第36話
葛藤もあったのだろう。躊躇もあったのだろう。でもあいつは、使うことを決めた。
こうなることが多分わかってたにも関わらず、こっそりで対応できる範囲を超えてしまったから。
「おい、お前はバカか。こんなところに来るんじゃない。帰れ」
──なんでだよ。オレたち、友だちだろ?
場面が変わった。ここは、村はずれの簡易的な牢獄。
犯罪者や重篤な病人……穢れたモノたちを隔離するための場所。
そうだ。村のみんなは、村を守ったあいつを拒絶した。
その"みんな"の中には、消極的ながら、あいつの母親さえも含まれていた。
「あのなぁ………………、大人たちが言ってただろ。……俺が魔物だって。お前を食っちまうぞ?」
──クーのどこがマモノなんだよ。だいたい今までオレのこと食わなかったじゃん。
「それは……そう……あれだ、お前が大きく太るのを待ってだな……」
──そんなのどーでもいいから外に出ようぜ。こんなのおかしいって。このカギってどーやって開けんだ……?
「聞けよ。これだから子供は……」
──聞かない。ていうかクーも子どもじゃん。それにオレ子どもでいいし。友だちをサベツするような大人になりたくねーし。
「……。……はぁ。いいんだよ。あのな、これは俺の失敗なんだ。気にするんじゃない」
──……しっぱい? なにがだよ。
「自分を過信してた。きっとどうにかなるしどうにでもできるってバイアスに捉われてた。10年計画とかいいつつ、楽観的で視野が狭くて、予測も保険もだんだん怠るようになってた。これは単なる間抜けな無能の末路なんだよ。自業自得だから、仕方がないんだ」
──いみがわかんねーよ。なんでクーがわるいことしたみたいになってんだよ。
「悪いことをした、じゃなくて悪いモノだからだよ。ここの人たちにとっちゃな。……しかしどうせ魔術がバレるならって多少やりすぎたとはいえ……正直これほどの忌避だとは思ってなかったから……ここでも想定不足だった。……そういう意味では、お母さんには悪いことをした、か」
──……なんでクーが。
「……まぁ何にせよ天秤にかけたらやむを得なかった。お前のことを考えたら俺の立場なんか安いもんだよ」
──オレの……?
「お前は子供だ。まだまだ大人が必要だからな。……だからお前は家に帰れ。そこがお前の帰る場所だ。お前の居場所はここじゃないんだ」
──だからなんだよ、それ。わかんねーって。
「わかれよ。お願いだから」
──……。
「……わかってくれ」
──……、……なぁ、クー。
「……なんだ」
──あそぼうぜ。これからもずっといっしょに、さ。オレたち友だちだろ?
「……、……、お前ってやつは、……ほんと」
……このことは、はっきりと覚えてる。俺はこの時、純粋にあいつのことを尊敬してた。
あんなに恐ろしい魔物たちをあっさりと打ち払うその姿が、カッコいいと思ったんだ。
だからこんなこと、到底納得いくわけがなかった。
周りの何もかもがおかしくて、俺は絶対にあいつの味方じゃなきゃいけないと、子供心ながらに思ったんだ。
だからそれ以来、俺はあいつのところにこっそり通って、色んな話をしたり、色んな魔術をせがんで見せてもらったりしてた。
その度にあいつは少し困りながらも元気そうに、嬉しそうに、今の俺が見ても理解できないような凄い魔術を惜しみなく見せてくれた。
何もない地面に花を咲かせる魔術。
風を吹かせて自由に空を飛ぶ魔術。
地面の土から人形を作って動かす魔術。
光を空中に浮かべて辺りを照らす魔術。
甘いものを苦く、苦いものを甘くする魔術。
近くの狭い範囲にだけ雨や雷を降らす魔術。
見えない壁や階段を作り透明な家を建てる魔術。
触れもせず一瞬でパンを輪切りにして焼く魔術。
他にも色々あった。
楽しい思い出だ。同時に、後悔の記憶でもある。
このことは、ずっと心に残っていた。何度も何度も思い出した。
そう、その後たった1年で、俺の方から約束を破ることになるなんて思ってもいなかったから。
「ん、アル。今日は遅かったな。……お前さ、なんか最近元気ないだろ? だからとっておきの面白い術式を作っ」
──クー。
「…………どうした?」
──オレ、しばらくここにいるよ。……家出してきた。
「は……? なんの冗談だ?」
──父さんが、村を出るって。王都にオレもつれてくって。でも、オレは村に残るから。
「……」
──王都についてったってなんの意味もねーよ。オレの友だちはクーだけだから、オレにはクーがいればいいんだ。
「ぁ……」
──だからオレも中に……、あれ、なんでカギが開かないんだ……?
「は……」
──うーん? みんな見回りぜんぜんしないくせにカギだけ変えたのか……? おい、クーなら開けれるだろ? 早く、
「はは……」
──クー?
「あぁ、ほんと馬鹿だなぁ……馬鹿だよ……こんな子供なんかに……最低じゃないか……。……。気づけてよかった」
──え?
「さよならだな。クソガキめ」
──え……?
「お前は嫌でもどうせ村を出てくよ。大人には逆らいようのない、ガキなんだからな。ほんとよかった。もうその顔を見なくて済むと思うと、せいせいする」
──な……に、いってんだよ、クー。
「わからないのか? ……迷惑なんだよ、お前みたいなガキに付き纏われて。本当は、俺はガキが嫌いなんだ。だからずっと鬱陶しかった」
──おい……おいっ……!
「何が友達だ。何を期待してた。思い違いをするな。お前と俺で釣り合いが取れるとでも思ってたのか。もう二度と会おうとも触れようとも思うな。絶対忘れないように心に刻め」
──おい、クー! なにふざけっ!?
「『転送』」
あいつは……本当に嘘が下手だった。
絶対にそんなこと本当は思ってないって、子供の俺でも確信できた。
だから、何度も何度も会おうとした。なのに、なぜか道に迷ったり、近づいたと思ったら村の中に戻ってたりして、あいつのところに辿り着きさえできなかった。
最後の手段で、村の近くで俺が危ない目に合えばあの時の夢みたいに会えるんじゃないかと思ったけど、子供が立ち入れるような危ない場所には透明な壁みたいなものがあって、入れなくなっていた。
結局のところ俺は、両親に引きずられるようにして村を出るまでの間、一度もあいつには会えなかったんだ。
……そうだ。俺は、ずっと悔しかったんだ。
大人の都合に振り回されるばかりの、無力な子供の俺が……嫌だった。
だから冒険者になった。
もちろん冒険に憧れる気持ちもあったが、何よりも自分の力で事をなせる、自由な立場をこそ欲した。
父さんとは随分喧嘩したが、最終的には折れてくれた。応援もしてくれた、と思う。
母さんは……結局最後まで口をきいてくれなかったが……。
そうして、冒険をして、評価を上げて、実力をつけて。
誰にも、あいつにも文句なんか言わせず、村から連れ出せるように……なんて考えてて。
ほんとバカだよな。俺。
あいつがそれまで無事な保証なんて、どこにもなかったのに。
いや……あいつが実力的に誰かにやられてしまうなんて考えにくかったけど、それでも。
もっと急ぐべきだった。何もかもが遅すぎた。
あれからの7年という歳月は……あまりにも……長すぎたんだ。
「…………ぁ、……は。久しぶり……じゃないか……地獄へようこそ。……遊んでやるよ」
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