第8話  桜トンネル

 冷やし中華を食べても、麗華は帰らなかった。


 翼の実家へ連れて行けと駄々をこねているのだった。

 いつも止める役の姉の絵里香が、今日は来ていない。


「出禁にするぞ!!」


「そんなことしても、毎日来るモン!!」


「今日は、翼のの法要なんだ。俺も線香を上げさせてもらうだけなんだぞ。何で、出会って二日目の女の子の要望を、そんなに聞いてやらなきゃいけないんだよ」


「だってあたし、航のことが気に入っちゃったからなんだけど悪い?」


 麗華に悪びれたところはない。むしろ、真っすぐに航の顔を見ていた。


「傷ついて、ここに逃げ込んだ翼さんと、ここから旅立ちたい航ねぇ……」


 突然、麗華の目の前が真っ暗になった。


「?? ヘルメット?」


 航は、ワザと逆に麗華の頭に被せたのだ。

 赤い、傷が一つもない女性用のヘルメットだった。


「バイクで行くから、メットは必須だ。言っとくが、県境のトンネルには幽霊が出る噂もあるからな」


「ゆーれい!!?」


「怖くなったか? やめておくか?」


 航は、笑って自分のヘルメットをかぶって、革の手袋をした。


「面白そうじゃん!! 行こう!! 行こう!!」


 航は、大きな息をつくと店の裏から、二百五十CCのバイクを出してきて、麗華を荷台に乗せてやった。


「途中は山道だからな。しっかりと捕まってるんだぞ!!」


「OKであります。船長!!」


 麗華は大きな声で答えた。


「なんで、俺が船長なんだ?」


「ボトルシップの船長じゃない~~ レッツゴー!!」


 店の鍵を閉めて、バイクを東へと走らせた。


「翼さんの家は豊橋なの?」


「いや、その向こうの豊川だ。良く知ってるな。田舎なのに」


「新豊橋の駅で、遠州浜名湖鉄道に乗り換えてきたんだ」


 麗華の嬉しそうな声は、航の方まで聞こえてきた。


 山を上がって行くと、県境のトンネルがあった。薄暗い感じがして、麗華も少し怖くなった。航は、麗華のしがみつき具合で「ビビってるな」と感じ、心の中で笑っていた。


 大通りから二本入った家の前で、航はバイクを止めた。


「さすがに、の家まではついて来るなよ。ここにいろ」


「何もないじゃん」


 麗華はむくれる。


「百貨店もない田舎なんだ。でもここだって、春には桜トンネルっていわれる桜の名所なんだぜ」


そう言って、航は、近所の家の中に入っていった。


「今は夏だもん!!」


 麗華の雄叫びは、航には届いていない。仕方なく麗華は、バイクから離れて、十字路を右に行ってみた。

 桜の木の枝が、左右トンネルのように垂れ下がっていた。

(これで桜の花が咲いていたら、見事だろうな)

と思える桜の木が、数百メートルにわたって続いていた。




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【短編】湖に夕陽沈む中 ーー あなたを想う  月杜円香 @erisax

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