第33話

 それはさておいて、寝取りというよりはむしろ寝取られ顔なモブ顔おじさんに改めて視線を向ける。

 いや、流石に多分、お菓子依頼の話以外にちゃんとした用件あるだろうし。


 そんな私の視線に気づいた院長も軽く居住まいを正す。



「さて、さて、揶揄うのはこれくらいにして本題に入りましょうか」

「……最初から揶揄わずに本題に入っていただきたいのですが」


 というかどうでもいいけど皇帝様といい院長といい、前置きで私をいじめるの最近流行ってるの?

 この人たちひょっとして私のこと、いじれば面白い音が出るオモチャだと思ってない?

 気のせい?


 いや、別にイヤじゃないんだけどなんか釈然としないというかさ……!




 ……。



 ……うん。決してイヤじゃないんだよね。イヤじゃない。


 こうして……表向きでも普通に扱ってくれるのは、やっぱり有難いし、ちょっぴり嬉しい。

 天邪鬼な心の奥の私は、いいようにのせられておだてられてるだけって言いたげだけど……この国の人たちからは優しさのようなものを感じられることが多い、気がする。


 私は先代皇帝の時代を実際見てはいないけど、皇帝様が作り上げつつある今のこの国は、確実にいい方向に向かっているんじゃないか、と思う。


 勤勉で、真面目で、優しい人たち。それをいいように支配してた特権階級の存在。

 決して豊かとは言えない国だったのに、強者が己が欲望のための搾取を繰り返した歴史。利益を生まない存在に、無価値な弱者に人権が無かった時代。

 弱者は強者の娯楽のためのオモチャだったような、強者を楽しませられなければ生きられなかったような、そんな時代。


 それが大きく変わっていってる。その方向性は決して間違ってない。


 でも、今だって帝国民の中でそういう風潮が完全になくなったわけでは……残念ながらない。

 皇帝様だって、どっちかと言うと弱肉強食の貴族気質だ。弱者に無条件で優しいわけじゃない。


 今の私が優しくしてもらえるのは、今の立場にあるのは、私が圧倒的に強者だから。莫大な利益を生むから。


 欲望のための虚言。目的のための我慢。好意ではなく畏れと忖度。優しさではなく媚びとへつらい。

 みんなの優しさの裏がそうでないと、どうしていえるのだろうか。その方が自然で、当然だというのに。


 だけど……それでも私の存在を認めてくれるなら。優しくしてくれてるのなら。それでもいいのかもしれない。


 じゃあ……もし私がそういう存在じゃなかったとしたら?

 なんの力もない無意味で無価値な存在だったら?


 皇帝様は。弟子は。ここの人たちは。それでも私のそばに、いてくれるのだろうか……。



 あいつは……どうなんだろうな……。







「……。本題に入る前に一つ断っておきますが」

「はい」


「私は、貴女のことを好ましいと思ってます」

「ふぇ……?」


 ……え、なに急に。

 ていうか口説き?……ってのは流石に冗談だけど。

 大体この人、子供もいるし。なんなら私と同年代の子だし。

 じゃあ単に心配?されたんだろうか。


 なんか顔に出てたかなぁ……相変わらず表情筋が仕事してる様子はないんだけど……。

 思わずほっぺむにむにしちゃう。


「貴女は貴女が思う以上にわかりやすいですよ。196の私が、貴女が的外れなことで落ち込んでいると結論づけました」


「えぇ……」



 なにそれ、こわ……。ぶっちゃけ私この人のこういうとこ、苦手なんじゃよ……。

 優しくしてくれてるってのはわからなくもないんだけど、申し訳ないがなんかドン引きが先に来てしまうんだ……。


 あと、怖くてずっと聞けてないんだけどさ……。

 この人の思考分割術式、たぶんメインサブじゃなくて完全パラレルでやってるよね……?

 256分割の時点でだいぶ頭おかしいけど、さらにそれって正気か……?

 常人だったら絶対盛大に混線しまくって自己崩壊してると思うんですが……?

 なんで自意識が並列で大量に存在してる状態のまま自己認識の維持ができてんの……?


