが仲良くしているのは嬉しいはずなのに、なぜか心の奥にモヤモヤとしたものが残っていた。
「今日は……もう寝よう」
英単語帳を机に戻し、私は布団に潜り込んだ。部屋の電気を消し、目を閉じると、ようやく一日の疲れが押し寄せてきた。眠気に身を任せながら、いつの間にか意識は遠のいていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます