なんか試験の前って全然関係ないことしたくなるよね (1〜3)

第38話

・・・




 嫌なことは忘れるべきだ。


 嫌でも忘れられないことは、忘れたフリをすべきだ。


 未来の行動は今の感情から生まれ、今の感情は過去の行動から生まれる。


 過去に基づく未来なんか、過去の焼き直しに過ぎない。

 過去から未来へ、成功が繋がるように、過ちも繰り返される。

 負の連鎖を断ち切るためには、過去を切り離すしかない。


 嫌な過去なんか振り返るべきじゃない。

 見れば必ず囚われる。絶対に変えられない過去が、意識を釘付けにする。


 心とは弱いもの。魂とは脆いもの。

 耐えがたい過去を見続けてしまえば、いつか壊れてしまうもの。


 でも、嫌でも過去は眼前に迫る。不変の過去が、消えずに存在する。

 見ないようにしていても、唐突に目の前に現れたりする。


 その時、どうしたらいいのだろうか。

 どう、対処したらいいというのだろうか。


 それは、言葉として言ってしまえば簡単なこと。


 どうしても囚われるなら、心の捉え方を変えればいい。

 そうすれば、過去から生まれる思いも、変わるから。


 だけどそれは簡単に聞こえて、とても難しい。

 心とは、感情とは、自分そのもの。すなわち、自分を変えることに等しい。

 心も感情も自分の中にあるはずのものなのに、決して自分の手には負えない。


 時に心からの感情は、衝動的に、非合理的に、破壊的に、正しくあるべき理性を殺してしまう。

 私の中で生まれた怪物が、中身を食い散らし、空になった器を使って暴れようとする。


 例えそれが不幸を生むとわかっていても、逆らうのは至難の技だ。抗うのは困難の極みだ。

 だからこそ昔から、心の安定、感情の管理が自己改善につながると謳われてきた。



 ……なんて。それが簡単にできりゃ苦労しねーよって話。


 自分を変える、なんて誰もが望むことなのに有り得ないレベルで難しいからこそ、似非セミナー的な詐欺の温床になってたりするわけで。



 そんなことつらつら言いつつも、まぁ何にせよ、今の私には何の問題もないんだけどね。

 魔術チートがあるんだから、魔術で解決すりゃいいって話なのよ。



 例えば『思考分割』やら『忘却』、『知識転写』その他諸々……。魔術って便利だね!


 秘匿術式や禁忌術式が含まれてるのはご愛嬌ってやつ! 別にバレなきゃ怒られないし!



 いやぁ、メンタル的にちょっとアレで、ガッツリ昔モチーフの悪夢見ちゃったわ。フル尺は久々だったかも。

 やっぱソルを放流するの早まっちゃったかなぁ。なんだかんだあれ、すごい癒し効果良かったし。

 でもあれに私のお世話ばっかさせるのもなんか可哀そうだったしなぁ……。


 そういえばメンタルで思い出したけど、自己啓発とかと同じく、身体を鍛えることとかも誰もが望ましいと考えてるのに実践するのってなかなか難しいよね。

 でも筋トレ詐欺ってほとんど聞かなかったのはなぜなんだろう。ダイエット詐欺は横行してたと思うのに。


 即効性を誤認しにくいからか……?

 急激にマッチョになるのをそもそも望んでる人が少ないってこと……?


 ……まぁ今世なら魔術使えば割と即効性のある筋肉増強も可能と思うけど。

 需要あるのかな。まぁ冒険者とか兵士とか、普通に建築関係の人とか、無いこともないか。


 いやさ、実際試したことはないけど多分身体強化系と体調操作系を応用すれば、私でもムキムキ魔女さんにもなれると思うんだよね。


 いややらないけど。あくまでも例えばの理論的な話で。


 もしやるならむしろムキムキマッチョになるより、この発育不良ボディをムチムチボインにする方が有意義だと思うし。


 なんていうか18歳にもなれば……もう自然な成長も見込めませんし……くっ……。


 いやはや、村での食事はほんと貧相だったもんな。あと幽閉時代はそもそもご飯ないことも多かったから。

 この世界でも成長期の食生活が二次性徴に影響するのかちゃんと調べたことはないけど、私のタッパとシリとムネが無いのは多分そのせいなんだろう。


 そしてちょくちょく弟子に子供扱いされてるのも多分そのせいなんだ。うん。

 これでも私は大人なんだから、ちゃんと一人前のレディとして扱えよなバーロー。

 それはそれとして差し入れのお菓子は有り難く貰うが。



 ……ちょっと興味あるから実際に術式作って試してみようかな。

 でも変に身体を弄って、もしあいつと会った時に別人だと思われてもアレだよなぁ……。



 ……。


 ところであいつは……胸とか、有るのと無いのとどっちが好みなんだろう。

 私は断然、有る方がいいんじゃないかと思うんだけど。あいつもそうじゃないのか?




 アルだけに? なんちゃって。


(おもんな。死んだ方がいいぞおっさん)




 はい。今日も辛辣なツッコミですね分割思考のサブ私ちゃん2号。


 そういえばこの、今使ってる思考分割の術式って元々はメンタルダメコン的な目的で生まれたものだったりするから、実際こういった脳内会話って本来の用途に近いと言えなくもない。


 まぁ術式研究開発にえげつないくらい最適すぎて、そっち目的に使ってることの方が多分多いんですがね。


 ちなみに『思考分割』術式に本格的なマルチタスク用途を見出したのは私じゃなく、魔術院長さんです。頭おかしい狂人で毎度お馴染みの。


 いや、ちょっとした作業の肩代わりくらいは昔からさせてたけど、複数同時作業的な使い道は本来考えてなかったんだよ。切り離した方の思考をガッツリ動かすのってなんか怖かったし。


