第7話 シェアハウス会議

 俺は今ものすごく緊張している。なぜなら家族会議ならぬ、シェアハウス会議が始まったからである。

 リビングのテーブルを囲んで、俺たち住人四人が座っていた。金子先輩が議長を務め、今の分担について問題がないか、何か不明な点はないのかそう言った議題から始まり、今日は俺にとって少し居心地の悪い話題が最後のテーマだった。


「さて、本日最後の議題は私たちと悠紀についてだ」


 その言葉と同時に、一気に俺に視線が集まる。


「ここ数日生活していて、私はみんなに少し距離があるように感じている」


 もし二人とも俺からの距離を感じると言われたらどうしようと、恐る恐るどのように感じているかを聞くしかなかった。


「それで……先輩以外のお二人はどうお思いで?」


 ミアさんは俺の方をしっかりと見た目、内海さんは少し顔を伏せるようにしながらも声に出した。


「私は正直もっとフレンドリーに接して欲しいわ。たとえば名前のさん付けをやめるとか」


「私は別にそこまでは……私だって皆さんと話す時敬語使ってますし」


 二人の言葉に耳を傾けていた金子先輩は「よし」と言い、一息つく。


「では、いきなり全て変えるというのは大変だからな。シェアハウスの中では敬語禁止というのはどうだろうか?」


 ミアさんは少し考えてから、パッと明るい表情になる。


「それ、いいね!せっかく一緒に生活してるし、もっとみんなと仲良くなりたい」


「私は構わないです」


 一方で、内海さんは少し戸惑ったような顔をしていたが、ゆっくりと頷きながら答えた。


 俺は提案に対して戸惑いを感じながらも、あえて反論する必要も理由も見つからないため、賛同するほかなかった。


「決まりだな」


 と金子先輩が微笑みながら言い、会議は無事に終了した。それと同時に、緊張の糸が切れた俺はテーブルに項垂れた。

 これからシェアハウスの中だけでも敬語を禁止にすることで俺たちの関係にどのような影響が出るのだろうか、そしてどうして先輩はここまでするのか考えながら、そのまま溶けるようにして眠ってしまった。


 ***


「ゆ……、……きろ。悠紀、風邪引くぞ」


「母さん、もう少しだけ……」


「私は君のお母さんではない、寝ぼけてないで早く起きろ。風邪を引くぞ」


「ん……金子先輩?」


 目を擦りながら身体を起こすと、呆れた顔をした金子先輩が目の前に座っていた。リンスの優しい香りがふっと漂ってきた。


「全く、君は本当にだらしないな。春子さんが困っていたのもなんとなく分かる気がするよ」


 意識がまだハッキリしない俺は、先輩の言葉をはっきりと聞き取ることはできなかった。

 先輩の差し出してくれた水を一口のみ、ようやく頭がスッキリした俺は、どうしてあのルールを提案したのかを尋ねた。


「金子先輩はどうして、敬語禁止なんてルール作ったんですか?」


 先輩ってつけるのもルール違反だと冗談まじりに笑いながら、それでも真剣な表情で話す。


「私の家は結構厳しくてね、今思えば家での生活は息苦しくて、友達と出会える学校が息抜きの場所になっていたんだ」


「以前、ミアとはホームステイの時に出会った話はしただろう。その時に私は家でも初めて居心地が良いと思うことができた。それでみんなにもこのシェアハウスでの生活が居心地の良くて安心できる、そんな場所にしたいと思ったんだ」


「……そうだったんですね」


「まあでもこれは私のエゴの押し付けかもしれないな。だけど……それでも……悠紀、このシェアハウスの中だけでも私が先輩ってことを忘れてくれないか?」


 思いもよらない先輩からの申し出と、普段からは想像もできないいじらしい表情に思わず胸の鼓動が早くなる。


「先輩ってことを忘れて?」


 思わず問い返してしまうと、金子先輩は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻したのか、顔を逸らしてしまった。


「い、今のは別にそういう意味じゃないからな!ただ……ただ君が敬語を使わないのに慣れてもらうためっていうか、その……勘違いするなよ。あれだ、ジョークだよ、ジョーク!先輩は付けて構わないからな」


 そう言いながら、無理に笑ってみせたその照れ隠しが逆に可愛らしく見えてしまった。俺は思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えながら、ニヤニヤしながら「そうなんですね、侑香」と頷いた。


「ば、バカにするな!とにかく私はもう寝るぞ。風邪ひかないように早くお風呂に入って早く寝ろ!」


 そう言うと先輩は逃げるようにして去ってしまった。先輩の頬がいつもより赤く見えた気がしたのは、彼女がお風呂上がりだったからなのだろうか。


 ***


「いじり過ぎたかな……明日謝らないと」


 湯船に浸かりながらさっきの出来事を思い出していた。

 何はともあれ、彼女の思惑通り意外と敬語を使わないだけで距離は縮まるのかも知れないとそう思った。

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