第10話 勉強会

 初日の勉強会が終わり、伊藤と渡辺さんは電車で帰り、俺とミアはシェアハウスへと歩いていた。

 帰り道一緒なのかよと伊藤に茶化されたが、なんとか振り切って今に至る。すっかりと暗くなってしまった通りは、少ない街灯がほんのりと照らしていた。

 俺たちは同じ道を歩いているのに、どこか妙にぎこちない。そんななか、ミアが先に口を開いた。


「……今日は楽しかったね」


「あ、うん、思ってたよりも勉強会っぽくなったね……」


 俺もそう答えるが、その後すぐに言葉が途切れた。

 それ以上、何かを言おうとしても声にならない。暗いせいでよく見えないが、ミアの表情は少し硬いように感じる。

 少し歩くたびに、微妙に縮まる距離がなんだか気まずい。普段なら普通に話せるのに、こうして二人きりになると、どうしてこんなに言葉が出てこないんだろう。

 頭の中でいくつも言葉を探しているが、どれも適切なものじゃない気がして、結局沈黙が続く。


 ミアは隣で歩きながら、ちらちらとこちらを伺っているようだ。俺も何か話しかけるべきだと分かっているが、どうにもタイミングがつかめない。気まずい空気がさらに重くなっていく気がする。


「えっと、あのさ——」


 思い切って話しかけようとした瞬間、俺のポケットの中でスマホが鳴り出した。突然の音に二人ともびくっとして、俺は慌ててスマホを取り出す。

 画面には見覚えのない番号が表示されている。

 知らない番号の電話は出るなって教わってきたから無視するべきか悩んでいると、ミアが覗き込んできた。


「それゆーかの番号じゃない?」


 そう言って彼女は自分のスマホを確認する。


「私のとこにもかかって来てたみたい、全然気付かなかった……とりあえず出る?」


 彼女に促されるようにして、未だ鳴り続けるスマホを耳に当てる。


「……もしもし」


『もしもし、悠紀?連絡の一つもよこさないでどこにいるの?』


 電話の向こうから侑香先輩の怒った声が響く。俺は思わず耳を離すほどの迫力だ。だが、連絡って、俺そもそも金子先輩の連絡先知らないし——


「あの、先輩、俺、連絡先持ってないんですけど……」


『え?……そうだったっけ?』


 金子先輩の声が一瞬トーンダウンする。しかし、すぐに取り戻したように再び厳しい口調に戻る。


『まあいいわ、無事なのね。とにかく早く帰ってきなさい。ミアも一緒なのね?』


「は、はい!」


『なら良かった、全然連絡付かないんだもん。とにかく、早く帰って来なさい。話はそれから』


 強制的に通話が終わり、俺はスマホを見つめながら呆然とする。


「やっぱり、ゆーかだった?」


 恐る恐る聞いてくるミアに、俺は首を縦に振る。


「うん……怒ってるみたい。とりあえず早く帰ろう」


 俺とミアは急いで歩き出す。

 さっきまでの気まずさは消え、今はただ早くシェアハウスに戻ることしか頭にない。


 シェアハウスに戻ると、侑香先輩が腕を組んでリビングで待っていた。

 心の姿は見えなかった。


「何かあったのかもしれないって心配したのよ」


「「す、すみません……」」


 俺たちは並んで頭を下げる。侑香先輩はしばらく俺たちを見つめていたが、やがて溜息をついて座り直した。


「謝って欲しいんじゃないの。あなたたちの身に何かあったらどうしようってただただ心配してたの」


 そう言うと再び立ち上がり俺たちに背を向ける。

 先輩の目元が軽く光ったような気がした。


「まあ、今回は何もなかったからいいけど、次からはちゃんと連絡して。私に直接でもいいし、リビングのホワイトボードに書いてもらっても構わないから」


「「はい……」」


 後で私の連絡先教えるからと、そう言った先輩は自分の部屋に向かってしまった。


 俺とミアは肩を落として、少し重苦しい雰囲気のままリビングを後にした。


 ***


 それから数日が過ぎ、その間も放課後に一人で県図書に行ったり、自習室を活用したりして、ついに定期試験が目前に迫っていた。

 放課後、俺たちは再びファミレスでの勉強会を開くことになった。メンバーは前回と同じく、伊藤、渡辺さん、ミア、そして俺だ。

 それぞれ最後まで出来ることをやり、分からないとこがあれば聞くのみで、ほとんど会話はなかった。


 ファミレスの一角での、勉強会が一段落し、みんなで注文した料理が運ばれてきた。俺たちはそれぞれが頼んだ料理に手をつけながら、自然とリラックスした雰囲気に包まれていた。


「今日で最後の勉強会かー、なんだかんだ毎日楽しかったな」


 伊藤が満足げに言いながら、勢いよくハンバーグにナイフを入れる。渡辺さんはそんな彼を見て笑っている。


「そうだね。最初は緊張してたけど、みんなと一緒に勉強するのって案外楽しいね」


「そうそう。自分一人だとこんなに集中できないし、皆と一緒にやると自然と頑張れるんだよな。特にミア、最初からすごく真剣だったよね」


 伊藤がミアに声をかけると、彼女は少し照れくさそうに笑った。


「勉強会なんだし、真剣にやらないと意味ないでしょ。でも、みんなと一緒だといい感じにリラックスできるのがよかったかも」


「確かに。みんなそれぞれ得意な科目が違うから、教え合いながらやれたのが大きいよね」と渡辺さんが言い、みんなで軽く頷いた。


「それにしても、渡辺さんの化学の教え方、ほんとにわかりやすかったよ。俺、かなり助けられた」


 俺が感謝の気持ちを伝えると、渡辺さんはちょっと照れたように笑った。


「ありがとう。でも、悠紀くんも数学の問題教えてくれたから助かったよ。お互い様だね」


 何日も一緒に勉強してきたことで、俺たちの間には自然な信頼感が生まれていた。そんな気がする。

 しばらく黙々と食べていたが、伊藤が急に箸を止めてみんなを見渡し、口を開いた。


「そういえばさ、みんなテストが終わったら何するか決めてる?」


 四日間にわたるテスト期間が終われば、最終日の翌日は採点日として休みになる。

 おそらくその日に有名ショッピングモールに出かけようものなら、同級生にしか会わないと言っても過言ではないだろう。だって遊ぶ場所とかそこしかないし。


「私はバッティングセンターでも行こうって思ってるよ。勉強ばかりで体が鈍ってしょうがなくてさ」


 渡辺さんは俺が思っていたよりもアクティブなのかもしれない。バッティングセンターという発想は俺になかった。


「俺もそうしよっかなぁ。たまにはサッカー以外の球技もありかも」


「私もやってみたいかも!」


 伊藤に続いてミアも興味を示し、みんなで勉強とは別の話題で盛り上がりながら、自然と楽しい時間が過ぎていった。


 そうして俺たちはついに試験初日を迎える。

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