第7話  絵里香の事情、翼の事情

 次の日の昼過ぎに、麗華は『ボトルシップ』に現れた。


「カラン、カラン」のベルの音に航が顔を上げると、麗華一人だった。


「あれ? 航、今日は翼さんは?」


 麗華がカウンターの中にいる航に声をかけた。


「お前の方こそ、お姉さんはどうしたんだよ」


「ん~~ 昨日、疲れたみたい。朝から熱があって……」


「お嬢様に見えたのは、俺の見間違えじゃないようだな!」


「あたしだって、お嬢様だモン!! 絵里香ねえは、ちょっと人よりデリケートなだけだモン!! それより、翼さんは?」


 洗い物をしていて気づかないフリをしていたが、航はちゃんと聞こえていた。水を止めると、タオルで手を拭いてエプロンを外す。


「翼は、家の方で用があるんだよ。それよりどうした? モーニングは11時までだぞ。今日は何で来たんだ?」


「別邸を管理してくれてる、草刈さんの軽トラに乗せてもらってきたの」


「別邸って……お前、ただ者じゃないな……」


「すごいのは、パパや兄貴やその周りの人だよ。でも、一番すごいのは、働いてくれる人がいるおかげで、あたしたちが生活できるんだ。だから、兄貴は、いつも、働いてくれる人に感謝するようにって教えられてる」


「すごいな、お前の兄さん。社員のことをそんな風に考えてくれてるなんて…………そんな社長の下なら働きたいな……」


「航、ホテルマンになりたいの?」


「なんで? そこでホテルマンなんだ? 一応経済学は学んでるが……どこもピンと来なくてな」


「なら、おにいの会社を紹介してあげよっか!? お兄の会社、三条リゾートって言うんだけど。知ってる?」


(知ってるも何も、全国展開のリゾート開発会社だ。他にも何か会社を持っていてグループになっていたはず……。

 そんな大金持ちの娘っ子が、こんな田舎の奥浜名湖に……? ああ、姉の静養目的か……)


「ありがたいが、そんな大きな会社にコネ入社なんてあり得ないな」


「そうなの? 結構な人が兄貴を訪ねて来て、家の愚息をヨロシクって、菓子折り持ってくるけど……」


「社長の考えが分かったから、候補に入れるかもな。それより昼飯はまだだろ? 作ってやるぜ。暑いから冷やし中華でも作ろうか?」


「ばんざーい!!」


 素直に喜ぶ麗華であった。


「あっ!! 午後から俺も豊川に帰んなきゃならねぇんだ。今日は、翼の彼女の命日なんだ。食べたら、帰れよ」


「翼さんの彼女? 亡くなったの……?」


「ああ、高校の時から付き合っていて、同じ大学に行こうって頑張ってたのにな。高三の夏に朝、冷たくなってたそうだ。それで、翼は、受験を止めて、親父殿のところに転がり込んだって訳」


 口を動かしながらも、航は、器用に卵を焼いて千切りにして、冷蔵庫からサラダ用の野菜をトッピングして冷し中華中華を作ってくれた。

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