第37話



(っ……!)



 最悪な目覚めだ。脂汗が酷い。

 脳裏にあの時の凄絶な……死の気配が、こびり付いて残っている。



 ようやく、それなりの冒険者として覚えてもらえるようになって、王都から離れた依頼も受けるようになって。

 王国冒険者ギルドのあまり整理されていない膨大な依頼書の中から、故郷の村の、様子のおかしい依頼を見つけて。


 胸騒ぎを覚えながら向かった先にあったのは、何故か生者を襲わないアンデットが蠢く村。


 そんな地獄絵図のような光景の中、いつかの牢獄の中で、最初あいつは置物のように動かなかった。



 それが、俺を認識したと思ったら……いきなりんだ。



 全力で手加減された、本気の攻撃をぶつけてきた。

 大地を消し飛ばしてしまうかのような強大な魔術が、冗談のように降り注いだ。


 あいつが使う魔術は俺に一度だって直撃することはなくて、だから攻撃というよりはむしろ、癇癪や虚勢、威嚇のように見えた。

 それでも、そのどれもが万が一直撃してしまえば、間違いなく命は無いと思えるような凄まじい威力で。



 どうやって俺がこの場面を乗り越えられたのかは、無我夢中だったからあまり覚えていない。


 ただ、剣を放り捨てて、何かを叫び続けて必死に、ボロボロになりながらあいつのところに辿り着いて、抱き止めた。それだけだったと思う。


 たったそれだけで、あいつはおとなしくなった。



 それから、ぽつりぽつりと、言葉をこぼし始めて……。






──……違う、違うんだ。こんなの、こんなことにするつもりなんか、なかったんだ。


──ただ……、いや……、色々……あって……、村から少し目を離しただけ。色んなことに疲れたから、少し隠れるだけのつもり、だったのに。


──今までずっと、大したことはなかったから、ほんのちょっとの間なら大丈夫だろうと、思ってたのに。


──そしたら、よりもよって最悪のタイミングで、最低な魔物、吸血鬼が、村を襲ってた。


──本当なら、直接対処できてれば、そんな雑魚どうにだってできたっていうのに。こんなことにはならなかったのに。


──少し一人になりたくて、感知も最低限にしてたせいだ。すり抜けられた。気づけなかった。そんなの想定してなかった。


──だから、村人を皆殺しにしたのは、村を滅ぼしたのは、全部自分の責任。この怠け者がもたらした、最悪の結果、なんだ。


──ごめん、ごめんな。お前の生まれ故郷を、こんな地獄にしちゃったんだ。本当に、ごめん。


──こんな力、何の役にも立たなかった。今更、吸血鬼を殺したって、何の意味もなかった。


──ずっとずっと、何もかもが裏目になって上手くいかない。こんなのまるで、ただの疫病神だ。


──不幸と不運を振り撒く存在なんて、魔物と何が違うっていうんだ。結局みんなの言う通りだった。


──馬鹿だ。ただの馬鹿じゃないか。何がチートだ。過ちのやり直しなんかどうやったってできない。こんなの……こんなもの……。



──…………。……あぁ、アル。お前、ほんと大きくなったよな。なんだ、商人じゃなくて、……冒険者になった、のか。



──依頼は……調査か? 討伐、か? ……まぁ、どっちでも、いいか。



──よかったな、アル。簡単な依頼だぞ。ほら、お前が処理すべきクエスト目標がここに、






──……って!! いってぇ!? えっ? なに、頭突き? なんで!?






 このときは、なんか馬鹿なことを口走ろうとしたあいつを止めようと、軽く頭突きしたんだったっけか。

 というかこう、なんかイラッとしたけど流石にぶん殴って止めるってわけにもいかなかったし、そもそもあいつを抱き止めてたから頭を使うしかなかったというか。


 とにかく正気を取り戻させるために。逃がさないように捕まえておきながら根気強く説得した。

 その間、弱い抵抗はあったものの……あいつが本気で逃げるつもりなら俺の力なんか振り払って何処へでも行けただろうから、多分拒絶はされてなかった。



 引き攣るように固まった表情のまま、涙を流しながら腕の中で小さく震えてて。

 そんな姿は……いつかみんなが言ってたような、大人のような子供なんかでも、恐ろしい魔物なんかでもなくて、ただの小さい子供でしかなかった。


 成長して美しくなっても、あいつはずっと、小さなままだった。

 ただ、吸血鬼なんてドラゴンと並ぶような最上位の魔物を、雑魚と言い切れる常識外の強さと知識があるだけ。

 みんな、その分厚い外側の違和感に捉われて、その中にいる、ただの女の子に気づいていない。


 そこにいるのは大人ぶってるだけの、素直でお人好しで思い込みが激しくて、色んな事を知ってるのに結構馬鹿で、無邪気で楽しいことが好きな、小さく可愛らしい女の子。


 そんな子が、助けを求めてたんだ。だから助けなければならない。そうだろう。

 あいつのことを周りがどう見てようが、そんなのどうだっていい。

 どれだけあいつが凄いとか強いとか、そんなのだって関係ないんだ。


 正直に言ってしまえば、俺はあいつの役に立てれば、それだけで満足なのだから。




 そう、これが子供のころからの、俺の夢。


 この思いが悪いものであるとは思えないし、思いたくもない。


 だけどそのせいで……俺は一つ勘違いをしてしまう。


 あいつを一度助けただけで、つい、


 その先の道もまだずっと続いてたというのに。




 あれからしばらく、俺の隣にはあいつがいた。王都までの道中と、王都での冒険者の活動。そこには、あいつの姿が共にあった。

 あいつの力を借りればもっと色々楽することはできたのだろう。だけど王国で大っぴらに魔術を使わせるわけにはいかないし、俺自身あいつを利用するような真似はしたくなかった。


