第7話 桜トンネル
冷やし中華を食べても、あたしは帰らなかった。
翼の実家へ連れて行けと駄々をこねていたのだ。
いつものストッパー役のエリーが、今日は来ていない。航に近付ける大チャンスだと思った。
「出禁にするぞ!!」
「そんなことしても、毎日来るモン!!」
「今日は、翼の彼女の法事なんだ。俺も線香を上げさせてもらうだけだ。何で、出会って二日のおまえの我儘を、聞かなきゃならないんだ?」
「だってあたし、航のことが気に入っちゃったからなんだけど、悪い?」
あたしは、真っすぐに航の顔を見ていた。
「傷ついて、ここに逃げ込んだ翼さんと、ここから旅立ちたい航……」
突然、あたしの目の前が真っ暗になった。
「?? ヘルメット?」
航は、ワザと逆にあたしの頭に被せたのだ。
赤い、傷が一つもない女性用のヘルメットだった。
「バイクで行くから、メットは必須だ。言っとくが、県境のトンネルには幽霊が出る噂もあるからな」
「ゆーれい!!?」
「怖くなったか? やめておくか?」
航は、笑って自分のヘルメットをかぶって、革の手袋をした。
「面白そうじゃん!! 行こう!! 行こう!!」
航は、大きな息をつくと店の裏から、二百五十CCのバイクを出してきて、麗華を荷台に乗せてやった。
「途中は山道だからな。しっかりと捕まってるんだぞ!!」
「OKであります。船長!!」
麗華は大きな声で答えた。
「なんで、俺が船長なんだ?」
「ボトルシップの船長じゃない~~ レッツゴー!!」
店の鍵を閉めて、バイクを東へと走らせた。
「翼さんの家は豊橋なの?」
「いや、その向こうの豊川だ。良く知ってるな。田舎なのに」
「新豊橋の駅で、遠州浜名湖鉄道に乗り換えてきたんだ」
あたしの嬉しそうな声は、航の方まで聞こえてきたみたい。ちゃんと答えてくれる。それが何より嬉しかった。
山を上がって行くと、県境のトンネルがあった。薄暗い感じがして、あたしも少し怖くなった。航は、あたしのしがみつき具合で「ビビってるな」と感じたらしい、「心の中で笑っていた」と、後で言われた。
大通りから二本入った家の前で、航はバイクを止めた。
「さすがに、みひろの家まではついて来るなよ。ここにいろ」
「何もないじゃん」
あたしはむくれる。
「百貨店もない田舎なんだ。でもここだって、春には桜トンネルっていわれる桜の名所なるんだぜ」
そう言って、航は、近所の家の中に入っていった。
「今は夏だもん!!」
あたしの雄叫びは、航には届いていない。仕方なくあたしは、バイクから離れて、十字路を右に行ってみた。
桜の木の枝が、左右トンネルのように垂れ下がっていた。
(これで桜の花が咲いていたら、見事だろうな)
と思える桜の木が、数百メートルにわたって続いていた。
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