第9話 迫り来る定期試験

 高校生活にも少しずつ慣れてきた。クラスメートとの距離感も縮まり、毎日が少しずつ「日常」に変わりつつある。気がつけば庭の桜の木は散り、五月も半分が過ぎようとしていた。

 そんな中、来週に迫る初めての定期試験の話題が、クラス中で広がり始めていた。


 教室に入ると、伊藤尚いとうなおが俺に声をかけてくる。


「悠紀はさ、もう試験勉強してんのか?」


 俺は曖昧に笑って答える。


「いや……ちょっとだけ。どのくらいやればいいのかさっぱり分からん」


 伊藤は笑いながら机に肘をつく。


「俺もさっぱり分かんねーから、ノー勉でいこうかな。自分の力を信じるぜ」


 顔は良いのに発言が残念でならない。

 しかし実際俺も正直、勉強しなくても大丈夫な範囲だと思ってしまっている。

 まだまだ中学校の勉強の延長線上であり、想像していたほどではない。

 それでも、それなりの進学校で売っているこの学校では定期試験の一週間前になると学習強化週間が始まり、部活動が休みになる。


「なあ伊藤、どうせ放課後暇だろうから一緒に勉強しないか?」


 俺の提案に驚きながらも、手をポンと叩き納得した表情を見せる。


「良いじゃん!」


 一人だと続かなくとも誰かと一緒にやれば多少は続くだろう。


「でもよ、悠紀が分からない問題とかは俺も分からないし、それはどうするのさ?」


 伊藤の言葉に思考を巡らせる。数学と理科はなんとかなるが、世界史と英語はどうしようもない。

 誰か身近に出来そうな人は……


「あっ、ミアを誘うのはどう?」


「おー確かにいいな、俺は莉里誘おうかなって思ったけどどうよ?」


 りり……?知らない人だな。

 怪訝そうな顔をしていたのだろう、伊藤が呆れるようにして話す。


「……ったく、同じクラスの渡辺さんって言えば分かるか?」


「あー、渡辺さんのことね」


 普段名字でしか呼ばないから名前で言われても分かんないよ。

 渡辺莉里わたなべりり、少し長めの淡い茶色の髪が印象的だ。

 サッカー部のマネージャーをやっているらしく、よく伊藤と話している姿を見かける。

 俺は最初のアイスブレイクでちょっと喋った以外で話したことないけど。


「俺、気になってたんだけどさ、何でミアと仲良いの?」


 一瞬固まってしまい、返答に困る。ミアと俺の関係を伊藤に説明するのは……どうしたものか。

 シェアハウスで一緒に暮らしているなんて知られたら、余計な誤解を招くかもしれない。


「え、ミアとは……クラスメートだから、まあ普通に仲良くしてるだけだよ」


 なるべく冷静に返すが、伊藤好奇心に満ちた顔でじっくりと見つめてくる。

 やだなに、恥ずかしいんだけど。


「ふーん、まあ良いけどさ。じゃあ昼休みか、放課後にでもお互いに声かけてみるか?」


「そうだね」


 ***


 昼休みが始まると、購買にパンを買いに行く人、友達と席をくっつけて弁当を食べる人、さらには別のクラスにまで行く人など様々である。

 そんな中、机に大きめの弁当を広げているミアに俺は話しかける。


「ミアさえ良かったらなんだけど、今日からテスト勉強一緒にしない?」


「うーいあえんおうえっいんあえ。ああいあえんえんいいお!」


 ハムスターのように、口をいっぱいにして話すせいで、何を言っているのかさっぱり分からない。


「全然分かんないから、とりあえず飲み込んでからにしよ」


 彼女はもぐもぐと聞こえそうな程、口を動かしやっとのことで飲み込む。

 もう平気よと言い、話を始める。


「私も勉強会したい!英語以外が不安でしかなくて……」


「そうだったんだ。俺は英語がからっきしだけど、それ以外でできる範囲で教えるよ。お互い助け合えたらいいし」


 ミアは微笑んでうなずいた。


「うん、ぜひお願い!……悠紀、数学得意なんでしょ?」


「まぁ、理系科目はなんとかなるかも。でもそれ以外は厳しいから、そこは伊藤とかに頼らないと」


「他の人もいるならより一層心強いね」


 友達と勉強会、なんだか青春な気がした。



 その後も色々と談笑をして昼休みは終わり、放課後を迎えた。

 ホームルームが終わり、机に突っ伏している伊藤に話しかける。


「ちゃんと渡辺さん誘えたのか?」


「ったりめーよ。俺を舐めてもらっちゃ困るぜ」


 バッチリウインクを決め、ドヤ顔で俺の方を向いてくる。


「悠紀こそちゃんと誘えたのか?英語はミアがいないとどうにもならないからさ」


「そのぐらいは出来るって」


 伊藤と話に花を咲かせ盛り上がっていると、ミアと渡辺さんがやってきた。


「待たせちゃったわね、今日から部活ないからその連絡があって」

「お待たせ〜、私もちょっとマネージャーの集まりがあって」


「お、全員揃ったことだし、駅前のファミレスに向かうか!」


 と伊藤が立ち上がり、手をパンと叩いた。


「ファミレスで勉強会って、なんかアニメや漫画みたいでいいね」


 と渡辺さんが笑顔で言うと、ミアも賛同する。


「確かに、私も憧れだったの!」


 みんなで会話をしながら校門を出て、夕暮れに染まる道を駅に向かって歩く。少し肌寒くなってきた風が心地よく、雑談が途切れない。


「悠紀って、いつもどこで勉強してるの?」


「俺?家でやることが多いけど、集中できないときは図書室とか使ってたかな。ファミレスは今日が初めて」


 シェアハウスに来てからは県立図書館、通称県図書が近くにあるため、今後はそこを活用しない手はない。


「へぇ、家で勉強できるの羨ましい。私はどうしても誘惑に負けちゃって……ついスマホとか触っちゃうのよね」


 そう言うとミアは苦笑いを浮かべた。


「それ、めっちゃわかるわー、俺も家じゃ勉強なんてできないタイプだから、今日はみんなで集まれてほんとに助かるぜ」


 伊藤、たぶんお前はどこでも集中してないだろ。

 そんな話をしながら駅前に着き、目当てのファミレスが見えてきた。

 伊藤を先頭に、中に入る。

 ファミレスの店内は平日の夕方ということもあって、それほど混んでいない。俺たちは窓際のテーブル席に座り、各自注文を済ませると早速勉強道具を広げた。


「じゃあ、まずは各自苦手なところをやって、それから分からないところを教え合う感じでいこうか」


 俺が提案すると、みんなも頷いて勉強を始めた。

 ミアは早速数学の問題集を開き、少し悩んだ表情を見せている。


「悠紀、ここどうやって解けばいいの?」


 彼女が問題を指さしながら聞いてくる。


「そこは……たすき掛けを使うんだけどやり方覚えてる?」


 俺が説明を始めると、ミアは真剣な眼差しで問題に取り組んでいる。

 一方で、伊藤と渡辺さんも英語の問題を広げて真剣に取り組んでいる姿が見える。


ファミレスの中で、青春の一コマがゆっくりと進んでいく、そんな気がした。

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