 まじ狂ってるよ……やばいよぉ……こわいよぉ……。




「あー……えっと。ありがとう、ございます?」


 でも……まぁ仮にでも心配してもらえたのなら感謝はすべきだよね。たとえその本心が、どうであったとしても。

 そもそも私は魔術師なのだから、もっと合理的に考えないと。思惑なんか切り離して、差し出されたものを純粋に受け取った方が断然いいに決まってる。


 あれよ。感謝と贈り物は素直に喜んどけってやつ。天邪鬼より無邪気が吉ってことよ。

 ほんのちょっとでも嬉しさを感じたなら、疑問も疑念も疑心も無視すべきで、その裏の欺瞞なんか想定すべきじゃない。


 ここは王国じゃないし、私も昔の私とは違うのだ。今や私にだって一応、帝国民としての人権が与えられている。そう、人と人との間に生きている、人間なのだから。


 なので素直になれない病み病みな私ちゃんは思考分割で切り離して仕舞っちゃおうねぇ。


 そもそも大体さ、化け物かゴミくずかの二択って我ながらどういう想定なんだと。アホか。両極端すぎるわ。


 どうせ考えるならあいつとのことでも考え(妄想し)てた方が精神的に健全なわけだし、脳内アルバムでも眺めて癒されようぞ……ふふ……あいついま何やってるのかな……。





「で、本題ですが」

「……あっはい」


「魔術院採用試験、テストしてもらえませんか?」

「ああ、もうそういう時期」



 帝国魔術院は慢性的に人手不足なので、定期的に新人を募集している。

 もちろん不定期での採用もある。皇帝様がぶち込んだりとかで、私もこれ。コネともいう。

 まぁでも大体は採用試験による新人が多いかな。多いと言っても年に数人程度だけど。


 ずっと少数精鋭で頑張ってるっていうのに特に数年前から忙しさのレベルがぶち上がってるから魔術院はとにかく人を欲している。

 でも魔術師なら誰でもいいってわけじゃなく、魔術院のレベルを落とすわけにもいかないので我々は人材の確保にとても苦慮しているのだ。


 大変だよねぇ。この忙しさは、いったい誰のせいなんだろうなぁ……(遠い目)



 というかだけど。

 私ってこの採用試験に関しては、ここ来た初年度以外基本的にタッチしてないんだよね。


 はい、そうです。弟子以外の合格者全員に逃げられたやつです。

 あの時は私の下で学びたいって人が結構多かったから、選別の為に気合注入したら入れ過ぎました。

 他の試験官のテストもあって合格者ゼロにはならなかったけど、私の下で学びたいって人は何故か弟子以外いなくなっちゃったよ。不思議だなぁ……。

 実際あの弟子を発掘できたんだから十分おつりが来ると思うんですが、あの時はちょっと怒られました。

 翌年からは自重して引っ込んでろ(意訳)って言われたので、テストにちょっと監修するくらいに留めてます。

 でもそれもやっぱり弟子を基準に考えると他の新人どもには厳しすぎるらしく、鬼畜呼ばわりされてる私の元には未だに全然人がこない。かなしい。


 いいもん……私には弟子がいるし……そのうち卒業するだろうけど……。


 ……いや、本音は弟子をこれ以上ない免許皆伝まで育てたい気持ちはあるけど、流石にいつまでも私の手の中に留めておくわけにもいかないでしょう。

 弟子にだって、早く独り立ちしたい気持ちとかもあるだろうし。あー……フィールドワーク中の弟子、元気にやってるかなぁ。



「ですが、いいんですか?」

「おや。何がでしょう?」

「いや私、試験官やってもいいんです?」


 流石にいい加減匙加減も分かってきてるのでそんな安易に全滅させたりはしないつもりだけど……。

 こと魔術に関してはあんまり妥協したくないし……私の同僚になると考えたら多少厳しくならざるを……?


「いえ、いえ。すみません。勘違いさせてしまいましたね」

「……勘違い?」


「テスト、希望者と一緒に受けてもらえません?」


「え? ……えぇ?」




 ……どういうこと?

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