 術式公開した時の「なんて素晴らしい効率化術式……これは……!?」とかいう院長の呟きに(え……知らん……何それ……怖……)ってなったのは記憶にまだ新しいな……。


 今となってはもはや院長の脳内作業効率は人間レベルじゃなくて、術式汎用化作業とかの一定の分野では普通に私を超えている可能性もあるよ。どこが凡人なんだろうね。


 あと魔術師としての強さ的にも、魔女さん基準で100レベルは軽く超えたかな。比較対象としては以前しばき倒した魔王軍の幹部と同等かもうちょい上くらい。

 ……いやだからどこが凡人なんだよと。平均的な上級冒険者が束になっても敵わない凡人なんていてたまるかボケ。



 まぁそんな、ある意味では私よりヤバい院長さんなんだけど。

 256の分割思考を持つ彼が想定していることに、想定外はほぼ無いといえるんじゃないか。


 だからきっと、今日の私は、あまり考え過ぎずに行動をした方がいいんだろう。


 一応、自覚はあるんだ。私は考えすぎると間違えるっていう。

 だからと言って思考停止はしてはいけないとは思うけど。




 ……。




 今の私は、ごくごく普通の町娘スタイルで魔術院前近くにいる。ほっかむりっぽい帽子的な布を被って、ちょっとおしゃれ系のエプロンドレス姿だよ。美少女ボディなので中々絵になりますね。

 で、一応先に観測魔術を使って人がいないところに転移したところ。これから魔術院の試験を受けるためだ。念の為、一般魔術師のフリとしてショボい杖も持ってる。



 それにしても……研究室の外に出たのはゆっくり魔族くんの処理をした時以来かな。

 そんなに時間は経ってないけど、なんか研究中とか開発中とか『時間遅延』使ってるからすごい久々に感じる。


 あ、そうそう。証拠品としての役目が終わった生ゴ……生首くんにはあの後余すところなく研究材料になってもらったよ。

 色々思うところはあるけど、ドラゴンと同じく貴重な魔物素材には変わりないからね。なんかドラゴン素材と親和性が強かったから最終的には合体させて魔剣を作ったよ。


 名付けてドラグーンロアーっていいます。ドラゴンのブレスを模した術式を何種類か使える。ちょっと中二っぽいけどカッコよかろ?

 まぁあの時の魔族の魔法は咆哮っていうよりさえずりだったけどね。ふふ、ワロス。

 第二の魔生はその名に相応しい活躍を見せてほしいものだ。


 まぁこれ、今のところ特に使い道考えてないから倉庫の肥やし状態だけどね……。




 ……話が逸れた。本筋に戻ろう。


 思えば私は皇帝様のコネで魔術院に所属することになったので、こうした試験を受けたことはない。試験官側に立ったことはあるから内容は知ってるものの。



 昨年までと変わらなければ、魔術院採用試験の流れは5段階になるんだけど。


 始めにまず実績試験。書類審査ってやつ。

 でも院長の、将来性を重視という発言からして、ここは恐らく緩和されてるか、もしかしたら無くなってるかもしれない。魔力判定で足切りするくらいかな?


 次に筆記試験。魔術と魔力に関する基礎知識の確認。

 近代魔術は規格化が結構進んでいる上に、更に帝国式の魔術は私が関わっていることで特に厳格だ。

 魔術院の仕事の大半が魔術研究および開発にある以上、魔力現象、魔術法則、命名規則、その他一定以上基礎的な知識は必須と言ってもいい。


 で、筆記が終われば実技試験。実際に術式を作ったり使ったりする。

 ここでは何個かの課題があって、規定数をクリアしたら合格になる。例えば的当てをしたり訓練用ゴーレムと戦ったり魔道具に術式付与したり、まぁよくあるやつ。

 なんだけど……私が昔に試験官をやった時にちょっぴり張り切り過ぎてここで全員全滅させてしまったという事件もありまして……。

 ……ごめんなさい。今は反省してます。あのあと挽回して受かった新人さんには未だにビビられてて顔も合わせてくれないよ。悲しいね。


 そして実技の次が適正試験。魔術院の研究魔術師としての仕事に向いてるかの確認。

 というかまぁこれは実際に受けるというか、ここまでの試験中の言動からほぼ判断されてる。受付時点から監視してるからね。

 これまでは観測術式によるものだったけど、今回は私が候補生に混じってここを判断する、ということかな。多分。


 最後が面接試験。適正試験と合わせて、最終的な人格判断に近い。要は一緒にやっていけるかどうか。

 とはいえ、ここは正直あまり重視されていない。流石にガチの犯罪者や反逆者はダメだけど、実力がありゃ大抵のことは許容されるからだ。

 結構グレーな私ですら許されてるんだから、リスクとリターンがマイナスにならない限りは採用に影響することはないだろう。



 先代皇帝の時代の魔術院は人員だけ多かったけど、ほぼコネと世襲で構成されてたから魔術師の質はあまり良くなかったと聞いている。

 今の皇帝様はその辺りの無能を排除してるので、全体的に質は良くなったものの人手が圧倒的に足りないという状況だ。


 魔術院採用試験は市井の優秀な魔術師を取り入れるため、皇帝様が若くして即位した10年くらい前から開始している。

 当初は実績実技面接の3段階しかなくて5段階の今より判断基準は少ないけど、その分判定がかなり厳しくて門戸は狭かったという。

 筆記と適正の試験は皇帝様たちに相談を受けた私が提案して追加された。……さらに質は良くなったと思うけど人手不足が加速してる気がしないでもない。


 今回は色々と変更があるって聞いてるけど、どうなんだろうな。




 うーん。ま、今更いろいろ考えても仕方ないし、なるようにしかならんか。

 気合い入れていくぞっ!




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