 まぁ……あいつを助けられたのだから、あいつに守られたくはなかった。という情けないちっぽけな男のプライドみたいなのが邪魔をしてたのも少なからずあったのだろう。

 でもそれ以上に、あいつの力が欲しいのじゃなく、あいつがいてくれたらそれでいいというだけで。隣であいつが笑っててくれるなら、それだけで俺は満たされた。

 

 昔みたいに表情全体で笑うことは無くなったけど、だんだん愉快な性格に戻って、小さく口角を上げて笑うくらいは、たまにするようになった。


 そんなあいつと旅をしながら、昔みたいに色んな話をするのは……本当に楽しかった。






──あのさ……本当に良かったのか……? を助けて、後悔したりは……。


──え、あ、ごめ、わかっ、わかったよ……わかったってば……もう二度と聞かないからさ……………………ふぅん……。




──教えてくれ。お前は何が望みだ……? お前が望むなら何だって叶えてやれるぞ……? それこそ……何だって。


──って、いや、なんだそれ。、じゃないか。欲が無いやつだ……ほんと変わんないよなぁお前は………………ふぅん……。えへへ……。




──えっと……その……正直に言ってほしいんだけど……


──あ、うん。そっか、友達か。……そうだよなぁ。……うん。……でも大事には思ってるんだな。ふぅん……。まぁ私も……アルのこと、大事に思ってるぞ。うん。




──いや、ほんとマジで何かしてほしいこと、ないのか? というか私に対してアレしたいとかコレしてほしいとかも、本当に何にも思わないのか?


──あー……実際さ……お前も男の子だろ……? でさ……えっと……その……一応……私は女の子なわけだし……?


──あ、うん。肉じゃが作るのはいいんだけどさ。うん。そうだな。お前男の子だからいっぱい食べるもんな。うん。でもそうじゃないんだよな。……まぁいいか。




──なぁ……お前って実は女より男が好きだったりするのか…………? あ、いやいや、ごめんごめん。恥ずかしいだけなのか。ふふ。そりゃ男といる方が楽だよな。はは。思春期じゃん。ふふ。


──って……あれ? にしては私に対して自然体じゃないか? ……あ、なるほど。そっかそっか。まぁ私はお前のこと、で理解できてるからな。……これでお前が鈍感系じゃなければなぁ。






 今の旅に楽しさがないとは決して言わない。だけど、この二人旅は本当に、本当に、楽しかった。

 周りから揶揄されることも、誹謗中傷を受けることもあった。でもそれ以上に、嬉しかった。


 あいつの耳にそんな醜聞が入らないように頑張りながら、あいつを守っているって充実感もあって……勘違いをしていた。


 俺たちの関係は、昔みたいに笑い合える関係に戻ったんだと、そう思い込んでた。









──"しばらく旅に出ます。探さないでください。"









(……あぁ、あいつ今、何やってるんだろうな)



 思い返すのもツラいことが多い、だけど決して忘れるべきではない記憶たち。

 焼き付くように魂に刻まれた、沢山のあいつの小さな姿。


 俺の、大事な幼馴染で、大切な友達なんだ。忘れられるわけがない。



 視界の端で、聖剣が光っている。まるで、元気出せよと励ますように。

 同情……というより納得……憧憬……激励……?そんな意思がじわじわと伝わってくる。



 ……ああ、そうだな。頑張らなきゃな。

 今度こそ間違えないように。二度と取り零さないように。



 勇者になるんだ。

 俺は、あいつが生きていける世界を作るために、勇者の使命を果たさなきゃならない。


 あいつが迫害されない世界を。あいつが昔みたいに、心から笑って過ごせる世界を。


 魔族を、魔王を、倒すこと。

 それだけじゃ足りないかもしれないが、あいつのために、絶対に必要なこと。




 何も理解していなかった今までは、ただの、凄い剣を持っているだけの冒険者に過ぎなかった。


 こんな夢を見たのも、いま一度俺の原点を見つめ直すため。そうなんだろう。


 だからこれは、俺にとって本物の勇者としての、本当の最初の一歩。



 やるぞ。まずは、ここの魔族の脅威を取り払うんだ。







 あいつの勇者になるために。







「おはよー。……え、なんかアル顔ひどいよ? あ、いや、そういう意味じゃなくて」


「いや、だからどういう意味だよ……アリアとエステルは?」

「まだ寝てる。まぁ時間も早いからね。アリアとか帰りも遅かったし」


「ほんとお前、時間は守らない癖にいつも早起きだよな……」

「まぁね。そんな褒めなくても」

「褒めてねえよ」

「ていうかアルも珍しく早起きじゃん。また夢見でも悪かったん?」




「……まぁな。でも、悪いことばかりじゃなかった」




「?」


「先に色々準備しとこう。日の出と共に出発するぞ」


「うん、わかった……やる気満々だねぇ勇者さま」





──ピカピカ!





「お、聖剣ちゃんもそうだそうだと言ってるよ。たぶん」


「言ってねぇよ。この感じはちょっと違うな。……うん、一緒に頑張ろうぜ」





・・・





<聖剣ちゃん>

「そっか、あれが主にとっての魔法使いなんだ。覚えとこ。……ほんと主はすごいなぁ。私も一緒に頑張んなきゃ」





・・・

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